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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【8】飛翔/復帰


 資料の清書、添付資料の用意、最終確認──シリルがそれらを全て終えて、完成した資料を手にアスカルド大図書館を出た頃には、日が傾きかけていた。

 城に提出しに行くのなら、急いだ方が良いだろう。シリルがそう口にすると、ラウルが資料とその写しを分けながら提案した。


「だったらさ、城への提出とか、議会への説明とかはオレがやるから、シリルはサザンドールに、この写しを持って行ってくれよ」


「サザンドールに?」


 サザンドールと言われて、真っ先に思い浮かぶのは、そこで暮らしているモニカだ。

〈星詠みの魔女〉の予言でも、この地名が挙げられており、現在はモニカの他に〈深淵の呪術師〉と、先代〈茨の魔女〉であるラウルの姉が待機しているらしい。


「七賢人であるオレが提出しても、この仮説を受け入れるかどうか、議会が結論を出すまでに、多分時間がかかると思うんだ」


「だから、先にモニカ達と情報共有を?」


「『こういう仮説立てたんだぜ〜』ってことだけ、先に伝えとこうぜ。ついでに、この仮説に対するモニカやレイの意見も聞いてみたいしさ」


 ラウルの言う通り、議会に提出してもすぐに受け入れられるとは限らない。仮に受け入れられても、支出や人員の問題などで、話し合いが必要になる。

 ならば、先にサザンドールで待機している七賢人にこの仮説を見せておいた方が、早めに対策を立てられる。

 なによりこの仮説は、モニカとレイの得意分野が大きく関わってくるのだ。

 魔術式研究の第一人者である〈沈黙の魔女〉と、闇属性魔術に一番近い呪術の使い手である〈深淵の呪術師〉の意見は、是非とも聞いておきたい。

 納得するシリルに、ラウルがしみじみとした口調で呟く。


「それに、姉ちゃんが『情報共有は早いに越したことはない』って愚痴ってたし」


「レディ・メリッサは聡明だな。迅速な情報共有の重要性を理解している」


「いや、姉ちゃんのあれは、ただの短気……」


 ラウルがボソッと呟いたその時、白いイタチ姿のトゥーレが、シリルの上着の襟から頭を覗かせて言った。


「シリル、シリル、サザンドールに行くの?」


「あぁ、早速馬車を手配して……」


「だったら、わたしに任せて」


 トゥーレの言葉に、シリルは軽く目を見張った。

 トゥーレとピケに人間社会の在り方を教えて、早二ヶ月。

 遂に馬車の手配を任せられるようになったか、と親のような気持ちで感慨に浸るシリルに、トゥーレがニコニコしながら言う。


「そろそろ暗くなってきたし、丁度良いね」


「……は?」



       * * *



 人目につかず、開けた場所が良い──というトゥーレの言葉に、ラウルが提案したのが、ローズバーグ家が所有する森の奥だ。


「この辺とか、どうかな?」


 すっかり日が沈んだ夜の森の中、ラウルがランタンを掲げながら訊ねる。

 シリルの肩に乗っていた白いイタチが、小さな頭を上下させて頷いた。


「うん、これぐらい広ければ大丈夫……ちょっと離れていてね?」


 シリルの肩から飛び降りたトゥーレは、小さな手足を動かして前に進み出る。その体が白い光に包まれた。

 白い光の塊は次第に大きく膨れ上がる。シリルよりもずっと、ずっと大きく。

 その光は先端から形を変えていく。鋭い爪を持つ腕、優雅な翼──やがて光の下から姿を見せたのは、白い鱗を持つ美しい竜──カルーグ山の白竜。トゥーレの本来の姿だ。

 白竜は竜の中で最も寒さに強く、そして最も脆い竜と言われている。

 鱗目当ての人間に襲われ、胴体に深刻な深手を負っていたトゥーレは、シリルの魔力を譲渡してもらうことで、少しずつ体を回復させていた。

 特に、ここしばらくは、魔力濃度の濃い禁書室と、ローズバーグ家の森に出入りしていたのが良かったらしい。

 美しい鱗に覆われた胴体に、目立った傷痕はない。


(だが、本当に、空を飛べるほどに回復しているのだろうか……?)


 シリルが不安に思っていると、トゥーレが静かに鳴いた。

 竜の鳴き声は、精霊言語だ。シリルは読み書きは勉強したが、聞き取りはあまり得意ではない。

 それでもなんとかトゥーレの言葉を聞き取ろうとしていると、シリルの肩で、金色の毛並みのイタチ──ピケが呟く。


「まだ完治はしてないけど、飛ぶぐらいなら問題ない、って」


「……そうか」


 王都からサザンドールまで、陸路だとそれなりにかかるが、空を飛べば、だいぶ移動時間を短縮できる。

 ただ、シリルには懸念していることがあった。その懸念をラウルが代弁する。


「でも、どうやって乗るんだい? シリルをトゥーレの胴体に縛りつけるとか? 縄なんて持ってきてないし、オレの薔薇の蔓で代用する?」


 薔薇の蔓で白竜の背中に磔にされるのと、自分の手足を氷漬けにしてトゥーレの胴体にくっつけるのと、何も使わずに気合と根性でしがみつき、振り落とされる恐怖と戦うのと、どれがましだろう。

 シリルが真剣に葛藤していると、ピケがトゥーレの背に飛び乗り、言った。


「大丈夫。こうする」


 イタチの姿が金色の光に包まれ、形を変える。

 いつもならここで、若い娘の姿になるのだが、それだけでなく、ピケを包む光はトゥーレの背中にも広がり、形を変えた。

 やがて光が晴れると、鞍に乗り、手綱を握った若い娘の姿が現れる。

 シリルは目を丸くし、トゥーレの背中につけられた鞍を凝視した。


「それも……ピケが作ったのか?」


「そう。服とか、二丁拳銃とかと理屈は同じ」


 ピケは人間に化ける時、腰に二丁拳銃をぶら下げていることがある。

 これは、ピケが人前で戦う時、自分が精霊であることを隠すためのカモフラージュだ。

 拳銃の形をしているが、魔力の塊をそれっぽく固めただけのハリボテで、弾丸を発射するような複雑な機能はない。

 それと同じ物が、この鞍や手綱なのだという。


「ただ、私の手元を離れるとすぐに崩壊する。だから物質化した物は、ずっと私が触っていないと駄目」


「なるほど……これは、形だけなら、どんな物でも作れるのか?」


「できる物と、できない物がある。複雑な形だったり、大きい物は無理」


 改めて、シリルは氷霊アッシェルピケの実力に驚いた。

 繊細な魔力操作が要求されるその技術は、上位精霊なら必ずできるというものでもないだろう。

 伝承に名を残す、古き時代を生き延びた氷霊アッシェルピケだからこそできる芸当だ。

 シリルが感心していると、トゥーレがキューイと鳴く。

 その鳴き声を、ピケが代弁した。


「『おんぶ紐があるから、安心だね』」


 ラウルがブハッと噴きだす。

 シリルはラウルを横目でジロリと睨みながら、言った。


「トゥーレ、これは鞍と手綱だ。おんぶ紐じゃない」


 トゥーレがキュィッと鳴く。

 何と言ったか、シリルにもなんとなく分かった。これは「そうなの?」だ。

 シリルはピケの手を借りて、トゥーレの背に乗った。

 前にシリル、後ろにピケの二人乗りをして、シリルは手綱をしっかりと握りしめる。

 トゥーレが短く鳴いた。


「『準備は良い?』って」


「あぁ、頼む」


 シリルが力強く告げると、トゥーレがゆっくりと羽根を動かす。太い脚が地を蹴り、その体が浮上した。

 地上のラウルが大きく手を振る。


「モニカ達によろしくなー!」


「そちらも頼んだぞ、ラウル!」


 シリルの言葉に、ラウルが拳を突き上げ、ニカッと笑う。


「まっかせろー!」


 能天気な声だ。だけど、ラウルに任せれば大丈夫だと、今のシリルは自信を持って言える。

 シリルは手綱を強く握りしめ、目の前に広がる暗い空を見据えた。


(私は、私にできることを)


 月明かりの下、夜風を切り裂き、白い竜が空を駆ける。

 その背に、銀色の髪をなびかせる青年と、淡い金髪の氷霊を乗せて。



       * * *



 夜空に飛び立つ友人を見送ったラウルは、その足で魔法兵団詰所に向かった。

 既に夕食の時間を終え、大抵の人間が就寝の準備を始めている時間だが、きっと、司令塔のルイスは起きているだろう。

 ルイスだけじゃない。ブラッドフォードも、協力者のラザフォードも、七賢人の弟子達も、魔法兵団の人間も、関係者達は皆遅くまで起きて、〈星詠みの魔女〉が予言した大災害に備えているのだ。

 ところが、いざ詰所に着いてみると、なにやら様子がおかしい。

 まだ起きている人が多いんだろうなー、ぐらいに思っていたのだが、皆が緊張感に強張った顔で、忙しく走り回っているではないか。

 誰か適当に捕まえて、事情を聞いてみようかと思ったところで、詰所の奥からやってくるルイスの姿が見えた。

 すっかり襟足の短くなった栗色の髪を揺らし、早足で歩くルイスは、これから出撃するのかというぐらいに、目をギラギラさせている。

 ルイスはラウルに気づくと、足を止めた。


「良いところに来てくれました、〈茨の魔女〉殿。……良い知らせと、悪い知らせがあります」


「良い知らせだけ聞きたいなぁ」


 ラウルの言葉を無視し、ルイスは片眼鏡を指先で押さえて告げる。


「サザンドールで、セオドア・マクスウェルが〈暴食のゾーイ〉を広範囲に使用。甚大な被害が出ました。のみならず、セオドアはサザンドールの門を閉鎖。現在も市民が閉じ込められています」


 ラウルは絶句した。悪い知らせの内容が、予想以上に悪すぎる。

 今まさに、シリルがサザンドールに向かったばかりだというのに!

 呆然と立ち尽くすラウルに、ルイスが早口で告げる。


「今から、サザンドールに兵を送り込みます。我々、七賢人も同行するので、貴方も準備を……」


「ちょっ、ちょっと待った! サザンドールに兵の大量投入はまずい! シリルが……オレの友達が、すごいことに気づいたんだ! もしかしたら、リディル王国全域に被害が出るかもしれなくて……っ!」


「それは、〈暴食のゾーイ〉に関係のある話なのですか?」


 ルイスが疑わしげにラウルを見ている。

 ここは踏ん張りどころだ。もちろん、シリルの向かったサザンドールにも援護は必要だが、そこに兵力を集中させるわけにはいかない。

 ここは自分が友達の頑張りを伝えて、ルイスを説得するのだ──と意気込んだラウルは、己の手の中にある資料が数枚足りないことに気がついた。


「あっ、あれ? あれぇぇぇっ!?」


 もしかして、ここに来るまでに落っことしたのだろうか。だとしたら、いよいよ洒落にならない。

 青ざめるラウルの背後で、誰かがボソリと呟いた。


「見覚えのある参考文献だと思いきや……まさか、うちの論文に目をつける、物好きがいるなんてねぃ」


 どこか面白がるような女の声だ。

 ハッとラウルが振り向いた先では、動きやすそうな服にローブを引っ掛けた赤茶の髪の女が、資料に目を走らせている。

 女は病み上がりの人間らしく痩せていて、顔色もあまり良くない。それでも、資料を見るその目は、知的好奇心に輝いていた。

 女の横には、美しい金髪のメイドが控えている。あれは、ルイスの契約精霊だ。

 風霊リィンズベルフィードがラウルの手元に目を向ける。すると、ラウルの手元から資料がヒラヒラと舞い上がり、赤茶の髪の女の前でピタリと空中静止した。

 女はその資料に次々と目を通し、嬉しそうに笑う。あれは、魅力的な資料や論文を見つけた学者の笑みだ。


「へぇ、全国の魔力濃度変移表に、過去の竜害の記録まで資料を揃えてくれたのかい。おや、漁業の収穫量から推測される海域の魔力量の資料まで。……手厚いねぃ。これは〈識者の家系〉、ハイオーン侯爵の仕事だ。違うかい?」


 女がクルリと目だけを動かして、ラウルを見る。

 ラウルは胸を張って答えた。


「ハイオーン侯爵の息子さんと、オレが作ったんだ」


「良い仕事だ。この資料、貴族議会にかける前に、クロックフォード公爵に回しな。その方が話が早く進む。……ルイス! 出兵は一旦取り下げだ」


 そう高らかに告げるのは、今まで仮死状態になっていた、一度に七つの魔術を操る大天才。

 ──〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェル。

 ラウルは横目でルイスを見て、気づいた。ルイスの首の後ろにあったアザが消えている。


「そういや、ルイスさん。良い知らせって……」


「影を剥がす術式の検証が終わりました。仮死状態からの蘇生は術者が複数人必要で、かつ時間もかかるので、まずは仮死状態の時間が長かった〈星槍の魔女〉を蘇生。……まぁ、つまり」


 ルイスは八重歯を覗かせ、ニヤリと笑う。それはもう、得意げに。


「〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェル、復活です」

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