【17】ショッピング呪術師
「本日は遠いところ、ようこそお越しくださいました。メリッサ・ローズバーグ様。わたくし、フラックス商会の商会長ラナ・コレットと申します」
ネロとカリーナが店番に戻り、クリフォードも事務仕事に引っ込んだところで、ラナは丁重に挨拶をした。
品があり、かつ堂々とした振る舞いには、商会長としての自信と誇りが垣間見える。
ラナはフードを被って縮こまっているレイにも目を向け、ニコリと微笑みかけた。
「お連れ様は、オルブライト家の方ですね。もしかして、ご当主様でしょうか?」
「お、おおお、俺を知っているのか?」
両手で顔を覆ってガタガタ震えるレイに、ラナはにこやかに頷く。
「父のコレット商会を、お祖母様にご贔屓にしていただいてますの」
「え、ば、ばば様が……?」
「えぇ、よく本店にお見えになりますわ」
なるほど、ラナは二代目〈深淵の呪術師〉アデライン・オルブライトのことを知っているらしい。
それならば、紫色の髪とピンク色の目を見れば、すぐにオルブライト家の人間だと思いつくだろう。
なによりこの場には、同じ七賢人であるモニカや、元七賢人のメリッサがいるのだ。七賢人である三代目〈深淵の呪術師〉が同席していても、なんらおかしくはない。
「ご当主様にお会いできて光栄です。当店は、男性用のお召し物も取り扱っておりますので、ご入用の際はどうぞお申しつけくださいね。ご当主様にお似合いの一着を仕立てさせていただきますわ」
商売上手なラナの言葉に、レイが頬を両手で押さえる。
手の下の頬は、リンゴのように真っ赤だ。
「ど、どうしよう。こんな可愛くて優しい子が、俺に会えて光栄だなんて……笑いかけてくれるなんて……俺が愛されてる。すごくすごく愛されてる……っ!」
「営業トークでそこまで舞い上がれるって、幸せよね」
メリッサの呟きも、今のレイの耳には届いていないらしい。
レイは体をくねらせつつ、申し訳なさそうな顔をした。
「……ごっ、ごめん、ごめんなさい。俺には、大事な婚約者がいるんだ……」
レイは深々と頭を下げて、ラナに謝る。
「君とはお付き合いできない」
「今のあんたは世界一失礼なゴミ袋よ。身の程を知りな」
メリッサが低く吐き捨てたが、ラナはレイの態度に顔をしかめたりしなかった。
それどころかニコニコしながら、「まぁ!」と感激したような声をあげる。
「そう言い切れるって、とても素敵なことですわ。ご婚約者様への贈り物に迷われたら、是非お手伝いさせてくださいね」
対応がプロだった。
やるわね、とメリッサが呟き、レイが感動の目でラナを見る。
「な、なんて良い子なんだ……っ!」
ハワワと口を震わせるレイに、モニカは思わずフンフン頷いた。
「そ、そうなんですっ。ラナはすっごく素敵なんです!」
勘違いをして感動しているレイと、友人を褒められたのが嬉しいモニカ。
そんな二人にメリッサが冷めた目を向けて、話を切り出す。
「商会長。アタシが送っておいた布だけどさ」
「えぇ、拝見いたしました。素晴らしいアシェンド織りですわね」
「あれで、ドレスローブを作ってほしいのよ。ほら、こっちのおチビが前に着てた、ランドールレースあしらって腰を絞ったシルエットのやつみたいなの」
メリッサが例に挙げたのは、ツェツィーリア姫をもてなす夜会でモニカが着ていたドレスローブだ。
ドレスローブは、いわゆる装飾性の高いローブのことで、社交界の場における魔術師の正装である。
中には、自前のローブにブローチや飾り紐で装飾を足して、それをドレスローブの代わりとする者もいた。
「かしこまりました。今、生地とレースのサンプルをお持ちしますね。それとデザイン画も──クリフ! クリフ! ローズバーグ様からお預かりした生地と、レースのサンプル出してちょうだい!」
別室で作業中のクリフォードに指示を出しつつ、ラナは棚からドレスローブのデザイン案をまとめた紙を取り出し、机に広げる。
なんとなく覗き込んだモニカは、わぁ、と小さく声をあげた。
この手のものに疎いモニカが見ても、ラナがデザインしたドレスローブは素敵だと思えたのだ。
どれもシルエットが特殊だったり、縁が花びらのようになっていたり、刺繍やレースなどの装飾が華やかだったりと手が込んでいる。
メリッサもご馳走を前にした猫のようにニンマリと笑って、デザイン案を手に取る。
「この胸の下で切り替えるデザインも悪くないけど、体のラインしっかり見える方が好きなのよね……こっちは可愛いけど、スカートの裾にティアードフリルかぁ。ちょっとアタシの年齢だと子どもっぽすぎるわね」
「ティアードの切り替え部分をスカートの少し高い位置にしたものなら、子どもっぽくならずに着られますよ」
「あら、ほんとだ。悪くないわね」
モニカには二人が言っていることの意味が半分ぐらいしか分からなかったので、靴のつま先とつま先をコツコツぶつけたり、膝の上で手遊びをしたりしながら話が終わるのを待った。
メリッサを挟んだソファの反対側では、レイがまだ、ラナの褒め言葉の悦びを噛み締めている。悦びの余韻が長い。
「できればさ、着回しに応用が効くドレスローブが欲しいのよね」
「でしたら、付け襟などはいかがでしょう?」
メリッサは眉を寄せて渋い顔をした。
どうやら、ラナの提案はお気に召さなかったらしい。
「付け襟はねぇ……十年ぐらい前に流行ったけどさ、いかにも後付けって感じが好きじゃないのよねぇ。なんか、ドレスのデザインから浮くって言うか……」
ぼやくメリッサに、ラナは長いまつ毛を瞬かせて「あら」と、小さく微笑む。
そして、自身のドレスの襟元に手を添えた。
「これ、付け襟なんですよ」
「えっ、嘘っ」
目を丸くするメリッサの前で、ラナは襟元に結んだリボンを解く。
すると、菫色の生地にレースを重ねた付け襟が外れ、首元が露わになった。
それだけで、ドレスの印象が随分と変わる。
「これは、ドレスの生地や装飾と色味を合わせた付け襟ですの。後付け感が無いでしょう? もし良かったら、当商会で取り扱っている他の付け襟もお持ちしましょうか?」
「見たいわ。えー、やだー! これ可愛いー!」
「こちらの付け襟は、リボンやブローチの装飾を変えれば、色々な楽しみ方ができますよ」
ラナが素早く、数種類の付け襟をテーブルに並べた。
ブラウスの襟のように芯が入ったしっかりした襟もあれば、くったりと柔らかな生地の襟、全てがレースでできた襟もある。
モニカが物珍しげに見ていると、メリッサが付け襟の一つを手に取って、自分の首元にあてがった。
「ほらほら、見なさいよ、モニモニ。これ可愛くない?」
「えっと、可愛い、です」
上手な褒め言葉が思いつかなかったので、モニカは素直に思ったままを口にする。
メリッサは満足気にフスッと鼻を鳴らし、付け襟の一つをモニカに押しつけた。
「あんたもちょっと、あてがってみなさいよ。この間の濃紺のドレスローブだったらさ、こっちのレース襟なんかが、色味が合ってて丁度良いんじゃない?」
押し付けられた付け襟をモニカが持て余していると、ラナがレースの付け襟を手に立ち上がる。
「モニカは小柄だから、付け襟は大きすぎない方が良いわね。こっちの、ちょっと小さめのも試してみましょうか。ほら、留め具のパールボタンがブローチみたいで可愛いでしょ」
「えっと、ラナ、わたしの服、今日は襟がある、から」
「これは襟に重ねるのよ。こうやって襟の下からレースがチラッと見えるように……」
襟に襟を重ねるという未知の体験にモニカは目を白黒させる。
それから小一時間ほど、三人は付け襟で盛り上がった。メリッサはドレスローブとそれに合わせた付け襟を注文し、モニカもレースの付け襟を一つ購入する。
手持ちの服に合わせやすい、白いレースの繊細な付け襟だ。
「あー、良い買い物した!」
メリッサは満足そうに笑い、ソファの上で背中をぐぅっと伸ばす。
そうして、今までソファの隅でじっとしていたレイに目を向けて言った。
「じゃあ次は、あんたの番ね」
「………………え?」
驚くことにレイは、先ほどラナに褒められた言葉の余韻にまだ浸っていたらしい。
トロンとした顔で虚空を見上げていたレイは、ようやく現実に帰ってきたような顔で瞬きをする。
メリッサは親指でレイを示して、ラナを見た。
「商会長、こいつにゴミ袋よりマシな服を工面してくんない? 金ならいくらでも出すわ。こいつが」
「お、おお、俺の、服……?」
レイはブワッと顔中に汗をかいてモジモジしだす。
メリッサはそんなレイを尻目に、ラナに訊ねた。
「〈結界の魔術師〉の弟子の若い子がさ、青いローブ着てたのよ。あれって、ここの商品なんじゃない?」
「まぁ、よくお気づきで」
ラナの言葉に、モニカは思わず「えっ」と声をあげた
〈結界の魔術師〉の弟子──グレンのことだ。言われてみれば、王都で会った時は真新しい青いローブを着ていた気がする。
驚いているモニカにラナが言った。
「グレンの初級魔術師試験合格祝いに、わたしから贈ったのよ。グレンは飛行魔術をよく使うでしょう? だから、あんまりゆったりしすぎない方が良いかと思って、風を通さない固めの生地で仕上げたの」
魔術師のローブは服の上に羽織ることが多いので、基本的に柔らかめのクッタリした生地を使うことが多い。
だが、あえてラナはジャケットで使うような、固めで張りのある生地を選んだのだという。
メリッサがデザイン案を見ながら口を挟んだ。
「形もさ、ローブとコートの中間みたいな感じだったわよね」
「えぇ、防寒性を高めるためにダブルブレストにして、襟を立てても折っても使えるようにしてみました。フードもボタンで取り外せますの」
メリッサの言葉に頷き、ラナはじぃっとレイを見る。
「オルブライト様は細身でいらっしゃいますから、固めの生地のお洋服、とてもお似合いになると思いますよ」
「そ、そそ、そう、かな……」
「少々お待ちくださいね」
ラナは倉庫から紫がかった黒い生地のローブを持ってくると、真っ赤になってグニャグニャしているレイに差し出す。
「ちょっと羽織ってみてくださいますか?」
ラナが差し出したローブは、グレンが着ていたローブと雰囲気が似ている。
襟の部分をしっかりと作っているので、どことなく軍服のジャケットやコートのような印象があるのだ。
レイは恐々とローブを羽織りながら、ブツブツと早口でなにやら呟いている。
「……ぜ、絶対似合わないって笑われる……ナメクジが人間様の服を着るなんて百年早いとか……」
「まぁ! とてもお似合いですわ!」
レイの呟きを、ラナの声が上書きする。
ピタリと動きを止めたレイを、ラナが早口で褒めちぎった。
「こちらの生地、黒いけれど光の加減で少しだけ紫がかって見えるんですよ。綺麗なお髪の色によくお似合いですわ! 金ボタンや金糸の装飾は、少し明るさを抑えたくすんだ色味にしているから、落ち着いた上品な雰囲気がオルブライト様にピッタリ!」
落ち着いても上品でもないけどね。とメリッサがレイを見て呟くが、もうレイの耳には届かない。
三代目〈深淵の呪術師〉は、ラナの褒め言葉にあっさり陥落した。
「……これ、買う」
「ありがとうございます。他にご入用の物はございますか?」
ニッコリ微笑むラナに、レイはハッと顔を上げる。
「お、俺の婚約者に……その……かっ、髪飾りが、ほしいんだ!」
レイの婚約者のフリーダ・ブランケは今、〈暴食のゾーイ〉の攻撃を受けて、仮死状態になっている。
フリーダは、レイを助けるために現場に向かったのだと、モニカはルイスから聞いていた。
レイはローブの胸元を握りしめ、一言一言絞り出すような口調で言う。
「婚約者は今、寝たきりで……だから、起きたら、プレゼント、したくて……」
内気なレイからこの言葉を引き出したのは、ラナが信用を勝ち取ったからだ。
──彼女は素敵なものを選んでくれる人だ、と。
必死なレイに、ラナは「承りました」と柔らかな声で告げる。
それは一生懸命な誰かを応援する、優しい人の声だった。
(やっぱり、ラナは、すごい)
ラナは一生懸命な誰かを応援してくれる、モニカの自慢の友達だ。
「素材等のご希望はございますか? 持ち込みもできますよ」
「素材……あ、じゃあ……」
レイは右側だけ伸びた紫色の髪を摘まみ、はにかみながら言う。
「お、俺の髪の毛と血……どっちがいいかな……」
今まで完璧な笑顔を保ってきたラナが、初めて顔を強張らせる。
メリッサが呆れ顔で、レイの後頭部を引っ叩いた。
「だからあんたはモテないのよ」




