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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝12:開け、門
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【7】泥を被る覚悟


 アスカルド図書館の最深層禁書室は、さほど広くはない円形の部屋だ。

 中央に書見台があり、それを囲うようにして六つのガラスケースが設置されている。

 リディル王国六大禁書を封じたガラスケース、その一つの前に立ち、シリルは朗々と感想文を読み上げていた。


「──これらのことから、ローレライの歌は旧時代音楽の発展方法を垣間見ることができ、芸術・文化財産としても非常に価値のあるものであると言える。なにより歌い始めの一節で、その物語の空気を感じ取ることができるのは、彼女の高い歌唱技術あってこそのもの。歴史的価値のある曲と高度な歌唱技術、その二つが織り成す素晴らしい音楽であった。……以上だ」


 ガラスケースの中に収められた青い表紙の本は、シリルが感想文を読み上げる間、無言を貫いていた。今も、反応らしい反応はない。

 内容に不満があっただろうか、とシリルが不安になっていると、青い本から微かに声が聞こえた。


 ──…………悪くなくてよ。


 どうやら及第点は貰えたらしい。

 シリルはホッと胸を撫で下ろし、感想文の紙を畳んでポケットにしまおうとした。


 ──お待ちなさい。


「何か?」


 ──その感想文はわたくしに捧げるものでしょう。ならば言葉だけでなく、その文字も、ちゃんとわたくしに捧げなさい。


 ローレライの言葉に、シリルは困惑した。感想をしたためた紙を提出しろと言われても、どこに提出しろと言うのか。

 ガラスケースに一緒に入れておくなど、論外である。


 ──そこの書見台、側面の飾り彫りのところに引き出しがあるのよ。


「そうなのか?」


 部屋の中央に固定されている書見台は、大きめの本を一冊置くのがやっとという程度の小さな台だ。

 側面に施された飾り彫りに指を引っ掛けて引っぱると、案外すんなり引き出しは開いた。


 ──そこに、感想文を入れておきなさい。


「だが、私が持ち込んだ物を、勝手に禁書室に置いておくわけには……」


 ──その感想文は、わたくしに提出したのでしょう? ならば、もうわたくしの物よ。どう扱うかは、わたくしの勝手だわ。


「……む」


 なんだか言いくるめられているような気がしないでもないが、シリルが口をつぐんでいる間も、ローレライは早く早くと急かしてくる。

 仕方なく、シリルは折り畳んだ感想文を引き出しに入れた。


 ──それでいいわ。……今日も歌ってあげるから、また感想文を提出なさい。


「今日は、特に歌ってもらう予定はないのだが」


 ──いいから、書くのよ。わたくしの歌の賛辞を。また来なかったら、許さない。


 頑固に言い張るローレライに、シリルは困り顔で「精神干渉効果のない歌にしてくれ」と注文をする。

 最深層禁書室を後にし、階段を上るシリルを見送るように、ローレライは歌い続けた。

 耳に馴染みのない古い異国の言葉だ。ただ、なんとなく己が鼓舞されているような気がして、階段を上る足が軽くなる。


 ──貴方の道がかげるなら、私の歌は雲を裂く。

 ──貴方の道が崩れたら、私の歌は橋となる。

 ──貴方の道が沈むなら、私の歌は船となる。


 ──その道の果てに栄光あれ。栄光あれ……。


 シリルは知らない。

 それが遠い昔、さる皇帝に捧げられた歌だということを。



 * * *



 シリルは最深層禁書室を出ると、そのまま第一禁書室を抜けて、図書館内にある資料室に向かった。

 資料室ではラウルと、イタチ姿のトゥーレとピケがテーブルに地図や本を広げて、作業をしている。

 禁書室にはペンとインクを持ち込めないため、調査結果をまとめるには、資料室の方が都合が良かったのだ。


「すまない、今戻った」


 シリルが声をかけると、ラウルが地図から顔を上げた。


「おかえり! ローレライは満足してくれたかい?」


「あぁ、また感想文を書くように言われた」


「……わぁ」


 ラウルがなんとも言い難い表情で曖昧に笑い、文字を書き込んでいた地図にチラリと目を向ける。


「こっちは大体まとめ終わったぜ。あとは清書するだけだ」


 シリルは机に近づき、ラウルがまとめてくれたデータに目を通した。

 これらのデータは、禁書室の本だけでなく、一般書架にある竜害の記録や、国内の魔力濃度調査結果を参考にし、まとめたものだ。

 そのどれもが、シリルの仮説を補強している。

 シリルは机の上に広げられた論文を手に取った。


「……やはり、〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェルの魔法地理学の論文は、かなり信用できるな。この論文が殆ど出回っていないというのが、正直信じがたい」


「〈星槍の魔女〉って、七賢人を引退してからは、魔術師組合から冷遇されててさ。特に魔法地理学の研究に関しては、あまり学会が取り扱ってくれないんだよ」


〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェルは一度に七つの魔術を維持し、肩書きにある〈星の槍〉という光属性魔術を操る大天才だ。

 だが、実兄が〈暴食のゾーイ〉盗難事件を起こしたことで、七賢人を退任。

 それ以降は、魔法地理学学会に所属し、全国の魔力濃度調査をしているという。


「これだけ優れた研究なのに、日の目を浴びていないのか……」


 シリルは思わず嘆息した。

 魔力濃度調査をして、土地の魔力量の変動を記録すれば、竜や精霊などの魔法生物の行動範囲を予測できる。

 つまりは竜の行動範囲を予測し、竜害対策ができるかもしれないのだ。

 それなのに、魔法地理学は新しい学問故に軽視されている。

 魔術師組合は、マイナーな魔法地理学より、貴重な光属性魔術である〈星の槍〉の研究を〈星槍の魔女〉に推奨しているらしい。

 だが、〈星槍の魔女〉は、破壊兵器になる〈星の槍〉よりも、土地の魔力濃度調査の方が重要であると断言し、七賢人退任後、ずっと魔力濃度調査を続けているのだという。


(〈星槍の魔女〉は非常に聡明な人物なのだろう。……魔法生物と人類の未来を見据えている)


 魔力濃度の変遷は、魔法生物の衰退の歴史に大きく関わっている。

〈星槍の魔女〉は論文の中で、人間は魔法生物を排除すべきとも、共存すべきとも、語っていない。ただ淡々と、調査結果から予想できる土地の魔力濃度や、魔法生物学の変移について綴っているのみだ。

 シリルは机の上からこちらを見上げる、二匹のイタチ──トゥーレとピケを見た。

〈星槍の魔女〉が、竜や精霊などの魔法生物についてどう思っているか、いつか会えたら聞いてみたい。


「シリル、シリル、ラウルに言われたところに、きちんと丸をしたよ」


「いっぱい印つけた」


 机の上で、羽ペンを抱えたイタチ達が得意げに言う。

 トゥーレとピケはラウルに指示された通りに、地図に印をつける役目をしていたらしい。

 シリルは地図の書き込みに目を通す。

〈星槍の魔女〉は魔法地理学の論文の中で、「魔力濃度の高い土地の含有魔力は、水脈のように地下で繋がっている」と提唱していた。

 魔力濃度の高い土地は、リディル王国にも複数ある。特に規模が大きいのは、竜峰と呼ばれる竜が住む山や、トゥーレが暮らしていたカルーグ山だ。

 他にもラウルの実家の茨の森や、エリオット・ハワードが治めているレーンフィールドの森も、部分的に魔力濃度が濃い場所がある。


(〈暴食のゾーイ〉の能力が、私の予想通りだとしたら……おそらく、〈暴食のゾーイ〉を中心に、大規模な魔力汚染が起こる)


 そして、魔力濃度の高い土地で魔力汚染が起こると、地下の繋がりを通じて、別の土地にも影響を与える可能性があるのではないか、とシリルは考えた。

 急激に魔力濃度が高くなった土地は、精霊や竜などの魔法生物が集まりやすい──つまり、竜の大規模移動が起こり、竜害が起こる可能性が高くなる。

 最悪の場合、全国規模の竜害が起こる。

〈星詠みの魔女〉が予言した、史上最悪の竜害とは、このことではないか、というのがシリルの仮説だ。


(過去の記録で、〈暴食のゾーイ〉が行使された際に、竜害は起こっていない……が、この時代は、元々魔力濃度の濃い時代。竜も精霊も、棲む土地に困ってはいなかった。だから、魔力汚染による竜害は起こらなかったのではないだろうか)


 シリルは己の仮説を一つ一つ確かめながら、地図を見た。

 リディル王国内にある、魔力濃度の高い土地──そこで〈暴食のゾーイ〉が発動したら、地下の繋がりを通じて他の土地にも魔力汚染が広がる可能性がある。


「魔力濃度の高い土地は、やはり、東部地方に偏っているな」


「そうだなー。西部はそんなに多くないかも。あ、でも、魔力濃度の高い海域がある、って論文があったなぁ。あれは、〈水咬の魔術師〉の論文だっけ?」


 自信なさそうに呟くラウルに応えるように、シリルの手元で〈識守の鍵〉が虹色に輝く。


『うむ。〈水咬の魔術師〉ウィリアム・マクレガンの論文である。ただし、正確な海域は指定されていない。陸地以上に、海は魔力濃度調査が遅れているのである』


 禁書室にある本と違い、一般書架にある本なら、〈識守の鍵〉は内容を把握している。こういう時に、〈識守の鍵〉は非常に便利であった。

 シリルは〈識守の鍵〉の言葉に耳を傾けながら、思案する。

〈暴食のゾーイ〉の能力。そして、その行使によって起こる魔力汚染。魔力汚染の連鎖による大規模竜害──どれもが仮説だ。

 絶対に正しいという確証はない。


「それじゃあ、パパッと清書して、上に提出しようぜ!」


 ラウルが資料を片付けだしたのを見て、シリルは慌てて声をあげた。


「いや、待ってくれ。もう少し検証を……」


 言いかけて、口をつぐむ。

 トゥーレとピケが不思議そうにシリルを見上げた。


「シリル、どうしたの?」


「いっぱい資料を集めた。いっぱい考えた。それでも、まだ不足?」


 シリルが言葉を詰まらせていると、手元で〈識守の鍵〉が揶揄うようにピカピカと光った。


『なんだなんだ、怖気づいたであるか? んん?』


 言い返そうとした言葉は声にならず、全てシリルの胸に沈んでいく。

 シリルはきつく拳を握りしめ、項垂れた。


「……その通りだ。……自信がない」


 シリルの仮説が通るとしたら、リディル王国全域に警戒体制が組まれることになる。

 過去最大規模の作戦となるだろう。当然に動く金も人も桁違いだ。

 ……それなのに、仮説が間違いだとしたら?

 大勢に迷惑がかかる。動く兵にも、図書館学会にも、義父にも。

 それが、シリルは怖い。


(我ながら、なんて不甲斐ない)


 唇を噛み締めるシリルを、ラウルはじぃっと見つめている。

 その目から逃れるように俯いてしまう自分が、情けない。恥ずかしい。

 シリルが黙り込んでいると、ラウルがいつもと変わらぬ口調で言った。


「これは、オレが子どもの頃の話なんだけどさ。オレ、〈星詠みの魔女〉……メアリーさんに訊いたことがあるんだ。『予言をするのは怖くないのか?』って。だってさ、予言が外れたら、みんなから嫌われるかもしれないだろ?」


 ラウルと同じ七賢人が一人、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイは、この国一番の予言者だ。

 その予言の的中率は凄まじく、彼女の予言が外れたという話を、シリルは今まで聞いたことがない。

 それでも、国の命運を分ける予言を口にするのは、確かに恐ろしいことだろう、と思う。

 不吉な予言は人々に喜ばれず、さりとて、予言が外れれば信頼を失う。

 もし、予言が外れたらどうするか? 重ねて問う幼いラウルに、この国一番の予言者は、笑いながらこう言ったという。


 ──あらぁ、不吉な予言なんて、外れるに越したことはないでしょう〜? その時は、あたくしは喜んで泥を被り、何も起こらなかった平和を享受するわ。


 予言が外れた時に泥を被ることを承知の上で、それでも彼女は予言を続ける。

 この国の未来が、より良いものであるようにと願いながら。

 そのために、どれだけの覚悟が必要なのだろう。シリルには想像もつかない。


「つまり、オレが言いたいのはさ……この仮説が外れてたら、オレも一緒に泥を被るぜ、ってこと! ほら、二人で一緒に泥をかぶれば、なんかちょっと気が楽になるっていうかさ……」


 なんだそれは、と呆れた声で言いたいのに、上手く言葉が出てこない。

 じわじわと熱い胸を押さえていると、トゥーレとピケがいつもと変わらぬ口調で言う。


「シリルとラウルが泥をかぶるの? じゃあ、わたしも一緒にかぶるね? だから怖くないよ、シリル」


「人間の文化って不思議。泥まみれになったら、洗うのは手伝う」


 笑いだしたいような、怒りたいような、そんな気持ちなのに、目の奥が熱いのは何故だろう。

 シリルは不恰好に唇の端を持ち上げて笑った。


「……頼もしい限りだ」


 ラウルがニカッと白い歯を見せて笑い、トゥーレがおっとり尻尾を揺らし、ピケが「えっへん」と胸を張る。

 シリルはゆっくりと息を吸って吐き、羽根ペンを手に取った。


(しっかりしろ、シリル・アシュリー)


 耳の奥に蘇るのは、幼い日の実父の声。


 ──背筋を伸ばせ。周りがなんと言おうと怖気付くな。お前は、私の息子なのだから。


 ──はい、お父様。


 あんなに腹立たしいのに、今だって許せていないのに、それでもシリルの心の奥の一番大事なところに、いつだって父の言葉がある。

 どんな時でも誇り高くあれ、と。


(私は、貴方のように逃げたりしない。己の責務を全うしてみせる。この誇りを貫いてみせる。……だから、見ていてください。お父様)









〈識守の鍵ソフォクレス〉は、ありもしない胸が締めつけられる心地だった。

 込み上げてくるのは、懐かしさ、切なさ、そして、ほんの少しの羨望。


 ──何が知の番人、何が賢者だ。貴様の下策で戦に敗れ、万の民が死に、我が国は衰退した。貴様には死すら生温い。その魂をもって償うが良い!


 その賢者には、共に泥を被ってくれる友人などいなかったのだ。


(……はて、それはどこで聞いた物語であったか)


 思い出せぬまま、〈識守の鍵〉は己の契約者を見上げる。

 不甲斐ない若造だ。識守を名乗るには、まだまだ未熟。それでも彼の努力が、誠意が報われれば良い。

 知の番人は、密かにそう願った。


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