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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝10:竜滅の魔術師
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【9】ねえさん、にいさん

〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジの正式採用が決まった後、新旧七賢人一行は城の一室で食事会をすることになった。

 ただし全員ではない。メリッサは「何が悲しくて、じーさんばーさん連中の顔見ながら食事しなきゃなんないのよ」と言ってフラリといなくなってしまったし、メアリーとルイスも大事な仕事があると言って離席している。


「サイラスや、ワシのお茶はどこですかのぅ」

「ほらよ」

「うん、うん。美味しいねぇ……サイラスや、ワシのお茶はどこですかのぅ」

「……右手」


 円卓にはある意味主役でもあるサイラスの隣に師匠の〈雷鳴の魔術師〉が座り、それ以降は時計回りで年齢順に二代目〈深淵の呪術師〉、〈治水の魔術師〉、〈砲弾の魔術師〉、三代目〈深淵の呪術師〉、五代目〈茨の魔女〉、〈沈黙の魔女〉という並びになっていた。

 つまりモニカの隣がサイラスである。

 大柄で声が大きく、ついでに厳つい顔のサイラスはモニカが最も苦手としているタイプの人間だ。

 だが彼はモニカの黒竜討伐に怒りを示した善人だし、モニカに対して敵意を持っているわけでもない。

 何より彼が独自に開発したという対竜魔術については、できれば具体的に話を聞きたいところである。なんだったら実際に使うところを見てみたい。


(は、話しかけたら怒られるかな……でも、これから一緒にお仕事するんだし……)


 既に食事は一段落し、今は各々食後のお茶を楽しんでいる。話しかける絶好の機会だ。

 どう声をかけようかモニカがモジモジしていると、ラウルが左隣のモニカを挟んでサイラスに話しかけた。


「なぁ、サイラス、こっちに来いよ! 七賢人若手三人衆が四人衆になったんだ。これはもう、新しいチーム名とか作るべきだと思うんだけど良い案ないかな?」


 いきなり呼び捨てにされ、謎のグループの一員にされたサイラスは、眉をしかめてラウルを睨んだ。

 その威圧感に、間に挟まれたモニカは思わず「ひぃっ」と震え上がる。

 サイラスは舌打ちをすると、煩わしげに吐き捨てた。


「一応言っておくが、俺はお前らと馴れ合うつもりはねぇ」


 この言葉に仰け反ったのが、ラウルの右隣に座るレイである。

 レイはピンク色の目を大きく見開き、紫色の髪を掻きむしって叫んだ。


「な、馴れ合ってもらえるつもりでいたのか……!? なんておこがましい……くそぅくそぅ、馴れ合ってもらえるのが当然の環境で生きてきた人間はこれだから……あぁ、妬ましい妬ましい妬ましい……」


 レイの反応にサイラスが逆に毒気を抜かれたような顔をし、ラウルが陽気にカラカラ笑う。


「そんなこと言わずにさ! 仲良くしようぜ、サイラス! 七賢人に上下関係なんて無いんだしさ!」

「上下関係は無くても、慣習的に先輩が敬われるものだろ……敬え、俺のことを先輩として敬えぇぇ……」


 レイの言う通り、七賢人は年齢よりも在任期間の長さを重視される。

 だからレイとラウルより年上のルイスも、就任したばかりの頃はそれなりに年下の二人を敬っていたのだ。

 最近は対応が雑になってる気がしないでもないが、それでもルイスが雑用の類を率先して引き受けているのは、そういう事情があるのである。

 陽気なラウルと陰気なレイ、そしてオロオロしているモニカの三人に、サイラスは厳つい顔をしかめ、反応に困ったような顔をしている。

 そんな若者達のやりとりに、ブラッドフォードがニヤニヤ笑いながら口を挟んだ。


「てこたぁ竜滅のは、沈黙のを先輩として敬わねぇとなぁ。魔法戦で負けたんだしよぉ……沈黙のねえさんとでも呼ぶか?」


 サイラスがますます困惑したような顔で右隣に座るモニカを見て、ボソリと呟いた。


「沈黙の、姐さん……?」


 モニカは勢いよく首を横に振る。


「モ、モニカ・エビャレット、です」

「えびゃ……」

「エヴァレット、ですっ!」


 動揺のあまりいつも以上に舌が回らないモニカに、紅茶に蒸留酒を注いでいたブラッドフォードがガハハと笑う。


「おう、沈黙の。お前さんも今日から先輩なんだし、ドーンと構えてろや」

「せ、先輩……わたしが、先輩……」

「それにお前さん、竜滅のが作った魔術式に興味があんだろ?」


 ブラッドフォードの言葉にモニカは思わず動揺も忘れて、勢いよく頷いた。


「そうっ、そうですっ、ありますっ。あの、対竜特化の捕縛術式についてなんですけれども、魔力耐性の高い竜はたとえ下位種でも魔術による捕縛は難しくて、結界で閉じ込めるぐらいしか、今まで手段はなかったですよね。最初論文を見た時は封印結界を網目状にしたのかと思ったけれど、通常の雷属性の魔術に竜の魔力にだけ反応するような術式が組み込まれているのが大変興味深くて、この竜の魔力の魔素配列の具体的な資料があれば是非見せていただきたく……あっ、それと、具体的にどうやって竜の魔素配列を調べたのかも知りたいですっ」


 サイラスは厳つい顔をしかめたまま、途方に暮れたように視線を彷徨わせる。

 だがブラッドフォードはニヤニヤしているし、ラウルは「仲良くなれそうだな!」と笑顔だし、レイは「もっと困れ……困れ……」と呟いているしで、助けてくれそうにない。

 かくして彼は助けを求めるように、左隣に座る己の師を見た。

 最年長の魔術師〈雷鳴の魔術師〉は、その白い髭を紅茶でビシャビシャに濡らしながら頷く。


「サイラスや……先輩は敬わないとですのぅ」

「お、おぅ」


 サイラスは師の助言に従い、姿勢を正してモニカに向き直った。


「あー、沈黙の姐さんよぉ……竜の魔力の魔素配列については、竜の魔力にだけ反応する魔導具を作ったんだ。それで調査をした」


 律儀に姐さん呼びで年下の少女を先輩として敬い、かつ怒涛の質問攻めにしっかり答えるサイラス・ペイジ、二十五歳。真面目である。

 レイの祖母、二代目〈深淵の呪術師〉が〈治水の魔術師〉を横目で見て呟いた。


「馬鹿真面目の石頭。あんたの若い頃にそっくりじゃないか、ヴェルデ」

「……そうでしょうか」

「今の七賢人に欠けてた人材だ。悪くない人選じゃないかえ。ヒッヒッヒ」

「うちのサイラスは、良い子なんですじゃ」


〈雷鳴の魔術師〉が紅茶まみれの髭を弟子に拭いてもらいながら、ニコニコと言った。



 * * *



「これが竜の魔力に反応する魔導具だ。正確には竜の魔力にだけ反応する魔力計って感じで……」


 そう言ってサイラスは懐から、懐中時計のような道具を取り出した。

 一般的な懐中時計の倍ぐらいの大きさで、蓋を開けると盤面には四種類の目盛りと針が備わっている。


「こいつを使えば下位種、上位種問わず竜の魔力を正確に計測できる。更に竜の鱗でも血でも、魔力組織の一部をここに入れりゃあ、そいつを追跡することも可能だ」


 円盤は蓋のように持ち上がるようになっていて、その下に鱗など竜の体の一部を入れると、そこに残った魔力を読み取って竜を追跡する仕組みなのだという。

 地の果てまでも竜を追いかけて仕留めるための魔導具は、なるほど竜滅の肩書きを持つ彼らしい発明品だった。

 モニカだけでなく、ブラッドフォードやラウルも食い入るように魔導具を見ている。

 珍しい魔導具を見たら大抵の魔術師は興味を持つものである。無関心なのは呪術師のレイぐらいだ。


「こいつは精度にこだわって作ったからな。微弱な魔力でも見逃さねぇ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「おぅ竜滅の、こいつぁ普通の魔力計と違うな? どうやって起動するんだ?」

「ここのネジを巻いて、魔力を流して……」


 実際にサイラスがネジを巻こうとすると、それを遮るかのようにラウルが声を張り上げた。


「なぁ、サイラス!」

「……なんだよ、茨のにいさん」


 眉根を寄せるサイラスに、ラウルは何故か一瞬目を泳がせる。

 そうしてラウルは、彼にしては珍しくぎこちない口調で訊ねた。


「えーっと、あのさぁ……それって、効果範囲はどれぐらい?」

「まだ未完成だから効果範囲はそんなに広くはねぇ。精々この城の庭までぐらいだ。ゆくゆくは効果範囲を広げて、竜専用の索敵にも使えるようにしたいんだが……」

「そっかぁ、うんうん。あのさ、ちょっと待ってくれな。そのままそのまま……」


 ラウルは強張った笑顔のまま、テーブルの下でモニカのローブの裾を引いた。


「ラウル様?」

「モニカ、ちょっといいか?」


 ラウルはモニカに小声で言って、部屋の隅に移動する。

 その顔はいつも陽気に笑っている彼にしては珍しく、緊迫感に引きつっていた。


「モニカ、やばいやばいやばい、すごくやばい。さっき、城の中庭でシリルに会ったんだ……トゥーレも一緒に」


 えぇっ、と叫びそうになるのをモニカは咄嗟に口に手を当てて堪えた。

 シリルの契約竜である白竜のトゥーレは、普段はイタチか人間の青年に化けている。

 至近距離で感知の魔術を使えば、その体が魔力の塊で人外と分かるが、それでも竜か精霊かは簡単には見分けがつくものではない。

 だが〈竜滅の魔術師〉サイラス・ペイジが作った魔力計は、竜の微弱な魔力も感知するのだという。


(このままだと、トゥーレが見つかる……!?)


 そして白竜と契約状態にあることがバレたら、シリルは危険人物として国を追われる可能性もあるのだ。

 モニカは真っ青になってラウルを見た。


「た、たたっ、大変っ、シリル様とトゥーレを探さないと……っ」

「ここはオレが時間を稼ぐから、モニカはトゥーレを城の外に逃してくれ!」

「はいっ、分かりましたっ!」


 モニカはブンブンと頷き、怪訝そうにこちらを見ている円卓の面々に早口で告げる。


「わたしっ、ちょっと、席を外します……っ!」


 バタバタとローブの裾を翻して駆け出すモニカの背後で、友のために時間稼ぎを頑張るラウルが声を張り上げた。


「サイラス、もう城のトイレは見たかい! リディル王国のトイレはすごいんだぜ! なんてったって、オレのご先祖様が……」

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