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朱の狂剣  作者: カントク
英雄復活
31/70

英雄復活 1 医術者の戦い

「これより、銀狼将軍復活を、開始する!」



斜め前方に力強く伸ばしたフィレリアの右腕が翻した赤いマントが、貴族たちの前に大きく広がる。


復活の実務者である医術者たちは、フィレリアの号令により一斉にバタバタと行動を開始した。静かだった庭園は、一瞬にして戦場のような喧噪に包まれる。


その様子を青褪めて眺める貴族連中の中、際立って泡食っていたのは、そう、副議長のアレンだった。

顔が歪むほど歯噛みし、わなわなと震える体は怒りを露わにしている。


「あの小娘っ! 謀られたわ!」


口の中で怨嗟を噛み殺すアレンの隣でオロオロと狼狽していたキャンベル議員は、何かを思い出したようにハッとした表情を見せた。体を寄せ、かすれた声で彼に耳打ちする。


「傭兵は未だノウシオ村です。間に合いませんっ。」

「分かっておる! ・・・だが、案ずるな。この展開は想定外だったが、第二の矢はちゃんと用意してある。」


『第二の矢』とは、警備と称して庭園の四方を包囲する20名の近衛兵の事だ。アレンが合図をすれば、すぐさま行動を起こすよう根回しされている。



「しばし『夢遊び』に付き合おうではないか。その夢は、この後に訪れる銀狼の死によって、すぐに覚めるであろうがな。」


アレンは医術者の集団に混ざって忙しなく動くジェスを強く睨んだ。視線に気付いたジェスが振り向き、コクリと頷く。再び作業に戻ったジェスの背中を眺めながら、アレンは次第に冷静さを取り戻していった。

改めて現場を見ると、見慣れぬ機材や温水プール、得体の知れない不気味な司祭まで・・・、目の前には常には見る事の無い珍しい光景が広がっている。


「まるで遊園地だな、これは。」


アレンは、その遊園地の中央で作業を見守るフィレリアの姿を凝視した。

時おり赤い髪と赤いマントから覗かせる若く白い肌が、カゲロウのように透きとおって見える。


「儚き者こそ美しい、か・・・。」


喧騒の中に立つ幼き女王の可憐な姿に、アレンは不覚にもこれまで感じたことの無かった憐憫の情を覚えた。






フィレリアの号令の直後。


レスター卿は貴族の群れから少し離れ、現場の喧騒を笑顔で眺めていた。その姿を見つけたエーテが足早に駆け寄ってくる。


「やあ、面白い事になってきましたね、エーテ殿。」

「まさか、レスター殿も知らされてなかったのですか!?」

「もっちろん! フィレリア様の機転でしょうなぁ。」

「機転というより、危険でしかないですよ、コレは・・・。」


エーテは困り顔でフィレリアの方を見た。そんなエーテが少し可笑しかったらしく、ネイサン・レスターはクスクスと肩を揺らした。そしてエーテの視線の先に立つフィレリアの姿を、ふたりは肩を並べてしばらく眺めていた。

エーテが横を伺うと、ネイサンの顔はいつもとは違う引き締まった表情に変貌していた。ネイサンはフィレリアを見据えたまま、エーテに告げた。表情とは違い、彼の声はいつもの通り明るいものだった。


「エーテさん、ここのナマズたちの面倒はボクに任せて。あなたはフィレリア様の傍から離れずにいてください。」


エーテに言葉を残してネイサンは貴族の集団に戻り、その背中は人影の中に溶け込むように見えなくなった。


「ありがとうございます・・・。」


ネイサンの消えた方向に一礼し、エーテはフィレリアの方へ戻る事にした。


現場では、氷塊の置かれた台から温水のプールに向けて、スロープが渡されているところだった。木製のスロープの長さは5mはあろうか?端が温水に着水すると、ブロックを打つ大きな音と共にバシャンと水しぶきが上がった。数人の医術者が手際よく氷塊にロープを回し、ゆっくりと温水に向けてスロープの上を滑らせる。スロープの先端からプールの底に真直ぐに落ちた氷塊は、その場に沈み直立した。移動用のロープが解かれると、休む間もなく医術者が走り、今度は4本のホースを抱えて氷塊の四方に立ち構える。


「出してくれ!」


医術者の叫びに応え機材技師のフレディが頷いた。いくつかのスイッチを動かし、機械から飛び出しているレバーを思い切り下に倒す。ズンッ!という鈍い音が鳴ると、医術者の持つ4本のホースに脈動が走った。手応えを感じた医術者が、一斉にホースの先を氷塊の上に向けた。と同時に、ホースの先から放たれた熱湯が氷塊に向けて勢い良く浴びせられる。

角を取るように氷塊に撃ち注がれる熱湯。温水装置のズウンズウンと地面を揺する音が響く中、3mはあった氷塊の高さは、みるみる内に2m程に小さく溶かされた。


しかしこの後、溶かしたはずの角が再び氷塊の中から浮かび上がる。

次第に露わになる氷塊の中の第二の輪郭に、医術者が怪訝な表情で呟いた。


「なんだ、コレは?」


銀狼将軍の体表まで溶かされるはずだった氷塊は、いくら温水を浴びせても箱型の形状から全く溶けなくなってしまったのだ。蒼く透き通った長方形は、銀狼将軍を閉じ込める水槽のように見える。


「いったん止めてくれ!」


ガコンと下ろされたレバーの音を追うように、ホースから排出される温水が勢いを失い、そして止まった。


医術者の一人がホースを地面に捨て置いて、温水を拒む長方形の物体に近寄った。右手で表面を撫でると、氷のように冷たいが、氷、つまり液体が凍った感触としては違和感を感じる。

砕石用のタガネとハンマーを携えたもう一人がやって来た。タガネの先端を物体に当て、ハンマーで数回叩いてみる。しかし弾かれた先端が表面で踊るばかりで、まったく刃を受け付けない。今度は大きく振り被ったハンマーをタガネに向けて思い切り撃ち下ろした。


キイィィィィン!


甲高い音を立てたタガネは、ハンマーもろとも勢いよく弾かれ医術者の背後に大きく飛ばされて温水の中に沈んだ。


「痛ってててて・・・。」


衝撃に痺れる右手首を押さえ、医術者がその場に蹲った。


「氷では無いのか!?」


見守る医術者の間に、どよめきが湧き起こる。氷とは異なる長方形の物体の出現という想定外の展開に、医術者には為す術が思い浮かばない。祭壇の近くで黙って見ていたフィレリアが動き出し、腰までプールに浸しながら銀狼を閉じ込める物体の元に向かった。

フィレリアは、その表面に静かに右手を添えた。冷たく無機質で、氷というより鉄に近いような鈍い冷たさを感じる。しかし、金属にしては、あれほど温水を浴びたのにまったく温度の変化は無い。蒼い長方形の中に浮かぶ銀狼将軍を、フィレリアが怒りに燃える眼で睨みつけた。するとクルっと身を翻したフィレリアは、弾け飛んだタガネとハンマーが沈む場所へ、温水を両手でザバザバと掻き泳ぐように歩み寄る。それぞれをガシリと両手に掴むと、今度はザバザバと温水を掻き立てながら引き返し、物体にタガネを当てハンマーを背中の後ろまで大きく振り被った。



「・・・こんなもの!!!」



バネが戻るように、渾身の一撃が物体に振り下ろされた。


キイィィィィン!


前回と同じく高い音が響き渡り、弾かれたタガネとハンマーがフィレリアの背後に落下した。タガネを握っていた左手に走る激痛を右手で押さえながら、フィレリアはその場に片膝を着き俯いた。


しかし、次の瞬間。


蒼い長方形、クモの巣のように白く輝くヒビが走り始めた。


ビッ! ビシッ!!


タガネを弾いた音とは違う鈍い破砕音が断続的に発生する。

勢いよく走り拡大する白いヒビは、物体の全てを覆い尽くす。真っ白になった物体が、目が潰れるほどの強烈な白い閃光を放った。


ピイィィィィィィィン!!!


鼓膜を突き刺すような鋭い音が響く。共鳴を重ねて庭園内に鳴り響くその音に、全員が両手で耳を塞ぎ悶絶する。


グゥバア!!!


空気を震わす轟音と共に白い物体が弾け散り、中から勢いよく液体が飛び出した。

フィレリアをはじめ物体を囲んでいた医術者は噴流をまともに喰らい、数メートル後方に吹き飛ばされ地べたに転がった。頭からずぶ濡れになった医術者の一人が咽込みながら立ち上がり驚きの声を上げる。


「こっ、これは、塩水えんすい!?」

「バカな! さっき溶かした氷塊の表層は、間違いなく真水だったぞ!?」


弾け飛んだ物体が有った場所には、白い霧のようなものが立ち込めていた。次第に薄くなる霧に目を凝らすと、その真下の水中に男の影が沈んで見える。


「おいアレ、まさか・・・。」

「まっ、マズい! 早く引き揚げろ!」


数名の医術者が駆け付け、温水のプールに沈む男を引き揚げた。そのまま素早く手術台に乗せると、8名の医術者全員が手術台を囲み、おそるおそる全身を眺める・・・。


「銀狼将軍、だよな・・・。」


手術台に寝かされた男の姿を見ていたネイサンが、目を丸くした。

(まさか、本物の銀狼将軍をこの目で見れるなんて!)


ネイサンの周りの貴族連中からも、感嘆の声と共にどよめきが湧き上がった。


「おおおお・・・。」


氷越しではなく生の姿を目の当りにしたのは、あのアレンでさえ不覚にも声を漏らす程に衝撃的な瞬間であった。



その観衆のどよめきの中、医術者は魅入られたように観察を続けていた。


氷塊越しに見た通り、いや、それ以上に500年もの間眠っていたとは思えない生気を宿した肌は、劣化どころか、くすみすら見て取れない。その逆で、着ている軍服は間近で見るほど痛んでおり、過去の世界における激しい戦闘を物語っているようだった。

当然、身体は凍っていると考えられていた。が、目の前で手術台に横たわっている銀狼将軍の身体は生身のように柔らかく凍った様子は無い。心肺停止状態というより、息をせず眠っているようだった。施術などしなくとも、眺めているだけで息を吹き返しそうな錯覚さえ覚える。


 これが、500年前を生きていた銀狼将軍・・・


「何を見入っておる、蘇生に取り掛かれ!」


凛と響く声に鼓膜を打たれ、医術者たちは夢から醒めたようにフィレリアを振り返った。


「はっ、申し訳ありません、つい!」


医術者たちは蜘蛛の子を散らしたように手術台から離れた。


まず一人が大きなトレーを両手に持って戻った。トレーからハサミなどの道具を手術台の横のワゴンにガチャガチャと並べ、その作業が終わると大柄なハサミを手に取り、仰向けに寝る銀狼将軍の上衣を胸上から腹までザクリと断ち切った。続けて袖から肩までを慎重に断ち、前面の肌が露出された。刻まれた無数の生傷を目の当たりにしに、思わず顔をしかめてしまう。

別の3人が機材を運び込むと、残った医術者は機材からチューブを引き出し、先端の針を銀狼将軍の身体の各所に手際良く刺し固縛する。

今度はハサミを振るった医術者がひと際太い管を引っ張って来て、手術台に寝る身体の脇に並べ置いた。あの、獣の臓物のようなキモチワルイ管だ。


手術台の周囲をグルリと見渡した医術者のリーダーらしき男が、人差し指で眼鏡を上げ大きく頷いた。


「なんとか整ってきたな・・・。」


リーダーは忙しなく作業を続ける医術者に向けて、大声で指示を飛ばした。


「プロセスが随分飛んでしまったが、現在は解凍が終わり蘇生の段階と考えよう! まずは脈動呼吸器を挿管し、心臓をはじめとする臓器にショックを与えつつ肺に高酸素空気を送る。同時に薬液を注入しながら腕の接合を行なおう。」


指示を聞いた医術者が、銀狼将軍の口を大きく開かせる。

そこへ、臓物のような管が慎重に挿管された。喉の奥に突き当たったように動きが止まる。開いた口を保持している医術者が右手を上げると、ドッという音と共に管が1回大きく脈打った。続いてうねうねと蛇のようにうねると、何かを飲み込むように喉が膨らみ、脈動しながら胸元の方へ膨らんでゆく。その様子を注意深く観察していた挿管の担当者が、額に溜まった汗を振り払いながら叫んだ。


「挿管止め! 高酸素と脈液の圧送を開始してくれ!」


声を聞いた技師のフレディが大きな丸ハンドルを力いっぱいに回しバルブを開放すると、機械の上部から何本かの蒸気が一気に噴き出した。フレディは蒸気が鎮まるのを背後に確認しながら走り、機械の側面に埋められた圧力ゲージの確認と同時に2本のレバーをグッと引き上げる。すると、臓物のような管の根元が膨らみ、機械側から手術台の方に向けて流れ始めた。


その膨らみが銀狼将軍の口に吸い込まれると、仰向けに寝かされた身体がビクンと大きく跳ねた。

その後、はだけた胸は一定間隔でゆっくりと上下を繰り返している。

上下に動く胸を中心に銀狼将軍の身体を観察するリーダーは、次の指示を続けた。


「よし、薬液を落とし始めよう。外科班は両側2名ずつに分かれ、腕の接合にかかってくれ。」


銀狼将軍に繋げられたチューブの中を、赤と白の液体がゆっくりと流れる。

手術台の両脇に2名の医術者が立つと、手術台の横のワゴンに、失った腕の代わりに接合される生腕が載ったトレーが置かれた。それぞれの側の一人が手に取ると、銀狼将軍の腕の切断面と合わせて手術台にそっと寝かせる。ハサミ、ピンセット、針がチラチラと銀色の光を放ちながら、接合の施術が始まった。


「見たところ身体に凍った様子は無く、壊死も無いようだ。しかし、術中には脆い箇所の出現や局所的な機能不全の発生も充分に考えられる。ここに有るのは500年前の肉体という事を常に頭の中に入れながら慎重に取り組んで欲しい。些細なことでもいい。異常に気付いたら、すぐに報告してくれ。」


リーダーの言葉を耳だけで聞きながら、外科班4名による腕の接合手術が続く。

周期的に唸る、口に挿管された管のドッ・・・ドッ・・・という音に、接合手術の方から響くカチャカチャした音金属音が混ざる。機材の方からは相変わらずゴウンゴウンという重低音が地面を振動させている。


その3つの音以外、庭園は全くの静寂であった。



蘇生が始まる前は騒々しかった貴族連中はいつの間にか沈黙し、大きく剥いた目は手術台に釘づけになっていた。

フィレリアも同じく沈黙しているが、しかしその視線は銀狼将軍の1点に向けられたまま冷静に手術の様子を見守っている。その横に立つエーテの顔も手術台を向いてはいたが、鋭い目は映る限りの視界の隅々を睨んで静かに動き続けていた。


「ふわぁ・・・。」


大きな欠伸をしたのは、少し離れて待機する司祭だった。彼だけは蘇生前から全く変わっていない。

しかし、頭の後ろで欠伸をきいたフィレリアは、全くそのことを気にしていないようだった。




臓物のような管が脈動を始めてから、およそ20分が経過した。

たった20分。

しかし、その場に立ち会っている誰もが、とてつもなく長い時間のように感じていた。



腕を組んで見守っていたリーダーが手術台の横に進み、色の変わらない肌を見下ろした。

横に目を遣ると、腕の接合の方は骨の固定が終わり筋と血管をつないでいる最中だった。リーダーの視線を感じた施術者が1回頷いて見せたのが、順調である事のサインであろう。リーダーも小さく頷き返し、続いて銀狼将軍の頬、そして上下する胸に掌を当てる。


「・・・こっちは変化無し、か。」


小さく絞り出されたリーダーの声に焦りが混ざっているのは、聞き取った誰もが感じるところであった。


(まずいな、もう充分に時間が経過している。)

(凍った人体の蘇生は、あくまで理論上だったという事か。)

(やはり、500年前の人間を生き返らせるなんて、夢物語だったのか?)

(このまま続けたって、恐らく・・・。)


医術者の数人から、疲労の滲んだ溜め息が漏れた。

不思議なことに、政治的には復活を望んでいなかった貴族たちの間からも、いくつかの小さな溜め息が聞こえた。


3つの音が響く中、手術台を中心に落胆の色が広がる・・・。




そんな時、3つの音の隙間の静寂に、下品な含み笑いが響いた。


「っふふ・・・。」


銀狼将軍の身体を睨み続けるフィレリアを除き、その場にいた全員の視線が、含み笑いの聞こえた方に向けられる。

そこには、祭壇の前で吹き抜けの上の夜空を見上げる、あの司祭の姿があった。



「そろそろ、私の出番ですかねぇ?」



やっと振り向いたフィレリアを見て、司祭がにやりと笑った。


「幼き王よ、案ずること無かれ・・・。」


司祭は頭上に大きく両腕を広げ、天に向かって叫んだ。



「我が(あるじ)よ!」



そこにいた全員が、司祭の視線の先・・・、吹き抜けの上の天を仰いだ。

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