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朱の狂剣  作者: カントク
英雄復活
6/69

― 4日前 ―  イテルとナル

だいぶ夜も更け日付も変わった頃。


クゥを交えたテスナーとの会談が終わり、テーブルの上に置かれた燭台の僅かな灯りを残して薄暗くなった部屋には、寝室で眠るふたりの代わりに違うふたりの姿があった。

ひとりは、あの極限料理を振舞った女中。もう一人はエーテより少し年下くらいで、引き締まった良い体格の青年だった。背中には彼の体格をもってしても大袈裟に見える身の丈ほどもある長剣を背負っており、深い藍色の前髪の奥に覗く緋色の瞳が大柄な剣と相まって好戦的な印象を与えている。

ふたりは壁にもたれかかったまま動かない。


「すまないな、イテル。 急に呼び出して。」

「問題ありませんよ、いつもの事じゃないですか。」


イテルと呼ばれた青年は、あくびをしながら答えた。


「ナル、向こうさんの様子は?」

「昨夜の段階で動きに変化は有りません。」

「そうか。 それはつまり、いつでも進軍できる状態にも、変わりが無いという事だ。」


女中の名はナルと言うらしい。エーテの言葉にナルはハテナ?という顔をした。


「イテル。 ナルは知っているが、明日からしばらくここを留守にする。留守中はテスナー様がロックフォートの指揮を執られるので大丈夫とは思うが・・・、小さくともリスクの芽は摘んでおくに越したことはないと思ってな。」

「小さなリスの目・・・。」


ナルは真顔で深く頷いた。


「あ、いや、リスク、、、危険という意味だよ、ナル。」


苦笑いで教えるエーテに、イテルはクスクスと肩を揺らした。


「無いとは思うが。しかし彼奴らの進軍の可能性を確実に消すため、砦の戦力を削りに行く。」

「もしかして、今晩?」


イテルはもたれ掛かっていた壁から跳ねるように背を離した。隣のナルもギョッとしてぴょんと飛び上がった。


「そうだ。」

「・・・まったく。剣を持ってきて正解だったよ。嫌な予感って、だいたい当たるのな。」

「特に準備は要らない。すぐ出るぞ。」


イテルはコクリと頷いた。


「えっ! あのっ、わたしは!?」


エーテは少し考えたが、にこりと笑ってナルにも同行を求めた。


「うん、付いてきてくれ。念のため、砦の中の様子を探ってもらおうかな。」


ナルもにっこり笑って頷いた。


そして3人は着替えもせず静かに家を出ると、すぐさま西の方に駆け出した。



西門近くの厩舎から2頭の馬を引き出し、エーテとイテルがひょいと跨る。ナルは馬に乗れずオロオロしている。イテルは「ちっ」と舌打ちをした後、彼女の腕をグイと掴み自分の馬の背の後ろ側に引き上げた。


「あ、ありがとう、イテル。」

「置いていくわけにもいかないからな。さあ、走るぞ。しっかりしがみついてろよ。」

「ん。」


イテルの後ろから両腕を回すと、すぐに馬は走り始めた。馬に慣れないナルは恐怖でぎゅっと目を瞑り、イテルの背に顔を埋めた。


ロックフォート周辺の平野を抜け森の中の狭い道に入っても、2騎の騎馬はなお速度を緩めず疾走する。


「で、エーテ先輩。戦力を削るって、どの程度ですか?」

「砦の中のリキュア兵は5千だ。とりあえず、ふたり合わせてで500でいい。」

「500って・・・、軽く言うよな。」

「良く言う。その数なら、お前一人で充分だろ。今回が初めての実戦だが、いつもの訓練の通りやれば問題無い。それに、もしもの時はオレがいる。」

「ははっ。エーテ先輩の手は煩わせませんよ。」


「だと良いがな。」


イテルの頼もしい発言に、エーテは皮肉っぽく答えた。


確かにイテルは強い。いや、強くなった。リキュア兵を一人で500人倒せるという言葉も、あながち出鱈目ではないとエーテは思っている。しかし、彼の強さはまだエーテとの訓練の範疇に限られ、実戦に於いては未知数だ。過去にイテルは実戦を経験はしているものの、それはリキュア軍に故郷が蹂躙された時の忌むべき記憶でしか無い。つまり、イテルのリキュア兵との実戦は、訓練の成果が試されるのと同時に、忌まわしい過去の記憶との戦いでもある。

(強いが、危うい)

自信は人の心を強くするが、経験の裏付けのない自信は慢心であり、戦場では慢心を抱いた強者は弱者よりも簡単に命を落とすものである。イテルの言葉の中、僅かに垣間見えた”慢心”にエーテは釘を刺す。彼を失わない為に。


「訓練と実践の違いは3つだ。まず、待ったは効かない。迷っても、とにかく動け。そして動きながら絶え間なく考えろ。次に、ルールは無い。敵さんもオレたちも、勝つために全てを尽くして戦うだけだ。」

「もう、何回も聞きましたよ、先輩。」


やれやれといった風にイテルは悪態をついた。しかしエーテは並走するイテルの目の底を刺すように睨み、3つ目の”違い”を口にした。


「最後だ。 失敗すれば、死ぬ。」


手綱を握るイテルの掌に、じわりと汗が滲んだ。イテルもナルも、その事実を何度も聞いていたはずだった。でも実戦を目の前にした今、死という言葉の意味が初めて二人の胸に重く突き刺さったのだ。イテルの背にしがみつくナルの腕の力がギュウと強くなった。


「ビビったか?」


エーテは騎馬を隣に寄せ、イテルの顔をのぞき込むと悪戯っぽく笑った。


「ハッ! まさか!」


「よろしい。しかし、初戦で緊張しているイテル君には申し訳ないのだが、ちと難しい課題も用意してあります。」

「課題? ムズカシイ?」

「リキュア兵への攻撃は、致命傷で留める事。決して殺してはいけません。もちろん、軽傷でもNGです。」

「そりゃあ、確かに難しい。でも、なぜ殺してはダメなのですか?」

「殺してしまえば、後方部隊の控えるサリフィスからすぐに代わりの兵が補充されるだけだ。砦の戦力に変化は無い。しかし深くキズを負わせておけば、負傷した兵士を砦の中で治療する事になる。5千の人数は変わらんが、戦力は4千5百に減り、治療による負荷も与えられる。だから、死なない程度に致命傷、という事だ。」


何を理解したのか、イテルの背にしがみついているナルがウンウンと小刻みに頷いている。

その反対に、イテルの表情は冴えない。


「なるほど。理由は納得しましたけど、”死なない程度の致命傷”って。加減が難しくないですか?」

「うーん、そうか? 最もカンタンな方法は・・・そうだな、斬らずに殴るイメージかな。」

「はあ・・・。」

「その剣を刃物ではなく棒として振り回し、リキュア兵の骨をガンガン折りに行け。 ・・・とは言っても、頑強な彼らの骨を折るのは容易ではないぞ。」

「骨を折るだけに、骨が折れるってヤツですか?」


「!?」


イテルが放った40代以上のオッサンだけが駆使し得るいぶし銀レベルのOYGギャグに、ナルの目がカッと見開いた。前を走るエーテは、会話を続ける意欲を完全に奪われたように口を結んでいる。無言のまま疾走する3人の間に、気まずい空気が重く纏わりついていた。



「森を抜ければ、すぐに砦が見えるだろう。オレとイテルは森に馬を置いて徒歩で向かう。ナルは先に砦に潜入して、だいたいの兵の居場所を探り、戻って合流して欲しい。」


しゃべると舌を噛みそうな気がするので、ナルはまた黙って頷いた。今度は大きく。


「ありがとう。戻ったナルから情報を聞いたら、オレたちは砦に突入する。ナルは馬のところへ戻って待機していて欲しい。」


エーテが言い終わると、月あかりに照らされほんのり光る草原が、森の切れ目から広がってきた。




「では、行ってきます。」


馬の手綱を木に縛るふたりに、ナルはぺこりんと挨拶をした。


「ああ、気を付けて。 呼吸を乱さない事だけ注意しろよ。」

「はい。」

「それと・・・。」エーテはナルに向かって両肩に手を置き、子供を諭すように語り掛けた。

「ヤバい状況になったら、全力で逃げるんだ。いいな?」

「もう。 エーテ先輩ったら、わたしがいつも失敗ばかりしてるみたいに・・・。」


プンと頬を膨らましたナルの頭をポンポンと叩き、エーテが笑顔を作って見せると、ナルはまるで子猫のように目を細めた。(こうやっていつも誤魔化されるけど、まあ、いっか。)ナルは一歩下がり、再びぺこりんと頭を下げた。



「めいる・・・」


呪文のようなものを口の中で小さく呟くと、ナルの体がほんのり白い霧のような光を帯び始めた。


くう。」


ふわり浮いた体は、同時に夜の黒い空気に溶けるように消えてゆく。ナルの体に吸い込まれるようにフッとつむじ風が巻くと、ついに完全に姿が見えなくなってしまった。 つむじ風は、草むらの表面を薙ぎながら砦に向かって道標を描き遠ざかって行く。



「オレたちも、行こう。」


イテルが頷くと、ふたりはつむじ風の跡を追って歩き出した。

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