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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【34】友達と修行したり、悪ふざけしたり

 魔術師組合でメリッサに追い払われた翌日、アイザックは庭で黙々と魔術の訓練をしていた。

 長時間の訓練で既に魔力は半分以下になっており、その顔は右目の上に傷痕のある本来の顔に戻っている。

 切れ長の鋭い目が睨むように見ているのは、ほんの五歩ほど先にある石。これが、今回の訓練で使う的だった。

 魔術で水の矢を生み出し、的に当てる──それが訓練の内容だが、的である石は乾いたままで、水滴の跡すらない。


「マスター、そろそろ休まれては……」


 控えめに声をあげたのは、白いトカゲの姿で訓練を見守っていたウィルディアヌだった。

 いつもはアイザックの肩の上にいることが多いが、今は花壇を仕切る煉瓦の上に、ちょこんと乗っかっている。

 アイザックは訓練用の短杖を的に向けたまま、ユルユルと首を横に振った。


「いいや、まだだ」


 モニカはまだ帰宅していなかった。

 今日、何時頃の帰宅になるかは分からないが、彼女が帰ってくるまでに、水の矢を放つところまでできるようになりたい。

 短杖を構え直そうとしたアイザックは、ふと、昨晩からウィルディアヌがせっせと不慣れな料理をして、バスケットに詰めていたことを思い出した。

 料理と言っても、アイザックが焼いた肉を薄く切って、パンに挟むぐらいのものだが。


「そういえば、ウィル。君は今日、ネロと出かける用事があるのだっけ?」


「はい」


「僕に構わず、出かけて構わないよ。いっておいで」


「……わかりました」


 ウィルディアヌは煉瓦から下りると、侍従服姿の青年に化けた。こちらの姿でないと、バスケットを持てないからだ。

 あの悪趣味なサマーベストは着ていかないように、と声をかけるべきか否か。

 アイザックが悩んでいる間に、「失礼します」と言って、ウィルディアヌは立ち去る。

 ウィルディアヌが、あの目立つサマーベストを着ていかないことを願いつつ、アイザックは再び修行に没頭した。


(威力を最小限に絞っても、飛ばせない。術式の完成と、切り離すタイミングの問題か? 少しずつタイミングをずらして検証を……)


 まずは水を生成、続いて矢の形に成形しようとしたその時、背後で大きな声が響く。


「会長ぉー! こっちにいたんすか!」


「ダドリー! 勝手に人の家の庭に入るんじゃない!」


 周囲の気配に敏感なアイザックだが、今は魔術に集中していて、周囲への注意が疎かになっていた。

 突然響いた大声に、魔力の制御が乱れる。

 アイザックが「……あ」と声を漏らした瞬間、矢の形になるはずだった水球がグニャリと歪み、破裂した。

 全身びしょ濡れになり、短杖片手に立ち尽くすアイザックに、突然の来訪者──グレンとシリルは、ポカンとしている。

 先に我に返ったのは、シリルだった。


「も、申し訳ありませんっ、アイク!」


「いや、いいよ」


 シリルは大慌てでハンカチを取り出したが、アイザックはそれを片手で制止した。

 今日は天気も良いし、気温も高い。風邪をひくこともないだろう。

 アイザックは重くなったシャツの裾を絞って水気を切り、シリルとグレンに向き直る。


「それより、丁度いいところに来てくれた。シリル、ダドリー君」


 バツが悪そうな顔をしているグレンと、いまだハンカチ片手にオロオロしているシリル。そんな二人を交互に見て、アイザックは手元の短杖を軽く掲げる。


「僕に、魔術を教えてくれないかい?」


 シリルとグレンは、同時に目を丸くする。本日二度目のポカンだった。



 * * *



 魔術の実践訓練を始めたが、水の矢を飛ばすことに苦戦している──アイザックがそう説明すると、グレンが心底不思議そうに首を捻った。


「会長って、なんかすっげー難しい魔術式作ってたっすよね? ほら、水竜討伐で……」


「水中用索敵術式のことかな? うん、作ったし、使えるよ。共有術式との同時維持もできる」


「魔法剣も、使ってたっすよね?」


「そうだね」


 グレンは凄まじく難解な問題を前にした時のような顔で、こめかみを指でグリグリ押しながら問う。


「……それなのに、水、飛ばないんすか?」


「飛ばないんだよ」


 グレンは顔いっぱいに疑問を浮かべ、なんで? と無言で問いかけてくる。

 横で話を聞いていたシリルが、腕組みをして口を挟んだ。


「得意属性の違いだ。水属性は魔術を飛ばすことに、あまり長けていない」


「そういうもんすか?」


「火と水、全く同じ大きさと魔力密度の矢を作ったと想定してみろ。水は圧倒的に重い」


「な、なるほど……?」


 グレンはよく分かったような、分かっていないような顔で相槌を打ち、むーんと唸る。

 これは実際に見せた方が早いだろう、とアイザックは短杖の先端を的である石に向け、詠唱した。

 水の生成、矢に成形。そして放とうとするが、水の矢はアイザックの足元にビシャリと落ちて、水たまりになる。

 グレンがパチパチと瞬きをして、「本当にできないんだ……」と呟いた。


「オレ、他の属性の魔術もちょっと教わったことあるんすけど、手元から放すのは、そんなに苦労したことないんすよね……結局、制御ができないから、使うなって言われたんすけど」


「ダドリー君が魔術を放つ時は、どんな感覚だい?」


「うーん……『えいや!』って感じすかね。威力ある方が、案外遠くまで飛ぶっす」


 なんとも感覚的な解答だが、威力がある方が飛ぶ、というのは一理あるかもしれない。

 魔術式全体の魔力量と、威力、推進に使う魔力量のバランスを再計算しつつ、アイザックは横目でシリルを見た。


「シリルからは、何かアドバイスはあるかい?」


「わ、私、ですか……っ」


 シリルは口を「お」の形で開き、そのままギュッと閉じた。大方、「恐れ多いです!」と言いかけたのだろう。

 シリルは閉じた唇をムズムズさせていたが、やがてぎこちなく口を開く。


「これは、私が氷の魔術を使う時の話ですが……氷を空中で生成して飛ばすより、地面や壁を伝う形の方が容易です」


 シリルが詠唱をし、地面に指を添えると、指先から氷が細い糸のように伸びて、的である石に向かった。

 氷の先端が的に触れると、そこから一気に的が氷漬けになる。


「このやり方は、空中の敵には届きませんし、速度も落ちます。その分、消費魔力を抑えられ、命中率も上がります」


 ふむ、とアイザックは頷き、自分の水の魔術で試したらどうなるかを試算する。

 水をロープ状に形成するのに似ているから、再現は不可能ではないだろう。ただ、威力を抑えたら、アイザックの水は的に届く前に、地面に吸われてしまう気がする。


(……そうだ)


 ふと思いつき、アイザックは家の中に駆け込んで、洗濯に使う木桶を持ってきた。アイザックが両腕で輪を作ったぐらいの大きさの、平たい桶だ。

 アイザックは詠唱をしてその桶に水を満たすと、桶の端から人差し指を差し入れ、水面に触れる。

 そして、再び詠唱。指先から、握り拳より一回り小さな水を生成。それを矢の形にするのではなく、そのまま水面を走らせる。

 小さな水球は水面を走り、桶の端から端を横断して、弾けた。

 よしっ、と小さく呟き、アイザックは拳を握る。


(やっぱりそうだ。地面を伝うより、水面の方がやりやすい)


 水面に限定されてしまうが、自身の魔術を前に進めるというのは、なんとなく感覚として掴めた気がする。あとは、これをいかに術者から切り離すかだ。

 掴んだばかりの感覚を忘れぬよう、アイザックがまた水面に水球を走らせていると、グレンが感心したように呟いた。


「なんか、水鉄砲みたいっすね」


 術式分割しなきゃ水鉄砲以下の半人前──脳内に蘇ったメリッサの言葉が、アイザックの胸にグサリと刺さる。

 一方、シリルは「水鉄砲?」と不思議そうに呟いていた。馴染みのない言葉を、そのまま復唱したような口調だ。

 グレンが意外そうにシリルを見る。


「副会長、やったことないんすか、水鉄砲」


「……ない」


「木筒で作ってもいいんすけど、ほら、手でこうやって」


 グレンは青いローブの袖を捲ると、水を張った桶に両手を突っ込み、指を組んだ。そうして両手の隙間をピッタリ埋めて、一箇所緩めた隙間から、水を噴射する。

 勢いよく飛んだ水は、見事シリルの顔面に直撃した。

 シリルは青い目をギラつかせて、グレンを睨む。


「今のは、私の顔に当てる必要が、あったのか?」


「水鉄砲って、そういうもんじゃないすか」


 そのやりとりに、アイザックは少しだけ懐かしくなる。子どもの頃、父に水鉄砲を作ってもらったことを思い出したのだ。

 水鉄砲は、木筒に小さな穴を空け、中に水を入れて、ボロ切れを巻いた棒で水を押し出すだけの物だが、上手く作ると水が遠くまで飛ぶのだ。

 自分でも作ってみたいと言ったけれど、まだ危ないからと、やんわり諭され、木筒から水を押し出す棒に、ボロ切れを巻きつけるのだけ、手伝わせてもらったのを覚えている。

 どうして布を巻く必要があるの? と問うアイザックに、父は言った。


 ──隙間を塞がないと、上手く水が飛ばないからね。


(そうだ。そうしないと、隙間から水が漏れてしまうから……)


 手で水鉄砲をする時もそうだ。射出口以外の隙間をきちんと塞がないと、水は勢いよく飛ばない。

 アイザックはふと思いつき、短杖を構えて詠唱をした。

 水を生成、成形──この時、水の矢の周囲だけ魔力密度を高める。水の矢の周囲に、魔力で膜を作るイメージだ。

 そうして、射出用の魔力が漏れないようにして、放つ。


(いける!)


 短杖から飛び出した小さな水の矢は、真っ直ぐに飛翔し……。


「まったく、人の服を濡らしておいて、悪びれもしないとは、なにごとだ。この後の予定を忘れ……ぶっ!?」


 グレンを叱っているシリルの横っ面に直撃した。殺傷力は無いに等しい一撃だが、頭までびしょ濡れだ。

 呆然としているシリルをよそに、アイザックは短杖を握りしめて、喜びの声をあげる。


「できたっ!」


「……アイク」


 顔からボタボタと水を垂らしたシリルが、真顔でアイザックを見た。


「……今のは、私の顔に当てる必要が、あったのですか?」


「水鉄砲って、そういうものだろう?」


 アイザックがニヤリと笑って短杖を振ると、シリルは無言で袖捲りをし、両手を桶に突っ込んだ。

 そうして、先ほどグレンがやったように、両手の指を組み合わせる。だが、指の隙間から勢いよく水が飛び出すことはない。


「飛ばない? 何故だ……?」


 どうやら、報復の水鉄砲をしかけようとして、失敗したらしい。

 やり返したいなら、桶に突っ込んだ手を、バシャっと跳ね上げた方が簡単なのに、律儀である。


(理不尽に対し、やり返す気概があるようで何よりだ)


 アイザックが意地悪く笑いながら見守っていると、見かねたグレンが、シリルに水鉄砲のやり方を指南した。


「副会長、指はこうやって……隙間を埋めて、ギュッとするんすよ」


「こうか?」


「そうっす。そのまま、ギュッ!」


 シリルの手から飛び出した水は、そのまま本人の顔面に直撃し、アイザックとグレンは声をあげてゲラゲラ笑った。



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