-32- 夢
夢ほど侘しいものはない。いい夢だと、目覚めたときに『現実ならいいがなぁ…』などと侘しく思いながら溜め息の一つも吐くだろうし、悪い夢なら『夢でよかった…』と、安心しながら侘しく目覚め、寝室を出ることだろう。孰れにしろ、夢は架空の話であり、侘しいバーチャル・リアリティの世界なのである。
帝都レースに勤める漆戸は日曜の夜、夢を見ていた。土曜だと明日は休み…という思いが深層心理にあるためか熟睡できるのだが、日曜の場合だと、明日は出勤か…という緊張感から、必ずと言っていいほど夢を見た。
『漆戸さん、おめでとうございますっ!』
『有難う、谷底君。これで僕もようやく課長だよ、ははは…』
そこで漆戸は目覚めた。日は変わって月曜にはなっていたが、まだ漆黒の深夜三時頃だった。漆戸は寝室を出てキッチンで缶ピールを飲み、侘しい思いでまた寝室へと戻り、ベッドに横たわった。その後は夢も見ず、朝を迎えた。
帝都レースへ出勤すると課長の朝礼があった。
「ということで、私に変わり永井君が課長になることになった。私は上野部長の指揮下で次長を務めます、今後ともよろしくっ! では新任の永井君に変わります」
その後、永井が新任の挨拶をし、漆戸は空虚な侘しい思いでその挨拶を聞いていた。思えるのは、夢は侘しい…ということだけだった。
漆戸さん、ヒラでよかったかも知れませんから、夢を見ただけ幸せ…と思われ、そう侘しくならないことです。^^
完




