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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝5:二人の魔女と恋のから騒ぎ
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【4】ネロ先輩は手厳しい

 〈沈黙の魔女〉の押しかけ弟子であるアイザックは、表の顔は第二王子でエリン公爵である。

 王位継承権を放棄してからは公務はだいぶ減ったものの、それでも全く無くなったわけではないし、領主としての仕事もある。お茶会や夜会の誘いも含めれば、まぁまぁ多忙な身の上であった。

 そのため、月に一度は自領に戻り、フェリクス・アーク・リディルとしての仕事をこなさなくてはならない。

「それじゃあ、僕はしばらく領地に戻るけど、戸締りには気をつけるんだよ、モニカ?」

「はいっ」

「食事は日持ちする物を作り置きしたから、食べてくれると嬉しいな」

 こういう言い方をすれば、ついつい食事を抜きがちなモニカでも、きちんと食事をしてくれるということをアイザックは知っていた。

 モニカは素直に「はい」と頷き、それから不思議そうにアイザックの肩を見る。

 外套を着込んだアイザックの肩には、ネロがちょこんと乗っかっていた。

 肉をねだるネロが、料理をしているアイザックのそばをチョロチョロしていることは珍しくないのだが、ネロは別にアイザックに懐いているわけではないので、わざわざ肩や膝に乗ることは滅多にない。

「ネロ、そこにいたら、アイクが出かけられないでしょ?」

 モニカがネロを咎めると、ネロは「にゃっふっふ」と得意げに笑い、いかにも勿体ぶった口調で言った。


「それがだな、こいつが、偉大な先輩であるオレ様を自分の屋敷でもてなしたいと言いだしてな。仕方ないからオレ様は、こいつの屋敷に行ってやることにしたんだ」

「……ネロが、アイクのお屋敷に?」


 モニカが訝しげな顔でネロとアイザックを交互に見る。

 アイザックはニッコリ微笑み、肩に乗ったネロの首根っこを掴んで持ち上げた。盗み食いした野良猫を掴むような、雑な掴み方である。

「うん、そうなんだ。偉大なネロ先輩を、僕の屋敷でおもてなししたくてね」

「おいこらっ、偉大な先輩の首根っこを掴んでプラプラ揺らすんじゃねぇ!」

 ネロの怒声を爽やかに無視して、アイザックはモニカにいつもと変わらぬ笑顔を向ける……ただし、片手でネロを摘んだままで。

「それじゃあ、いってきます。僕のお師匠様(マイ・マスター)

「はいっ、いってらっしゃい」

 アイザックが押しかけ弟子になったばかりの頃、モニカは「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と口にすることを、躊躇っている節があった。ここはモニカの家であって、アイザックの家ではないからだ。

 それでも最近のモニカは、アイザックのいる日常に慣れたのか、当たり前のように「いってらっしゃい」「おかえりなさい」とアイザックを送り出し、迎えてくれる。それが、アイザックには嬉しい。

 些細な言葉のやりとりに小さな幸福を噛み締めながら、アイザックはモニカの屋敷を後にし、待たせていた馬車に乗り込む。

 そうしてアイザックは掴んでいたネロを向かいの席に乗せた。

 たとえ黒猫の姿をしていても、彼は成人男性に化けられる竜を膝に乗せる趣味はない。

「さて、僕の屋敷に戻る前に、少し買い物をしようか。君の服を買わないと」

「服ぅ? オレ様、ある程度なら自分の力で再現できるぞ」

「そうなのかい? てっきり、あのローブしか再現できないのかと思ってた」

 ネロは人間に化ける時、いつも古風なローブを身につけている。

 アイザックは以前、ネロが従者服を着ているところも何度か見ているが、それは別途用意した物に着替えているのだと思っていたのだ。

 だがネロが言うには、別の服も一応再現はできるらしい。


「あのローブは『食った』から再現しやすいんだよ」


「……うん?」

 なにやらおかしなことを言われた気がするが、アイザックの疑問の呟きを無視して、ネロはベラベラと喋り続ける。

「あのローブ以外の服は見様見真似で再現してるから、裏地だの装飾だの、細かいところまでは再現しきれねぇんだよな。前に学園の制服を再現しようとした時なんて、モニカの制服のイメージが強すぎて、うっかりスカートに……」

 ネロが女子生徒の制服姿になっていた、というのも結構な衝撃だが、それ以上にアイザックには気になることがあった。


「……食べた? ローブを?」


 訝しげな顔をするアイザックに、黒猫に化けた黒竜はニヤリと獰猛に笑う。

「なんだ、知らないのか? 上位種の竜は食ったモンの情報を取り込めるんだぜ。まぁ、ただ食えば良いってもんでもなくて、色々と面倒な条件があるんだけどよ」

 ネロは当たり前のことのようにサラリと言うが、竜の研究をしている魔法生物学者達が聞いたら、顔色を変えそうな事実である。上位種の竜は数が少ないので、その生態は殆ど謎に包まれているのだ。

 アイザックは水の上位精霊であるウィルディアヌと契約しているので、精霊の生態についてはある程度知っているが、竜については然程詳しくない。

 ふと、アイザックは気がついた。


 竜が食べたものの情報を取り込んで、それを元に変化しているのだとしたら……。


「君が、人間や猫に化けられるのは……」

 答えの代わりに、ネロはニヤリと牙を見せて笑う。猫の姿とは思えない、凄みに満ちた笑いだった。

 目の前にいる陽気な黒猫の本性にアイザックはコクリと唾を飲みつつ、動揺を押し殺して、いつも通りの笑顔で訊ねる。

「君やウィルディアヌが使う変化の魔法は、非常に興味深いね。幻術とはまた違うのだろう? 確かな質感がある」

「精霊の使う変化と竜の変化は、似てるけど別物だぜ。一番の大きな違いはアレだな。精霊は剣で切っても血が出ねぇ。あいつらは基本的に魔力の塊だからな」

「君は血が出る?」

「おぅ、竜の時なら眉間以外にゃほぼ攻撃は通らねぇけど、人間や猫の姿の時は、切られたら普通に血が出るぜ。下手したらそのまま死ぬ」

 アイザックはしばし黙り込み、慎重に言葉を選んだ。

「……もしかして、人間や猫に化けるのって、結構リスキー?」

「サザンドールの野良犬と死闘を繰り広げた時は、流石に元の姿に戻るか悩んだな」

 あいつら仲間呼ぶんだよな、と大真面目に呟く黒竜を、アイザックはちょっと信じ難いものを見るような目で見た。

 かつてリディル王国を震撼させたウォーガンの黒竜が、野良犬に殺されかけて、本気を出そうとしていたなんて知ったら、屈強な竜騎士団員達の心が折れかねない。

「……研究者から見たら、君は知的好奇心をくすぐる存在だろうね。モニカは君のことを研究しようとはしなかったのかな?」

 モニカは魔法生物学を専攻している訳ではないけれど、それでもネロの存在は魔法の研究をしている人間からしたら、神秘の塊だ。知的好奇心をくすぐられないはずがない。

 だが、ネロは尻尾をゆらりと揺らすと、何故か遠い目をして言った。

「前にモニカに『オレ様を調べようとは思わないのか?』って訊いたら、あいつモジモジしながらこう言ったんだぜ……


『わたし、解剖は上手じゃないから』」


「…………わぁ」

 モニカ曰く、生物学的にネロを調べるのなら、解剖して検証するのは当然のことらしい。解剖は生物学を極める上で、避けては通れぬ道である。

「あいつ、たまにサラリと、怖いこと言うよな。つーか『解剖は上手じゃないから』ってなんだよ。せめて『ネロを解剖したくないから』って言えよ。モニカの薄情者め」

「……モニカらしいね」

 師匠に甘いアイザックでも、その一言を口にするのが精一杯だった。

 アイザックが苦笑していると、ネロはジトリとした目でアイザックを見上げ、尻尾を揺らす。

「お前はオレ様を解剖しようとか思ってねぇだろうな?」

 不信感に満ちたネロの問いに、アイザックは人々から「誠意と慈愛に満ちている」と称賛された完璧な第二王子の笑顔で答えた。

「僕が偉大な先輩に、そんなことするわけないだろう?」

「その胡散臭ぇ笑顔で、一気にお前を信じる気が失せたぜ」


登場人物達はどれくらいご飯を食べるんですか? とのご質問をいただきました。


アイザック、グレン→運動部の男子高校生ぐらい

モニカ→やや少食。研究に夢中になると平気で一食、二食を抜く

シリル→少食

ネロ→???

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