幼馴染のお姉ちゃんを酔わせて一線こえたい私と、ぜんぜん酔わないお姉ちゃん
小さいころから雪音お姉ちゃん────雪ねぇのことが大好きだった。
私と雪ねぇはいわゆる幼馴染の関係で、家がご近所同士だった。お互いの家を頻繁に行き来するくらい仲が良くて周りからは姉妹みたいだね、なんてよく言われていた。
でも、私は雪ねぇと姉妹になりたくなかった。恋人になりたかった。
自分の恋心に気づいたのは小学校高学年くらいで、そこからずっと雪ねぇ一筋。かれこれ十年くらい片思いをしている。雪ねぇは私のことを妹だと思っている節があって、頭を抱えたくなるくらい脈無しなんだけど。
そんな私と雪ねぇは現在、同棲している。死に物狂いで勉強した末に雪ねぇと同じ大学に入れたからこそのご褒美だ。
キャッキャウフフなルームシェア。年頃の生娘が同じ屋根の下に二人きり。何も起きないはずがなく────なんてこともなく、私たちは極めて健全で良好な、それこそ仲良し姉妹のような生活を送っていた。
同棲を始めてから間もなく二年が経とうとする三月。雪ねぇは卒なく卒論をこなし、一日に大学を卒業した。四月からは社会人だ。最近は引っ越しのための準備を緩やかに進めている。
淋しいし、悲しい。こういうとき、どうして私は雪ねぇと同い年じゃないんだろうって胸が苦しくなる。歳が近ければ、もっと素敵な思い出が作れたはずなのに。
社会に出て行く雪ねぇとはこれで疎遠になるだろう。連絡は取り合うけど、今みたいに一緒に住むこともできず、だんだんと会わなくなっていって……やがて、雪ねぇは素敵な人と出会って結婚するのだ。
「やだやだやだやだ!」
「どうしたの朱里ちゃん。赤ちゃんみたいに」
「だって、だってぇ……!」
荷物をまとめる雪ねぇを見ていたら嫌な想像が膨らんでぶわっと涙が出てきた。雪ねぇはもう着ないであろう冬服を畳む手を止めて私の傍に近寄る。
「よしよし、嫌なことあったの?」
「あった~っ!」
「嫌なこととはバイバイしようね~」
両手を広げたお姉ちゃんの胸に飛び込む。頭がすっぽり収まってしまうくらいたわわに実った胸に飛び込むと心が幸せで満たされた。優しく頭を撫でられているだけで身体が溶けていくような心地になる。
────この女神さまが誰かに奪われるなんて嫌だ!
私にはもう時間がない。雪ねぇがここを出て行くまであと二週間しかない。
それまでの間に、私の気持ちのすべてを伝える。ありったけの愛で雪ねぇを振り向かせる。
今の関係が壊れるかもしれないからと尻込みしていた臆病な私とはおさらばだ。
雪ねぇの胸に抱かれながら、篭絡する作戦を私はずっと考えていた。
◇
「私の誕生日兼雪ねぇの卒業祝い兼雪ねぇの就職祝いパ~ティ~!」
「兼ねまくってるね~」
三月某日。
私と雪ねぇは自宅のワンルームでパーティを開催することになった。企画、準備は私が手掛けた。
部屋の中央に置かれたローテーブルには多種多様なアルコール類が置いてある。私が二十歳になった記念として雪ねぇにおねだりしてプレゼントしてもらったものだ。安いものは百円の缶チューハイから、高くても一本三千円のワイン。大学生の宅飲み相場がどれくらいか知らないけど、贅沢というほどの贅沢ではないだろう。
このお酒を雪ねぇに飲ませまくってベロベロに酔っぱらったところを襲って一線を越える。既成事実を作る。成り行きで恋仲になる。それが私の作戦だった。
我ながら卑劣で小汚い作戦だと思う。酔った勢いで結ばれようなんて、嫌悪感を抱く人もいるだろう。
うるせえ。意中の相手に十年間も片思いをし続けて、なお脈無しの者だけが私に石を投げてこい。なりふり構っていられなくなった女の執念を舐めるな。
「朱里ちゃん? 怖い顔してるけど何かあった?」
「ううん、なんでもない! それより、お酒飲もうよ、お酒!」
心配する雪ねぇに明るく言葉を返した私は缶ビールを手に取る。
「やっぱり乾杯はビールからだよね?」
「飲みの席だとそういう風潮はあるけど、今は私と二人きりだし無理しなくてもいいんだよ?」
「へーきへーき。ビールくらい飲めるって」
私はプシュッと音を立てて缶を開ける。二つのグラスになみなみと注いで私と雪ねぇで分け合う。
「それでは、雪ねぇの大学卒業と就職を祝いまして」
「朱里ちゃんの誕生日を祝しまして」
「「乾杯!」」
コツンと軽くグラスをぶつけ合う。グイッと呷ってビールを胃袋に流し込む────が。
「ヴォエぇっ!」
まっず! なんだこれ⁉ 危うく、吐き出しそうになったんだけど!
「ふふっ、朱里ちゃんかわいい」
ビールの不味さにショックを受ける私を雪ねぇはニコニコと見守っていた。その手のうちにあるグラスは何故か既に空だった。
「雪ねぇ、舌の奥がイガイガする。苦いのが消えない」
「ビールってそういうものだからね」
「これの何が美味しいの?」
「うーん、のど越しかな」
なんだそれ。私の知らない味覚か?
勇気を振り絞ってもう一口飲んでもやっぱりマズくて眉間に皺が寄る。
「飲んであげよっか?」
「うん、お願い」
グラスを差し出すと雪ねぇは一気に中身を飲み込んでいった。間接キスがどうのという感想が出るより先に、あの苦い水を躊躇なく飲める胆力に驚く。
「雪ねぇ平気なの?」
「うん、美味しいから平気だよ」
「もしかして意外とお酒イケる? うちでは全然飲んでなかったから知らなかった」
「未成年の朱里ちゃんがいる前で飲むのは良くないかなと思って家では控えてたの。サークルでご飯に行くときはけっこう飲むよ?」
「えっ……」
大学生の飲み会ってそれもうエッチと同義じゃん。私の知らないところで雪ねぇはエッチなことされてたんだ。
じわー、と涙が浮かんでくる。
「雪ねぇのエッチ……」
「えぇっ⁉ なんで⁉」
「私が知らないところで酔わされたんでしょ! エッチなことしたんだ!」
「朱里ちゃんが想像してるようなことは一度も無いよ……? 私、お酒強い方だし」
「信じていい?」
「朱里ちゃんに誓って嘘はついてません」
「じゃあ信じる」
思えば、雪ねぇが朝帰りなんてしたことなかった。どれだけ遅くても午後八時には家にいる。
あー、心配して損した。
「それにしてもアレだね。お酒って美味しくないんだね」
「ビールは癖があるから初心者にはあんまり向いてないんだよ」
「そうなの?」
「もっと飲みやすいお酒を作ってあげる」
そう言って、雪ねぇは透明なビンに入ったお酒を手に取った。
「それは?」
「ジンっていうの。蒸留酒の一種だよ」
「ふーん」
蒸留酒がよく分んないから「ふーん」としか言えない。雪ねぇはジンとやらを私のグラスにちょっとだけ注ぐ。一口にも満たないくらいの量だ。
「それだけ?」
「これをジュースで割るの」
割る。聞いたことがある概念だ。
雪ねぇは酒瓶に混ざってひっそりと立っていたオレンジジュースのペットボトルを手に取って、グラスの半分くらいまで注いだ。
「これを更にソーダで割って……はい、カクテルの完成です」
「おぉ……ありがとうございます」
恭しくグラスを受け取った私は渡されたマドラーでくるくると中身を混ぜてからカクテルをそっと口に含む。
「んんっ⁉」
舌の上でパチパチと弾ける炭酸。舌を撫でるオレンジの酸味と苦味。鼻を抜けるアルコールの香り。ごくりと嚥下すると喉がピリリと焼けたように熱を持つ。
「美味しい……かも」
「ジュースみたいで美味しいよね」
「なんか不思議な味だ……」
お酒ってこんなジュースみたいなものもあるんだ。これなら私もたくさん飲めそう──って、そうじゃなくて!
「雪ねぇが飲まなきゃ意味ないよ!」
「……?」
「ごめん、こっちの話。雪ねぇは何飲む?」
「それじゃあ、グレープで割ったのを飲もうかな。朱里ちゃん、作ってくれる?」
「任せて!」
さっき雪ねぇが見せてくれたものとほぼ同じ工程──ジンを気持ち多めに入れた──を経てカクテルが出来上がる。こういうのって自分で作れるようなものじゃないと思ってたけど、意外と簡単なんだな。
「うん、美味しいよ」
お酒を飲んでニコっと微笑む雪ねぇは普段よりも大人びていてドキッとしてしまう。そして、ちょっと目を離した隙に雪ねぇはグラスの中身を飲み干していた。
「なんだか口が寂しくなってきたかも」
「えっ⁉」
なんか雪ねぇがエッチなこと言ってる! それって遠回しにキスしてって言ってんの⁉
「おつまみも開けよっか」
「あ、そういう……」
「スナック菓子とスルメ、どっちがいい?」
「スナック菓子で」
ポテトチップスの袋が豪快に開けられる。指でつまんでひょいと口に運ぶと、アルコールで鈍った舌に塩気がガツンと来た。
「ポテチうま」
「塩辛いものとお酒って、どうしてこんなに相性がいいんだろうね~」
ポテチとカクテルのループで震えていると、雪ねぇがスッと立ち上がった。トイレにでも行くのかな、と思ったらすぐに戻ってきた。その手にはマグカップが握られている。
「冷たいお酒を飲んだら体が冷えちゃって。朱里ちゃんも温かいお酒飲む?」
「飲む!」
よくわかんないけど雪ねぇが作ってくれるものなら何でも飲みたくなってしまうのが私の性というもの。ポテチを食べながらしばらく待っていると、ほかほかと湯気が立つココアみたいなものが運ばれてきた。
「これは?」
「少量のお湯にココアパウダーを溶かして、そこにコーヒーリキュールと牛乳を混ぜ合わせてからレンジで温めたの。とっても美味しいから飲んでみて」
「いただきます」
ふー、ふー、と息をかけてからカフェモカ(?)を飲む。
「うまーっ!」
なにこれ、今日一美味しい!
味は甘~いカフェモカだ。お酒特有のアルコールっぽさなくて、でも喉には確かにお酒のヒリヒリを感じる。
「いくらでも飲めちゃいそう。おかわり貰っていい?」
「うーん……どうだろう。このお酒、分かりにくいけど度数が高いんだ」
「そうなの?」
「うん。朱里ちゃん顔が真っ赤だからもうやめておいた方がいいかも」
「えっ……!」
まだ飲み始めてから三十分も経ってない。だというのに、確かにふわふわした感じに包まれている。これがほろ酔い?
体が妙に火照って、思考がぽーっとしてきて、油断していると口元が緩む。
ヤバい、私が酔っぱらってどうするんだ。雪ねぇを酔わせないといけないのに。
「雪ねぇも私と同じだけ飲んでるのに平気そうだね」
「私はお酒に強いらしいからね~」
お酒デビューは今日が初めてだから自分がお酒に強いのか弱いのかはよく分からない。けど、雪ねぇに比べたら確実に弱い。雪ねぇの頬に差しているのはチークの赤みだけだし、呂律も思考もしっかりしている。
前後不覚になるくらい飲ませようと思ったら、あとどれくらいかかるんだ……?
「お酒はこのくらいにして、ケーキとか食べちゃう?」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
酒宴を終わらせようとする雪ねぇに待ったをかける。
「私は雪ねぇともっとお酒飲みたいな~」
「私はいいけど、朱里ちゃんはもうやめておいた方が……」
「大丈夫! まだまだ飲めますから!」
飲み比べではないが、私が止まらない限り雪ねぇも飲み続ける。
大丈夫、雪ねぇのお酒を作るときに気持ちアルコールを多めに入れていけば競り勝てるはず────。
◇
雪ねぇと飲み始めてから一時間半くらい経っただろうか。
私は完全に酔っぱらっていた。
なんとか理性を保つことができているものの、黄色信号が常に灯っている。
対する雪ねぇはというと、もう完全に素面と変わりなかった。本当にお酒飲んでます? って疑いたくなるくらいいつも通りだった。
「ゆきねぇ、わたしおなかすいてきちゃったかも~。おいしいものつくってほしいな~」
上手く回らない呂律で雪ねぇにねだる。自分の酔いをさますための時間稼ぎをする。その分、雪ねぇの酔いもさめるのだが、それはそれこれはこれである。
「それじゃあ、ご飯のおともを作ってあげようか」
「ごはんのおとも~?」
「ご飯のおともだよ~」
しっかりした足取りでキッチンに向かった雪ねぇの後ろをフラフラとした千鳥足で付いて行く。
「朱里ちゃんはお部屋で待っててもいいんだよ?」
「ゆきねぇのそばにいたいもん」
思わず本音が口からこぼれる。
ダメよ朱里、意識をしっかり持ちなさいと数時間前の私がどこか遠くで叫んでいる。
雪ねぇの腰に手を回して後ろから抱き着く。もはや思考だけでなく身体も勝手に動き始めていた。
「こら、包丁を持ってる人に急に抱き着いたらメッですよ」
「ごめんねゆきねぇ。なにつくってるの」
「ご飯のおともだよ~」
「しってる~」
えへへ~と二人で笑い合う。
私は雪ねぇに抱き着きながら、その肩越しに調理を眺める。
雪ねぇは長ねぎ、玉ねぎを手際よくみじん切りにして、ゴマ油を敷いたフライパンで軽く炒める。火が通ったら刻んだニンニクと牛肉のミンチを加えて、ラー油、豆板醤、生姜で味付けをする。
「できたよ~」
丼にご飯を盛り付けて、その上に雪ねぇ特製ご飯のおともをかける。最後に生卵を中心に落として完成。
「あくまのたべものだ~!」
こんなの美味しいに決まってる。すごーく体に悪そうだし、絶対に口も臭くなる。でも抗えない。まさに悪魔の食べ物。
いただきます、と挨拶をして口に運ぶと、ピリピリとした唐辛子の痛みが舌で弾けるとともに、旨味と香りが口いっぱいに広がった。
「から~い! うま~い!」
「お酒もどうぞ」
「あざます」
雪ねぇにフルーツ味の缶チューハイをお酌してもらい、グイッと呷る。酒もうめ~!
「おとなはいつも、こんなにうまいものをのみくいしてたんだね~」
「朱里ちゃんも悪い大人になっちゃったね」
なっちゃったのなら仕方ない。私はにへらと頬が緩むのを自覚しながら、悪い大人のひと時を楽しむのだった。
◇
眠い。
お酒を飲んでお腹いっぱいになったら強烈な睡魔が襲ってきた。
今すぐにでもベッドに飛び込んでスヤァしたい。
「眠くなっちゃった?」
対する雪ねぇはまだまだ元気そう。空になった缶をダース単位で積み上げながら私を心配する余裕まで見せている。
ダメだ、勝てない。雪ねぇはお酒に強いとかそういう次元じゃない。無敵だ。
でも負けるわけにはいかない。ここで引いたら雪ねぇを私のものにできない。
「ねむくないよ。まだたたかえる」
「何と戦ってるの……?」
「ゆきねぇ」
「私?」
「ゆきねぇをよわせる」
「私を酔わせてどうするの?」
雪ねぇは可笑しそうにクスクスと笑った。それが何だか色っぽくて、私は呆けた顔で見惚れてしまう。
雪ねぇ、いつの間にか大人になってたんだな。
今更だけど、そんな事実に気が付いた。
小さいころからずっと雪ねぇの後ろを付いて回っていた。その背中がまだ小さかった時から雪ねぇを追いかけてきた。幼稚園でスモックを着ていた姿も、小学校の制服姿も知っている。
そんな雪ねぇはいつの間にか素敵な大人の女性になっていて、美味しいお酒の飲み方も、お酒に合うおつまみの作り方も知っている。
なんだか遠くに行ってしまったみたいだ。お酒を飲ませて酔わせてなんやかんやしようとしている自分が、大人の真似事で背伸びする子どものように思えて急に恥ずかしくなってくる。
こんなやり方じゃあ私はいつまで経っても、雪ねぇの隣に立てない。
はぁ、と小さく溜息を吐く。
「ゆきねぇ、おさけちょうだい」
「まだ飲むの?」
「のまなきゃやってられない」
「えー……?」
雪ねぇはちょっと困った顔をしてからグラスにお酒を注いでくれた。その中身が何かもよく分らないまま一気に呷る。
「うあー……しぶい」
「白ワインだよ。安物だからちょっと渋みが強いかも」
「へー……」
ワインって何色があるんだっけ。よくわかんないや。
それから、卓上に並ぶすべての酒を網羅する勢いで胃袋に流し込んでいく。だんだん思考がぼんやりしてきて気持ちが良くなった。大人がお酒を好む理由が分かった気がする。みんな、上手くいかない現実を忘れたいんだな。
「ゆきねぇ」
「なーに?」
「よんだだけ」
「ふふっ、酔っぱらってる朱里ちゃんは可愛いね」
「ありがと」
私を見つめる雪ねぇの視線には慈しむような温かさがこもっている。やっぱり雪ねぇは私のことを妹程度にしか思ってない。
これが私の限界なんだろうな。
まあ、しょうがないよ。かれこれ十六、七年も一緒にいたんだもん。これ以上の進展が望めないことなんて、最初から分かっていた。
固まってしまった価値観とか関係性を変えるのってすごく難しい。お酒の力があればもしかしたらって思ったけど、雪ねぇは全然酔わないし。
「…………」
あと二週間で雪ねぇとはお別れになる。
その先に、私と雪ねぇが共に過ごす未来はない。
だったら……最後くらい、当たって砕けてもいいんじゃないかな。
「ゆきねぇ」
「んー?」
「すき」
好き。たった二文字。ずっと伝えられなかった気持ちは、ぽろっとこぼれるように私の口から出て行った。たぶん、お酒のおかげ。いつもなら絶対に言えなかった。
「私も朱里ちゃんのこと好きだよ~」
雪ねぇはおつまみのチーズを口に運びながら言葉を返した。うん、まったく伝わってない。
「ゆきねぇとわたしのすきはちがうよ」
「違うの?」
「ちがう。わたしはゆきねぇとえっちなことしたいもん」
「えぇっ⁉」
ほら違った。
驚きに目を丸くする雪ねぇを見て────こんなのでも告白なんだから、もうちょっと上品な言葉のチョイスがあったのではと後悔がじわじわ胸の内に広がってくる。
「ごめん。いまのなし。でも、そういういみのすきだから」
「う、うん……」
動揺する雪ねぇにまじまじと見つめられる。心なしか唇と胸元に視線が向けられているような気がする。それから、雪ねぇは私の顔と手元のワイングラスを交互に見つめて「大人になったんだねぇ」としみじみ呟いた。
その言葉が誰に向けられたものかは分からなかったけれど、このとき初めて私はお姉ちゃんに恋愛対象として認識されたのだと自覚した。
「そっかぁ、朱里ちゃんが私のことを……」
困ったように笑う雪ねぇを見てキュッと胸が締め付けられる。
けれど、その頬にはチーク以外の赤みが差していることに気が付いてドキリとする。
フるならフるで一思いにやってほしい。期待なんかさせないでほしい。
私は気を紛らわせるように酒の入ったグラスにちびちび口を付ける。甘くて渋いお酒の味が口いっぱいに広がる。
「うん、決めた」
唐突に雪ねぇが独り言ちた。
その言葉を聞いた私の心臓はバクバクと騒ぎ始める。酸素が足りないのか手の先がピリピリする。
その言葉の先を聞きたい。聞きたくない。矛盾した思いが胸の中で交錯する。
とても雪ねぇの顔を見れない。私の視線は空っぽになったグラスに注がれたまま。
「朱里ちゃん」
「は、はい」
「付き合いましょう」
……え?
顔を上げる。雪ねぇはいつもの柔和な笑みを浮かべながら私のことを見つめていた。
「もしもここで私が告白を断ったとして。そのあと、朱里ちゃんが他の誰かのものになったらって考えたら……すごく嫌だったの」
ただでさえ熱かった顔が更に熱くなる。
「まだ、朱里ちゃんと同じ気持ちにはなれてないと思う。今までそういう目で見たことなかったから……だけど──」
雪ねぇは自身の胸に手を当てる。
「──いま感じてる小さなドキドキを育んでいけたら、いいなって思ったんだ」
はにかむ姿が可愛すぎて、私は思わず雪ねぇの手を取っていた。
「いっぱいどきどきさせられるようにがんばります!」
「うん、私も朱里ちゃんをもっとドキドキさせられるように頑張るね」
よろしくお願いしますって言いながらお互いに頭を下げる。
……うそ、ほんとに? 私、雪ねぇの恋人になっちゃったの? 素直な気持ちを伝えただけで?
すごい。すごすぎる。逆転サヨナラホームランだ。
ありがとう、お酒。臆病な私の背中を押してくれてありがとう。最初は不埒な目的で利用しようとしてごめんね。
私は心の内でお酒に感謝を伝えながら、恋人としての最初のひと時を雪ねぇと満喫した。
◇
訂正。お酒はクソだ。あんなもの、二度と飲まない。
翌日。とんでもない頭痛と吐き気、倦怠感に襲われた私は朝から半分死んでいた。
「二日酔いだね~」
私の十倍以上アルコールを摂取したであろう雪ねぇは何故か元気いっぱいで、恋人になったばかりの私を付きっ切りで看病してくれている。
ありがとう、雪ねぇ好き。
掠れた声で感謝を述べる私の頭を、雪ねぇはいつまでも優しく撫でてくれていた。
お酒は二十歳になってから。