強風のせい
自らの汚れた欲望を展開させ、指先に送り、白と黒の鍵盤に注ぐ。
欲望が音となり、家中に響く。
展開を続ける……心が締め付けられる……息が苦しくなる。
ガタガタガタガタ……。
ああうるさい! うるさすぎる!
駄目だ、今日はまだ完璧な集中が出来ていない。
今日は、強風によって引き起こされている窓の揺れる音で、いつも展開をやめてしまう。
いつもなら窓の揺れる音に惑わされるようなことはないのだが、疲れているのだろうか。
確かに最近は休む時間が減っており、作曲する時間が増えている。身体よりも、作曲を優先してしまっているのだ。
しかし自分は自らのペースでなければ曲が作れない。
寿命と引き換えに曲を作っているのだ。
曲の為なら、多少の疲労は止むを得ない。
このような性格だからか、最近妻との距離もどんどん遠くなってしまっている。
この曲が完成したら、妻とゆっくり過ごそう。
もう一度、目を閉じて、展開させる。
真っ黒な自らの欲望を鍵盤に注ぐ。
響く……家中に自分の醜い欲望が音となり響き渡る……。
ガタガタガタガタ……。
心が締め付けられる……息が苦しくなる……。
ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ……。
指先から欲望と同時に血が滲み出そうな位……鍵盤を叩く……。
ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ……。
鍵盤を叩く勢いが激しくなると同時に……風が強くなる……まるで自らの気持ちが反映されているようだ……。
ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ……。
身体が震えてくる……自分自身が展開した醜い欲望に取り込まれそうになる……。
ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ……。
欲望は山を越え……少しずつ下りて行く……。
ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタガタガタガタガタ……。
完全に山を下り切った……頭の中で曲が完璧に出来上がった……。
自分は慌てて五線譜に頭の中に書いた曲を書いた。
自分は集中すれば、良い曲が書けるのだ。
身体を伸ばし、自分の妻に曲の完成を伝えに行こうと部屋を出た。
衝撃的な光景があった。
窓に取り付けていた木の板が全て剥がされており、全開になっていたのだ。
まさか……空き巣でも入ったのか……。
自分は慌てて妻の部屋に駆け込んだ。
しかし妻はおらず、ロープだけが残されていた。
畜生! 逃げやがった!
強風さえ……強風さえ吹いていなければ……妻が逃げたのは全部強風のせいだ! 畜生!