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【砂糖衣の王子様はいなかった】

 モニカは菓子にかかっている砂糖衣が割と好きだ。

 砂糖衣は柑橘で香りづけをしてもしなくても、どちらでも好きだけど、暖かい日に溶けてベタベタになっていると、ちょっとだけ悲しくなる。モニカはあのシャリシャリした独特の食感が好きなのだ。

 お菓子というのはそれだけで贅沢品だけど、特に砂糖衣がかかっていると、それだけで一気に高級感が増すとモニカは常々思っている。



 その日、台所でアイザックがクッキーを焼いていた。

 ジンジャーの風味を効かせたクッキーで、花の抜き型で抜いた物、猫の抜き型で抜いた物、男の子と女の子の人形の形に抜いた物が、それぞれ金網の上で冷ましてある。

 アイザックはクッキーが完全に冷めたことを確認し、砂糖衣を小さめの絞り出し袋に詰めた。

 その作業を机にかじりついて見守っていたモニカは、いよいよ飾り付けが始まるのだと、固唾を飲んで見守る。

 モニカは子供の頃、父が計算をしたり実験をしたりするところを見守るのが好きだった。その名残か、今でも誰かの作業風景を見守るのが、なんとなく好きだ。

 だからモニカは研究の息抜きに、しばしアイザックの調理風景をじっと眺めたりする。

 特にアイザックは何を作っていても手際が良いので、見ていて安心感があった。アイザックの作業中は美味しそうな匂いがするのも良い。間違いなく幸せになれる。

 今もモニカは、小麦とバターと砂糖の混合物を焼成した時特有の香りにうっとりとしながら、アイザックがクッキーに砂糖衣を絞り出していくのを見ていた。

 花の形のクッキーは縁を一周したあとで、そこから更にレースのような模様を描き込んでいく。

 モニカは美しい模様を見るのが好きだ。特に魔術式を織り込んだ模様などは、正確に覚えて再現することができるけれど、それは紙とペンでの話。絞り出し袋と砂糖衣で同じことができる気はしない。

 アイザックが最後の模様を描き込んで、絞り出し袋を持ち上げるのと同時に、モニカはふぃーっと息を吐いた。無意識の内に息を止めていたらしい。

 そんなモニカに、アイザックがクスクスと笑う。


「随分真剣に見てるね」

「アイクは、すごいです。職人さんみたいです」

「見様見真似だよ」


 ふとアイザックは何かを思いついたような顔をすると、女の子の形のクッキーに砂糖衣を絞りだした。

 男の子と女の子のクッキーの違いなんて、精々下半身がズボンかスカートかぐらいのものだ。だが、そこにアイザックが砂糖衣を絞り出していくと、女の子の人形はローブを着た魔女になる。

 そのローブの形にモニカは見覚えがあった。


「あ、わたしのローブ!」

「流石に細かい模様は再現できなかったけど」


 アイザックは謙遜するが、そのクッキーはモニカの特徴をよく捉えていた。見る人が見れば、一目でモニカと分かる。

 アイザックが「できた」と言って、モニカのクッキーを皿に載せる。

 モニカは思わず目を輝かせて、アイザックを見上げた。


「あの、あの、わたしも、やってみていいですか?」

「うん、どうぞ」


 モニカは袖捲りをして、アイザックから絞り出し袋を受け取る。

 まずは猫の形のクッキーを一つ選んで、そこに顔を描いてみた。

 顔を描くだけなら簡単だろうと思っていたのだが、砂糖衣を均等に絞り出すのは案外難しく、右目はやけに大きく、左目はやけに細くなってしまった。

 おまけに口の端は砂糖衣がダラリと下に垂れている。これでは涎を垂らしているみたいではないか。


「む、難しい……」

「肉料理を前にしたネロにそっくりだね」


 言われてみれば、肉料理を前に片目を見開き、片目を細め、涎を垂らしているネロに見えてきた。

 そう自分を納得させ、モニカは次のクッキーを手に取る。


「次は、アイク、作りますね」



 * * *



 アイクを作る──そう宣言したモニカが手に取ったのは、女の子の形のクッキーだった。


(…………うん?)


 アイザックは思わず首を捻る。

 男の子の形のクッキーもあるのに、何故、女の子のクッキーを選んだのだろう?

 まずは、女の子のクッキーで練習をしようということだろうか?

 とりあえず黙って見守っていると、モニカは真剣な顔で絞り出し袋を動かし始める。

 前髪の感じなど、とてもアイザックっぽい。だが、何故胴体は女の子? ──その答えはすぐに分かった。

 モニカがその人形に砂糖衣で着せたのは王子様の衣装ではなく、エプロンだったのだ。なるほどエプロンなら、女の子の人形の方が形が近い。


「できました! アイクです!」


 モニカはフスーと鼻から息を吐いている。

 アイザックは砂糖衣のエプロンを着た自分の分身を見て、思わず口元をムズムズさせた。


 ──だって、モニカにとっての「アイク」はキラキラした王子様ではなく、エプロンをした弟子なのだ。


 それがどれだけ嬉しいか。きっとモニカは気づいていないだろう。


「嬉しいな。ありがとう、マイマスター」

「次は、ラナ作りたいです!」


 凝った髪型に華やかなドレスのラナ・コレット嬢は、どう考えても最高難易度である。

 アイザックは「手伝うよ」と言ってモニカの背後に周り、絞り出し袋を持つ手を支えた。


自分のクッキー=王子様と思っていた彼は、割と良い性格してると思います。

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