-36- 年
年を重ねれば、年を迎えるごとに侘しい気分が増幅される。とくに中高年ともなれば、より一層、そうした思いになる。そんなとき、誕生日を迎え、「おめでとう…」と家族や知人達に言われたとしても、「ああ…」と笑顔で応える他はないのだ。ちっとも嬉しくない訳である。^^ 『また一つ、アチラへ近づくか…』などと、侘しい思いに沈み込むのが落ちなのだ。^^
外川は三日後、めでたく古希の誕生日を迎えようとしていた。若い頃は、とある音楽グループの中心となり、多くの名曲で巷を席巻した外川だったが、『当時は何かとチヤホヤされたなぁ~』と思うにつけ、侘しくなるばかりだった。『今じゃ、ただの好々爺かいっ!』と、心で自虐しながらデスクを立ったとき、居間で電話音が鳴り響くのが聞こえた。
『はい、おりますが…。どちらさまで? はい…少々、お待ち下さいまし…』
しばらくして、外川の書斎へ妻が駆け込んできた。
「あなたっ!」
「なにごとだっ! 騒々しい…」
外川は愚痴を言うでなく、威厳を繕いながら小さく呟いた。
「登山歯科…。入れ歯のサイズを間違えたので、もう一度、来て下さいって! 保留にしてあるの、出てもらえます?」
外川の内心は、古希祝いの電話くらいだろう…と、期待はしないものの少し嬉しい気分でいたものが、『入れ歯サイズの計り直しかいっ!』と怒れる妻の報告に、仕方なく椅子を立つのだった。居間へ向かう途中、外川は年は取りたくないものだ…と侘しく思った。
外川さん、平和な時代でよかったじゃないですか。余り深くお考えなさらない方がいいですよ。そうは言っても、年を取れば侘しい思いにはなるのは確かです。^^
完




