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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝8:識者の証明
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【6】あーけーてー

 モニカがクローディアと会うのは、随分と久しぶりだった。

 最後に会ったのは、ニールと一緒にハネムーンでサザンドールに来ていた時なので、昨年の夏である。

 ニールと結婚してメイウッド夫人になったクローディアは、相変わらず冴え冴えとした美しさだった。

 今日は春物のゆったりとしたドレスを身につけ、大きな旅行鞄を携えている。鞄の大きさから察するに、二、三日の外出ではなく、長期滞在を想定した物なのだろう。

 アイザックは当たり前のようにクローディアの鞄を中に運び、飲み物を用意してくれた。


「どうぞ」


 そう言ってアイザックはモニカに熱いコーヒーを、クローディアには果実水を出す。

 クローディアは顔をグラスの方に向けたまま、目だけを動かしてアイザックを見た。


「……相変わらず、気持ち悪いぐらい察しが良いのね」

「他の飲み物をご用意しましょうか、マダム?」


 クローディアのジトリとした目に、アイザックは完璧な従者の笑みを返す。

 クローディアは何も言わず、果実水のグラスに口をつけた。

 モニカも熱いコーヒーをチビチビ飲みながら、話を切り出す。


「えっと、お久しぶりです、クローディア様。今日は一人で、ご旅行ですか?」

「…………」


 クローディアは、少し考えれば分かるようなことをいちいち訊かれるのが嫌いだ。

 だから「……見れば分かるでしょう」という答えが返ってくるのではないかとモニカは密かに身構えたが、クローディアはグラスを置き、予想外の言葉を口にした。


「……古代魔導具」

「へ?」


 よくできた人形のように身じろぎ一つしないまま、瑠璃色の目だけが動いて、モニカとアイザックの反応を見る。

 古代魔導具。それは少し前までモニカが受けていた、ツェツィーリア姫護衛任務と深く関わる物だった。

 旧時代の魔法技術で作られた古代魔導具は、人間のような意思を持っている。その意思にツェツィーリアは拒まれ、苦悩していた。

 だが、ツェツィーリアが古代魔道具〈ベルンの鏡〉に拒まれた事実を知っているのは、ごく僅かな者だけ。

 表向きは第二王子のアイザックですら知らない秘密である。クローディアが知っている筈がない。


(クローディア様、どうして急に古代魔導具なんて……)


 モニカが密かに冷や汗を流していると、茶菓子の用意をしていたアイザックが何かを思いついたような顔で言った。


「あぁ、もしかして、〈識守の鍵〉絡みで何かあったのかい? あれはハイオーン侯爵が管理していたね」

「……〈識守の鍵〉?」


 モニカが首を傾げて復唱すると、アイザックは頷きながらケーキの皿を机に並べる。彼はラナやクローディアのような女性客が来た時、いつも着席せず給仕に徹するのだ。

 アイザックはクローディアが否定しないのを確かめ、言葉を続ける。


「〈識守の鍵ソフォクレス〉、我がリディル王国に現存する古代魔導具の一つで、確か指輪の形をしている筈だ。主に封印結界を張る魔導具だね。アスカルド図書館禁書室の鍵だよ」


 古代魔導具の名前にはピンとこなかったが、アスカルド図書館はモニカにも馴染みのある物だった。

 リディル王国建国の頃から存在する最も歴史ある大図書館であり、地下の禁書室にはいわゆる禁術を記した禁書から、旧時代の魔物を封印した禁書まで、ありとあらゆる書が封じられている。

 七賢人であるモニカはこの禁書室に出入りすることができる数少ない人間であり、実際に何度か出入りもしている。

 ただ禁書室への入室手続きは非常に煩雑な上に、複数の人を介さなくてはならない。人見知りのモニカには結構な難関だ。

 それ故、基本的に同期のルイスが出入りする際に同行する形で、彼に手続きをまとめてやってもらっていたのである。

 ルイス・ミラー曰く。

「同期殿に任せていたら、日が暮れるどころか日付を跨ぎそうなので」

 返す言葉もない。


(そっか、アスカルド図書館の禁書室って、ハイオーン侯爵が管理してたんだ……じゃあ、将来はシリル様が……)


「……七賢人なのに、〈識守の鍵〉を知らないのね」


 クローディアの呟きに、モニカは「うっ」と呻いて視線を彷徨わせる。禁書室絡みの手続きを避けていたことがばれたようで、後ろめたい。

 そんなモニカをフォローするように、アイザックが口を挟んだ。


「古代魔導具は国家機密だからね。七賢人でも全ての情報を与えられているわけじゃない。同じ七賢人なら、魔術師の名門出身の〈星詠みの魔女〉や、〈茨の魔女〉〈深淵の呪術師〉の方が詳しいんじゃないかな」

「えっと、アイク、詳しいんですね……」


 モニカがおずおずとアイザックを見上げると、アイザックは苦笑混じりに言う。


「王族だからね」


 なるほど、王族としての教育を受けている彼ならば、国家機密である古代魔導具についての知識もあるはずだ。

 リディル王国城の宝物庫にも、古代魔導具が二つある。

 建国の王が振るった〈陽光の宝剣アトラス〉と、闇の精霊王の力を宿した〈暴食のゾーイ〉。

 この二つは、モニカも名前と伝承ぐらいは知っている。

 古代魔導具は公開される機会が少ない貴重な物だ。魔術師なら誰だって興味がある──モニカだって興味が無いわけではないのだ。実際に見ることができるなら、見たいとも思う。

 ただ、少し前まで引きこもっていたものだから、古代魔導具に触れる機会が無かったのである。


「えっと、それで……〈識守の鍵〉と、クローディア様がここにいることと、どんな関係が……」


 モニカの問いに、クローディアはガクリと首を傾け、これみよがしなため息をついた。

 絹糸のようにまっすぐな黒髪が白い頬を半分覆い、陰鬱な空気が更に増す。

 クローディアは「詳細は知らないけれど……」と前置いて、気怠げに語り出した。


「……どこかの誰かさんがヘマをして、〈識守の鍵〉の機嫌を損ねたのよ」

「へ?」

「だから、どこかの誰かさんが、メイウッド家に押しかけてくる前に避難したの。お、わ、か、り?」


 ちょっとよく分からないです、とモニカが言いかけたその時、ドンドンと玄関のドアノッカーを叩く音が聞こえた。

 アイザックが給仕の手を止めて、クローディアを見る。


「これは、君の言う『どこかの誰かさん』かな?」

「……あの人の、絶望的な間の悪さを考えると、大いにあり得るわね」


 アイザックとクローディアがそんな会話をしている間も、ドアをノックする音は続いている。

 二人の会話の意味がよく分からなかったモニカは、とりあえず客人を出迎えようと立ち上がった。それをアイザックが片手で押し留める。


「この時間だし、僕が出よう」


 その時、ドアをノックする音が止まった。

 客人が帰ってしまったのではとモニカが狼狽えていると、今度は部屋の窓がバンバンと大きな音を立てる。


「ひぃっ!?」


 モニカが恐怖の声をあげ、アイザックが素早く窓に駆け寄ってカーテンを開けた。

 窓ガラスには夜の闇を背景に、人の顔が二つほどベッタリと張り付いている。

 薄い金髪の冷めた目の女と、白っぽい銀髪のおっとりした雰囲気の青年だ。

 二人は窓ガラスに頬をくっつけたまま、交互に言う。


「モニカがいる。やっぱりこの家で合ってた」

「モーニーカー。あーけーてー」

「開けないと、この窓を破壊する」

「ピケ、それやったら、シリルに怒られるんじゃないかな」

「じゃあ、やめる」


 アイザックが困ったような顔でモニカを見て、「知り合い?」と訊ねる。

 モニカはコクコクと頷きながら窓に駆け寄り、鍵を開けた。

 窓ガラスに張り付いていたのは、人に化けた白竜トゥーレと氷霊アッシェルピケだ。


「あの、二人はどうしてここに…………シリル様ぁっ!?」


 よくよく見ると、トゥーレがシリルを背負い、ピケがシリルの物らしき鞄を抱えていた。

 シリルは意識が無いのか硬く瞼を閉ざし、血の気の無い顔でグッタリとしている。その顔は酷くやつれていた。


「シリル様っ!? どうしたんですか? 具合が悪いんですか? お、お医者さんを呼んで……っ」

「シリル、寝不足だったんだ。馬車を降りて、ここまで歩いてくる途中で、力尽きてバターンってなっちゃって」


 耳をすませば、スゥスゥという規則正しい寝息が聞こえた。

 急病ではないと知り、モニカが胸を撫で下ろしていると、トゥーレはニコニコしながら言う。


「死相が出てたけど、死んでないよ。大丈夫」


 それは大丈夫と言わないのではないだろうか、とモニカは思った。

 その時、シリルが小さく呻き声をあげて、瞼を持ち上げる。


「……ここ、は…………」


 ゆっくりと瞬きを繰り返したシリルは室内にいるクローディアを見て、悲鳴じみた声をあげた。


「クローディアっ!? 何故、お前がここにいるっ!!」

『おぉ、ここがメイウッド邸であるか! 会いたかったぞ、クローディア!』


 シリルの声に誰かの声が重なった。張りのある男性の声だ。

 窓の外にいるのはシリル、トゥーレ、ピケだけなのに、今の声はいったいどこから聞こえたのだろう?

 モニカが困惑顔で窓の外を見回していると、クローディアが地を這うように低い声で言った。


「……あら、ご機嫌よう。面倒事から遠ざかるためにわざわざサザンドールに避難していた私の元に、その面倒事を持ってきてしまった間抜けなお兄様」



 * * *



 客人が増えたことで、室内は一気に賑やかになった。

 モニカ、アイザック、クローディア、シリルの四人がテーブルを囲み、トゥーレとピケは人の姿のまま、ソファで各々寛いでいる。

 トゥーレとピケは初めて会った時から変わらぬ〈ハイラの民〉の衣装を身につけていた。トゥーレの服は薄手、ピケの服は厚手な上に毛皮のマント付きで、季節感が真逆なのがとても目立つ。

 だが、この場でそれ以上に異質なのが、シリルの手元から聞こえる声だ。

 黒い革手袋をした右手の下からは、絶えず『クローディア! クローディア!』と感極まったような声が響き続けている。

 アイザックがシリルの右手を見て、口を開いた。


「その手袋の下にあるのが、〈識守の鍵ソフォクレス〉かな?」

「流石殿下、既に事態を把握しておられるのですね」


 こんな時でも、「殿下」への敬意を失わないシリルに、アイザックが苦笑する。


「全てを知っている訳ではないよ。君の妹さんから、君が〈識守の鍵〉絡みで大変なことになっていると教えてもらっただけだ」


 だから事情を話してくれないか、と暗に言っているアイザックに、シリルは苦悶の表情を浮かべた。

 その間も、やっぱり〈識守の鍵ソフォクレス〉はクローディアのことを呼び続けている。


『クローディア! さぁ、その美しい顔を吾輩に見せておくれ、クローディア!』

「えぇいっ、殿下の話を遮るな、不敬者めっ!」


 シリルは己の右手に怒鳴ると、鞄から取り出した厚手の布を手袋の上からグルグルと巻きつけた。

 そうして声が幾らかくぐもったのを確認し、アイザックに深々と頭を下げる。


「お見苦しくて申し訳ありません。まずは、何から話したものか……」

「そうだな、まずはそこの二人を紹介してくれるかい?」


 そう言ってアイザックは、ソファで寛いでいるトゥーレとピケを見る。

 トゥーレはソファに足を伸ばして寝そべり、その上にピケが腹這いになってゴロゴロしていた。

 人の姿のまま好き放題寛いでいる二人に、シリルが怒鳴る。


「トゥーレ! ピケ! 行儀が悪い!」


 トゥーレは腹にピケを乗せたまま、おっとり首を傾げた。


「ダメなの? 人間の姿だからかな、ピケ?」

「じゃあ、こっちの姿になればいい」


 次の瞬間、二人の姿は光の粒子に包まれる。

 光の粒子は小さく縮んでいき、やがてその粒子がサァッと風に流れるように消えると、その下から白と金色のイタチが現れた。

 アイザックとクローディアは、薄々この二人が人間ではないと察していたのだろう。二人とも多少驚いたようではあったが、顔色を変えるほどではなかった。

 ……ここまでは。


「そういえば、自己紹介をしてなかったね。シリルの契約竜、カルーグ山の白竜トゥーレ」

「シリルの契約精霊、氷霊アッシェルピケ」


 可愛らしいイタチ達の自己紹介に、アイザックとクローディアは一切の動きを止めた。

 存在自体が伝説の白竜と、伝承に名を残す上位精霊。ちょっと冗談みたいな話である。

 だが、そんな冗談みたいな存在を連れ歩いているのは、冗談が苦手で馬鹿真面目なシリル・アシュリーなのだ。


「あー、その、これは……」


 シリルは気まずそうに口ごもり、チラリとモニカを見た。モニカもまた気まずい顔で首を横に振る。

 今の無言のやり取りは、言葉にするとこうだ。


 ──もう、トゥーレとピケのことは話したか?

 ──いいえ、まだです、シリル様。


 内気なモニカは他者との意思疎通が苦手だが、シリルとは同じ生徒会役員として仕事をしてきたため、目と目で会話をするという芸当ができた。

 そして、この二人が目と目で会話をする時というのは、概ね状況が決まっている。「殿下」に対して気まずい報告をしなくてはいけない時だ。


「その、殿下、クローディア、これには事情が……」

「あのっ、えっと……すごく、色々あったんです……っ!」


 嘘や隠し事が下手なシリルとモニカに、アイザックとクローディアは非常によく似た笑みを向けた。

 即ち、目の笑っていない笑顔である。


「まぁ素敵ね、お兄様………………猛獣使いにでもなるつもり?」

「それで、僕のお師匠様は何をどこまで知っているのかな?」


 目の笑っていない笑顔というのは、美男美女がやると威圧感が凄まじい。

 シリルとモニカはタジタジになりながら、冬の終わりに遭遇した出来事について語る。

 正直、語るというより自供の気分だった。



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