召魂の呪儀
死んだ者の魂は、屍の周りから離れられないという。
この国の葬儀の原型は、屍に縛られた魂を解放する儀式であった。
その逆で、魂を再び器である体に呼び戻すのが、召魂の呪儀だという。
― 召魂の呪儀。
かつては死者を蘇らせる禁忌の儀式であったとされているが、もちろん、死者を生き返らせる事など現実的には不可能で、当然のごとく近年記録のある限り実例は無い。
一般にはこの思想を基に病になった者の延命を願う儀式として、ある時は心を喪失した者が正気に戻る事を願う儀式として、本来の意味や形式を変えながら受け継がれてきた。「呪」とあるのは、悪魔なのか神なのか?願いを捧げる相手「主」と呼ばれる存在から願いの成就と引き換えに、請願者が呪いを受けたからだという。しかしほとんどの場合において、呪いを請ける代わりに「主」に供物を差し出しており、内容はおそらく願いの大きさに比例して穀物であったり、稀に動物の生贄の場合もあったらしい。何を差し出すかは、「主」から要求を託された儀式の司祭が告げる。もちろん形式的なもので、供物は司祭と請願者によって予め決められている事は、暗黙の了解ではあるが。
「ここまでは、いいかな?」
テスナーはこれまで収集した召魂の呪儀の概要を改めて語り終えると、フィレリアに理解を促した。
まだ緊張から解放されていないフィレリアは、沈黙のまま、まっすぐテスナーを見ている。
フィレリアの心情を察したテスナーは、彼女の代わりに頷いてから話を続けた。
「成功の鍵となるのは、司祭たる者の選択だ。これがイカサマな人物であれば元も子もない。
しかし、今の世に残る召魂の呪儀は所謂まじないのようなもので、呪儀を請け負う司祭はいるが、彼らの儀式は私たちの求める内容ではない。つまり、職業司祭の中からホンモノを探すのは、不可能に等しかった。」
背を向け数歩遠ざかったテスナーは、顔だけフッとフィレリアに振り返る。
「だが、私は探し出したよ。イカサマではない司祭を。」
吉い報らせである。にも関わらず、テスナーの険しい表情は変わらない。
「たぶん、ヤツはホンモノだ。そうとしか考えられない。だが・・・。」
テスナーは言葉を濁した。
― 今から約半年前。
つまり、氷塊の銀狼将軍を前にフィレリアと彼の復活を誓ってから半年後。
司祭探しに行き詰まっていたテスナーは、司祭を募る布令を国中に出し、有象無象まで対象を広げて情報を集めようとしていた。募集の内容は各街の有力者に流布され、ロクナム領土内の主要な道の傍らに、あるいは人通りの多い街頭に、次々と立札が設置されている。立札にはテスナーの署名を添えて次のように書かれていた。
召魂の呪儀に知見を有する者は
毎週末の夕刻、王都ティノブール城門前に集合されたし
司祭として採用されし者には
国属司祭として爵位と共にティノブール城下に邸宅を与える
ある街角では、男たちが立札を見てなにやら盛り上がっている。
「呪儀って? なに?」
「おい、爵位がもらえるってよ! テキトーに拝んでいるだけで一生遊んで暮らせるぜ?オレも応募してみっかな!」
「よせよせ、冷やかしと分かれば、首を撥ねられるかも知れないぞ?」
「ははっ! 冗談だよ。こんなお遊びに付き合うほどオレはヒマじゃ無えんだ。」
「言うほどオマエが忙しいとも思えないけどね・・・。しかし、こんな時にお上は何を考えているんだか。」
世間の反応は、概ねこのような具合である。
テスナーは、それでも募集に応じた何人かと面談を行なった。
破格な報酬に対して身元に保証を要求していない事から、自称司祭のほとんどが一か八かの報酬目的、或いは冷やかし程度の偽りの司祭である事は容易に想像できる。しかしテスナーはひとりひとり丁寧に話を聞いた。もっともらしい演説と成功の約束を飽きるほど聞いたが、結果としてその中に呪儀を任せるのに信頼のおける“本物の司祭” は見い出せなかった。
だが、ひとりだけ、記憶に引っ掛かっている男がいる。
あまりにデタラメだったので嫌悪感がその男の記憶を消そうとするのだが、不思議なことに忘れようとするほど頭から離れなくなるのだ。
その男は、田舎の農夫のような軽装のいで立ちで、肩までかかる茶色の髪はボサボサのまま。
お世辞にも、面談の為に身を整えたとは言い難い。
「出身は?」
「ノウシオの村です。」
「ん? ノウシオ? 失礼ながら、2年ほど前にリキュアに襲われ全員死亡したと聞いたが。」
「おっしゃる通りです。ですがちょうどその折、私は裏山に山菜を採りに出て村を離れておりまして。村の方に上がる黒煙を見て危険を感じ、そのまま山中に身を隠したので無事でした。」
「そうか、辛い話をさせてしまってすまない。村では一人暮らしでしたか?」
「いえ、妻と、ひとり息子と、私の父と、4人で暮らしていました。あと、ニワトリを・・・」
そこで、ぬっと突き出されたテスナーの右掌が、男の話を遮る。
「ちょっと待て。家族がいたのか? 黒煙を見て村の異常を知って、なぜ戻らなかった?」
「なぜって、死ぬ運命の者を助けに行って、自分まで死ぬのはバカバカしいじゃないですか?」
男は、当たり前の事を聞かれたのがさぞ不思議だったようで、目を丸くしながらそう答えた。
テスナーは眉をひそめた。
「で、呪儀の経験はあるのか?」
「経験は有りませんが、聞いたことは有りますよ。
だから、聞いたとおりにやれば、きっと成功します。」
「なっ!?」
今度はテスナーが目を丸くする番だった。
(馬鹿か、こいつは。成功しません、と宣言しているようなものじゃないか)
しかし、その驚きが、逆にこの男への興味を増幅させる。テスナーは平静を装い質問を重ねた。
「あ、ああ、では呪儀は聞いた通りを再現するとして・・・、供物はどうする?」
「そうですね、とりあえず、生きたままの家畜を1頭ほど。」
堪らずテスナーは勢いよく立ち上がる。膝の裏に弾かれたイスが、派手な音を立てて倒れた。
「救国の英雄の魂だぞ! とりあえず、って、本当にそれで足りるのか!?」
適当に答えるにもほどがある。テスナーはつい声を荒らげてしまった。しかし男はたじろぎもせず、また即座に答えを返すのだ。
「ええ、たぶん。足りなければ、何か言ってくるでしょう?」
「言ってくる、だと?まるで知り合いか友達のような物言いを・・・。」
(このチグハグな問答は、この先も続くのだろうな)
テスナーはさすがに愛想を尽かし、倒れたイスを元に戻し疲れた様子でドッと座った。もう一度男の持参した書類に目を通してみる。氏名欄が空欄であることに今さら気付いたが、もはや聞く価値もない。コイツは、そういうとぼけたことをする男なのだ。
「・・・、もう帰っていいですよ。応募してくれた事に感謝します。」
「そうですか、残念です。では。」
男は席を立ち、軽い会釈をするとあっさりと部屋を退出した。
考えも無ければ、欲も無い不思議な男だった。
しかしその後、司祭への応募はパタリと無くなり、とどのつまり、テスナーはこれまで会った応募者の中から選ばなければならない状況に追い込まれていいた。
「やはり、あの男か。」
あの時の面談を思い出すだけで、テスナーは頭が痛くなってきた。
いい加減な受け答えに呆れはしたが、一方で他の誰よりも際立つ異様な人格は、未知の儀式の執り行う者として唯一の可能性を感じさせる。テスナーは、いったん記憶の中の男から目を逸らし、募集に応じた他の衆ひとりひとりの顔を思い起こしてみた。やはりダメだ、どれもピンとこない・・・。
(どうせ、一か八かの賭けだ。 この者への直感こそ価値がある。)
意を決したテスナーは、すぐさま男の住むノウシオへと向かった。
― ノウシオの村 ―
火山灰を被ったように灰色に荒れた土地、焼け落ちた家屋。
テスナーの前には、枯れた草木を含め生命を全く感じない死の世界が広がっている。
村の奥に向かって注意深く馬を進めるテスナー。その背後から、不意に声が響いた。
「あれ? いつぞやの、お城のお方。このノウシオに観光でも?」
相変わらずのとぼけた声。
テスナーはぶり返した頭痛を左の掌を額に当てて抑えつつ、声の聞こえた方を振り返った。
ついさっき通って来た道なのに、いつの間にかあの男が手ぶらのままひょうと立っていた。少し肌寒い陽気なのに、以前見た軽装のままである。
その場で馬を降りたテスナーは、着地した姿勢の俯き加減のまま男に歩み寄る。そして、すっと息を吸い顔を上げると、男の眼を睨んだ。男はなぜ睨まれているのか分からず、不思議そうな顔をしている。そのまま、ふたりの間に暫くの沈黙が続いた。
「決めたよ。召魂の呪儀を、おまえに託そう。」
男は無感情に言葉を返した。
「はあ。 わたしで、良いのですか?」
「良いもなにも、おまえ・・・。」
「っふふ、これは、ありがとうございます。必ずや銀狼将軍の復活を成し遂げてみせましょう。」
「ああ、頼むよ。だが、呪儀までもう時間が無い。さっそく準備に取り掛かって欲しい。必要な物があれば、遠慮無く私に言ってくれ。」
「ええ、そうします。では、・・・」
「あっと、ちょっと待ってくれ。今さらだが、名前を聞いていなかった。」
「なまえ、ですか? はて、有ったような、無かったような。」
男は左右に首を傾げた。
「ええと、とりあえず、おまえ、と呼んでくだされば結構ですよ。っふふ。」
灰色の廃墟を背に『おまえ』はニヤリと笑っている。テスナーの背筋に震えが走った。男の不気味さに? それもあるが、何もかもが普通ではないこの男に、奇妙な期待が込み上げるのを抑えられなかったからだ。
「では、『おまえ』。私はティノブールに戻る。報酬の邸宅は先渡しで用意しておこう。おまえも早めに王都に参じて欲しい。」
男にそう告げ、テスナーは背を向け馬に跨った。男はニヤリ顔のまま、瞬きもせずテスナーの動きを目で追っている。
「ところで、あなた。」
振り返ると『おまえ』は、いつもの無表情に戻っていた。
テスナーの胸に、小さな違和感が引っ掛かる。思い返すと、会話のスタートはいつもテスナーの方であり、この男の方から声を掛けてきたのはこれが初めてだったからだ。
「召魂の呪儀の前に、あなたにお話ししたい事が有ります。」
「なんだ?」
テスナーには皆目見当がつかない。ただ、『おまえ』の口から発せられる次の言葉がなんとなく恐ろしいものである事を、テスナーの本能が予感していた。テスナーが臆したのを察したのか、男の口元がにやりと歪む。テスナーは額から血の気が引いていくのが分かった。
しばらくの静寂を経て、男の歪んだ口元から出た言葉。それは・・・
「主からの伝言です。」
一瞬、ふたりの立っている廃墟の世界の時が止まった。
全ての音が消え、白い霧が辺りを包んでいく。
まるでモノクロの世界。
白く濁った空気の中、ふたりの姿は黒い影のように見えた。
男の口が動いた。
少しだけ、テスナーの頭が後ろに揺れた。
しばらくすると、テスナーの黒い影は膝から崩れ落ち、地に伏した。
そして、四つん這いのまま、慟哭しているようにも見える。
やがて白い霧は、ふたりの影をも、飲み込んだ。
「・・・以上が、その男を司祭に選んだ経緯だ。」
テスナーは、その男との一部始終をフィレリアに話した。
いや、正確には一部始終では無く、ノウシオから帰るために馬に跨るまでの話を。
つまり、白い霧の中の出来事は含まれていない。
「フィレリア、この期に及んで言いたくは無いが。
ヤツは、この呪儀は、・・・危険だ。」
テスナーの驚くべき否定的な発言を聞いても、フィレリアはまだ沈黙したままだった。しかし、これまでの恐怖に縛られた沈黙ではなく、何か考えの有る黙秘のように思える。
「フィレリア。 銀狼将軍の復活は、医術に託そう。
考えたくは無い。が、もし上手くいかなくても、復活させる事が出来なかったとしても・・・」
苦しそうに話すテスナーの額に、一筋の汗が流れる。
「銀狼将軍の力を借りなくても、私の開発した爆雷が有れば・・・。
我々の力だけでも、ロクナムを救う事は出来る!」
握った拳を横に振り抜き、テスナーは叫びにも似た声色で説得を試みた。
髪を前に垂らして俯いていたフィレリアが頭を上げると、前髪の隙間から少しずつ顔が覗いて見える。
「率直な意見を話してくれて有難う、テスナー伯父さま。」
彼女は、笑顔だった。
「そ、それでは、フィレリア!」」
「召魂の呪儀は、計画通り行ないます。」
テスナーの表情に、明らかな落胆の色が広がった。
「な、なんで・・・。君も、あの男の危うさは理解したはずだ。」
フィレリアは答えない。
「もし呪儀を行えば・・・、
フィレリア! 君にとって良くないこ事が起こるかもしれない。
それでも・・・、自分の身を危険に晒してでも、やるというのか!?」
「はい。」
和かい笑顔の裏に秘めた彼女の決意は、決して揺るがないようだ。
(まだ幼い女の子と思っていたが、頑ななまでの強い意志。やはりイスティムと同じ血が流れているのだな。)
ふうーっと深く長い溜め息をついたテスナーに、フィレリアと同じ和かい笑顔が戻っていた。
「わかったよ、フィレリア。 君の志を信じ、尊重しよう。」
「伯父さまっ!」
「オレも、やっと肚を決めたよ。
さあ、さっそく、あの男と打ち合わせをしなければ。」
「『おまえ』さんとですか?」
フィレリアはクスクスと笑っている。テスナーも釣られて苦笑した。ちょっとバツの悪かったテスナーは、フィレリアのクスクスに救われたカタチだ。
「ああ、そうだ。君の命令で、明日はロックフォートに発たねばならないからな。
急だが、午後にでも一緒に司祭様の邸宅に向かおう。」
二人の向かった先には、3階建ての大きな白い邸宅が構えていた。
報酬としてこの邸宅を与えると共に、支度金で相当額も渡してある。少なく見積もっても5年は遊んで暮らせる金額だ。
邸宅の中に入ると、フラフラと『おまえ』が出迎えに現れた。身なりは質素なまま、頭もボサボサのまま。しかし、少し肥えたせいもあるが、顔つきだけは貴族に似た高慢さが加わっている。環境は人を変えるのだろう。
その司祭の男を前に、テスナーは苛立っていた。
『おまえ』が、全く準備をしていなかったからだ。
「要求通り、供物として、生きた牛を10頭用意した。
だが、本当に、他に準備は要らないのか?」
『おまえ』の要求した供物の頭数は、確か1頭。心配性のテスナーが勝手に増やしたのだが、忘れているのか気にしていないのか、特にそこに指摘は無い。それどころかテスナーの心配が『おまえ』には鬱陶しいらく、拒絶するように答えを返した。
「無いよ、無い、無い。あとは、私が祈願するだけだからね。」
テスナーの頭が煙を噴いたのを見て、フィレリアが慌ててフォローを入れる。
「あの、ほら、祭壇とか、杖とか? そうそう、あなたの着る法衣とか!」
男は目を丸くした。
「だ・か・ら。 なーんにも、要らないって。お嬢ちゃん。」
「そう、ですか・・・。」
怯んだフィレリアに代わり、テスナーが再び質問を差し込む。
「当日は、どんな進行になるのかな? 呪儀の式次第のような物があれば、見てみたいのだけど。」
「有りませんね。そんな面倒くさい物、必要無いですよ。必要になった時に私に声を掛けてくれれば、呪儀をおっぱじめるだけです。」
立て続く質問攻めに、『おまえ』は苛立ちを隠さない。
フィレリアは不安だった。
でも、テスナーに聞いた話通りの人物であったという事実がその不安を払拭し、フィレリアの心象を少しずつ『期待』に塗り替えてゆく。彼女の表情の変化を観察していたテスナーは、タイミングを見計らいポンと肩に手を置いた。
「フィレリア、後は彼に任せよう。」
一瞬、困った顔を見せたフィレリアだったが、テスナーの言葉に素直に従った。
成功の鍵を握る召魂の呪儀が、ほぼぶっつけ本番となる事が確定した瞬間だ。
ふたりは無表情のまま手を振って見送る『おまえ』を背に、邸宅を後にした。
筋書きも無ければ、準備も無い。おまけに、司祭の素性も分からない。
確実な要素が何も無いだけに、当日に何が起こるか全く予想できなかった。しかし冷静に考えると、筋書の決まった儀式が奇跡を起こせるはずも無い。形式的な儀式しか出来ない司祭が、神の力を享受する事も有り得ないだろう。つまり、奇跡を求める未知の呪儀にあたっては、今置かれている『読めない』状態の方が、正しいのかもしれない。フィレリアの左の脳は、そんな理屈を自分に言い聞かせていた。
その一方で、右の脳は避け難い運命を予言していた。
銀狼将軍の復活の為に、自らの命を捧げる運命を。
そんな右脳の予言を、今度はまた左の脳が分析をする。
(王としての私の命・・・。それでも足りないかもしれない。でも、それは私が差し出せる最も大きな供物。)
ティノブール城に戻った彼女は、上層の塔にある自室のドアを足早に抜けバルコニーに出た。不意に下から吹き上げた風に首をすくめたが、顔を上げると遠くに連なる低い山並みへ夕陽が沈んでいくのが見える。沈むほど、いっそう強さを増す赤い光に目を細めながら、この景色を見るのは恐らくこれが最後なのだろうと思った。
(呪儀が成功すればその代償として死に、失敗したら、そうだな、いずれリキュアに追い詰められ殺されるのだ。どちらにしろ、私に未来など無い。)
父である先王イスティムの急死により12歳にして王に祭り上げられてから14際となった現在まで、辛い事ばかりだった。自ら言うのも憚られるので口には出せないが、正直なところ、この年齢にしては背負うモノが重過ぎると常に思っている。苦しくて逃げたくて、幾度となくこのバルコニーから身を投げて終わりにしようと考えた。でも、バルコニーから身を乗り出すと真下に広がる城下町が目に入り、そこには多くの人々が暮らしている事を思い知る。
私は、お飾りかもしれないが権力を行使することが出来る『王』だ。でも、城下の人々は、私をはじめとする国の中枢に運命を委ねるしかない。私が権力を放棄して命を捨てたら、彼らの生命は、もしかしたら私より頼りない諸侯連中の誤った判断の犠牲にされてしまうしれない。
私が居なければ、誰が彼らの命を守ることが出来るのだろう?
危機感と不安が原動力ではあるが、その思いは、即位から僅か2年しか経っていない14歳のフィレリアなりに芽生えた、王としての自覚であった。
夕日が沈むのを見届けたフィレリアは、暗転した空を見上げた。
いつもは少なからず見える星の瞬きも、月の明かりすら、今日の夜空には見当たらない。
「この暗闇が、私の明日だ。私の夜は明けないが、この国には明るい朝日が昇ると信じよう!」
夜空に向けた彼女の叫びに余韻は無く、まるで静かな夜の闇に飲まれてしまったようだった。