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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝11:喪失の凶星、瞬く時
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【14】二代目悪童式教育方法

 ヒューバードに多重強化術式を教えて欲しいと頼んだ翌日から、魔法兵団の訓練用広場で実技訓練が始まった。

 魔法兵団の訓練場には、魔法が暴発した時のための結界が張られている──が、その結界は近くにある城や詰所など周辺の建物を守るための結界である。

 つまり、術者を守るための結界ではないのだ。


「暴発したら、ドッカーンだ。心してかかれよぉ?」


 ヒッヒッと喉を鳴らして笑うヒューバードの横には、黒髪の利発そうな少年が佇んでいた。

 このノーマンという少年、驚くことにヒューバードの弟子であるらしい。

 暴発してヒューバードが巻き添えをくらうのは大して心痛まないが、流石にこの少年を巻き込んだら、罪悪感で死にたくなること必至だ。

 これは心してかからねば──とグレンは昨日から今朝にかけて、起きている間ずっと睨めっこをしていた多重強化術式を思い出す。

 グレンが今まで教わった中で、最も長い魔術式だ。完璧に理解しているかと言われると、正直自信が無い。

 むむむ、と唸っているグレンに、ヒューバードがニヤニヤ笑いながら言う。


「本来、多重強化術式は、威力の掛け算をするわけだ。単純に全体を二乗すれば威力も上がるってぇわけじゃない。基礎構成式を分解して、それぞれ必要な箇所に魔素数を二乗し、式を完成させる必要がある」


 二乗ってなんだっけ、とグレンは思った。

 そんなグレンの心を読んだかのように、ヒューバードは人差し指で己のこめかみをグリグリと突く仕草をする。


「だが、お前の頭じゃそれが理解できない」

「…………」

「だから、掛け算じゃなくて、足し算にする。ひたすら足し算を繰り返して繰り返して繰り返して、術式を完成させる」


 グレンは昨日ヒューバードから受け取った、魔術式を記した紙を思い出す。

 ヒューバードは最初にチラつかせた術式を、何故か書き直してグレンに手渡した。

 書き直されたものは、最初の術式よりだいぶ長くなっていて、嫌がらせかと思ったのだが、そういう理由があったらしい。


「当然その分、術式に無駄が増えるし、詠唱にも時間がかかるがぁ、成功率は上がる。……ここまで理解できたか、ノーマン?」


 ヒューバードが首を捻ってノーマンを見る。

 グレンはジトリとヒューバードを睨んだ。


「なんで、オレじゃなくて、そっちに訊くんすか」


「お前が理解できていようが、なかろうが、訓練をすることには変わりないからさぁ。理解できてなかったら、ドッカーン! だけどなぁーあぁ?」


 最悪だ。本当に最悪だ。

 それでも教えてほしいと頼んだのは自分だから、文句は言えない。

 ヒューバードは適当な木の枝を拾うと、それで地面に何やら術式を書き出した。その術式が意味するものは、グレンにもなんとなく分かる。

 グレンが扱う火球を放つ魔術の、飛距離と速度を示す術式だ。


「本来攻撃魔術は、状況によって飛距離や速度を計算して調整する。これを恐ろしく高度にやってのけるのがモニカだ」


 グレンは直接見たことはないが、モニカは翼竜の眉間を正確に撃ち抜いたことがあるらしい。

〈沈黙の魔女〉が操る魔術は、恐ろしく緻密な計算によって成り立っているのだ。

 モニカは飛距離や速度だけでなく、攻撃対象の移動パターンや、周囲の環境──風速なども計算しているのだという。それも、一瞬で。だからこその、無詠唱なのだ。

 自分が魔術を学ぶほど、モニカがいかに桁外れな能力を持っているかがよく分かる。


「だぁが、お前は飛距離や速度の計算すら危うい。だから、そこの数字は固定する」

「それって、速さと飛距離が固定されちゃうってことっすよね?」

「お前の場合、飛行魔術の機動力があるから、それほど大きなデメリットにはならない。目標との距離は飛行魔術で調整しろ」


 なるほどそれなら数字が固定されている分、計算が容易になる。

 素直に褒めるのは悔しいが、ヒューバードの言うことは理に適っていた。


「さぁて、お次は早速実践だぁ。まずは第五節まで。火球の核となる部分の圧縮だ。失敗するとぉ……」


 ヒューバードは前傾姿勢になり、グレンに顔を近づける。


「バァン!」


 目の前で大声を出されても、グレンは動揺を見せなかった。

 ヒューバードなら、きっとそういう脅し方をするだろうと予想していたからだ。

 ギュッと唇を引き結んで睨み返すグレンに、ヒューバードが喉を鳴らして笑う。


「さぁ、それじゃあやってみな?」

「はいっす」


 グレンは頷き、詠唱を始める。

 まずは普段使う火球を小さめに作りだす──だいたい、グレンの頭ぐらいの大きさだ。そしてそれを圧縮するのだが、これがなかなか難しい。

 大きな粘土の塊を握ったら、指の隙間から粘土がニュルリと出てくるような、あの感覚だ。

 圧縮しようとしても、指の隙間から魔力が漏れていく感覚がある。

 案の定、火球は圧縮しきれず、ただ火球が小さくなっただけで終わった。


「もう一回」

「はいっす」


 グレンは額に汗を滲ませて、火球と向き合う。

 丁寧に丁寧に魔力の形を整えるように。少しずつ、火球を縮めていく。



 * * *



 グレンが火球の圧縮に挑んで小一時間が経過した。いまだ圧縮は成功していない。

 失敗して何度か破裂した火球は、グレンの手や腕に小さな火傷を作っていた。

 グレンは酷く疲弊し、全身にグッショリと汗をかいている。だが、まだ魔力は尽きていない。


「──飽きた」


 ヒューバードはもたれていた木から背中を離し、軽く伸びをする。


「ノーマン、俺はその辺ブラブラしてる。こいつが圧縮に成功するか、死ぬかしたら呼べ。成功してないのに休んだら、適当に痛めつけろ」

「最後は承知できませんけど、それ以外は分かりました」


 ノーマンは大人しそうな少年だが、ヒューバードに対して、承知できないことはできないとハッキリ言える子どもだった。

 ヒューバードは目を細めて、ノーマンを見下ろす。


「しっかり見ておけよ?」

「はい」


 頷き、ノーマンはグレンの様子をじっと観察する。

 ただなんとなく見ているのではない。何故グレンが失敗したのか、成功のために足りないものは何かを考えているのだ。

 その証拠にノーマンは木の枝で地面に魔術式を書いて、飛距離や速度を変えた場合の計算もしている。


(多重強化術式の魔力圧縮は、実際にやるところを見た方が覚えやすい。特に失敗例は良い教材だ。教師はまぁず失敗なんてしないからなぁ)


 ヒューバード・ディーは優れた頭脳を持っていたし、大抵の魔術式を理解していたが、叔父のように魔力量には恵まれなかった。

 それ故、魔力消費の激しい多重強化術式は多用しない──というより、できない。精々一日一発が限度だ。

 だからこそ、無駄に魔力量が多く、失敗することが目に見えているグレンを教材に選んだのだ。


(ノーマンは既に、遠隔術式は完璧に覚えている。これに多重強化術式も身につけたら……いいねぇ、いいねぇ、どこまで伸びるか楽しみじゃねぇかぁ)


 ニタニタ笑いながら、魔法兵団詰所の周囲をブラブラ歩いていたヒューバードは足を止め、前方の木に目を向ける。


「そんなところに隠れられると、矢を向けたくなっちまうぜぇ……なぁ、モーニーカー?」

「はぎゅぅっ!?」


 木の影に隠れていた小動物は、相変わらず気の抜ける奇声をあげて、ビクビクしながら姿を見せる。

 彼が愛してやまない、無慈悲で最強の女王様──〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットはモジモジと指をこねながら、ヒューバードを見上げた。


「あの、ラザフォード先生を助けたのが、ディー先輩だと、聞きまして……」

「あぁ、教授は嫌そうな顔をしてただろぉ? 想像しただけで愉快だなぁ」


 ヒッヒと喉を震わせて笑うヒューバードに、モニカはどういうわけか、ペコリと頭を下げた。


「えっと、ノーマン君の先生をしてくださって、ありがとうございます、ディー先輩」

「嬉しいねぇ、女王様からお褒めいただくなんて光栄だ」

「それに、グレンさんも……」


 言いかけて、モニカはグレン達が訓練していた方角に目を向ける。

 その顔には分かりやすく不安が滲んでいた。


「あの、グレンさん……魔法戦専用の結界の中で訓練した方が、安全なんじゃないでしょうか……」


 モニカの言う通り、魔法戦専用の結界の中で訓練すれば、魔術が暴走してもよほどのことがない限り、怪我をせずに済む。

 だが、ヒューバードは敢えてそうしなかった。

 魔法戦用の結界は、準備も維持も手間がかかることも理由の一つだ。

 だが、それ以上の理由がある。


「あいつは魔力量が多いよなぁ。羨ましいよなぁ。なにせ、奇跡の二五〇超え……俺の倍以上だ」


 七賢人になるために必要な魔力量が一五〇と言われている。

 その数字を超えるだけでもすごいことなのに、グレンは更に国でも数人しかいない、魔力量二五〇超えなのだ。

 その魔力量は、現在魔力量トップである五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグに匹敵するという。


「だからこそ、その魔力が暴走した時の恐怖は、常に念頭に置いておかないとだろぉ?」

「でも、訓練中に暴発したら、ノーマン君も……」

「問題ない」


 ヒューバードはポケットから小さなブローチを取り出した。

 魔法兵団の備品からくすねてきた、防御結界を仕込んだブローチだ。


「ノーマンにはコレを持たせてるからなぁ」


 無論、そのことをグレンには言っていない。

 だからグレンは、魔力を暴発させたらノーマンが怪我をすると必死になっているはずだ。

 ヒッヒッヒ、と笑うヒューバードに、モニカは複雑そうな顔をする。グレンの安全が確保されていないことに変わりはないからだ。


「あとですね……その……指輪……」

「ん? あぁ、これかぁ」


 ヒューバードは己の指がよく見えるように、顔の前で手をヒラヒラと振る。

 その両手にいくつも嵌められた指輪は、ヒューバードが魔術を使えないようにするための術式が刻まれている。他でもない、モニカが刻んだものだ。


「その、こういう状況ですし……封印、解いた方が良いかと、思って……」

「いーやぁ、このままで良い。どうせ、あと一ヶ月かそこらで、効果は切れるんだろぉ?」


 ヒューバードは指輪の一つに口づけを落とし、口の端を持ち上げる。


「だったら、愛しの女王様から貰った首輪の効果を、最後まで存分に堪能しようじゃねぇか」


 困り顔であうあうと鳴く女王様に、ヒューバードは喉を仰け反らせてゲラゲラと笑った。


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