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「タイミングが最悪すぎるんですが」

 


「なに、これ」



 目の前に掲示されている校内新聞を指さして、私は問う。

 隣でにこにこと上機嫌な笑みを浮かべる彼女はといえば、得意げに言い放った。



「何って、私の渾身の一作よぅ。みんながいま一番知りたいことだろうし?」



 悪びれなく自身の眼鏡を押し上げるチョコに、呆れて物が言えない。


 先週から休み時間の度に私の元へせっせと通っていた彼女が書いた記事の内容。それは、鈴木先輩の「恋人」についてだった。



『鈴木一太に新・恋人!? 新入生参戦で校内一のイケメンを巡り三角関係か』



 そんな見出しで飾られた記事には、大きな写真が掲載されている。

 週刊誌の熱愛報道よろしく、ツーショットのそれ。鈴木先輩と私のツーショットがでかでかと掲げられているせいで、批判殺到である。いや、それはこの際二の次。何が問題かというと――



「タカナシくんこそ一太くんの隣に相応しいのよ! DKの隣はDK、それでいいじゃない!」


「そうよ、女はいらないのよォ!」



 ああ、もう。カオスだ。

 噛みつく勢いで怒声を飛ばすのは、この間廊下で私に絡んできた女子生徒たち。


 鈴木先輩の婚約者、否、恋人はなんと、タカナシ先輩のことだった。

 端の方に小さめのサイズで、男子高校生二人が仲睦まじく顔を突き合わせている写真が添えられている。



『二人はね、それはもう固い絆で結ばれていて……! 悲恋かもしれないけど、みんな温かく見守ってるの……』



 どこがだ。あの時の同情を返せ。

 全校規模で茶番を繰り広げられては困る。いや、男性同士で愛を築くことに関しては私は何も口出しはしないけれど。



浮気相手(・・・・)の山田華さぁん、今のお気持ちは?」



 チョコがわざとらしく声を張り上げて私の脇をつついてくる。

 彼女の声に反応した周囲がこちらを振り向いた。その中にはいわゆる、鈴木先輩とタカナシ先輩過激派の彼女たちもいるわけで。


 どうしてわざわざ注目を集めるようなことをしたのか。恨みのこもった視線をチョコに向けるも、彼女はさながら会見に臨む新聞記者だった。

 私はため息をつきたいのをぐっと堪え、渋々口を開く。



「……二人がただならぬ関係だっていうのはよく分かりました」


「それでは、鈴木先輩のことは諦めるということですか!?」


「ソウデスネ」



 果てしなく無感情に近い応答だったけれど、納得はしてもらえたらしい。

 群衆は「やれやれ」といった様子で散り始め、私とチョコの二人、そして過激派の集団が取り残された。



「……山田、華さん」


「はい」



 先週、私の肩を引っ掴んで声を荒らげた女子生徒である。

 彼女は緩慢に歩み寄ってくると、険しい表情そのままに、私へ手を差し出した。



「この間はごめんなさい。ちょっと……取り乱してしまって」



 ちょっと、どころではなかった気がするけれど。

 まあそれを口に出して空気を壊すのも無粋なので、黙って聞き入れることにする。


 恐らく和解の握手だろう。彼女の手を取ろうとした時。



「バストサイズもAカップって決めつけてごめんなさい!」


「声がでかいわ声が――――――!」



 慌てて食い気味に叫んでかき消す。せっかく握ろうと思った手も、つい振り払ってしまった。


 散り散りになった人たちが私の叫び声を聞いて、再びざわつく。

 こほん、と小芝居をきかせて咳ばらいを一つ。私は気を取り直して、目の前の相手と握手を交わした。



「はぁい。お二人さん、こっち向いてくださーい」



 途端、チョコが呼びかけてくる。

 かしゃ、とシャッター音が響き、首脳会談のようなポーズで固まった私たちに、彼女はブイサインを向けて晴れやかに笑った。



「これで円満解決、国交回復! チョコちゃんのお手柄ってわけね!」







「いやー、疲れた。午前中に体育は組み込まないで欲しいなぁ」



 隣の席に堂々と腰を下ろしたチョコが、肩を回して宣う。

 ごく自然に現れた彼女に、私は数秒固まった。



「……え、何で来たの?」



 昼休み。昨日まで毎日私のクラスへ来ては、「取材」と称して雑談に勤しんでいた彼女。

 曲がりなりにもそれは新聞作成のための行為で、てっきり新聞を作り終えたらもう現れないと思っていた。


 酷いなあ、と肩を竦めたチョコが、サンドイッチにかぶりつく。



「友達にその言い草はないじゃないの。わざわざクラスまたいで来てるっていうのに」


「……友達」


「あれ、違った? 私の一方通行かぁ」



 私の反応に、彼女は特別落ち込むわけでもなく、あっけらかんとして食事を続けた。


 友達、だったのか。どうなんだろう。

 でもよくよく考えてみると、彼女といたおかげで昼休みに一人で食事をとることはなかった。


 過激派集団に絡まれた時だって、チョコが来なければただただバストサイズを馬鹿にされて終わっていただろう。彼女が私のことを記事にして、あの場で白黒はっきりさせていなかったら、未だに居心地の悪い思いをしていたかもしれない。



「……あの、ありがとう」



 新聞記事になった時点で噂のピークは終わったのか、クラスメートに話しかけられることが増えた。

 ともかく、「噂の新入生」というレッテルが剥がれ、ようやく一生徒としてスタートを切ったのだ。


 チョコは静かに私を見つめ、それから普段通りの笑みをたたえた。



「ん~? 何が?」



 へらへらとかわすのは、わざとなのかそれとも素なのか。彼女についてもなかなかに理解が難しい部分がある。



「ううん。あのさ」



 彼女に助けられたのは変えようのない事実だ。

 私は首を振って、以前の記憶を掘り起こしながら述べた。



「新聞部って、このままだと廃部になっちゃうかもしれないんだよね?」


「そうねえ。まあ三年生がいないから、来年も一応人数は変わらないけど。どっちみち廃部は免れなさそうかなあ」



 視線で宙をなぞりながら答える彼女に、私は意を決して声を張った。



「私、新聞部に入ってもいい?」


「え」


「一人増えたくらいじゃどうにもならないっていうなら、頑張って人集めるし……とりあえず、」


「ちょ、ちょっと待って」



 畳みかけるように言うと、チョコが慌てた様子で止めにかかる。

 私は思わず顔をしかめた。どうして。部員が増えるのは嬉しいことじゃないんだろうか。



「気持ちは嬉しいけど……部活存続のためだけに入ってもらうんだったら、了承できないよ。そこまでしてもらうのは、困る」


「困るって、何で?」



 恩返しなんて大層なものではないけれど、なんとなく彼女に借りを作ったままなのは気が引ける。

 チョコは珍しく、気まずそうに視線を左右に振った。



「本当に新聞部に興味があって入ってくれたんじゃないと、意味ないよ。私はおんなじ熱量の人と、活動したいから」



 そこまで言われて、ようやく気が付いた。私は無意識のうちに、彼女と彼女の大切なものを侮辱していたのだと。

 一ミリでも偽善めいた想いが見透かされたようで、途端に恥ずかしくなった。



「……ごめん」



 いつもおちゃらけている彼女にこんな顔をさせるくらい、私は的外れなことを言った。

 黙り込むと、目の前から明るい声色が飛んでくる。



「なんてねー! いやぁ、廃部寸前の奴が何を偉そうにっていう話なんだけども~」



 明らかに取ってつけたようなテンションだった。


 ぶんぶんと首を振って、私は顔を上げる。



「そんなことない。……そんなに真剣になれるものがあるって、すごいと思う」



 私の好きなもの、打ち込めるものって、何だろう。

 分からない。中学生の頃は部活に入っていなかったし、高校生になってからも入るつもりはなかった。


 家に早く帰って、温かいご飯を作って、母の帰宅を待つこと。

 それが今までの私の全てで、幸せだった。それ以上は何も望まなかった。



「入ってみる?」



 チョコが僅かに口角を上げて誘う。冷やかしでも、冗談でもなかった。



「でも、私……チョコみたいにできないし、」


「やだぁ、私と張り合おうだなんて! 別に興味があるんなら止めないよって話!」



 興味。興味は、ある。

 特別これにだけ惹かれているわけじゃないかもしれないし、物凄く好きというわけでもないけれど。


 それに、何よりも。



「チョコと、一緒にやってみたいからっていうのは……だめ、かな」



 私もみんなみたいに、友達と時間を共有したい。



「だめじゃないよ」



 彼女が目尻を下げた。

 その瞳には、すっかり穏やかな色が浮かんでいる。



「よろしく、華」



 私を呼んで微笑んだ彼女は、随分と大人びて見えた。







「今日から入部します。山田華です」



 よろしくお願いします、と頭を下げて、上げたところで。



「……どうして鈴木先輩がいるんですか」



 放課後、チョコと共に新聞部の部室へやって来た。

 少し遅れてきたタカナシ先輩から入部届を受け取り、無事に一員となったはいいものの。

 先程から部室の奥に当然の如く居座る鈴木先輩に、私は苦言を呈さずにいられなかった。



「俺も今日から入部することにした」


「タイミングが最悪すぎるんですが」



 なぜだ。

 一年生なら分かる。しかし彼は二年生。どうして今更、と思うのは仕方がないだろう。



「ここには俺の恋人も、新・恋人もいるしな。俺が入らなきゃ始まらないだろ」


「始めなくていいんですよ!」



 ここにきて新聞の記事を引用しないで頂きたい。

 先輩二人が本当に恋仲にあるのかというのは、未だに謎だ。いやもう別にどっちでもいいけど。


 肩を落としていると、鈴木先輩が頭の後ろで手を組んで言う。



「照れんなって。家では俺のこと好きっていつも言ってるだろ?」


「言ってませんし、好きでもないです」



 いつ。誰が。そしてその自信は一体どこから湧いて出てくるのか。甚だ疑問だ。



「……ちょっと、」



 今の今まで黙って静観していたタカナシ先輩が、唐突に口を開く。



「正妻の俺を差し置いて話進めないでくれる」


「ああ、悪い。お前を蔑ろにしていたわけじゃないんだ」



 ちょっと待って、正妻って何。

 悪ノリしてるだけ? それとも真面目に言ってる? 二人が真剣な顔つきで会話するものだから、ますます分からない。


 呆れ返っていると、チョコがおもむろに身を寄せてきた。そして私に耳打ちし始める。



「側室なのに、愛されてますなあ」


「は?」


「華が入部するってタカナシ先輩に伝えに行ったの、五時間目の後の休み時間なのに。放課後には自分も入部するって、まあまあまあ」



 鈴木先輩とタカナシ先輩は同じクラスらしい。

 だとしても鈴木先輩の行動力には驚かされるけれど、私のために入っただとか、そんなわけではないと思う。



「山田さん」


「は、はい」



 タカナシ先輩にいきなり名指しされ、心臓が跳ねた。

 どもりつつも返事をすると、彼はあくまでも真剣な顔で告げる。



「正妻の座は譲らないから」


「もう帰っていいですか?」



 入部したことを若干後悔し始めたけれど、後の祭りだろう。

 真面目な顔で不真面目な議論を交わす周囲を見渡し、早くも先行きを案じた。



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