― 1日前 ― 幕開け
話は少し前に遡る。
城下に構えるレスター卿の邸宅には、フィレリアの文書を携えた執事が訪問していた。
エントランスまで迎えに出てきたネイサンに、その場でさっと文書を渡す。
「急ですが、ぜひお集まりください。」
文書に目を通すネイサンを確認すると、そう告げるだけ告げて執事はそそくさと去ってしまった。
「確かに急だな。ちょっと何か嫌な予感がするね・・・。」
ネイサンはスタスタと屋敷の奥に引っ込み、ノックもせずに爺の部屋のドアを開けた。
「と、言うワケだ、爺。出掛けてくるよ。」
鏡の前で僅かな毛髪を整えていた爺が、慌てて背後に櫛を隠して振り返った。
ネイサンは部屋の壁にもたれかかり、両腕を組んで楽しげに眺めている。
「はっ!? 出掛けラリル? ワケとは?」
「落ち着いてくれ、爺。少ない髪がもっと抜け去ってしまうよ。フィレリア様から復活の議で招集がかかったんだ。」
「はあ、明日ではありませんでしたか?」
「うん。その事前説明なんだって。それで、爺。ボクの剣を持ってきて欲しいんだ。」
「剣とは・・・、レスター家の?」
「ああ、そうだよ。」
爺は難しい顔をして黙ってしまった。
無言のまま部屋を出ると、しばらくして爺が戻ってきた。腕には2本の剣を抱えている。
「これがご入用とは・・・。くれぐれも、お気を付けくださいませ。」
「ありがとう、爺。」
ネイサンは爺の腕から剣を貰い受けた。
レスターの、と呼ばれたその2本の剣は、通常の剣に比べて先に向かって幅の広くなる刃が特徴的だった、
良く磨かれているようで、鉄とは思えない白い光を放っている。
ネイサンは両の剣をクルクルと器用に回して腰の両脇に差した。
「じゃ、行ってくるよ。」
ネイサンは額に翳した2本の指を弾いて爺に挨拶を送り、屋敷を発った。
その後ろに1体の甲冑が続く。
ネイサンが向かったのは、城の外縁に沿って建てられたロクナム国軍の施設だった。
門兵の挨拶に軽く頷き、甲冑を従えてスタスタと中に進む。石造りの建物をどんどん奥に進み、いくつかの階段を下り着いたのは、軍の留置場だった。牢の一つに、ジェス・ウッドが閉じ込められている。
「お待たせ、ジェス。迎えに来たよ。」
「迎えに来たって? 取り調べか?」
「はは、ご挨拶だな。ボクは、君をここから連れ出しに来たんだよ?」
「なっ、え?」
ジェスは困惑した。銀郎復活は明日のはずで、始まってもいないのに自分をココから出すのは妙だ・・・。
かといって、ジェスの提案を断る権利など、今の自分には無い。
「どこへ連れて行くんですか・・・。」
「どこって、キミが元居た場所だよ。まあ、着いて来てくれ給へ。」
そう言って無造作に牢の鍵を開けると、ネイサンは訝るジェスの腕を掴んで引っ張り出した。
ちらっとジェスを見たネイサンは、スタスタと早足で歩き始めた。ジェスは慌ててその後に続き、さらにその後を甲冑が追う。昔のRPGのように連なって廊下を進む3人は、あっという間に入り口に着いた。外には入り口にぴったり付けて馬車が停まっている。
「ささ、乗って。」
ネイサンは半ば強引に小柄なジェスを馬車の中に押し込んだ。ドアを塞ぐように甲冑も乗り込む。
一方のネイサンは外から馬車のドアを閉めると、自分の馬にまたがり馬車を先導して走り始めた。
しばらく城下の喧騒の中を走った馬車は、路面は荒れているが静かな場所まで進んで停まった。ネイサンが外からドアを開ける。
甲冑に続きジェスがおそるおそる外に下りてみると、町の少し外にある森の、木漏れ日に照らされた小道だった。
ジェスがあたりを見渡すと、ネイサンが小さな丸太小屋に向かって歩いているのが見えた。視線に気付き振り返ったネイサンが手招きしている。
窓一つも無い小屋に入ると、暗い床に石造りの階段がある。
「ジェス、ここから先はキミ一人だ。下に下りると地下通路が続いている。良く聞いて。突き当ったら左。道なりに進んで、十字路をさらに左。突き当ったら、今度は右だ。その先に見える階段を上がってくれ。いいかい?左、左、右で階段だよ。ちょっとした罠も仕掛けられているから、絶対に間違えないようにね。」
「は、はあ・・・。行くしかないですよね。」
「うん。間違えないで進めば、城の1階の厨房に出るはずだ。そこを通って庭園の持ち場に戻るんだ。ちょっと急いでくれると有難い。」
「そうだ、厨房に出たら、外の廊下に耳を澄まして、足音が近付いたタイミングで扉を出てくれ。」
「はぁ? それじゃマトモに見つかってしまうじゃないですか。」
「その方が都合がいいんだよ。君が姿を消した事に多くの関係者が気付いているが、今のところ、その理由は誰も知らない。アレンも、その手駒の近衛兵もね。君は厨房から出て会った人、誰でもいい・・・、そいつに居なくなった理由を軽く話してくれ。」
「レスター卿にゲロしに行って、捕まってました・・・と?」
「そうそう。素直でよろし・・・、じゃないっ!」
「ですよね、はは・・・。」
「薬の配合を調整していた、で、いいですよ。」
「ツッコまれるでしょ!? 何の薬か、って。」
「それは歓迎だ。そうだな・・・『機密情報なので、アレン副議長に聞いて下さい。』とでも答えよう。そうすれば聞いた者は察するだろうし、運が良ければアレンに伝わる。キミがまだちゃんと任務を遂行する姿勢だってね。」
「なるほど。で、私は持ち場に戻ってどうしますか?」
「毒師ではなく、薬師としての任務を全うして欲しい。銀郎将軍に注入するのは、ちゃんとした薬の方ね。
あ、そうだ、ついでに・・・。」
「?」
「ポーションみたいなの、ある? 俗にいう回復薬。」
「それはもちろん、カモフラージュで現場に持ち込んであります。」
「おおっ、さすが自称天才薬師! 何かの役に立つかもしれないから、いつでも使えるようにしておいてよ。」
「はぁ、はい。」
「じゃ、よろしくっ!」
ネイサンはジェスの体を独楽のようにクルっと回して階段の方に向け、背後からパンと肩を叩いて送り出した。
その勢いでジェスは転げるように階段を下りた。地下通路に着き地上を振り返ると、ネイサンがにこやかに手を振っている。ふっと軽い溜め息の後、ジェスは「左、左、右・・・。」と呟きながら暗い地下通路を奥に向かって駆け出した。
暗闇に紛れてゆくジェスの背中を見送ったネイサンは、小屋の外へ一歩出て森林の切れ目に映し出されるティノブール城の姿を眺めた。
「さて、ボクたちも行こう。」
外に立って見張っていた甲冑がガチャリと頷いた。
颯爽と馬に跨ったネイサンが甲冑と馬車を置き去りにして駆け出す。
甲冑がのそのそと中に入ると、馬車はネイサンの後を追って動き出した。
フィレリアとエーテが庭園に姿を現したのは、オレンジ色に陽が傾き始めた頃だった。
約束した5時が近い。
庭園には、既に20名ほどの人影が集まって見えた。
二人が足を進むと、その中にはネイサンがニコニコしながら大きく手を振っている。フィレリアは苦笑しつつさらに庭園の中央へと進み、氷塊の前で振り返ると集まった集団を見渡した。
地方から来た数名の諸侯をはじめ、重鎮の貴族議員の顔ぶれが並ぶ。
後方に隠れるようにアレン副議長の姿、その横にキャンベル議員。オーティス家からは、議長を務めるカイアルではなく、その息子で議員職のセオドアが参加している。王であるフィレリアが登場しても雑談を止める様子が無い。急に呼び出されたことで不満を露わにしているのだろう。
フィレリアはそんな議員連中を一瞥し、続いてすぐに蘇生用の設備の方に目を向けた。
銀狼将軍の氷塊を置いた台の元に、腰くらいの高さで環状に組まれたブロックの中に油でなめした羊皮を敷いて作られたプールが設置されている。プールにはふわふわと湯気を上げる温水で満たされており、その中央には大人を並んで2名寝かせられる程の大きさの手術台が浮島の如く置かれている。
プールの湯にはいくつかのホースが浸っており、それぞれ圧力釜のような装置につながっていた。煙突状の突起から蒸気を吐く大きな装置はボイラーだろうか? 横では技師のフレディ・ペレスが動きを見守っている。特筆すべきは獣の腸のようにうねる生々しく脈打つ配管。これは何か緑色に薬液で満たされたタンクにつながっていた。
フレディ以外の医術者はプールの脇、氷塊側に整列している。
その最左には、ジェスが高名な薬師のように聡明な顔をして立っていた。
彼の存在を知り一瞬気色ばんだエーテだったが、フィレリアに肘で小突かれて視線を送った先にウインクをするレスター卿の姿を見て、ホッと安堵の表情に戻った。
プールから見て氷塊を中心にした90度左側には、供物役の牛をつなぐスペースと簡単な柵、そしてその奥には召魂の呪儀を行なう祭壇が見える。司祭はフィレリアを気にしていないようで、ボーッと立ったまま眠そうな目で氷塊を見つめていた。
庭園を囲う回廊をザッと見ると、各四方に近衛兵が5名ずつ、計20名が槍を縦に構えて控えている。
集まった多くの人々の中心で、銀狼将軍の氷塊がひときわ蒼く輝いて見えた。
(やっと、ここまできた・・・。)
準備の整った会場を一通り確認し、フィレリアは目を閉じ大きく息を吸い込んだ。
吸い込んだ息をグッと止め、諸侯貴族の集団にクルリと体を向ける。赤いマントがふわりと横にひらめいた。
「急な呼び立てに応じて頂き、感謝する。」
庭園に響く凛とした声で、その場にいた全員の視線がフィレリアに集まった。
その先には、冷たい光を目に湛えたいつもの厳しい表情のフィレリアが立っている。
「見ての通り、中央の氷塊に閉じ込められた銀狼将軍の復活の準備は整った。ここに集った優秀な医術者と有能な司祭により、英雄の復活は必ずや果たされるであろう。」
フィレリアは演説の中で、医術者と司祭、それぞれに激となる視線を飛ばした。
「そして、今の戦乱の世に復活した銀狼将軍は、我々ロクナムの大きな戦力となってくれる。500年前・・・かつてのマルダ鉱脈戦争と同じように、ロクナムを勝利に導いてくださるのだ!」
貴族の集団の一部から、クスクスと小さく笑いが漏れ聞こえた。
フィレリアは一瞬声の方を睨むが、構わず演説を続ける。
「いよいよ明日、その刻を迎える。 だが・・・。」
フィレリアは演説を止め、中庭の吹き抜けの上に開いて見える夕空を仰いだ。
そして、しかめた顔で、貴族の群れの中に控えて立つエーテに向けて声をかける。
「ロックフォートのエーテ、今宵の空模様はどうだ?」
いきなり聞かれたエーテは、たじろぎながらも素直な予想を答えた。
「今晩はこのままの晴天と存じます。」
「そうか、残念だな。では、明日はどうだろう?」
気を付けていなければ、さらりと交わされた天気に関するやりとりにしか聞こえなかった。
関心の無い貴族連中においては、なおさら聞き流していたことだろう。
しかしエーテはフィレリアの言葉の異状に気付いた。
明日を本番に控えた今宵の天気が晴れで『残念』?
そうか、フィレリア様は、晴れを望んでいない・・・。
であれば、私の答えは!
「明日は、朝から雨模様でございます。」
もちろん、そんな情報は無い。
答えたエーテを見つめるフィレリアの口元がニヤリと歪んだのを、やはりエーテだけが見ていた。
「ふぅむ、雨か。面倒だな・・・。」
下唇に人差し指の先を置き、フィレリアは俄かにザワつき始めた貴族たちに向かってわざとらしく悩んで見せた。
「雨の中、高貴な御方々の肩を濡らしてまで儀式に立ち会って頂くのは忍びない・・・。」
フィレリアは、プールの前に並んでいる8名の医術者に向かって大きな声で問い掛けた。
貴族たちの視線も医術者の方に集まる。
「あと1時間ほど、お付き合い頂けるかな!?」
医術者達は、仲間の顔を伺いながら渋々頷いた。ここまでの疲労も積もり、1時間の残業の苦痛など麻痺してしまっているのだろう。
医術者全員が頷いたのを見て、機械技師のフレディ・ペレスが大声で代返した。
「我々は、大丈夫ですーっ!」
ウンと強く頷いた後、続いてフィレリアは祭壇の前で相変わらず眠そうにしている司祭に視線を送る。
視線に気付いた司祭は、無言のまま両腕で頭の上に〇を作り、ニタリと笑って見せた。
フィレリアも、引き攣った笑顔で深く頷いて返す。
貴族たちの方に向き直ったフィレリアは、また厳しい王の顔に戻っていた。
「では、役者も揃っているところで・・・。」
フィレリアの目が、鋭く赤い光を放った。
同時に、斜め前方に力強く突き出した右腕がマントを翻し、貴族たちの前に大きく広がる。
「これより、銀狼将軍復活を、開始する!」
貴族たちの間に、大きな衝撃が走った!
まさか、始める前提で呼び出されたのか!?
「はぁっ!?」
「急に言われても!!!」
「こっちにだって、予定ってものが有るんだ!」
貴族たちは口々に紛糾し、現場は騒然となった。
「予定? 既にお伝えしてあると思うが・・・。都合の悪い者は遠慮なくそちらを優先してくれて結構だ。」
フィレリアはマントの内に両腕を仕舞い、一歩、二歩、貴族の集団の距離を詰めた。
背の小さい14歳のフィレリアが、何故かイスティムよりも大きく感じる。貴族たちはその威圧感に青褪め、生唾と一緒に文句の言葉を喉の奥に飲み込んでしまった。
紛糾は、一瞬で静寂に変わる・・・。
「それに、今さら異議を唱える価値も無かろう。
其方らの言葉を借りれば・・・・これは所詮、お姫様の夢遊びなのだからな。」
フィレリアは、王らしい高貴な嘲笑を浮かべ、青褪めた貴族に言い放った。
なんだか、動機が止まりません。
緊張?
いえ、単なる寝不足かも・・・。




