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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【27】歴史に残る一日


 遠くまで広がる青空の下、鮮やかな初夏の花に彩られたリディル王国城に、楽団の美しい音楽が広がる。

 楽団の指揮を執るのは、若き天才音楽家ベンジャミン・モールディング。

 青空にも届くその曲の名は、交響曲第六番「夏精霊の舞」。夏の訪れを喜ぶ精霊達が舞い踊る様を、優美かつ軽やかに奏でた曲だ。

 精霊が夏の訪れに心弾ませるように、その曲は人々の高揚を、より一層高めていく。

 誰もが心待ちにしているのだ。これから始まる、素晴らしい式典を。

 そんな城内を、今日の式典の主役の一人、新七賢人〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジは、血相を変えて廊下を走っていた。

 集合場所を間違えたのである。


(うぉぉぉぉぉ、やべぇやべぇやべぇぇぇ!)


 いつもは動きやすい服に擦り切れたローブを羽織っている彼だが、今日は七賢人のみが着ることを許される、金糸銀糸で刺繍を施した美しいローブをしっかりと着込んでいる。そのせいで、いつもより走りづらい。

 実を言うと、サイラスは城の構造をまだ殆ど把握できていなかった。

 なにせ、新七賢人に選ばれた直後、ダールズモアへ遠征。そして王都に戻ったら、〈翡翠の間〉を含む城の一部が吹っ飛んでいたのである。

 以降は、魔法兵団詰所を拠点に動いていたので、城内に足を運んだことは、数えるほどしかない。


(こんなことなら、普通に案内を頼むんだった……!)


 いちいち使用人がついて回ることに落ち着かず、一人で部屋を出たのが間違いだった。

 いっそ、飛行魔術で外に飛び出そうか。だが窓の外には、式典後の宴会目当ての客人達の姿がチラホラ見える。飛行魔術で窓から飛び出したら、さぞかし目立つことだろう。


(やべぇ、師匠にどやされる!)


 既に、集合時刻を少し過ぎている。

 こうなったら目立つことを覚悟で飛行魔術を使うか、とサイラスが腹を括ったその時、前方に一人のメイドが立ち塞がった。

 銀の髪をまとめた、細身のメイドだ。年齢は二十代半ばぐらいだろうか。姿勢良く立つ姿は美しいが、触れたら泡沫のように消えてしまいそうな儚さがある。


「〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジ様。式典会場にご案内いたします」


 女の声は淡々としているが、悪意や棘はない。寧ろ、こちらの身を案じる、控えめな優しさを感じた。


「うぉぉぉ、すまねぇ、助かるっ!」


「こちらへ」


 銀髪のメイドが静かに歩きだしたので、サイラスは慌ててその後を追った。

 メイドは迷いのない足取りで、廊下を進んでいく。そんな彼女が向かう先を見て、サイラスは眉をひそめた。

 式典には、王都を訪れた全ての貴族が参列するわけではない。

 式典に参列している者の身内や、式典の後の宴会が目当ての地方貴族達もいる。

 そういった者達のために、城内のホールやサロンが解放されていて、紳士淑女が思い思いの時間を過ごしているのだ。

 そして、銀髪のメイドが向かった先は解放されている小ホール。そこでは、二十人近くの紳士達が、飲み物を片手に談笑をしていた。


「なぁ、おい、あそこは突っ切ったらまずいんじゃないか?」


 焦るサイラスに、メイドは前を向いたまま淡々と応える。


「声を出さなければ、問題ありません。ここからは、どうか無言でお進みくださいますよう」


 メイドは躊躇うことなく、小ホールの、よりにもよってど真ん中を歩き出した。

 中央は比較的人が少ないが、それでもそんなところを突っ切ったら目立つに決まっている。

 メイドの後ろを歩くサイラスは、大きな図体を縮こめて、キョロキョロと周囲を見回した。どういうわけか、誰もサイラスの行いを咎めようとしない──どころか、見向きすらしないのだ。

 最初は田舎者が無視されているのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。

 彼らはサイラスに、視線も意識も、一瞬たりとも向けてこない。まるで、サイラスの姿が見えていないかのようだ。


(……そういうのが、お貴族様の作法なのか?)


 平民出身のサイラスには、理解できない世界である。

 やがてメイドとサイラスは小ホールを突っ切ると、そのすぐそばにある階段を下りた。

 二階から一階に降りたところで、メイドは別棟に繋がる渡り廊下を指さす。


「この渡り廊下を渡った先が、式典会場です」


「お、おぅ、すまねぇな。助かったぜ」


「皆様がお待ちです。どうぞ、お急ぎを」


 そう言って、メイドは深々と頭を下げる。

 顔が見えないから、頭を上げてくれないかな、などと考えつつ、サイラスはうなじのあたりをガリガリかいた。メイドが顔を上げてくれるまでの、時間稼ぎのつもりだった。


「あー、そのよ。ほんとに、ありがとな」

 

「我が主が困っております。どうぞ、お急ぎを」


「お、おう」


 きっとこのメイドは、式典を取り仕切る誰かに仕えているのだろう。ならば、サイラスが遅刻したら迷惑をかけてしまう。

 サイラスが早足でメイドの横をすり抜けた時、メイドが下げていた頭を上げた。一瞬、その髪色が水色がかった白髪に見えたのは気のせいだろうか。

 サイラスは数歩進んで振り向く。もうそこに、メイドの姿はない。

 首を捻るサイラスの足元で、白いトカゲが草の陰に消えていった。



 * * *



 当初予定していた時刻通りに式典は始まり、開式の挨拶の言葉が読み上げられる。

 その様子を、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットは式典会場と控え室を繋ぐ扉の隙間からチラチラと見ていた。


「か、開式の挨拶、始まっちゃいましたぁ……」


 控え室にいるのは、〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジを除く七賢人六人と、褒賞を与えられるシリル、グレン、メリッサ。合わせて九人だ。

 褒賞を与えられる人間は他にも、二代目〈深淵の呪術師〉アデライン・オルブライトや、魔術師組合サザンドール支部の人間も含まれるのだが、アデラインはまだ体が本調子ではないため、魔術師組合の人間は、まだ現場から離れられないため、後日褒賞を受け取ることになっている。

 式典の流れはおおまか、シリルの叙爵、グレンの魔法騎士叙任、その他、功労者への褒賞。そして最後に新七賢人の任命となるのだが、この式典の主役の一人であるサイラスが、まだ控え室に到着していないのだ。

 椅子の肘掛けに頬杖をついていた、真紅のローブのメリッサが、足を組み替えながら言った。


「これさぁ、アタシが新七賢人になってよくない?」


「図々しい……」


 ボソリと呟くレイを、メリッサがギロリと睨む。

 壁にもたれていたブラッドフォードが、顎髭を撫でながら、太い眉を寄せた。


「昨日、飲ませすぎたかなぁ。竜滅のが、なかなかいける口なもんだからよぉ、つい酒瓶空けちまったんだよなぁ」


「そういえば、サイラスちゃんって、まだお城に慣れてなかったのよねぇ〜。誰かと一緒に来るように、念を押しとけば良かったわぁ」


〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが、頬に手を添えて、ほぅっとため息をつく。

 控え室の中は、どうしたものか、という空気に満たされていた。

 そんな中、手持ち無沙汰に青いローブの裾をいじっていたグレンが、ルイスに声をかける。


「師匠。オレ、ピューンとひとっ飛びして、探しに行った方がいいっすかね?」


「やめなさい。お前まで不在になったら、私の面目丸潰れでしょうが」


 式典会場からは、開会の挨拶の後の、祈りの言葉が聞こえる。叙爵が始まるまで、あと少しだ。

 モニカがオロオロしていると、黒い礼服姿のシリルが、モニカに耳打ちした。


「トゥーレとピケを、探しにやってるが……まだ、見つかっていないようだ」


「えっと、アイクも、こっそりウィルディアヌさんを外に出したみたいで……見つけてくれると、良いんですけど……」


 二人がヒソヒソと話していると、廊下側の扉が開いた。駆け込んできたのは、汗だくのサイラスだ。


「遅れてすんませ──ごふっ」


 元気の良い声が途切れたのは、ルイスがサイラスの鳩尾に拳をねじ込んだからである。

 ルイスは拳をグリグリさせながら、低い声で呻いた。


「ここ、式典会場の真横なんですよ? 分かってます?」


「っす。さーせん……した……」


 脂汗を滲ませ呻くサイラスに、ラウルが「間に合ってよかったな!」と笑いかけ、メリッサは、七賢人の座を奪い損ねたと言わんばかりの顔で舌打ちをする。それぞれ別方向に正直な姉弟である。

 何はともあれ、これで全員無事に揃ったのだ。

 モニカがホッと胸を撫で下ろしていると、扉のそばに控えていた者が、シリルとグレンを呼んだ。

 先に叙爵や叙任を行い、新七賢人の任命は一番最後。そして、現役七賢人はサイラスの後ろを歩く形で入場する。

 シリルが顔を引き締め、前を向いた。その顔は緊張に強張ってこそいたけれど、不安はない。

 己がやるべきことをやるのだと、決めた顔だ。


「シリル様、あの、えっと……」


 これから前に進んでいくシリルに、モニカは何か言葉を贈りたかった。

 それなのに、気の利いた言葉が全然思い浮かばない。


(出てこい、言葉)


 モニカは汗ばむ手を握りしめ、言葉を絞りだす。


「が、頑張って、くださいっ」


 結局口をついて出たのは、何の捻りもない言葉だった。

 それなのに、シリルはモニカを見下ろすと、口の端を持ち上げて小さく微笑む。


「なるほど、勇気の出るまじないだ」


「……?」


「行ってくる」


 シリルが黒い上着の裾を翻し、前を向いた。ワンテンポ遅れて、銀色の髪がフワリと揺れるのを、モニカは瞬きもせず見送る。

 先を行くシリルの後ろに、青いローブのグレンが続いた。


「オレも、行ってくるっす!」


「はい! いってらっしゃい、グレンさん!」


 モニカの言葉に、グレンは彼らしい顔でニカッと笑い、前に進み出た。



 * * *



 シリルの功績を、大臣が読み上げる。


「図書館学会役員としての勤めを果たし、未曾有の危機から国を救った識者よ。その功績をここに讃える」


 神官が、グレンに祝福を与える。


「今まさに魔法騎士になろうとする者よ。魔術師としての叡智と、騎士としての高潔な精神をもって、この国の全てを守護すべし」


 シリルは爵位の証である指輪を。グレンは魔法騎士の証である杖と剣、そして祝福された拍車をそれぞれ受け取った。

 この場にいる誰もが、若き英雄を祝福している。それが、モニカには嬉しい。誇らしい。

 ただ一つだけ、思うところがあり、モニカは目を動かした。

 王族の末席に座る、王位継承権を放棄した第二王子フェリクス・アーク・リディル。

 完璧な美貌の王子様は、美しく微笑んでいた。それはきっと、王子様としての笑顔ではなく、彼の心からの笑顔だ。

 アイザック・ウォーカーは喜んでいる。友人達が多くの人から称賛され、祝福されることを。

 その笑顔を見ていたら、何故かモニカの胸はキュッと締めつけられた。


(そっか、わたしは……アイクも褒められてほしいんだ)


 続いて、メリッサが前に進み出て、褒賞を受け取る。この場にいない者も含め、功労者達を称えたところで、次はいよいよ七賢人の入場だ。

 先頭を行くサイラスの後ろに、就任順でメアリー、ブラッドフォード、レイ、ラウル、ルイスと続く。

 サザンドールの黒竜を討伐した救国の英雄、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットはしっかりと杖を握りしめ、最後尾を進んだ。

 少しでも立派に見えるように。弟子が誇りたくなる、師匠であるように。





 その日、リディル王国で行われた式典とパレードでは、国を救った英雄達に、国民は喜びと祝福の声を贈った。

 その光景と彼らが口にした英雄達の名は、書物に限らず、歌や演劇など様々な形で後世に語り継がれていったという。


Q:サイラスを案内したメイドは笑顔が素敵ですか?

A:微笑むと、幸薄そうで、守ってあげたくなる感じだそうです。


Q:エプロンが似合う家庭的な雰囲気ですか?

A:家庭的かはさておき、とりあえずメイドのエプロンは似合っていました。


Q:おっぱい大きいですか?

A:小さくはないです。


Q:パイ作りが上手ですか?

A:できません。人間とは味覚が異なります。水、紅茶、コーヒー、酒の味の違いは分かるそうです。

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