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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝13:沈黙の魔女の隠しごと
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【5】弟子の一番大事な仕事

 モニカがサザンドールの黒竜との戦いを終え、帰宅した翌日の午前。ラナとカリーナがフラックス商会に戻ったのとほぼ入れ違いで、四代目〈茨の魔女〉メリッサ・ローズバーグがモニカの家を訪れた。


「はぁい、モニモニ。おチビ。アタシのことが分かるわね」


 ズケズケと家の中に入ってきたメリッサは笑顔だった。

 その笑顔に何か危険なものを感じたモニカは、とりあえず頭を下げる。


「は、はい。あの、えっと、その節はご迷惑を……ぷぎゅぅっ!」


 モニカが全てを言い終えるより早く、メリッサは両手でモニカの頬を挟むように潰した。

 そうして、下を向いたモニカの頭をゆっくりと持ち上げ、目を合わせてニタリと笑う。

 絵に描いたように、邪悪な魔女の笑顔だった。


「モニカちゅわぁ〜ん? 記憶食われてたあんたが、なんで現場に来て、黒竜ぶっ倒してんのよ? えぇ?」


「あにょ、ひょ、ひょれは……」


 モニカが頬を潰されながら、あうあうと呻いていると、キッチンで昼食の用意をしていたアイザックが姿を見せた。


「レディ・メリッサ。僕のお師匠様を苛めるのは、やめてくれないか?」


 シャツとベストの上にエプロンを着けたアイザックは、今は魔力量を調節して彼本来の顔をしていた。右目を隠す眼帯も、もうつけていない。

 メリッサはほんの数秒、アイザックの右目の古傷を凝視していたが、フンと鼻を鳴らすとモニカに言い放つ。


「おチビ、この穀潰しを今すぐ追い出しな」


「うぇ? えぅ? あのぅ、あのぅ……?」


 セオドアの正体が黒竜であることに気づいたアイザックは、メリッサに協力を申し出て、七賢人が主体となっていた〈暴食のゾーイ〉奪還作戦に参加した……ということは、昨日の時点でアイザックから聞いている。

 その際に、アイザックがメリッサに、〈沈黙の魔女〉の弟子を名乗ったということも。

 だが、メリッサの態度が険悪なのはどういうわけだろう。

 モニカが狼狽えていると、メリッサはモニカの頬をこねながら、アイザックを顎でしゃくった。


「こいつは、アタシの肌に壊滅的被害を与えた大罪人よ」


「それは申し訳ないことをした。吹き出物に効くハーブティーを用意しよう」


「……そういう気の利かせ方がムカつくのよ、あんたは」


 メリッサはドカッと音を立てて椅子に座ると、ふんぞり返って腕組みをする。

 テーブルの下で丸くなって寝ていた黒猫姿のネロが、嫌そうに「うなーう」と鳴いて部屋を出ていったが、気にするメリッサではない。


「竜滅の話じゃ、最後まで現場にいたの、あんたらなんでしょ。だったら、最後まで現場にいた下っ端が報告に来るのが、筋ってもんでしょうがよ」


 下っ端、の一言に力を込めて、メリッサはアイザックを睨む。

 アイザックは茶の用意を進めながら、「おや?」と小さく首を傾げた。


「ハイオーン侯爵の御令息に、事情の説明を頼んだはずだけど」


「シリル様なら、熱出して気絶した状態で担ぎ込まれてきたわよ」


「え、えぇっ!?」


 モニカは思わず声をあげた。

 思えばシリルは、魔力汚染された海に落ちて、その後もトゥーレに乗って飛び回っていたのだ。

 あんまり元気に怒鳴り散らしていたので忘れていたが、それは熱も出るだろう。


「うちの愚弟は現場を見てないし、おとぼけイタチ共の説明は要領を得ないし、黒竜を倒すまでの流れがよく分かんないのよ。こっちは、本部に報告書あげなきゃなんないってのにさ」


 本当は昨日の内に、モニカの家に人を遣りたかったが、それをする余裕がないほど後始末が大変だったらしい。

 申し訳なさにモニカが身を縮こまらせていると、アイザックがハーブティーのカップをメリッサとモニカの前に置いて言った。


「黒竜討伐と、闇の精霊王召喚の門を閉じるまでの経緯を、おおまかにまとめた報告書は作ってある」


「だったら、さっさとそれを寄越しなさいよ」


「勿論。それと……」


 アイザックが言葉を切って、チラリとモニカを見る。

 モニカはコクンと頷き、口を開いた。


「わたし、ですね、〈暴食のゾーイ〉に奪われた物が戻ってきた時の、定着率について調べ、ました」


 モニカとアイザックも、昨日はただ休んでいたわけではないのだ。

 帝国の諜報員ユアンの隠れ家を後にし、ラナの待つ家に帰宅したモニカ達は、〈暴食のゾーイ〉の代償として奪われたものが戻ってきたケースについて、検証をしていたのだ。

 モニカが奪われたのは記憶、アイザックは過去にかけられた肉体操作魔術。

 記憶と魔術はそれぞれ別物だし、奪われてからの経過時間も異なる。

 なので、モニカは今一度、自身の魔力量の変化で記憶が欠如したりしないかを、記憶を紙に書き出して検証した。

 魔力量が減ることで肉体操作魔術が剥がれて元の顔に戻ってしまうアイザックも、変化の瞬間について、ウィルディアヌに協力してもらい、できる限り調べたのだ。

 アイザックの方は、リディル王国では禁忌とされている肉体操作魔術が関わってくるので、報告書に詳細は書けない。

 その辺りを上手くぼかしつつ、モニカとアイザックは一つのレポートを書き上げた。

 そうして、二人が出した結論がこれだ。


「奪われた物なんですが、実体のある物ほど、定着率が低いみたいで……特に体の一部は……」


 モニカの言葉に、メリッサが顔をしかめる。


「確か、どこぞのご令嬢が、肌を奪われたんでしょ」


「……はい」


 メリッサは己の顎にできた吹き出物を指先で弄り、「……絶望的じゃない」と呟く。

 吹き出物一つで大騒ぎするメリッサだ。肌を奪われたエリアーヌに対して、思うところがあるのだろう。


「それで、ですね。わたしの記憶の定着をベースに、魔素の推移をまとめまして……」


 実を言うと、ベースにしたのはアイザックの肉体操作魔術の方なのだが、そこは誤魔化し、モニカは言葉を続ける。


「アンバードの医療補助魔導具の使用申請をラナに……えっと、コレット商会長に、預け、ました」


「あん?」


 突然出てきた地名、単語、そしてそれをラナに託したという言葉が、メリッサの頭の中ですぐに繋がらなかったのだろう。

 説明下手なモニカに代わって、アイザックが口を挟む。


「アンバードで研究中の大型医療補助魔導具に、魔素配列と複数の術式を読み込ませれば、奪われた皮膚が定着するかもしれない。ただ、あれは研究中の魔導具だし、使用にも複数の申請が必要になるので、〈沈黙の魔女〉名義の申請を、コレット女史に託したんだ」


「なんでそこで、コレット女史の名前が出てくんのよ」


「彼女はアンバード伯爵と取引をしている人だから話が早いし、アンダーソン商会の馬車を借りられるから、大型魔導具の搬入もスムーズになる」


「なんで今度は、アンダーソン商会の名前が出てくんのよ。運送王んとこの商会でしょ、それ」


「コレット女史の秘書、クリフォード・アンダーソン氏と僕は仲良しでね」


 最後の一言に関しては、モニカも大いに疑問を持っているが、それ以外は概ねアイザックの言葉通りだ。

 初めにアンバードで研究中の医療補助魔導具に目をつけたのは、カリーナだった。彼女はアンバードで研修を受けていて、医療補助魔導具についての知識が多少ある。

 そこで、アンバード伯爵バーニー・ジョーンズの力を借りることを思いついたモニカは、ラナに諸々の申請を頼んだのだ。

 更に言うと、アイザックは個人研究のために運送王と呼ばれるアンダーソン商会長と取引をし、アンダーソン商会の馬車を借りる取引を交わしている。

 その馬車を、必要に応じてラナの商会で借りることも了承済みだ。この辺りは、アイザックとクリフォードの間で、事前に取り決めていたらしい。


「以上のことを、全て報告書にまとめている。今、取ってこよう」


 アイザックが一礼をして、部屋を出ていく。

 メリッサはハーブティーを啜り、ボソリと呟いた。


「師匠が喋り下手だと、弟子の口が回るわけね。結界のとこと逆だわ」


「あの、アイクは、すっごく優秀なんですよ。だから、ご、穀潰しなんかじゃ……」


 モニカが懸命にアイザックのフォローをしようとすると、メリッサは頬杖をつき、ギョロリと緑の目を動かしてモニカを見た。


「モニモニ、あんたさぁ」


「は、はい」


「今すぐ寝室に鍵つけな。頑丈なやつ」


 予想外の提案に、モニカは「へ?」と声を漏らす。

 どうして突然、部屋の鍵の話題になったのだろう。


「えっと、引き出しとか、重要書類の棚には、ちゃんと鍵をつけて……」


「そうじゃなくて、この家にはウォーカーがいるでしょうが」


「はい、います」


 頬杖をついていたメリッサは、脱力したようにガクリと肩を傾け、顔をしかめた。


「『はい、います』じゃなくてさぁぁぁ……。よし分かった。今から鍵屋に行くわよ」


「へ? い、今から?」


「なるべくゴツくて、一目で頑丈って分かるやつがいいわ。その方が牽制になるから」


 ゴツくて頑丈な鍵が牽制。それは、泥棒に対する牽制だろうか、などとモニカが考えていると、報告書を手に戻ってきたアイザックが口を挟む。


「モニカの寝室に鍵を?」


 アイザックが困ったように眉を下げる。

 メリッサが、ここぞとばかりにニヤニヤ笑った。


「あーら、モニモニの部屋に鍵をつけると、何か都合が悪いのかしらぁ〜?」


「いや、僕は構わないよ。ただ……」


 アイザックは物憂げな顔で視線を足元に落とし、極めて深刻な顔で言った。


「連日徹夜をした時と、食事を三食抜いた時は、鍵をかけないでほしい。そうでないと、生存確認の度に、斧を合鍵にしなくてはいけなくなる」


 メリッサが真顔でモニカを見た。

 モニカは無言で目を逸らした。


「……あんた、どういう生活してんの?」


 連日徹夜をし、食事を忘れ、寝ているんだか気絶しているんだか分からない有様で、床で倒れていた前科は一度や二度ではなかった。

 だが、これでもだいぶマシになったのだ。主にアイザックがいる間は。


「あの、ですね。最近は、改善した……ような……」


 しどろもどろになりながら指をこねるモニカに、アイザックはこれ以上ないほど真剣に告げた。


「僕がこの家に来た時、まず最初にしているのは、君の生存確認だ」


「えぅっ」


「暖炉をつけっぱなしにして、換気もせずに居眠りするのは危険だからやめてほしい。あと、水分と睡眠が足りていない状態で入浴して溺死しかけるのも……」


 アイザックは、〈沈黙の魔女〉の弟子として一番大事な仕事は、お師匠様の生存確認である、という悲しい現実を切々と語る。


「君が生きていてくれることを、僕は何度神に感謝したことか」


「あ、あの、その……」


 メリッサがモニカに白い目を向けた。


「……モニカちゅわぁ〜ん?」


「わぁぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!」



おとぼけイタチ共の要領を得ない説明


「あの黒竜は、モニカが倒したよ」

「そう」

「シュッって。綺麗だったね、ピケ」

「うん」


※シュッ(=星の矢)


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