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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝2:魔女の村
23/425

【終】ドキドキの理由

 セチェン村の村長は、一年交代の持ち回り制である。

 今年の村長役であるサイモン老人は、村長よりも木彫り細工の仕事の方が本業で、今も新しい木彫り作りに忙しかった。

 そんなサイモン老人のもとに朝一番に訪れたのは、観光客らしきオレンジ色の巻き毛の令嬢である。

 見るからに高貴な人間と分かるオーラに、気の弱いサイモン老人は萎縮しながら令嬢の話に耳を傾けた。

「あ〜、つまり、そのぅ、なんですかな。ノーマンをミネルヴァに?」

「えぇ、その通りですわ」

 突然押しかけてきたその令嬢は、鞄から一枚の書類を取り出すと、村長に差し出した。

 推薦状という言葉から始まるその書類には、ノーマンをミネルヴァの特待生として推薦するという旨が記されている。

 その推薦状の署名欄を見て、サイモン老人は目を剥いた。

 署名欄に記されているのは〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットの文字。

 今まさに、サイモン老人がせっせと木彫り像を量産していた英雄その人である。

 サイモン老人が青ざめていると、オレンジ色の髪の令嬢は、スタンプラリーの景品である〈沈黙の魔女〉像をちらりと見た。

「わたくし、この村の領主であるラゴット伯爵とは交流がありますの。〈沈黙の魔女〉の名を使った商売を即刻中止してくださるのなら、今回の件は、この村の領主の耳には入れずにおきましょう。ですが、聞き入れてくださらないのなら……」

 サイモン老人の顔はもはや、真っ青をとおりすぎて土気色になっていた。

「ご配慮くださいますわよね?」

 令嬢が笑顔で念を押す。サイモン老人は言われるがままに首を縦に振った。

 折角の村おこし企画が台無しになるのは惜しいが、領主からの圧力をかけられては、ますます生活が苦しくなる一方である。

 サイモン老人はしょんぼりと肩を落として、せっせと作った木彫り像を見た。

 〈沈黙の魔女〉を模したフードの魔女の木像は、スタンプラリーの景品である。

 我ながら良い出来だと思っていたのに、これらは全て無駄になってしまうらしい。

 悲しげな顔で木彫り像を見ていると、令嬢がニコリと微笑む。

「ところで、その木像、素敵ですわね」

「はぁ、でも、処分いたします……」

 お貴族様には逆らえませんから、と恨めしげな顔をするサイモン老人に、令嬢は美しい巻き毛をかきあげ、美しくも高慢に告げた。


「里帰りのお土産にピッタリですわね。全て言い値でいただくわ」



 * * *



「んーっ、んっ、んっ、ん……?」

 粗末な寝台の上で目を覚ましたヒューバードは、己の体が拘束されていないことに軽く驚いた。

 おまけに魔導具の指輪も取り上げられていない。

(随分と甘っちょろいなーぁ…………んん?)

 指輪を眺めていたヒューバードは、すぐに己の思い違いに気がついた。

 ヒューバードの指輪に刻まれた魔術式が、全て違う術式に書き換えられている。

 指輪に刻まれているのは主に罪人に施す魔術の封印術式だ。おまけに指輪が一定期間取り外しが出来なくなる術式も施されている。

 つまり、ヒューバードは一定期間この指輪を外せず、魔術も使えないというわけだ。

 ヒューバードは窓の外を見た。日の高さから察するに、まだ朝か。

(一晩で作れるような代物じゃぁねぇぞぉ?)

 ヒューバードが指輪を凝視していると、部屋の扉が開いて大柄な男と小柄な黒髪の少年が部屋に入ってきた。どちらも酒場で見た覚えがあるから、おそらくこの村の村人なのだろう。

 大柄なスキンヘッドの親父は、ヒューバードを見るとニヤリと凶悪に笑った。

「よぉ、兄ちゃん。昨日はやってくれたなぁ? 壊したモン弁償するまで、しばらくこの村で雑用係として扱き使ってやるから、覚悟しとけよ?」

 凶悪の大男に詰め寄られても、ヒューバードの態度は変わらない。

 ヒューバードは寝台の上で胡座をかきながら、ゴキリと首を鳴らした。

「修理代が欲しけりゃあ、いくらでもくれてやるぜぇ?」

 ヒューバードは実家が裕福な上に、彼自身も魔導具の特許で儲けているので、金には全く困っていない。酒場の修理代など、手持ちの金で充分に支払える。

 だがヒューバードの言葉に、スキンヘッドの親父は太い首を横に振った。

「分かってないのぅ! 悪ガキの仕置きは肉体労働と決まっとるだろうが! なんでもお前さん、魔術師な上に、随分と手先が器用らしいじゃないか」

 そう言ってスキンヘッドの親父は、ポケットから一枚の紙を取り出してヒューバードに突きつける。

 紙には見覚えのある文字で、こう書かれていた。


『ディー先輩へ

 村の人が許してくれるまで、無償奉仕してください。

 あと、ノーマン君に勉強を教えてあげてください。お願いします』


「……ノーマンってぇのはぁ?」

「ぼ、ボクです」

 黒髪の少年が控えめに手を挙げる。

「ボク、来年からミネルヴァに通わせてもらえることになったんです。でも、村では読み書きと算術しか教わってこなかったから……」

 こんな辺鄙な村では、町の学校に通う子どもと比べて学力が劣るのは当然。

 まして、ミネルヴァは国内でも三本指に入る名門校である。突然ミネルヴァに通うことになっても、授業についていけなくなるのは目に見えている。

 そこでモニカは、このノーマン少年に家庭教師をつけようと考えたらしい。

(なるほどなーぁー。お誂え向きなことに、ここにはミネルヴァで実技・座学共に上位の成績だった男がいる)

 なによりモニカが懸念していたのは、田舎村出身のノーマンが、ミネルヴァで貴族の子らに苛められないかということだろう。

 だがその問題も「自分の家庭教師は、あのヒューバード・ディーである」と一言言えば、即解決だ。間違いなく、ノーマンを苛めようと考える人間はいなくなる。

 そこまで計算して、あの無慈悲な女王様はヒューバードを徹底的に利用しようとしているのだ。

「んーっ、んっん……いいぜぇ。あぁ、悪くない」

 ヒューバードは機嫌良く鼻歌を歌いながら、己の指にはめられた指輪を眺めた。

 指輪に刻まれた封印術式は、ヒューバード・ディーという狂犬に〈沈黙の魔女〉が施した首輪だ。


(女王様お手製の首輪をつけて放置プレイだなんて、いいねぇ、いいねぇ……唆るじゃねぇかぁ)


 魔術の封印が解けるまで、女王様のお仕置きを楽しむのも悪くない。

 ヒューバードは上機嫌に笑い、手元の指輪に口づけた。



 * * *



 セチェン村の外には、イザベルが手配した馬車がとまっている。

 アイザックはその馬車に荷物を全て積みこむと、宿の寝台で熟睡していたモニカを抱き上げて乗り込んだ。

 昨晩徹夜で魔導具の改造作業をしていたモニカは、魔導具の完成と同時に気絶するように眠っていた。

 元々あまり血色が良いとは言えない顔は死人のように青ざめていて、目の下にはくっきり隈が浮かんでいる。

 アイザックは馬車の座席に腰掛け、モニカの頭を自分の膝の上に乗せるようにして横たえた。

「お疲れ様、僕のお師匠様」

 乱れた薄茶の髪を軽く指先ですいてやると、モニカの青白い瞼が微かに震え、ゆっくりと持ち上がる。

 光の加減で緑にも茶色にも見える丸い目が、ぼんやりとアイザックを見上げた。

「……あいく、おはようございます…………ここは……?」

「馬車の中。ヒューバード・ディーに見つかる前にここを発った方が良さそうだからね。イザベル嬢達が戻ったら、すぐに出発しよう」

 有能なイザベルは、モニカに代わって村長との交渉を引き受けてくれた。

 イザベルの侍女のアガサは、あの晩、酒場に倒れていた村人達を手際良く介抱してくれたし、実に頼りになるレディ達である。

 アイザックの説明を聞いたモニカは、シュンと眉を下げた。

「わたし、まだまだですね。かっこいい師匠らしく振る舞おうと思ってたのに、助けられてばかりです」

 そう呟いてモニカは上半身を起こすと、己の頬を両手でペチペチと叩いた。

 モニカは自分のことを不甲斐なく思っているようだけれど、アイザックはモニカがそうやって「かっこいい師匠になろう」と奮闘している姿を見ると、愛しさと喜びとで胸がくすぐったくなる。


 モニカにとってアイザックは間接的な加害者であり、親の仇だ。


 だから、本当はこんなことを願える立場ではないと分かっているけれど、それでも望んでしまう。

 受け入れてほしいと、そばに置いてほしいと……あわよくば、この手を取ってほしいと。

「ねぇ、モニカ。次の冬至休みなのだけど……」

 もし君さえ良ければ、僕の屋敷に来ないかい? とアイザックが言うより早く、モニカは眠そうな顔をへにゃりと緩めて笑う。

「あっ、はい、今年の冬至休みはですね、ケルベック伯爵家にお邪魔するんです。イザベル様が是非にって誘ってくれて」

「………………そう、それは楽しみだね」

「はい。次にアイクと会うのは、新年の儀の時ですね」

 一行はこの後、サザンドールの屋敷に戻ることになるけれど、その後すぐにアイザックは自身の領地に戻らなくてはいけない。

 冬至休みまでに片付けなくてはならない仕事が山積みになっているからだ。

 しばらくモニカに会えなくなる。その寂しさにアイザックが溜息をつくと、アイザックの服の裾をモニカが小さく引いた。

「あの、アイク……」

「うん? どうしたんだい?」

「わたし、魔導具作りをしながら……昨日の夜、アイクが言ってたことの意味を……なんで、アイクがドキドキしてたのかを、ずっと考えてたんです」

 アイザックの心臓が音を立てて跳ねる。

 モニカがこの手のことに鈍感なのは分かっている。それでも気づいてほしい、理解ってほしい。


 ──自分がどれだけ、モニカに焦がれているかを。


 モニカが膝の上でキュッと拳を握りしめる。

 そして真剣な顔でアイザックを見上げ、言った。

「アイクの心拍数が上昇した原因ですが……」

「うん」

「アイクは風邪をひいてるんです!」

「…………」

「昨日の夜はすごく寒かったから、間違いありません。やっぱり、濡れた髪の毛はちゃんと乾かさないと駄目ですね。とりあえず、帰ったら薬湯を飲んで温かくして…………いひゃい! あいふ! いひゃいでふっ! ほおをつねらないでぇぇぇ……っ!」

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