【14】正体
ヴェロニカと呼ばれた金髪の女が、二丁拳銃をメリッサに向けて引き金を引く。
メリッサは茨で絡め取った椅子や机を盾にして、銃撃を防いだ。幸い、銃弾は机や椅子を貫通するほどの威力は無かったらしい。
だが、メリッサは違和感に眉をひそめた。
(……銃声がしない? それに、火薬の匂いもしない……)
ヴェロニカはためらわずに銃撃を続ける。
銃弾が机や椅子にぶつかる度に、ピシッ、パシッと硬い音を立てるが、やはり銃声は聞こえない。
ふとメリッサは、己の足元にコロコロと転がる透明な粒を見つけた。飴玉に似ているが、よく見るとじわりと溶けて床にシミを作っている……氷の弾丸だ。
(つまり、あれは氷の弾丸を放つ魔導具か)
氷の弾丸に気を取られていると、動く椅子や机が襲いかかる。
スロースは椅子や机を操るだけで、攻撃魔術や攻撃用魔道具の類を使う様子はなかった。おそらく付与魔術に特化していて、それ以外の魔術が苦手なタイプなのだろう。
(攻撃用魔導具は、あの女の銃だけ……まぁ、そりゃそうよね。攻撃用魔導具なんて、ホイホイ作れるもんじゃないわ)
魔導具の中でもとりわけ作るのが難しいのが、攻撃用魔導具なのだ。
作るのには金と手間と才能がいるし、作り手はリディル王国内でもそう多くない。
メリッサは髪飾りのバラをまた一つ手に取り、魔力を付与した。するりと伸びた蔓から大輪のバラが花開く。
メリッサは蔓を鞭のように操って、ヴェロニカを牽制しつつ、その隙間から一本の蔓を蛇のように走らせた。
「無駄」
ヴェロニカはバラの花を氷の銃弾で撃ち抜く。バラは花びらと共に強い香りをヴェロニカの周囲に撒き散らした。
あのバラの花には、麻痺の効果を付与してある。少し強めに付与してやったから、これでヴェロニカは無力化できる……はずだった。
「ちょっ、なんで効かないのよ!?」
メリッサの悲鳴を無視して、ヴェロニカが銃撃を続ける。
氷の弾丸は普通の銃と異なり、弾切れになる気配はない。
(いや待て、おかしい! 攻撃用魔導具って、攻撃回数に限りがあるもんでしょ!? あんなバカスカ撃てる攻撃用魔導具なんて、聞いたことがないわよ! おまけに麻痺も効かないし、何がどうなってんの!?)
氷の銃弾は決して威力が高いわけではないが、連射性が高い。
焦るメリッサが、じわじわと押されだす。
スロースはともかく、このヴェロニカという女は何かがおかしい。
その違和感が分からず、メリッサが歯軋りをしたその時、盾にしていた机がとうとう割れてしまった。これでは、銃弾を防ぎきれない。
「やばっ……」
メリッサは咄嗟に茨を自分の周囲に集めたが、壁にするには茨の量が足りない。
茨の隙間をすり抜けた氷の銃弾が、メリッサの体をズタズタに貫く……筈、だった。
(……うん? 痛くない?)
腕を上げて顔を庇っていたメリッサは、恐る恐る腕を下ろす。
氷の銃弾は全て、メリッサの足元に落ちていた。
メリッサの周囲に、防御結界が貼られている。それが氷の銃弾を全て防いだのだ。
一体、誰が……とメリッサが視線を動かすと、廊下の奥からこちらに向かって駆け寄ってくる二つの人影が目に入る。
「あ、やっぱり姉ちゃんだ」
前を走るのは、薔薇色の巻き毛の美貌の青年──メリッサの弟のラウルだ。
ラウルからだいぶ遅れてモタモタボテボテと駆け寄ってくるのは、一階にいるはずのモニカである。
何故ラウルがここにいるのか問い詰めたいが、それよりも今は、この場に一般人のモニカがいることがまずい。
「馬鹿ラウルっ! なんで、おチビを連れてきた!」
見るからに鈍臭いモニカを庇いながら戦うのは、この状況では厳しすぎる。
メリッサがギロリとラウルを睨みつけると、メリッサの元に辿り着いたラウルは大真面目な顔で言った。
「姉ちゃん、痴話喧嘩に魔術を使うのはどうかと思うぜ」
「あんた、今日から〈節穴の魔女〉に改名しな」
愚弟の節穴な目には、この状況がスロースを取り合う、メリッサとヴェロニカの女の戦いに見えたらしい。
思わずその能天気な頭を引っ叩きたくなるぐらいに不愉快な誤解である。
「アタシは、アタシが売った商品を改悪した馬鹿に制裁を加えに来ただけよ。あそこにいる貧相な男がその馬鹿で、あっちの金髪女が馬鹿の部下。分かったわね」
「……えーっと、つまり?」
物分かりの悪い弟を睨みつけ、メリッサはスロースとヴェロニカを交互に指さした。
「あいつらは敵! よって殲滅! 女は魔導具の銃で攻撃してくるから要警戒。男の方は雑魚だから、基本放置でいいわ。あとでしばくけど」
再びヴェロニカが銃撃を放つ。
メリッサが茨でそれをガードするより早く、茨の前に現れた防御結界が、氷の銃弾を全て弾いた。
さっきも見た防御結界だ。これは一体、誰が張っているのだ? ラウルは防御結界が使えないし、そもそも詠唱無しで結界を発動なんてできるはずがない。
メリッサが混乱していると、少し遅れてメリッサの元に到着したモニカが、息を切らしながら言った。
「おね……えさ……っ」
「おちび! あんた、なんで来ちゃったの! 下で待ってろって言ったのに……っ」
「あれは、魔導具の銃じゃ、ない……です」
メリッサは眉をひそめてモニカを見下ろした。
「おちび?」
「……感知術式を使えば、すぐに、分かります。あれは、魔導具じゃない。銃ですらない。ただの、ハリボテ、です」
モニカの言葉にメリッサは混乱した。
あの銃がハリボテ? それなら、ヴェロニカはどうやって氷の礫を飛ばしていたというのだ。ヴェロニカは詠唱なんて一切していなかったというのに。
……そこまで考えて気づく。詠唱なしで魔力を扱える存在。それは……。
「まさか、あいつっ!」
メリッサは咄嗟に茨に魔力を流し込み、ごくごく細い茨をヴェロニカに走らせた。
茨は鞭のようにしなり、ヴェロニカの頬を引っ掻く……が、その頬の傷から血は流れない。代わりに、白い光の粒が零れ落ちるだけ。
「あいつ……上位精霊かっ!」
メリッサは咄嗟にスロースの全身に目を走らせた。
スロースが身につけている中で一際立派な、銀細工に菫色の石をあしらった腕輪──あれは、精霊との契約石だ。
スロースがニヤリと笑い、腕輪をした右腕を掲げてみせる。
「気づいたか。あぁ、そうだよ。ヴェロニカは俺の契約精霊だ……バレちまったら、もう隠す必要はないな? ヴェロニカ、そろそろ本気を出しな」
「……そうする」
ヴェロニカはハリボテの銃をホルダーに戻すと、両手を前に差し伸べる。すると、ヴェロニカの周囲にふわりと水色の光の粒が浮かび上がった。
その光は氷の煌めきを纏いながら、次第に形を変えていく。
それは鳥の羽根だった。繊細な羽毛一本一本を再現したかのように美しい氷の羽根だ。
──それが、およそ百。ヴェロニカの周囲に浮かび上がる。
「これで、おしまいにする」
ヴェロニカが手を振るうと、氷の羽根は一斉にメリッサ達に降り注いだ。
氷の羽根はただ美しいだけじゃない。込められた魔力量が銃弾の比じゃないのだ。
メリッサは咄嗟に残った茨を集めたが、おそらく防ぎきれない。あの氷の羽根は茨を全て切り裂くだろう。精霊の魔力量は人間とは桁が違うのだ。
人間が上位精霊とまともに戦って、勝てるはずが──。
「……え」
メリッサは思わず目を見開いた。
メリッサの茨の周囲に火の粉が浮かび上がった。
火の粉は一箇所に集い、そして巨大な大蛇を形作る。
人間の頭などペロリと飲み込めそうな巨大な炎の蛇は、その体をくねらせ、氷の羽根を一つ残らず叩き落とした。
「……なに、これ」
人間は詠唱をし、魔術という形で魔力を行使する。故に、詠唱無しでは魔術を扱えない。
……だが、たった一人だけ。その不可能を可能にした天才がいる。
今から凡そ四年前、弱冠十五歳で七賢人に選ばれた天才少女。その名前は……
「モニモニ、あんたちょっと、もう一回名乗ってごらん?」
「えっと……」
モニカは最初に出会った時のように口をモニモニさせていたが、ハッと顔を上げると、己の頬をペチペチと叩いた。最初に口ごもったせいで、残念なあだ名をつけられたことを思い出したらしい。
そうしてモニカはフンスと息を吐くと、いつもよりキリッとした顔で力強く名乗る。
「〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレット、でひゅっ」
噛んだ。




