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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【23】夜明けまで、あと少し


 メリッサ・ローズバーグは、会議室の椅子の上で足を組んで頬杖をつき、緑色の目を爛々と輝かせて吐き捨てた。


「ウォーカー、あんたは大罪人よ」


 会議室には、アイザックの他に、サイラスとレイも着席している。

 仮眠から起きて会議室にやってきたばかりのレイが、説明を求めるように室内にいる面々を見回した。

 アイザックが無言を貫き、サイラスが腕組みをして言葉を選んでいる中、メリッサは拳を机に叩きつけて喚き散らす。


「こいつ! レディの夜食に、ミートパイ出しやがったのよ! これが大罪人でなくてなんなのよッ!?」


「綺麗に完食して、文句を言ってもなぁ……」


 呆れたように呟くサイラスを、メリッサが「お黙り!」と睨みつける。

 今から数時間前、メリッサは手持ち無沙汰になったアイザックに「暇ならアタシ達に夜食でも作んなさいよ、雑用」と言い放ったのだ。

 そこでアイザックは、有り合わせの材料を駆使してミートパイを焼き上げた。パイ生地の焼き色、肉汁をしっかり野菜に吸わせたフィリング。見た目も味も、全てが完璧なミートパイである。


「深夜にミートパイなんて食べたら、絶対、顔にふきでものができるに決まってんじゃないの! 嫌がらせよ! 絶対、嫌がらせだわ!!」


「まぁまぁ、姐さん。アイクはよ……わざわざ俺の好物を作ってくれたんだ。こいつぁ、昔から気が利くやつでよぉ」


 なお、アイザックがミートパイを作ったのは、自分が食べたかったからである。魔術師組合の夕食は、彼には少なすぎたのだ。

 それとついでに、偉大なるネロ先輩への賄賂も兼ねている。

 ミートパイをたらふく食べたネロは大層ご機嫌で、今も机の下で腹を見せてゴロゴロしていた。


「……深夜にミートパイを食べられるやつらの気がしれない……うぇ」


 見るからに少食そうなレイが胃を押さえてボソリと呟き、メリッサがフンと鼻を鳴らした。


「深夜のミートパイの誘惑も分からないなんて、つまらない男ね」


「その誘惑に負けたんだよな、姐さん」


「お黙りっ!」


 メリッサは唾を飛ばして喚き散らし、赤く染めた爪でアイザックをビシリと指さす。


「アタシはねぇ、サザンドールが閉鎖されてるこの状況で、貴重な食材をガンガン使ってミートパイ作った、こいつの神経が信じられないって言ってんのよ!」


「それなら、問題ないだろう」


 アイザックは冷めた口調で呟き、左目だけを動かしてメリッサを見る。


「今日中に、決着がつく」


 既に日付は変わっている。作戦開始まであと数時間だ。

 この作戦に失敗したら、サザンドールは──否、リディル王国は壊滅的な被害を受けるだろう。

 彼らに残された道は、〈暴食のゾーイ〉を奪い返して生き残るか、〈暴食のゾーイ〉に食われるかの二択しかないのだ。

 王都からの増援は、まだ来ていない。おそらく、この場にいる者達でどうにかするしかないのだろう。

 メリッサは舌打ちをし、鼻の頭に皺を寄せてアイザックを睨みつけた。


「あんた、役に立たなかったら、犬から穀潰しに格下げだからね」



 * * *



 早めに就寝し、夜明け前に起きたモニカに、ラナが「着替えよ」と言って、魔術師が着るローブを差し出した。

 金糸で美しい刺繍を施した、豪華なローブだ。こんな立派な物を自分が着て良いのだろうか、とモニカがモジモジしていると、ラナは亜麻色の髪をかき上げた。


「ねぇ、モニカ。今日のわたしの服、どう思う?」


 先に身支度を終えているラナは、今日もとても可愛い服を着ていたし、髪型は凝っているし、化粧もしている。

 今日はアクセサリーを一つもつけていないが、その程度では損なわれない華やかさがあった。


「か、かわ、いい……」


「そうよ。そんなわたしが、モニカに似合うって断言してるんだから、このローブは絶対モニカに似合うのよ」


 ポカンとしているモニカに、ラナは「ほら、早く早く」とローブを押しつける。

 モニカがもたつきながらローブに着替えると、ラナはモニカを椅子に座らせて、髪を櫛で梳かした。


「まだ、お肌の調子が良くないから、お化粧はしないで保湿だけにしときましょ。髪型は……やっぱり、これよね」


 ラナは両サイドの髪を三つ編みにし、一つにまとめてリボンを結ぶ。

 できた、と呟くラナは嬉しそうだ。モニカもなんだか嬉しくて、胸がムズムズしてきた。


「あとは……そうだわ。ねぇ、モニカ。ペンダントは持ってる?」


「あ、ぅん」


 モニカが毛布の中に隠していたペリドットのペンダントを取り出すと、ラナはそれをモニカの首に着けてくれた。

 夜明け前の暗い部屋でも、燭台の火を反射して、ペリドットはキラキラと輝いている。

 こんな素敵な物を自分が着けるのは、分不相応じゃないだろうか。モニカは不安だったが、ラナは自信たっぷりに断言した。


「うん、これでよし」


 ラナがそう断言すると、きっと大丈夫だと思えるから不思議だ。ラナはすごい。

 モニカは毛布の中に隠していた紙の白薔薇もローブのポケットに移し、ポケットの中で握りしめた。


(今なら言える。きっと言える)


 モニカはスーハーと深呼吸をし、声を絞りだす。


「あ、の……」


「なぁに?」


「あ、あり……ありがひょうっ!」


 噛んだ。おまけに上擦って掠れた酷い声だ。

 それでもラナはクシャリと顔を歪めて、モニカを抱きしめた。


「どういたしまして!」



 * * *



 ローブのポケットに必要な荷物を移し、杖を握りしめ、モニカはしっかりした足取りで階段を降りた。

 昨日は早めに寝たから、体調は万全。薔薇のキャンディを摂取しておいたから、魔力も回復している。

 玄関前では、既に外出の支度を終えたシリルとグレンが待っていた。

 それとカリーナが眠そうな目で、口にラッパを咥えている。

 モニカに気づいたカリーナが、ペプーとラッパを鳴らし、シリルが眉根を寄せた。


「バール嬢。この時間に楽器を鳴らすのは良くない。近所迷惑になる」


「ふぁーい、ごめんなさい……眠気覚ましと景気づけに良いかなーって思って……あふぅ」


 カリーナはラッパをポケットにしまい、モニカを見て得意げな猫のように笑う。


「モニカちゃん、見て見て、これ」


 カリーナが顔の高さで広げたのは、レースで縁取られたハンカチだ。ただし、縁に小さな宝石が幾つか縫いつけてあり、ハンカチそのものにも塗料で魔法陣が描かれている。


「名付けて、〈妖精の宝飾布(ほうしょくふ)〉。魔力を込めると、簡易結界として作用するの。ただし、このハンカチで包める分が限界なんだけど……」


 ハンカチで包める分ともなると、用途は限られてくる。

 シリルが「なるほど」と小さく呟いた。


「これで包めば、〈暴食のゾーイ〉を一時的に無力化できる、ということか」


「そう! ただし、発動するのは魔力を込めている間だけだから、長期的な封印はできないけど」


「充分だ」


〈暴食のゾーイ〉は闇属性の魔力を操る古代魔導具だ。

 それを一時的とは言え、封じることができるなら、作戦の幅が広がる。

 まじまじと〈妖精の宝飾布〉を見ていたグレンが、片手を挙げた。


「じゃあ、オレが持ってて良いっすか? オレ、結界系の魔術使えないから」


「それが妥当だろう。……モニカ、構わないか?」


 モニカもシリルと同意見だったので、コクコクと頷く。

 グレンはハンカチを畳んでローブのポケットにしまい、キリリと顔を引き締めた。


「オレ、重要アイテム二つも預かっちゃったっすね」


 膨らんだポケットを叩くグレンに、シリルが低い声で告げる。


「使いどころを誤るなよ」


「勿論っす!」


 シリルはモニカとグレンを交互に見ると、先頭に立って玄関の扉を開けた。モニカとグレンもその後に続く。

 先頭を行くシリルが、短く告げた。


「行くぞ」


「はいっす!」


「ひゃ、ひゃひっ!」


 また、酷い噛み方をしてしまった。

 モニカは杖を胸に抱いて、肩を竦めたが、こちらを見るグレンも──あの、いつも怒り顔のシリルですら、なんだか懐かしそうに笑っている。


「いってらっしゃい!」


「頑張れー! 負けるなー!」


 ラナとカリーナの声を聞きながら、モニカもまた、夜明け前の街に一歩踏み出した。



 * * *



 魔術師組合サザンドール支部の建物から、二軒離れた家の屋根の上で、白竜トゥーレと氷霊アッシェルピケは見張りをしていた。

 金色のイタチ──ピケが、短い前足で魔術師組合の建物を指して言う。


「トゥーレ、あっちの屋根の上じゃなくていいの?」


「うん」


 白いイタチ──トゥーレはヒゲを震わせ、金色の目を細めた。


「これ以上近づいたら、気づかれてしまうからね」


 二匹のイタチは、最初の内こそ真面目に見張りをしていたが、段々退屈になってきたので、ピタリと体を寄せ合って、尻尾で尻尾を搦めとる尻尾鬼ごっこを始めた。尻尾が捕まった方の負けだ。


「ピケ、ピケ。閣下、顔が変わっていたね」


「眼帯してた」


「眼帯さんって呼んだらいいのかな」


「分かりやすい」


「眼帯さんって呼んであげたら、きっと、シリルとも仲良くなれるね」


 色違いの尻尾がもっふり、くるりと絡み合う。

 二匹はあっさり勝敗への関心を失い、ただ尻尾を絡ませながら、空を見上げた。

 夜明けまで、あと一時間ぐらいだろうか。空はまだ、夜の色一色に染まっている。

 二匹は尻尾遊びをやめて、北の方角に目を向けた。契約者と繋がっている彼らは、シリルの居場所がなんとなく分かる。


「シリルがこっちに近づいてきてる」


「うん。行こう、ピケ」


 いよいよ、決戦が始まるのだ。

 二匹のイタチは屋根をスルスルと下りて、夜の街を走りだした。

 初夏と言えど、夜の風は人間には肌寒い冷たさだが、冷気を好む白竜と氷霊には、その冷たさが心地良い。

 石畳を駆けながら、トゥーレは小さな鼻をひくつかせる。


(街全体から、暗くて寂しい匂いがする)


 白竜たる彼は、その匂いを本能で知っている。

 生きとし生けるもの全てに、平等に訪れるもの。

 人間にとっては、冥府の女神の最後の慈愛。


 ──これは死の匂いだ。


 人間は、死んだら冥府の女神の元に行くらしい。

 ならば、竜は死んだらどこに行くのだろう、とトゥーレはぼんやり考えた。



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