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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝9:精霊の歌、高らかに
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【18】格好つけモニカ

 モニカの養母ヒルダ・エヴァレットは聡明な女性なのだが、ちょっと悲しいほどに家事能力が低かった。

 特に苦手なのが掃除だ。不思議なことにヒルダの場合、掃除をすればするほど、部屋が散らかっていくのである。

 そのため、家事全般はベテランハウスメイドのマティルダに頼りっきりであった。

 そんなヒルダは魔術研究所の研究員なのだが、独身だったため、時折上司から見合いを勧められることがあった。

 そういう時、ヒルダは嫌そうな顔でソファに突っ伏し、子どもみたいに足をバタバタさせる。

 ヒルダは聡明で理知的な女性なのだが、研究とは無関係の問題に直面すると、たまに子どもじみたことをするのだ。


「あー、やだやだ。面倒くさーい。お見合いに費やす時間で研究か仮眠したい」

「ヒルダ様、掃除の邪魔です」


 メイドのマティルダが素気なく言うと、ヒルダはクッションを抱きしめて、上目遣いにマティルダを見る。


「私、マティルダと結婚するぅー」


 既に子どもが五人いるマティルダは呆れ顔でため息をつき、モニカに言った。


「モニカお嬢さん、覚えておきなさい。結婚願望の無い方ほど、こういうことを言うのですよ」




 ……その時のやりとりを唐突に思い出したのは、リンの回想の中でカーラが言った言葉が、あまりにも養母の発言に酷似していたからである。

〈星槍の魔女〉カーラ・マクスウェルは自身が旅人であることを自覚していたし、だからこそ他者に深入りしすぎない振る舞いを徹底していた。

 そんな彼女が口にした「家の掃除してくれる可愛いメイドさんと結婚したい」という発言は、恐らくその場限りの軽口のようなものだったのだろう。

 ところが、それを真に受けてしまった精霊がここにいた。


「かくして、わたくしはルイス殿が一人になった時を見計らって交渉し、ルイス殿の契約精霊になって力を貸す代わりに、定期的にカーラの家を掃除する権利を手に入れたのです」


 ルイスもカーラも王都住まいだ。

 それゆえ、リンは今も定期的にカーラの家を訪れて掃除をしているのだという。


「つまり、わたくしはカーラの通い妻なのです」


 見目麗しい青年の姿で求愛してきた精霊が、ある日突然メイド服の美女になって押しかけてきた時の〈星槍の魔女〉の反応やいかに。

 無表情ながら得意げなリンに、モニカは恐る恐る訊ねた。


「そ、それ、〈星槍の魔女〉様は、どういう反応を……?」

「はい、腹を抱えて笑い転げた後、『参った、うちの負けだ』と言って、合鍵をくださりました」


 リンはドレスの襟元に手を突っ込み、鎖で繋いだ家の鍵を取り出して、誇らしげに掲げてみせた。


「こうしてわたくしは、カーラが結婚したくなるような可愛いメイドさんとなるべく、日夜ルイス殿の元で修行をしているというわけです。ご理解いただけましたでしょうか?」


 正直理解はできないが事情は分かった。

 しかし、他人であるモニカですら、言葉を失うほどなのだ。

 ルベルメリアなど、いよいよ無表情のまま芋虫のように地面をのたうち回り始めた。どうやら眉をひそめるだけでは感情表現が追いつかなかったらしい。


「おぉう、おぅおぅ、兄様……兄様にそのような事情がおありだったとは……おのれにっくき、〈星槍の魔女〉……わたくしの兄様を誑かし、メイドとしてこき使うなど……うぅ、だが兄様の純愛を応援したいこの気持ち……わたくしは一体どうしたら……おぐぅぅぅぅぅ」

「はい、どうもしなくて結構です」


 兄の容赦のない一言に、ルベルメリアはとどめを刺されたかのように、地面でビクンビクンと痙攣した。無論、無表情のままで。

 そんな哀れな弟に、リンは思い出したように付け加える。


「そういえば、今年の祭りの日には嵐を起こすなどと宣言したそうですね、ルベルメリア。今回のわたくしの仕事は、こちらにいる〈沈黙の魔女〉殿の補佐。祭りの妨害は非常に困ります」

「…………」


 地面をのたうち回っていたルベルメリアはゆっくりと立ち上がると、真っ直ぐにリンと向き直る。

 こうしていると、やはりよく似た兄弟だ──今のリンは女性の姿だが。


「リィンズベルフィード兄様、わたくしは一つ嘘をつきました。わたくしが呼ばずとも、祭りの日は嵐になるでしょう。先日、南の空を飛んだ時に、『嵐の芽』を見つけたのです」


 嵐の芽、それはこれから発達する嵐の予兆のことらしい。

 嵐の精霊であるルベルメリアは、それを見抜く目を持っているのだ。


「嵐は来ます。必ず」


 ルベルメリアの言葉に、リンはただ一言「そうですか」とだけ返した。



 * * *



 ルベルメリアはもっとリンと話したそうにしていたが、リンは「それでは、わたくし達はこれで」と言って、あっさりその場を切り上げた。

 エリオットの屋敷に戻る道を歩きながら、モニカは考える。


(十年前の魔術奉納は精霊王召喚の門を四つ……わたしの魔術じゃ、それを超えることはできない……)


 魔術奉納で行う魔術は、言ってしまえば見せ物なので、見栄えの良いものなら何だって良い。

 無論、その土地の文化や祀られている精霊に関係したものだと一層喜ばれるが、〈砲弾の魔術師〉などは大体いつも花火のように派手な火炎魔術をドッカンドッカン打ち上げている。


(今から違う魔術を考える? でも、精霊王召喚以上の術なんて使えないし……)


 精霊王に感謝を捧げる祭りで精霊王召喚をするということは「感謝を捧げる精霊王をお招きする」と解釈されるので、非常に喜ばれる。

 他に使い手のいない〈星槍〉や、古代魔道具を使った特殊な魔術でもない限り、精霊王召喚を超えることはまず不可能だろう。

 うんうんと唸りながら歩いていたら、リンに肩を叩かれた。


「危ないです」

「へぁ? わ、わわっ……」


 考え事をしていたら、うっかり店の看板に突っ込みそうになっていたらしい。


「す、すみませんでした。ありがとうござい、ます」

「悩み事がおありでしたら、有能なメイド長のわたくしが相談に乗りますが」

「……はは」


 モニカは足を止め、指をこねながら言葉を探した。

 相談に乗ってほしかったというより、自分の中にある気持ちを言葉にすることで考えを整理したかったのだ。


「わたし、〈星槍の魔女〉様みたいなことはできない、ので……魔術奉納、どうしたらいいのかな、って」


 リンはじぃっとモニカを見下ろしていたが、いきなり首をガクンと真横に傾けた。

 これはリンなりの疑問の表明だ。


「人間にとって祝祭とは、技術を競い合う場なのでしょうか?」

「……そういう一面も、あると、思います」


 人間の祭りにおいて、なんらかの競技や大会が行われることは珍しくない。

 神に対する捧げ物にしても、技術者達が腕を競い合うことは多々ある。

 だが、それがリンにはいまいち理解できないらしい。


「わたくしは、祭りとは楽しければそれで良いと思うのですが、人間は難解なのですね」


 リンの言葉にモニカは気づく。


(わたし、もしかして……〈星槍の魔女〉様と、張り合ってた……?)


 最近の自分は、なんだかものすごく見栄っ張りの格好つけになっていないだろうか?

 アイクの師匠として格好良いところを見せたいと思うようになってからは特に。


(わぁぁぁぁ……! わたし、すごく格好つけてた! 格好いいお師匠様って思われたくて……っ!)


 自覚したら急に恥ずかしくなって、モニカは赤面してしゃがみ込む。


(わたし、魔術奉納で恥をかきたくなくて、格好つけたくて、〈星槍の魔女〉様と張り合って……なんか、色々と大事なこと、置き去りにしてた気がする……っ!)


 モニカは羞恥で火照る頬を両手で押さえ、あうあうと呻く。

 背負った肩書きに相応しくあるように背筋を伸ばし、格好をつけることは大事だけれど、それが全てになってしまっては本末転倒だ。


(大事なのは、魔術奉納でハワード様や町の人に喜んでもらうこと。そのために、わたしができることは……)


 モニカは唇をぎゅぅっと曲げて、考える。

 誰かに喜んで欲しい時、真っ先にモニカの頭に浮かぶのはラナだ。

 ラナだったら、どんなことをしたら喜んでくれるだろう。

 素敵! と目を輝かせてくれるだろう。

 悩むモニカの視界の隅に、装飾用の花が詰まった木箱が目に入る。


「……そうだ」


 モニカは立ち上がり、辺りを見回した。

 賑わう人、あちらこちらから聞こえる音楽、花で飾られた町並み。

 モニカは目の前にある通りの幅、長さ、建物の高さを計算する。


(足りない。もっといっぱい歩いて、直接見て、地図と照合しないと正確な数字は出せない)


 モニカはこの通りの数字を頭に刻みながら、リンを呼んだ。


「リンさん、急いで帰りましょう」

「何か思いついたのですか」

「はい」


 頷き、モニカは宣言する。


「わたしは、わたしにできることを、やります」



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