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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝10:竜滅の魔術師
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【16】しゃぁす!

 七賢人のみが出入りを許される翡翠の間には、新七賢人に選ばれた〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジを含む七人が座していた。

 翡翠の間の円卓に七人が揃うのは、いつ以来だろうか。

 モニカは円卓をチラリと見回す。円卓は入り口に遠い席から時計回りで、メアリー、ブラッドフォード、レイ、ラウル、ルイス、モニカ、そしてサイラスの順で座っている。

〈宝玉の魔術師〉が亡くなる前から七賢人会議で全員が揃うことは稀だったので、七つの席が埋まっている光景がモニカにはなんとなく懐かしかった。


「会議を始める前に、一ついいか」


 モニカの隣に座るサイラスが片手を挙げる。


「俺ぁ、まだ正式に陛下に任命されたわけじゃねぇんだが……ここにいていいのか?」


 モニカの隣に座るサイラスは、まだ七賢人用の杖もローブも与えられていない。

 そのため自分がこの場にいて良いのか、気になるようだった。

 サイラスの疑問に、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイが静かに答える。


「問題ありません。任命式典までの間、貴方には仕事を覚えてもらうために七賢人会議に参加させる旨を、陛下に伝え、許可を得ました」


 サイラスが七賢人に選出されてから、まだ数時間しか経っていないのに迅速な対応である。

 昼食会でメアリーが席を外していたのは、このためだったのだろうか。


「貴方はもう七賢人の一員なのです。あたくしがこれから話すことも、そのつもりでお聞きなさい」


 いつもはどこか夢見るような眼差しで、おっとりと喋るメアリーだが、今は公の場で見せる硬質な声だった。

 サイラスが気圧されたように「……っす」と小さく頷くと、メアリーはルイスに目を向ける。

 ルイスは小さく咳払いをして、口を開いた。


「先ほど、竜騎士団第七調査団から要請を受けました。ダールズモアにて赤竜の目撃情報有り。調査のために、七賢人の力を借りたい、と」


 ダールズモアはリディル王国東部地方にある山岳地帯だ。リディル王国の三大竜峰と呼ばれる、竜が多く棲まう山の一つである。

 竜峰で暮らす竜達は、積極的に山を降りてくることはない。竜峰は大抵魔力濃度が高いので、魔法生物である竜にとって居心地の良い土地だからだ。

 だが、たまに竜峰から人里に下りてくる竜がいる。

 それが下位種の竜ならば討伐すれば良いだけの話なのだが、相手が上位種の竜となると、そうもいかない。


「つまり、その赤竜を見つけて、ぶっ殺せってことか」


 血気盛んなサイラスに、ルイスが呆れたようにため息をつく。


「調査と言ったでしょう? 上位種の竜は知性がある。即討伐するわけにはいかないのですよ」


 リディル王国では、黒竜、白竜、赤竜のように色の名を持つ竜を上位種として分類している。

 上位種の竜は下位種と比べて圧倒的に魔力量が多く、何よりも知性が高いのが特徴であった。

 だからこそ賢い上位種の竜は、本来なら人里に姿を見せたりしない。己の領域を弁えているからだ。

 そして、人間達もわざわざ竜峰に足を踏み入れて、上位種の竜を刺激したりはしない。竜が仲間を集めて、報復しないとも限らないからだ。


「上位種の竜が目撃された場合、それが討伐対象になるか調査するのです。目撃されて即座に討伐命令が出るのなんて、一級危険種である黒竜や呪竜ぐらいのものですよ」


 今回目撃情報が相次いでいるのは、赤竜という火竜の上位種にあたる竜である。

 火竜の上位種なだけあって強力な炎のブレスを操り、飛行能力も有している。二級危険種に分類される竜だ。


「いつもなら、この手の仕事はルイスちゃんか、ブラッドフォードちゃんにお願いしているのだけど……」


 メアリーは白い頬に手を添えて、ほぅっと憂いの吐息を零す。


「あたくしの星詠みの結果、サイラスちゃん以外の七賢人全員に凶兆が出ているのよ。更に間が悪いことに、ルイスちゃんとブラッドフォードちゃんは大事な仕事があって、城を離れると都合が悪いの」


 ルイスとブラッドフォードが重要な仕事を抱えているなんて、モニカは初耳だった。

 七賢人は個別に仕事を受けることの方が多いし、それこそ以前のモニカのように、国王から内密の任務を受けることもある。

 だから、ルイス達の仕事を知らなかったこと自体は問題ではない。

 引っかかるのは、ブラッドフォードが王都で仕事を抱えているという点だ。


(〈砲弾の魔術師〉様の魔術は火力が高すぎるから、都市部での仕事にはあまり向かないはず……一体、どんなお仕事をされてるんだろう?)


 七賢人における最強の剣──もとい大砲が〈砲弾の魔術師〉ブラッドフォード・ファイアストン。

 そして、最強の盾が〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーだ。

 ブラッドフォードの欠点は、詠唱に時間がかかることと、周囲の被害が甚大になること。

 この二点を、ルイスは完璧にフォローすることができる。

 攻防に長けたルイスは詠唱の時間稼ぎもこなせるし、ブラッドフォードの魔術で周囲に被害が及ばぬよう、防御結界を張ることもできる。

 特に後者は、モニカの防御結界では強度も精度も足りないので、ルイスにしかできないことだ。


(この二人が城にとどまるほどの有事って、なんだろう……)


 モニカが密かに思案していると、メアリーがサイラスに目を向ける。


「今回の赤竜調査は、新人のサイラスちゃんに頑張ってもらおうかなーって思うんだけど、どうかしら?」

「分かりました。見つけて、ちょいとでもやばそうな感じがしたら、即ぶっ殺します」


 サイラスは握った右の拳を、左の手のひらに打ちつける。その目はギラギラと輝いていた。

 竜を発見すると同時に戦闘を開始しそうな雰囲気に、メアリーが呟く。


「うーん、これはお目付役がいるわねぇ〜……」


 メアリーはレイ、ラウル、モニカの三人を順番に眺め、唇に人差し指を当てて、思案する。

 そこにルイスがすかさず口を挟んだ。


「それでしたら、〈沈黙の魔女〉殿にお目付役を任せてはいかがでしょう」

「わ、わたし、ですか……っ」

「万が一、赤竜と戦闘になった時のことを考えると、貴女が適任でしょう?」


 ルイスの言うことは正しい。

 レイの呪術は魔力耐性の高い竜には殆ど効かないし、ラウルの茨は上空に逃げられると届かなくなってしまう。

 いざという時、臨機応変に対応できるのは、基礎魔術全般を無詠唱で使いこなすモニカなのだ。


「分かり、ました」


 モニカが硬い声で頷くと、サイラスは隣に座るモニカを真っ直ぐに見て、勢いよく頭を下げる。


「──っしゃす、世話になります。沈黙の姐さん」


 円卓に頭をぶつけるんじゃないだろうかというぐらいの勢いと、声の大きさに、モニカはビクッと肩を震わせた。


(わ、わたしは、先輩なんだから……ビシッと挨拶、しないと……)


 膝の上で拳を握りしめ、モニカはサイラスを見上げる。

 相手を理解するためには、相手に寄り添うことが大切だ。

 なのでモニカは、まずは挨拶の仕方から寄り添ってみた。


「よろしくお願いします。えっと……しゃ、しゃぁす!」


 如何ともしがたい空気が、室内を満たす。

 サイラスの呆然とした顔を見て、モニカは耳まで赤くなった。


(ま、間違えた? 間違えた? もしかして発音が違った? な、なんか、みんな呆れてるぅぅぅぅぅ!)


 その時、右隣でプフッと息を吐くように笑う声が聞こえた。

 口元に手を当てて笑いを堪えているのは、ルイスだ。


「気合が入っているようで結構。同期殿、新人がナメた真似をしたら、適度に絞めておやりなさい」

「あの、あの、もう少し平和な指導方法を……」

「魔法兵団式の指導を伝授しましょうか?」


 モニカはブンブンと首を横に振った。

 かつてルイスが団長を勤めた魔法兵団は、頭脳派の皮を被った結構な武闘派集団なのである。


       * * *



 七賢人会議が終わった後、五代目〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグはニンジンを齧りながら、ブラブラと廊下を歩いていた。

 もう少ししたら、図書館学会の親睦会も終わるだろう。そしたらシリルに声をかけて、一緒に王都に遊びに行きたい。

 本当はレイやモニカにも声をかけたかったけれど、レイには逃げられてしまったし、モニカは赤竜調査の準備で忙しい。


(〈謎のお方〉にも声かけてみよっかな? ……うーん、でも流石に王都じゃ無理かなぁー)


 そんなことを考えつつ廊下を歩いていたラウルは、前方を歩く二人の人物に気がついた。

〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイと、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーだ。

 いつもなら「やぁ!」と声をかけるところだが、どうにも二人の様子がおかしい。何やら深刻な顔で声をひそめているではないか。

 ラウルは足を止めて、耳をそばだてた。


「私がまだミネルヴァの学生だった頃、敷地内に赤竜の雛が迷い込んできましてね。師匠やカーラと一緒に、ダールズモアに返しに行ったんですよ」


 ルイスは顔を歪め、忌々しげに呟く。


「その時、魔法生物学者である()()()もいました。なにやら嫌な縁を感じます」

「情報開示の件、貴族議会にはあたくしの方から掛け合っています。モニカちゃん達が調査から戻ったら、すぐにでも動けるようにしておきましょう」


 貴族議会の許可がないと開示できない情報となると、よほどのことだ。

 まして、七賢人であるラウルにも知らされていないとなると、只事じゃない。


「ところで、どうしてサイラスちゃんのお目付役をモニカちゃんに?」


 メアリーの言葉に、ルイスが片眼鏡を持ち上げながら言う。


()()()が七賢人を狙っているのだとしたら……一番狙われる可能性が低いのは、〈沈黙の魔女〉殿でしょう。八年前の事件の時、〈沈黙の魔女〉殿はまだ十代前半。どう考えても無関係です」

「ラウルちゃんと、レイちゃんは?」

「あの二人は若くとも、〈茨の魔女〉と〈深淵の呪術師〉の家の人間です。奴が狙う可能性がゼロとは言い切れません」

「……それもそうね」


 なんだか物騒な話になってきたぞ、とラウルはニンジンを食べる手を止めた。

 今の話を聞いている限りだと、まるで七賢人が何者かに命を狙われているみたいではないか。


(オレやレイも狙われる可能性はゼロじゃないのに、事情を話せない。貴族議会も絡んでいる。……となると、相当やばいことになってないか?)


 ラウルは、ローズバーグ家の魔女や、レイの祖母達がここ最近忙しそうにしていたことを知っている。きっとそれと無関係ではないのだろう。


(多分、オレやレイが七賢人に就任するより前に、何か大きな事件があったんだ)


 ラウルは足音を殺してその場を離れた。

 ルイスやメアリーの隠し事が気になるが、二人の口ぶりから察するに、モニカとサイラスが調査から戻ってきたら、情報が開示されるのだろう。


(それまで大人しくしてた方が良いのかなぁ。うーん、折角シリルが王都に来てるのに…………ん?)


 翡翠の間の真下にある、七賢人の執務室が並ぶ廊下でラウルは足を止めた。

 国内最高の魔力保持者であるラウルは、常人より少しだけ魔力に対する感性が鋭い。

 それは感知の魔術ほど正確なものではない。「なんとなく気になるなぁ」という程度のものだ。

 そんなラウルが「なんとなく気になった」のは、〈星詠みの魔女〉メアリー・ハーヴェイの執務室。


(……なんか、ザワザワする)


 首の後ろの産毛がチリチリと震えるような──そんな気持ち悪さに、ラウルは無意識に首の後ろを撫でる。

 こんな時こそニンジン占いだと思ったが、既にニンジンは半分以上食べてしまったのだ。

 ラウルはメアリーの執務室の扉を睨みながら、残ったニンジンを無言でかじった。


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