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【呼び方の話】

外伝「天高く豆肥ゆる秋」のちょっと前の話。

 最近のモニカは、シリルの暮らすハイオーン侯爵家を訪問する機会が増えた。

 〈茨の魔女〉ラウル・ローズバーグとの共同研究で、モニカとラウルはハイオーン侯爵家の土地を使わせてもらっているし、研究の内容は極秘なので、打ち合わせをするなら侯爵家が一番都合が良かったからだ。

 とは言え、ハイオーン侯爵は多忙の身。

 侯爵への報告は息子のシリルがまとめて行うため、最近は侯爵家の一室で、シリル、ラウル、モニカの三人が打ち合わせをするというのが定番の流れだった。



 その日も三人は侯爵家の客室で、今までの研究結果の見直しをしていた。

 データの推移に関する資料は、モニカが細かく分析してまとめているのだが、とにかく量が多いので読みこむのに時間がかかる。

 一通り資料を読み終えたシリルがふぅっと長い息を吐いて、目頭を軽く揉んだ。

 それを見たモニカは、申し訳ない気持ちで眉を下げる。

「あ、あのっ……ごめんなさい、データ、細かすぎました、よね……」

 モニカは細かい数字を見るのが好きなので、データの数字が膨大なほど心が躍る性分だ。だが、人に提出する資料なら、もう少し読みやすくまとめるべきだった。

 密かに反省するモニカに、シリルは「いや」と首を横に振る。

「データが細かい分には、何も問題は無い。よくまとめられている。父上に報告する内容の取捨選択は私の方でするから、このままで構わない」

 シリルの言葉にモニカがホッと胸を撫で下ろしていると、資料を流し読みして伸びをしていたラウルが、感心したように呟いた。

「シリルもモニカも偉いなぁ。オレはこーいうの苦手でさぁ……植物の成長は数字で見るより、実物を見て実感したいっていうか……」

「ローズバーグ卿。肥料の調合をする貴方がそれでは困る」

「水臭いなぁ。一緒に農作業する仲間だろ。ラウルって呼んでくれよ」

 シリルはラウルの言葉をさらりと無視し、改善点を指摘した。

 シリルの指摘をモニカが記録して、改善案を提示。それを元にシリルがスケジュールを組み、モニカが微調整する。

 シリルとモニカはセレンディア学園時代に生徒会役員として共に仕事をしているので、この手の作業に慣れているし、細かい部分で互いの意を汲むことができた。

 思えば生徒会役員時代も、こうしてモニカが用意した記録をシリルがまとめて、生徒会長や教師に報告していたのだ。

(なんだか、懐かしいなぁ……)

 セレンディア学園を去った後も、こうしてシリルと一緒に仕事ができるなんて思いもしなかった。

 そのことに小さな幸せを噛み締めながら、モニカは書類に文字を書きこむ。

 やがて作業が一段落したところで、ラウルがカラカラと笑いながら口を挟んだ。

「いやぁ、オレ、細かいことはサッパリだから、二人がいてくれて助かったよ。シリルとモニカは頼りになるなぁ」

 ラウルの言葉に、モニカはこっそり頬を緩めた。誰かに「頼りになる」と言われれば素直に嬉しい。

 モニカははにかみながら、ラウルに肥料の詳細をまとめた紙を渡した。

「これが〈茨の魔女〉様の分です。どうぞ」

「ありがとな! でも、できれば肩書きじゃなくて名前で呼んでくれよ」

「えっと、ごめんなさい……そういうの、あまり慣れてなくって……」

 モニカがもじもじと指をこねると、ラウルは新緑色の目を瞬いて首を傾げた。


「でも、モニカってルイスさんのことは〈結界の魔術師〉様じゃなくて、ルイスさんって呼ぶよな」


 ラウルの指摘にモニカは一瞬キョトンとした。普段あまり意識していなかったけれど、言われてみればラウルの言うとおりだ。

 ラウルとモニカのやりとりに、シリルも少し興味を持ったらしい。意外そうな顔で口を挟んだ。

「七賢人は、肩書きで呼ぶのが慣習ではないのか?」

「いいや、特に決まってはないぜ。ただ、モニカはいつもオレ達のことを肩書きで呼ぶからさ、なんでルイスさんだけ名前呼びなのかな、って」

 モニカは丸い目をくるりと回して考えこんだ。実を言うと、モニカ自身無意識だったのだ。

(えーっと、なんでだろう……うーん……)

 同期だから、というのは理由としては少し違う気がする。

 うんうんと首を捻っていたモニカは、記憶を辿っていく内にその理由に思い至り、ポンと手を叩いた。

「えっとですね、わたし……ルイスさんのことは、ミネルヴァにいた頃から、名前だけ知ってたんです」

 無詠唱魔術を覚えて飛び級をしたモニカは、ミネルヴァでも有数の実力者であるギディオン・ラザフォード教授の研究室に所属していた。

 とは言え、モニカがラザフォードに教わったことは、正直それほど多くない。

 モニカはただ、ラザフォード教授の研究生という肩書きの元、研究室に引きこもって好き勝手研究をしていただけだ。

 だから、モニカはラザフォードのことを恩師だとは思っているけれど、師匠だとは思っていない。

 そんなラザフォードが昔話をする時、よく口にするのが「馬鹿弟子のルイス」だった。

 モニカは在学中にラザフォードの口から、ルイスが在学中に巻き起こした騒動について何度も聞かされている。

 それ故、モニカはこの頃からルイスのことを「ラザフォード先生がよく口にする、お弟子さんのルイスさん」と認識していた。

「だから、ルイスさんだけは無意識に『ルイスさん』って、呼んじゃってたみたいです」

「ふぅん、そっかぁ。じゃあ、なんでシリルのことはシリル様呼びなんだ?」

「えっと、それは……」

 どう説明したものかとモニカが考えこんでいると、シリルが青い目をジトリと細めて、ラウルとモニカを見た。

「無駄話はそのぐらいにしてもらおうか。モニカ、そっちの資料をとってくれ」

「…………」

「モニカ?」

「──! あっ、はいっ、わたしですっ!」

 モニカはあたふたと意味もなく手を動かしながら、全然関係の無い資料を差しだし、シリルに怪訝な顔をされる。



 シリルに名前で呼ばれる度に胸の奥がムズムズして、なんだか落ち着かない気持ちになるのは、モニカだけの秘密だ。


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