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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝after:貴女に捧ぐ花
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【2】アプリコットで築かれた信頼


 リディル王国で起こった大規模竜害が一段落し、新七賢人就任式典の翌々日、第三王子アルバート・フラウ・ロベリア・リディルは、帝国との会合のため、帝国西部にあるヴァルムベルク城を目指していた。

 会合は本来なら、もう一週間早く行われることになっていたが、リディル王国側の都合──言わずもがな、大規模竜害に関するあれこれで延期になっていたのだ。

 だからこそ、アルバートは式典が終わった後、慌ただしく城を発たねばならなかった。

 ヴァルムベルクへは、王都からだと速くても一週間、今回は大人数での移動になるので、十日はかかるだろう。


(いや、実際はもう少しかかるだろうな……)


 なにせ、王族である自分がいるのだから。とアルバートは馬車の座席に座り、資料を読みながら考える。

 秋からセレンディア学園高等科二年になるアルバートは、癖のない金髪にはしばみの目の、負けん気の強そうな顔立ちの少年だ。

 アルバートは資料から顔を上げ、向かいの席に座る外交秘書官ブリジット・グレイアムの顔をチラッと見た。

 彼女が身につけているのは、華やかなドレスではなく、藍色の地味な制服だ。美しい金髪はスッキリとまとめており、化粧も薄い。

 それでも、彼女はアルバートの知る誰よりも美しかった。質素な制服ですら、彼女の生来の華やかさを引き立てているように見える。


(向かいの席は、少し気まずいな……)


 顔を上げたらすぐ目の前に、彼女の美しい顔があるのだ。落ち着かないに決まっている。

 それでも好きな人の前でだらしない顔はしたくなくて、アルバートがキリリと顔を引き締めていると、隣に座る従者のパトリックが、おやつの干し葡萄を食べながら言った。


「アルバート様ぁ〜。馬車の中で資料を読んでると、また酔いますよぅ?」


「パトリック、食べながら喋るんじゃない。行儀が悪いだろう」


「アルバート様も食べますか〜?」


「僕はいい」


 素っ気なく返し、アルバートは横目でパトリックを見る。

 パトリックは、薄茶のフワフワした髪の少年だ。中等科の頃は、アルバートと同じぐらいの背丈だったのだが、ここ一年で背が伸び、輪郭もスッキリとしていた。

 食べる量は以前と変わらないのに、食べた分だけ縦に伸びているのだ。小柄なアルバートは、それが羨ましくて仕方ない。


(そういえば、パトリックの兄達は皆、長身だったな……)


 異母兄だが、僕の兄上達だって大きいんだぞ──と背の高い二人の兄を思い浮かべ、アルバートは、いや違うだろう、と自分の考えを否定する。

 二番目の兄フェリクスは、フェリクスの皮を被った別人だ。そのことを、この馬車の中でアルバートとブリジットだけが知っている。

 二番目の兄に成り変わっていた男、アイザック・ウォーカーは王位継承権を放棄し、エリン公爵として自領で隠居生活を送っている。

 それでも彼は、第二王子として外交をしていた時の手腕が評価され、今でも周囲から相談を受けたりしているらしい。


(ブリジットも、よくエリン領に手紙を出してるし……僕よりも、あいつを信頼しているんだ)


 今回の竜害対策特別協定の締結についても、エリン公爵が色々と根回しをした、とアルバートは聞いている。


(あいつのお膳立てで、僕が評価されても嬉しくない……けど、失敗をするのは、もっと嫌だ)


 そのためにも、しっかり資料の中身を覚えておきたいが、細かい文字を追いかけていたら、だんだん気分が悪くなってきた。パトリックの言う通り、馬車酔いだ。

 これ以上、文字を追うのはやめよう。アルバートは資料をたたみ、パトリックとブリジットを見た。


「それじゃあ、予習復習も兼ねて、今回の外交の要点を話す。勿論、ここからは帝国語だ。何か間違っていたら、指摘してくれ」


 パトリックとブリジットは、それぞれ帝国語で「かしこまりました」と流暢に返した。

 アルバートは折りたたんだ資料を鞄に戻し、帝国語で話し始める。


「今回、ヴァルムベルク城で行われる会合は、竜害対策特別協定の締結を目的としている。この協定は、竜害に対する情報や知見を二国間で共有し、竜害が起こった際は、国境を越えた支援を行うというものだ」


「うちの国、まさに大規模竜害が起こったばかりですもんね〜」


「うん、そうだな。だけど、今回の外交で、うちの国の大規模竜害の被害をアピールするのは得策じゃない」


 今回の大規模竜害でリディル王国が受けた被害を強調してしまうと、竜害対策特別協定は、リディル王国が帝国に助けてほしいから締結するものである──という印象を与えかねない。

 帝国側にも、この協定に反対する者はいるはずだ。

 そういった人間は、きっと口を揃えてこう言うだろう。


 ──この協定は、リディル王国にだけ、都合の良いものではありませんか? と。


 この協定はあくまで対等であり、双方に益があるのだと相手に思わせなくてはいけない。


「だから、大規模竜害の話題を振られたら、どう対処したかを話すつもりだ。特に七賢人達の活躍と、ケルベックの迅速な対応は素晴らしかったからな。それは別途、資料にまとめてある」


 大規模竜害が起こっても、リディル王国はものともしない。迅速に処理できるだけの力がある。だからこそ、この協定は帝国にとっても助けになる。

 それを、帝国側に理解してもらう必要がある。

 シュバルガルト帝国は複数の国から成り立っており、国土はリディル王国よりもはるかに大きい。それ故、帝国内でも文化や風習が違うし、竜害に対する認識も異なる。

 アルバートは資料に記載されていた、帝国側の人間の名前を思い出した。


「まず、一番厄介なのが、最年長のビレンダール卿。戦争経験者で、先々帝の縁故者。この会合は、元々はケーニッツ卿が主導となるはずだったのに、ビレンダール卿が割り込んできた……で、あってるか、ブリジット?」


 ブリジットは小さく頷き、口を開く。


「過去の外交でも何度か同じことがありました。ビレンダール卿は、我が国と対等な条件での協定締結を望まないでしょう。帝国側の利益を優先してくるか、協定の話そのものを打ち切りにくることが考えられます」


 そうでなくとも、ビレンダール卿は七十歳過ぎの老人だ。十六歳のアルバートなど、赤子も同然とばかりに見下してくるだろう。

 そのことを念頭に置き、アルバートは言葉を続ける。


「次に、ケーニッツ卿。年齢は三十歳ぐらいで、比較的若い。ヴァルムベルクと隣接しているハイデリンゲン領主で……この方は、出自が少々特殊なんだったな」


 ケーニッツ卿は、先代ハイデリンゲン領主の姉が身籠った子で、父親の名は明かされておらず、不義の子であるとされている。

 先代ハイデリンゲン領主は、不義の子と知りながら、姉の子を己の養子にし、跡を継がせたのだ。

 そういった生い立ちのため、ケーニッツ卿は社交界でも肩身が狭いらしく、遠慮がちな性格なのだという。


「それと、忘れちゃいけないのが、ヴァルムベルク辺境伯ヘンリック・ブランケ殿だな。あのヴァルムベルクの戦狼と呼ばれる剣聖の孫だ」


 五十年以上前の戦争で、ヴァルムベルクの戦狼はリディル王国側の猛攻を食い止め、古代魔導具〈ベルンの鏡〉を発動するために時間を稼いだのは有名な話だ。

 ヴァルムベルクの戦狼がいなかったら、戦争の結果は逆転していた、とリディル王国側の歴戦の将達は語る。


「戦後、帝国が荒れた時に、ヴァルムベルクに独立を望む声もあったそうだな」


「えぇ。ですが、ヴァルムベルクの戦狼は、『独立などありえぬ。自分は生涯皇帝陛下の牙として、忠義を誓うのみ』と宣言したのだとか」


 戦争で活躍し、剣聖の地位を授かってもなお驕ることなく、皇帝に忠義を誓う。

 リディル王国の将軍達も、敵国ながらなんと立派な人物か、とヴァルムベルクの戦狼に一目置いているらしい。

 かく言うアルバートも、不謹慎とは知りつつ、ヴァルムベルクの戦狼に会うのを密かに楽しみにしていた。

 アルバートは剣術や馬術が苦手なので、強い英雄に憧れずにはいられないのだ。


「そんなすごい人の孫が、今のヴァルムベルク辺境伯なんだな」


「きっと、すごいムキムキですよ〜。ライオネル殿下と、どっちがムキムキですかね〜」


「むっ、ライオネル兄上だって負けてないぞ! ライオネル兄上は、今でも僕を軽々と持ち上げられるんだからな!」


 そこまで口にして、アルバートはハッと口をつぐみ、ブリジットを見る。

 今でもたまに兄に持ち上げられて、「おぉ、アルバート! 大きくなったな!」と言われていることがばれたら、少し恥ずかしい。

 幸い、ブリジットは気にしていないようだったので、アルバートはコホンと咳払いをし、話の流れを戻した。


「ヴァルムベルク辺境伯はあくまで、会場を提供するだけで、会合にはあまり口を挟んでこないだろう。向こうの警備は、シュトラウス将軍が主となるだろうな」


 シュトラウス将軍は五十歳前後の将軍で、リディル王国との戦争は経験していないが、帝国内の内戦や、南方の異民族との戦いで優秀な戦績を残している人物だ。

 落ち着きのある人格者で、部下からの信頼も厚いという。


「主要なのはこの四人だろうか。ここまであっているか、ブリジット?」


「はい、資料の通りです。ですが、殿下……」


 ブリジットは長いまつ毛を持ち上げ、琥珀色の目で真っ直ぐにアルバートを見つめる。

 少しだけドギマギしているアルバートに、ブリジットは淡々と告げた。


「どれだけ事前に資料で知識を得ていても、実際に会ってみると印象が違うということは、多々ありますわ」


 それは実際に外交を経験してみて、何度か感じたことだ。

 どれだけ下準備をして、資料を読み込んでも、思い通りにいくことの方が少ない。


(僕は若いから侮られている? そんなのは、あの人だって、同じだったはずだ)


 第二王子フェリクス・アーク・リディルは、アルバートよりも若い内から外交の席に参加し、そして自国と他国の人間の信頼を勝ち取ってきた。

 負けるものか、とアルバートは己の胸に誓う。


「まずはしっかりと会話をして、相手を知り、信頼関係を築くのが大事だな。うん」


「信頼関係を築くなら、美味しいご飯を一緒に食べるのが、一番だと思うんですよ〜」


 そう言って、パトリックは美味しそうに干したアプリコットをかじる。

 アルバートはアプリコットが好きなので、しっかり分けてもらいつつ、文句を言った。


「お前は本当に食べてばかりだな、パトリック」


「僕はそうやって、アルバート様と信頼を築きましたから〜」


「そうだっけ? ……え? ……あれ? もっとこう、僕が聡明で格好良いから信頼したとか、そういう……」



 * * *



 一方その頃、若き辺境伯ヘンリック・ブランケは、祖父を取り押さえるのに苦労していた。

 かつて、ヴァルムベルクの戦狼とうたわれ、少年達にとって憧れの英雄だった老人は、プルプル震える足で椅子の上に立ち、叫んでいる。


「前方にリディル王国軍発見! 全軍展開! 弓兵は〈雷鳴の魔術師〉の襲撃に備えよ!」


「お祖父様、これから来るのは敵軍じゃなくて、お客様です……」


「わしは独立せん! 独立せんぞー!」


「はいはい、危ないから下りてくださいねー……」


「ヴァルムベルクの戦狼は、生涯皇帝陛下の牙として、忠義を誓うのみ!」


 子どもの頃から、一万回は聞いた台詞である。

 ヘンリックは、かつて英雄だった祖父を椅子から下ろし、死にそうな声で呻いた。


「これ、会合当日、どうしたら……フリーダ……助けて、ほんと助けて……あっ、胃が痛くなってきた……」


帝国サイドの初出の人物に関しては、大体これだけ覚えておけば大丈夫です。


ビレンダール卿:七十歳過ぎのおじいちゃん。リディル王国を見下している。

ケーニッツ卿:三十歳ぐらいの苦労人。

シュトラウス将軍:五十歳ぐらいの渋い将軍。


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