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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
341/425

【幕間】わがまま一族会議

外伝13ー22「○○○疑惑、危機一髪」の裏話です。


 グリオストは、リディル王国中央地方、王都の南西部にある風光明媚な土地である。

 テルミア湖を中心とした森林地帯は避暑地としても人気が高く、王都にも程良く近いので、社交界シーズンになると、ここに立ち寄る貴族も多い。

 このグリオストが、大規模竜害対策をした図書館学会役員シリル・アシュリーに与えられた土地であった。


「大変に恐縮ではありますが、このグリオスト領主代行を、どなたかにお願いしたく存じます」


 侯爵邸で行われた親族会議の場で、シリルがそう申し出ると、途端に親族達の顔色が変わる。

 その顔色が意味するところは、「喉から手が出るほど欲しい」──これに尽きるのだが、シリルは養子である自分のワガママに親族達が呆れているのだろうと、言葉通り恐縮しきっていた。

 この場に集まっているのは、アシュリーの姓を持つ十八名。

〈識者の家系〉の肩書きに相応しく、図書館学会に籍を置く者、図書館や博物館を管理する者、教師をしている者もいれば、領地運営や商売をしている者もいる。

 そんな彼らにとって、グリオストとは非常に「美味しい土地」であった。

 一年を通して気候は穏やか。竜害が少なく、貴族の避暑地として人気だから、社交界ともコネが作りやすい。ハイオーン侯爵領にも、王都にも程よく近いから、移動にも便利。図書館や博物館も充実している。

 歴代の国王の中には、気に入らない部下に、痩せた土地や竜害の多い土地を押し付け、王都から遠ざけようとする者もいたという。褒賞という名の厄介払いである。

 だが、現国王は正しくシリル・アシュリーに褒美を与えた。グリオストはそういう土地だ。

 おまけにここで領主代行を引き受ければ、次期侯爵であるシリルに恩を売れる。信頼を得たなら、しめたものだ。

 誰もが目をギラギラさせている中、真っ先に口を開いたのは、ハイオーン侯爵の従兄弟にあたる、初老の男であった。


「領地の管理なら、私に経験がある。かつて私は、不毛の地と言われていたハイドラルダルに葡萄畑を作らせ……」


「ここは私の息子に任せてみませんか? 留学先のアルパトラから呼び戻しますので……」


「いやいや、それなら私の娘婿が優秀で……」


 一人が口を開くと、他の者が次々とそれに続く。

 実に十八名中十七名が、領主代行を引き受けたいと申し出た。それほどに、グリオストは魅力的な土地なのだ。


(アシュリー家の方々は、なんと義に厚く、親切なのだろう。養子である私に、こんなに良くしてくれるなんて)


 お人好しのシリルが胸を熱くしている間も議論は続き、白熱していく。

 ここに集っているのは、〈識者の家系〉であるアシュリーの人間である。即ち、彼らは非常に議論に強かった。

 ただ一つ、〈識者の家系〉には、ハイオーン侯爵自身も認める悪癖がある。

 ……彼らは博識すぎるが故に、話が脱線しやすいのだ。


「私が大学で論文を書いた古典文学『リヒャルゼの夢』は、グリオストとも関連深く……」


「いや待ちたまえよ、君。『リヒャルゼの夢』に登場する湖は、グリオストのテルミア湖を舞台にしていると言いたいのかね? それを否定する論文をコールズの大学教授が一昨年書いていて……」


「あの教授の論文には納得のいかない点がある。地学的な考証が不足しているし、歴史的に見ても……」


「地学的考証というなら、魔法地理学会の論文はもう読んだかね? あれを読めば、作中に登場する湖の変化にも納得がいくぞ」


 グリオストの領主代行の話から脱線に脱線を重ね、会議は迷走していく。

 シリルはなんとか話についていこうとした。だが、ようやく理解が追いついたところで、更に話が脱線していくのだ。

 せめて動揺を顔に出さぬよう、シリルが唇を引き結んでいると、義父が静かにシリルの名を呼ぶ。


「シリル」


「はい、義父上」


「領主代行は、君が信頼できる人に任せなさい。誰を選んでも、私達は君の意思を尊重しよう」


 私達は、の一言に親族達は一斉に沈黙した。

 ハイオーン侯爵は息子の選択を尊重する。そして、それに他の者も準じよ──と侯爵はこの場にいる全員に釘を刺したのだ。

 シリルは腹に力を込め、背筋を伸ばした。

 自分はいずれ、アシュリー家をまとめる存在にならなくてはいけないのだ。

 親族達を納得させることができなくて、何が未来の侯爵か。


「私は、領主代行をカーティス殿に任せたく思います」


 シリルがキッパリ宣言すると、シリルの従兄弟カーティス・アシュリーはゆっくりを顔を上げて、シリルを見た。

 カーティスはこの場で唯一沈黙を保ち、脱線する会議を見守っていた人物だ。真っ直ぐな黒髪の下、薄く開かれた瑠璃色の目は、冷静に親族達の様子を伺っていた。

 シリルは硬い声で、カーティスに告げる。


「カーティス殿。どうかお願いいたします」






 親族会議の間、腕組みをし、半目を開けて居眠りをしていたカーティス・アシュリーは、突然自分の名前を呼ばれて、それはもうビックリした。

 親族達は皆、なんだか怖い顔で自分を見ている。これは、居眠りがばれたに違いない。

 いやいやこれは眠っていると見せかけて、思慮深く考察をしていたのですよ、ははははは──などと言い訳を考えていると、シリルがカーティスを真っ直ぐに見据えて言う。


「カーティス殿。どうかお願いいたします」


 お願いするってなんだろう。そういえばシリルは、大規模竜害対策の褒賞で土地と爵位を貰うらしい。その式典が、近い内にあるのだとか。

 きっと式典に着ていく服を見立ててほしいとか、その後のパーティに同行してほしいとか、そういう感じの頼みなのだろう。シリルが自分に頼みごとをする時は、大抵そうだ。

 だから、カーティスは居眠りがばれぬよう、余裕たっぷりに頷いてみせた。


「あぁ、勿論。任せてくれたまえよ、シーリルくぅん」


 シリルがパッと顔を輝かせる。心の底から嬉しそうだ。

 年下の世話を焼くのが好きなカーティスが、上機嫌にフンフン頷いていると、シリルは親族達を見回し、宣言した。


「それでは、わたくし、シリル・アシュリーは、カーティス・アシュリー殿をグリオスト領主代行に任命いたします!」


「………………え?」


 ポカンとしているカーティスに、両親は破顔し、親族達は悔しそうな顔で拍手を送る。

 グリオスト。竜害がなく、自然は美しく、王都に程よく近いので、遊び人にも嬉しい素敵な土地である。

 だが、領主代行をしたいかと言われたら、それはまた別の話だ。カーティスは働くのが大嫌いなのだ。

 ちょっと待った。今のなし。やり直し……と言いたいが、既に親族達は諦め顔だった。


(そこは諦めずに、もっと粘っていただきたい!)


 カーティスは、かつて神童と呼ばれていた頭脳をフル回転させて、この場を凌ぐ言い訳を考えた。

 そんなカーティスに、シリルが服の胸元をギュッと握りしめ、感極まったような顔で言う。


「ありがとうございます、カーティス兄さん。カーティス兄さんになら、安心して託せます」


 神童の悪知恵は、年下の純粋な眼差しに敗北した。


「ま、任せたまえよ。ハハ、ハハハ……」


 こうしてグリオスト領主代行は、アシュリー家の元神童、今はただのチャランポランこと、カーティス・アシュリーに決定したのである。



 * * *



 その晩、シリルは自室で、領主代行にカーティスを任命する旨の書類を作っていた。

 カーティスならきっと、グリオストの領主代行を務めてくれることだろう。なにせあの従兄弟は、優秀な人材を見つけて交渉するのが抜群に上手いのだ。


『私は面倒な仕事はごめんだからね! 私の代わりに仕事をしてくれる人を見つけたまでさ、ハハハハハ!』


 というのがカーティスの言だが、自分が不在でも仕事が回る体制を整えるのは、非常に良いことだとシリルは思っている。


(流石カーティス兄さんだ。私も見習わなくては)


 書き上がった書類を見直し、羽根ペンをペン立てに戻すと、ペン立てのそばに置いた小瓶が目に入った。

 片手で握り込めるぐらい小さな瓶の中身は、モニカから預かったガラス玉だ。白いガラス玉の中心には、雪の結晶に似た模様が浮かんでいる。

 シリルは小瓶を指先で摘んで、軽く傾けた。

 小瓶の中で揺れるガラス玉が、燭台の火を透かしてオレンジがかった色にゆらめく。まるで、雪の欠片に火が灯ったかのように。

 シリルは小瓶を傾けるのと反対の手で頬杖をつき、小さく歌を口ずさむ。幼い頃、母に教わった機織り娘の歌だ。


「『沈みゆく()を糸に染め、手繰(たぐ)って紡いであなたを想う……』」


 子どもの頃は歌うのが好きだった。だけど、声変わりをしてから、授業以外では滅多に人前で歌わなくなった。

 幼い頃、何度か聞いた父の歌声に、自分の声が似ていたからだ。

 背が伸びて、声が変わって、どんどん父に似ていく自分が怖かった。

 それが、いつもシリルから自信を奪っていた。


(……今はもう、怖くない)


 鏡に映る父の面影に怯えたりなんてしない。

 声変わりをしたって、ちゃんと歌える。

 髪を切らないのは、父に言われたからじゃない。


「『パタン、パタンと全ての色を、上手に織ることできたなら、服を仕立てて、あなたの元へ。服を仕立てて、あなたに会いに』」


 銀のまつ毛をそっと伏せ、ガラス玉の本当の持ち主に想いを馳せる。

 小瓶の中、ガラスが転がる音すら愛おしい。



 静かな夜、密やかに紡がれる歌を、窓辺に座る二匹のイタチだけが聴いていた。


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