― 5日前 ― やるべきこと
一面に広がる緑の草原の中を走る小さな道。
テスナーは、ロックフォートに向かう馬上にいた。となりの馬上には、ひとりの従者が並んでいる。 従者は途中ちらちらと横眼でテスナーを伺っていたが、やがて思い切ったように口を開いた。
「テスナー様。今回の件、本気で考えていらっしゃるのですか?」
「今回の件、とは?」
「銀狼将軍の、です。」
「ああ、そのことか。そう言うおまえは、どう考えているのだ?」
「それは・・・。」
「いいぞ、率直に言って。」
「畏れながら。成功するかもわからなければ、成功したとして、蘇った銀狼将軍にこの戦局を変えるような働きが期待できるとも思えません。」
「ははっ、言うな。」
「彼は歴史上の、いや、おとぎ話の人物です。どんなに強くても、“たった一人の人間”が“現実的に”一国を滅ぼす事など、できるはずもありません。」
「ああ、その通りだと思うよ。」
「では、なぜ! テスナー様は反対をされないのですか? 敗戦が続くこの状況で、やるべき事は他に山ほどあるはずです!」
感情をあらわに問う従者を少し引き気味に見てから、テスナーはちょっと考える風に空を仰いだ。
「では、おまえの言う“やるべき事”だけをやっていれば、この状況は良くなるのかな?」
「・・・良くなるなんて、私だってわかりません。戦局は圧倒的に劣勢なのですから・・・。」
テスナーは従者が真顔で困っている様子を見て、つい可笑しくなってしまった。
「あっはは! 結果がわからないのなら、どちらも一緒だと思うぞ?
いいか、私たちに求められているのは、何をやるかではなく、勝つこと・・・つまり結果だ。従来通りの方法だけで勝てるならそれを愚直に続けるのが良いだろう。しかしこれまで戦況が変わっていないのは、それでは足りないという証だと思わないか?だとすれば、新しい方法を試す事こそが必要だ。奇策を投じるのも間違ってはいないと私は思う。」
従者は納得いかない顔で黙り込んだ。
「だが、気持ちはわかる。
この国のことを真剣に考えてくれているからこそ、焦っているのだよな。」
テスナーは馬を止めた。
それに気付くのが遅れた従者の馬は少し前に進んでしまい、従者は慌てて手綱を引いて馬を止めた。
「す、すみません。」
テスナーに詰め寄ったことを詫びたのか、主の前に出てしまった事を詫びたのか従者自身もわからなかったが、ただ謝罪の言葉が自然に出てしまった。
「いずれ結果は出る。 あと5日間、見ていて欲しい。」
テスナーは馬上ではあるが、前から振り返る従者に頭を下げた。「そそ、そ、そんな、テスナー様!」慌てた従者は前に出した両手をバタバタと横に振ると、即座に馬から降りて地面に平伏した。
「つい出過ぎた言葉を漏らしてしまいました。 どうかご容赦ください。」
「ははは、大袈裟だな。さあ、馬に乗れ。日が暮れるまでに着かなくなってしまうぞ。」
テスナーは従者を後に馬を前に進めた。 ―この御方こそが、王であるべきなのに― 従者は心の中で呟きながら馬上に戻り、王たるべき主の背中を追うために馬に鞭を当てた。
夕日で赤く染まる西の空の下、黒い煙が地に這うように街並みが浮かんできた。
ロクナム最大の商業都市ロックフォートである。平時の頃は境界もなく解放的な街だったが、現在は全周に石積みで3m超の防護壁が張巡らされている。その壁の大きな扉が左右に開くと、テスナー達に向かって一騎の馬が駆け出してきた。
「お待ちしておりました、テスナー様。ご無事でなによりです。」
「久しぶりだな、エーテ。出迎えありがとう。予定より遅くなってしまって、すまなかったな。」
「いえいえ、夕食の支度もそろそろですので、ちょうど良い頃合いと存じます。」
「それは良かった。では、積もる話は夕食を頂きながらにしようか。」
「そうですね。まずは近況報告でもさせて頂きましょう。」
エーテの先導に続き、テスナーらはロックフォートの街へと向かった。
3人が門を抜けると扉は直ちに閉じられた。続いて守衛が地面から生えているレバーを引くと、ゴガガガ!という轟音とともに扉の左右から鉄棒が飛び出し施錠された。
テスナーは背後にその音を聞き、横目にエーテを睨んだ。
「街の門は全て両開きなのか? しかも外に開く構造だったぞ。」
「いえ、ティノブールに向くこの東門のみです。撤退用の門と考えましたので退出しやすく、外からも施錠できる構造になっています。」
「ふむ、なるほど。これは、今回の用事は思ったより早く済みそうだ・・・。」
「え?」
「いや、こちらの話だ。ああ、安心したら腹が減ったな。私の腹の虫が鳴く前に、夕食を案内してくれ。」
テスナーの言う用事とは、ロックフォートの守備固めと民衆・軍のティノブールへの移動計画である。
テスナーは東門の役割と設計を聞いた時、これから伝える作戦をエーテは既に想定し準備がされていた事実に驚いた。
この時エーテはまだ22歳の青年である。テスナーを頭一つ超える長身で、軽くウェーブしたブロンドの髪を肩まで下ろしていた。いわゆる色男で、切れ長の涼やかな目で見つめられれば、虜にならない女性はいないだろう。しかし、容姿より優れているのは、彼が天性に持つ頭の回転の早さである。テスナーはこの色男の潜在能力の高さをかなり早い段階から見抜いていた。だからこそ、国の要所であるロックフォートを彼に預けている。そしてその働きはテスナーの期待通り、いや、常にそれを上回っていた。
「出会った頃は無知蒙昧の極みにあった男が、ここまで化けるとはな。」
先導するエーテの凛と正された背中を眺め、テスナーは目を細めた。
「どうぞ。こちらへ。」
テスナーが案内されたのは、町の表通りに雑然と並ぶ民家の中でも特にボロボロな一棟だった。長身のエーテは身をかがめながら小さなドアを入っていく。
「窮屈な家で申し訳ありません。」
「はは、本当だな。 もしかして、この立派な家は君の仕事場なのかい?」
テスナーが皮肉交じりに問いかけると、エーテは目を丸くして驚いた。
「は、気付かれてしまいましたか。さすがテスナー様、恐ろしい洞察力です。」
しかし、こんど目を丸くしたのはテスナーだった。
(おい、大商業都市ロックフォートの指揮官の仕事場が、本当にコレか?)
「ああ、いや、冗談で言ったんだけど・・・。」
言っているそばから、彼の握ったドアノブがポロリと外れ落ちた。
苦笑しながらテスナーは少し身をかがめて小さなドアを通り、窮屈で質素な部屋に入った。従者は屈むまでもなく通れる背だったが、恨めしそうにドアの上枠にちょっと目をやると大袈裟に頭を下げて部屋に足を踏み入れた。
入った部屋の左右にはそれぞれドアがありその先に部屋があるのは想像できるが、それにしても一都市を統括する指揮官が拠点にするにはこぢんまりとした民家だ。奥のキッチンとつながっている中央のダイニングには4人掛けの四角い木のテーブルが置いてある。キッチンの横には上りの階段があるので、エーテの執務室は2階なのかもしれない。それでも、例えると6畳間くらいの広さが関の山だろう。
「さあ、こちらへどうぞ。 テスナー様、と、ええっと・・・。」
エーテは二人を見渡すと、従者の顔を見て頭を掻いた。(この子、初めて見る顔だったかな?) まだ15・6才くらいの顔つきは、あどけなさを生真面目な表情で上書きしているように見えた。少しウェーブがかったボブカットの毛先がきれいに切り揃えられているところから、良家の育ちなのだろうと想像できる。テスナーよりも明るい金髪には毛先側に栗色が混ざっており、テスナーの肩より低い背と前述のあどけなさと相まって女の子のようにも見えた。
「ああ、すまない、紹介が遅れた。 彼は私の仕事を助けてくれている・・・ 」
テスナーの言葉を遮り、従者がすっと前に出た。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ありません。
テスナー様にお仕えするクゥと申します。まだ修行中の身ですがっ!」
声を裏返らせて自己紹介するクゥのこわばった表情に、エーテは笑いをこらえながら挨拶を返した。
「はじめまして、クゥさん。 こちらこそ、今頃の挨拶になってしまい、すみませんでした。」
エーテは微笑んで頭を下げると、ふたりをテーブルまで案内し丁寧に二脚の椅子を引いた。
テスナーとクゥが席に着きその向かいの席にエーテが座ると、右手のドアから若い女中がひょいっと顔を出しスタスタとキッチンへと歩いて行った。女中はぺこりんと頭を下げた後、テーブルに料理を並べていく。
が・・・。
雑草の盛り合わせのような、たぶんこれは・・・サラダ。
何か泥沼から両生類の手のようなものが飛び出した、スープらしき液体。
クセの強い獣肉のような臭いを放つ炭のように黒い物体。
ガラスの器に盛られたデザートと思しき寒天状のものは、本能的に生命の危機を認識させるような毒々しい色彩で輝いていた。
お世辞にも美味しそうとは思えない見た目と、明らかに食べ物の限界を超えた匂いに、テスナーの眉はピクピクと痙攣を起こし始めた。女中はそんな事を気にすることも無くテスナーの前に料理を並べ続けるが、ハッと今さら気づいたようにテスナーの横に座るクゥの方を振り返った。
「あの、申し訳ありません。お客様はテスナー様お一人とお聞きしておりましたので、オマエ、、いえ、あなた様の分は用意してございません。」
彼女がぺこりんと頭を下げると、テーブル上の地獄絵図に青ざめていた従者はすかさず口を開いた。
「そっ、そそ、そ、そんな! 気になさらないでください、絶対! 私は現在とてもお腹が空いていないのですからっ!」
クゥの経験した短い人生の中でも、夕飯が無い事をこんなに嬉しく思ったことは無かった。もちろん、全力で食事を辞退したことも。
女中は冷たい仮面のような表情のまま淡々と料理を並べ終えると、最後にもう一度ぺこりんとお辞儀をし、そそくさとダイニングを後にした。
「エーテ、さん?」
「はい、なんでしょう? テスナー様?」
「これ、人間の食べ物だよね?」
エーテは少しハッとした表情で卓上の料理に目を落とした。
「ああ! 初めて見るテスナー様には少し刺激が強かったですね。
ご安心ください、これは人間でも食べられますよ!」
「人間でも、って!?」
「わたしは慣れてしまったせいか、美味しく・・・いや、美味しくはありませんが、毎日普通に食べています。」
「ああ、やっぱり美味しくはないんだね・・・。」
「ええ残念ながら・・・。でも、これまで包丁を握った事も無くしかも思いきり不器用な彼女が一生懸命修行して作った料理です。どうか、食べてあげてください。」
「あ、うん。 気は進まないが、そこまで言われたら頂くよ。」
「はい♡」
エーテは嬉しそうに微笑んだ。
一方、テスナーは女中が退出したドアの向こうから聞こえるギリゴリという重厚な歯ぎしりとドアの隙間から滲み出てくる黒く濁ったおぞましい殺気に、2つの死の未来を想像していた。
― この料理を完食して死ぬか、食べ残してドアの向こうの女中に殺されるか ―
どちらの死にも名誉は無いよな、と思いつつ、ひとまずテスナーは口に入れた料理に味と匂いを感じる間も無いほど素早く飲み込む技術にだけ意識を集中した。その表情は、まさに戦う者のそれであった。
約一時間後、料理の下げられたテーブルには、エーテとテスナー、クゥの3人が無言のまま座っていた。あまり触れたくはないが、完食するまでに、テスナーは5回、エーテは1回吐いている。クゥはテスナーの3回目に釣られて1回。
彼らの顔がみな青ざめているのは、そのせいだ。
「すみません、今日のは特別気合が入っていたようで。慣れている私でも意識を保つのがやっとでした。」
「いや、貴重な体験をさせて頂いた事に感謝するよ。死ぬほど美味いって、こういう料理だったんだな。」
ふたりは、ははは・・・と力なく笑いあった。
「さて、本題だ、エーテ殿。」
テスナーの目つきが鋭く変わった。
「フィレリア様は、次のリキュアの進攻で、ロックフォートを見切るお考えだ。」
「はい。」
「やはり驚かないな。 察していたか。」
「どんなに兵力を投じたところで今のロクナムが敵う相手ではないことを、私は身をもって経験していますから。正直なところ精神論者の諸侯連中みたいに徹底抗戦!と言われなくてホッとしましたよ。」
「・・・だな。 民衆の反応はどうだろう?」
「ロックフォートに留まりたいとゴネる者もおりますが、すぐにでも避難したいという意見が大勢です。広域の商人などは、既にここを引き払ってポルトノーテに移住した者も多いと聞いております。」
「民意は問題無いか。では住民へは明日にでもティノブールへの避難を指示するとしよう。」
「承知致しました。住民は既に居住区ごとに班で分けられており、班長に伝達すれば速やかに避難が始まります。」
「うむ。 全住民がロックフォートを出るのに、どの程度かかる?」
「・・・7日必要です。ティノブールに駐留する軍の輸送部隊を貸して頂ければ、3日で完了させます。」
「わかった。」
テスナーは懐から紙を取り出しササっと何かを書いた後、下欄にサインをしてエーテに渡した。
「真ん中の空いているところに必要な資材・機材・人員を書いて、彼に渡してくれ。なんとかする。」
テスナーの視線の先にいたクゥは慌てて姿勢を正した。
「ありがとうございます。」
礼を述べながら書類を受け取ったエーテは、同じくサラサラと要求を書き込み、従者に渡した。
(この人たち、判断と行動が早すぎる・・・)
クゥは受け取った紙を鞄にしまい込むと、テスナーとエーテのやりとりに遅れないよう前のめりにふたりを凝視した。
「では次だ。
兵力の移動について考えはあるか?」
「フィレリア様のご意向に従い、ロックフォートには遠隔攻撃の部隊のみを残し全員ティノブールに引きましょう。」
「そうか。 だがここを落とされれば、マルダが丸裸になるぞ。マルダの鉱山資源を失えば、首都を守ったところで、我々が戦争を続けることは不可能になる。」
「マルダは大丈夫ですよ。そもそも、私はロックフォートをリキュアに渡す気なんてありませんから。」
「まさか・・・、遠隔攻撃部隊だけで、あの屈強なリキュア兵からロックフォート守るというのか? 敵の兵力は分析したのだろうな?」
「ロックフォートの北西30km地点の砦に白兵部隊が5千。背後のサリフィス領に4万。サリフィスに控える軍勢は弓兵などの遠隔攻撃部隊と工作部隊を含んでおり、ティノブールまたはマルダの攻略が主目的と思われます。魔法部隊は未だ見当たりません。
そこで、砦から進軍してくる5千のリキュア兵を抑えればひとまずはロックフォートを守れると分析しました。」
「その分析に異議は無い。
しかし、リキュア兵は強い。彼ら5千の戦力は、我々の2万をも超えるぞ。」
「真っ向勝負はしません。街並みの半分と引き換えに、このロックフォート内でリキュア兵を殲滅します。」
「殲滅っておまえ・・・。」
溜め息と共にテスナーは眉間を人差し指で押さえた。
「防護壁を破られれば、遠隔攻撃は意味を為さないぞ。」
「爆雷の投てき等の遠隔攻撃は、防護壁に着かれるまでです。それまでに千でも削れれば充分でしょう。侵入した兵力には、ゲリラ戦で応じます。」
「白兵戦力無しでゲリラ戦か?」
「はい。遠隔攻撃部隊を指示したルート通りに撤収させる事でリキュア兵を罠に誘導します。」
「罠とは?」
「爆雷です。昨年テスナー様が開発された時限式の小型爆雷が、この作戦に極めて有効です。」
「なるほどな。しかし、頭でっかちな感が否めないな。現実は描いた画の通りにいかないものだぞ? 敵が予想外の行動をとったり、爆雷が不発だったりと、不測の事態にはどう対応するのだ?」
エーテは右手を自分の胸に置いた。
「そういったイレギュラーで運良く生き残ったリキュア兵は、私が引き受けましょう。」
「私、って、ひとりでか!? 君があの怪物のようなリキュア兵を超える強さであることは認めるが・・・。」
エーテは、その答えの代わりに、にっこりと満面の笑みを作って見せた。
テスナーは目を丸くして何かを言いかけたが、フッと軽い溜め息を吐くとやれやれといった表情でエーテの肩を叩いた。
「ああ、わかったよ、なにか確信があるのだな。 これ以上深く聞くまい・・・君に全てを任せよう。」
不意に、ボゥッという音が聞こえた。いつの間にかキッチンに入っていた女中が、相変わらず無表情のまま火を起こしていたのだ。彼女が火にやかんを掛けると、テスナーの顔が青ざめた。
「あ、あの、彼女は何を?」
「ご安心ください、私たちにお茶をいれてくれるのだと思いますよ。 気が利く子ですね。」
「お茶・・・。」
一瞬、テスナーの脳裏に異臭を放ちドロドロとうねるドブの流れが映し出された。同時に、隣に座るクゥの奥歯がカチカチと鳴り始める。それはまさに、主従の脳波が思わぬところでシンクロした奇跡の瞬間であった。
「どうぞ。」
女中はエーテの前に紅茶の入ったティーカップを丁寧に置いた。続いてテスナーの前に雑に置くと、最後のクゥには空のコップを置いた。そしてまたぺこりんとお辞儀すると、ササっとドアの向こうへ消えてしまった。
テスナーが恐る恐るカップに口を近づけると、思ったより良い香りがする。そのまま一口飲むと、あの女中の紅茶は普通以上に美味しかった。なのにテスナーの口はへの時に曲がったままである。先ほどのディナーの記憶が生理的な警戒感を生んでいるのだろう。
「む、おいしいな。」
横目に、クゥの前に置かれた空のコップが見える。
「残念だったね、クゥ。 さっき、君が彼女のディナーを断ったからだよ。」
「そんな・・・。」
クゥは空のコップを手に取り、ユラユラと振って見せた。
「さて、エーテ。 最後の話だ。」
「はい。」
「君に、召魂の呪儀に立ち会って欲しい。」
「呪儀って? ま、まさかっ、あの銀狼将軍復活の!?」
「ああ、そうだ。知っているなら話は早い。」
「あぇ、ええっ!?」
エーテより大げさに驚いたクゥの奇声が響く。
驚いたふたりの視線は、あんぐりと口を開いたままフリーズしている彼に注がれた。テスナーのげんこつがクゥの頭をぽかりと叩くと、会話のバトンは再びエーテに戻された。
「ご冗談を。 ロックフォートの任務を放って、そのようなまじない事に付き合うなど。申し訳ありませんが、さすがにご容赦ください。」
「なんだ、君も頭の堅い諸侯連中と変わらんな。この計画、おもしろいぞ。彼がこの時代に復活すれば、未だ謎の多いマルダ鉱脈戦争の欠落した史実が明らかになるだろうからな。民兵の彼が将軍にまで昇り詰めた経緯はもちろん、朱の狂剣の出処や、そうだな、リキュアの魔女との最終決選も!いや待て・・・、後に勃発するガルワルド内戦のヒントも聞けるかもしれないな・・・。彼の口からは、歴史家にとってはまったく夢のような話ばかりが語られるであろう!」
すっかり学者の顔になったテスナーは、鼻腔を広げ興奮気味に演説を始めた。
「あなたって人は・・・。
復活せずに、本当に夢のままで終わってしまわないと良いのですが。」
エーテが不満顔で愚痴ると、テスナーは急に真顔に変わった。
「それがな、エーテ。 今回は予感がするのだよ。」
「・・・予感?」
「ああ。 神の存在はもちろん占いすら信じない私だが、今回はな、何か妙に胸がザワザワするんだ。 君の言うところの「確信」に近い「予感」と言い換えるべきかな? 成功するしない、では無く・・・、何かとてつもない事が起きる、いや起きてくれる、という期待にも似た予感だ。」
「・・・確かに。 あなたとしては珍しい。」
「だろう? だから、私はフィレリアを笑ったりはしない。彼女も同じく感じた何かに突き動かされているからだ。」
「ううん、そこまで言われても、にわかには信じ難いです。
しかし・・・。 で、あれば、です。そこまで思い入れがあり重要とお考えの呪儀、あなたこそが立ち会うべきでは?」
「ああ、それがな・・・。当日のロックフォートの守りをフィレリアから命令されているのだよ。」
テスナーがしょぼんと小さくうずくまった。
「そんな!?」
「それに、私としては、やるべき事は全て済ませてある。当日のその場に私が居ようが居まいが、計画に大きな問題は無いよ。」
背を向けたままテスナーが、ゆっくりと立ち上がる。
「しかしっ!」
「これは、私からの希望でもある。おそらくこの戦争の、いや、ロクナムの歴史の転機にすらなろう儀式に、この国の未来を担う君にこそ立ち会って欲しいのだ。」
エーテの右手を、テスナーの熱い両掌がギュッと包んだ。冷静な学者肌で通っている彼にしては、極めて稀な行動である。 エーテの額から汗が流れた。
「・・・わかりました。」
テスナーは顔をほころばせ、握っていた手をエーテの頭に移した。
「ヨシヨシ、良い子だ♡」
不意に頭を撫でられ、エーテの顔は見る見るうちに赤くなった。
「ちょ、ちょっ!?」
そして、この時もまたエーテより大げさに反応したのはクゥだった。
(テスナー様、ズルい! さっきボクは頭を叩かれたってのに・・・この差は?)
クゥの嫉妬の視線に気付いたテスナーは、今度はクゥの頭上に手を置いた。
「クゥ。君もエーテに付いてティノブールに戻り、呪儀に立ち会ってくれるかな?」
クゥの頬が、嬉しさと誇らしさでパッと紅潮した。
「はっ、ハイッ!!」
(まるで、親子のようだな。 もとより、テスナー様にかかれば、誰だって子ども扱いだ。 このオレも。)
エーテはテスナーの手が置かれていた頭を自分の手で撫で、ふふっと笑った。