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サイレント・ウィッチ(外伝)  作者: 依空 まつり
外伝:天高く豆肥ゆる秋
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【終】ガール・ミーツ・ドラゴン

 若き女商会長ラナ・コレットは、最近悩みを抱えていた。

 彼女の商会は主に魔導具の材料を取り扱っているのだが、最近は並行して魔導具や魔術師のローブ等のデザインにも携わっていた。

 中でもローブやマントのデザインは、服飾に人一倍こだわりのあるラナが特に力を入れている分野である。

 なにせ現在流通している魔術師のローブといえば大抵が古臭いデザインで、恐ろしく地味か、或いは権威を示すためにやたらと派手かの二択なのだ。友人のモニカをはじめ、魔術師というのはどうにも極端から極端に走る者が多いらしい。

 そんな既存のローブ業界に、動きやすく快適で、それでいてお洒落なローブを流通させたい!

 ……という思いで様々なデザイン案を出し、試作品を作り、売り込みを始めたのだが、営業の手応えは今ひとつ。

 若い魔術師達の反応は比較的良いのだが、権威ある年配者のうけが今ひとつなのだ。

 機能性の良さや、比較的手に取りやすい価格を提示しても、彼らは古い物に安心感を覚え、固執する。

 つまりは新しい物に手を出すのが億劫なのだ。それをラナは怠慢だと考えるが、世の中の誰もが自分と同じ考えではないことも理解していた。

 年明けには、新作ローブをお披露目するイベントが控えている。ミネルヴァの教師陣や名のある魔術師達を招待した、またとない宣伝の機会だ。

 だが、そのイベントの目玉となるローブをラナはまだ決められずにいた。

(今回の目玉は男性用のローブ……生地やシルエットは大体決まっているけど、頭の固い年寄りの心を掴むには、何かが足りないのよね)

 手元の紙にデザイン案をガリガリと描きだしてみるが、いまひとつパッとしない。

 ラナは羽ペンを投げ出すと、椅子の背もたれにかけていたストールを羽織り、立ち上がった。

 こういう時は、散歩をするのが一番だ。市場を歩いて色んな品を眺めていれば、新しいアイデアが湧いてくるかもしれない。

(どうせなら、モニカのところに顔を出そうかしら。確か、ここ数日はあの人が留守にしてるらしいし)

 あの人──もとい、モニカの押しかけ弟子に関して、ラナは色々と思うところがあるが、モニカの食生活が劇的に改善した点は高く評価している。

 あの弟子が留守になると、途端にモニカの食生活は適当なものになってしまうのだ。きっと今日も食事を忘れて研究に夢中になっているに違いない。

 市場の屋台で食べる物を買って、それからモニカの家で一緒に昼食にしよう。それがいい。

「クリフ、ちょっと外に出るわ。お店のことよろしく」

 ラナは秘書に声をかけると、返事も待たずに商会を飛び出した。



 * * *



 市場でパンとリンゴと魚の揚げ団子を買い込んだラナは、モニカの家を目指しつつ、道行く人々の服を眺めた。

 サザンドールは貿易の盛んな港町なだけあり、様々な人間が出入りする。この国では見かけない服を着ている者もいて、見ていて飽きない。

(でも、どれも新作ローブのデザインとはマッチしないのよね……あぁ、そうだ。イベント当日にモデルになる人も探さないといけないんだった……)

 今回の目玉である男性用ローブのモデルは、威厳があってミステリアスな雰囲気の男性が望ましい。

 商会のツテで何人か候補は上がっているのだが、なかなかイメージにピタリと合う人物が見つからない。

(グレンも背が高くて舞台映えするけど、今回のローブのイメージとは違うのよね……堂々としてて、長身で、二十代半ばぐらいで、できれば黒髪で……)

 そんなことを考えている間に、ラナはモニカの家に到着してしまった。

 ラナは頭を切り替えて、ノッカーをノックする。返事は無い……が、モニカの場合、返事が無い時は空腹で力尽きて、床にひっくり返っている、なんてことがたまにあるのだ。

 扉を開けてしまおうかラナが悩んでいると、扉が開いた。

 だが、扉を開けたのはモニカではない。ついでに言うと、彼女の弟子でもない。

 見覚えのない黒髪の男だ。年齢は二十代半ばぐらいだろうか。背が高く、目つきが鋭い。身につけているのは、この辺では見かけない古風なローブだから、きっとモニカの魔術師仲間なのだろう。

 ラナが挨拶をしようとすると、男は身を屈めてラナの顔をまじまじと覗き込んだ。

 不躾な態度にラナが鼻白んでいると、男は得意げな顔で笑う。


「オレ様、お前の名前は覚えてるぜ。ラナだろ。学園にいた頃、モニカがいつも口にしてたから覚えたぜ」


 唐突に名前を言い当てられたのには驚いたが、人見知りのモニカがこの男にラナのことを話していたのなら、きっとモニカと親しい人間なのだろう。

「モニカはいらっしゃるかしら?」

「モニカなら留守だぞ。きょーどーけんきゅーってやつで、ヒンヤリ兄ちゃんのとこに行ってる」

 ヒンヤリ兄ちゃんとは恐らく、シリル・アシュリーのことだろう。

 モニカがハイオーン侯爵の出資を受けて、〈茨の魔女〉と共同研究をしているという話は何度か聞いている。だが、まさかこのタイミングで出かけていたなんて。

(……折角一緒にお昼を食べようと思ったのに)

 がっかりして肩を落としているラナの前では、黒髪の男がラナの手にあるバスケットをじっと見ていた。その金色の目は、まるで魚を狙う猫のように爛々と輝いている。

 ラナはそっとバスケットを前に差し出した。

「……モニカと食べようと思ったのだけど、もし良かったらいかが?」

「いいのか!? 遠慮なくいただくぜ」

 男は遠慮なくバスケットを受け取ると、にゃっふっふと機嫌良く笑い、舌なめずりをする。

 言動はちょっと残念だが、黙っていればなかなか見栄えのする男だ。体格が良く手足が長いし、神秘的な金色の目は見る者の心を掴む力がある。

(……でも、なんでこんな古臭いデザインのローブを着てるのかしら?)

 男の着ているローブは、演劇の衣装と言っても通じそうなほど古いデザインの物だ。

 セレンディア学園の学祭で使った衣装が、これに似ている。

「どうして貴方は、そんな古いローブを着ていらっしゃるの?」

 好奇心に負けたラナが、失礼を承知の上で訊ねると、男は気を悪くした様子もなく、バスケットのパンをかじりながら答えた。

「んぐ、むかーし、オレ様が会った人間が着てた服がコレだったんだよ。で、それを真似た」

「……?」

 言い回しが独特でよく分からないが、どうやら彼の人生において重要な意味を持つ人物が着ていた服らしい。きっと、その人物は古典劇の役者だったのだろう。

 よくよく見ると、ローブの縁に施された蔓草模様は非常に精緻だった。

(……そういえば魔術師って、こういう細かな模様にも意味を見出すのよね)

 ふと、ラナの頭に新しいローブのデザインが浮かんだ。

 この男のローブに使われている模様、古典的意味を持つ模様を新作のローブに応用できないだろうか?

(モダンと古典の融合……! わたしとしたことが、セレンディア学園の学祭で学んだことを、すっかり忘れてたわ!)

 ラナはつい流行の柄や色を追いかけてしまいがちだが、古きから学べる物は非常に多い。

 何より、古きを大切にした物は、年配者にも受け入れやすくなる。

(模様をそのまま使うんじゃなくて、少し小さくして縁に使ったら……うん、良いアクセントになるわ。金糸もキラキラした糸じゃなくて、少しくすんだ色味にして馴染むようにすれば……)

 新しいローブのデザイン案が、どんどん頭の中で具体的になっていく。

(なによりこの人……新作のイメージにピッタリ!)

 新しいデザイン案と、それに相応しいモデル。悩みが一気に解決し、ラナの心は弾んだ。

 できればすぐにでも、この男にモデルの交渉をしたいところだが、なにぶん初対面の相手だ。モニカの知人なら、モニカから紹介してもらうのが筋だろう。

 ラナはグッと拳を握りしめ、前のめり気味になりながら男を見上げた。

「ミスター、お名前を伺ってもよろしいかしら?」

「おぅ、バーソロミュー・アレクサンダーだ」

 壮大な名前である。具体的には冒険小説の主人公の名前だ。

(なるほど、きっとこの人は役者なんだわ)

 それなら、この古臭い衣装にも納得がいく。

 ラナは納得しつつ、よそゆきの笑みを浮かべた。

「アレクサンダーさん、今度モニカをまじえて、一緒にお食事はいかが?」

「肉はあるか? 鳥がいい」

「えぇ、ご用意いたしますわ……それでは、突然の訪問失礼いたしました。ご機嫌よう」

 ラナは淑女の礼をすると、スカートの裾を翻して早足で商会へ向かった。

 今は早く帰って、ローブのアイデアを描き起こしたい。


(……そういえば、アレクサンダーさんって、モニカとはどういう関係なのかしら? セレンディア学園にいた頃から、知ってるみたいな口ぶりだったけど)


 次にモニカに会ったら訊いてみよう。

 そんなことを考えつつ、ラナは新作ローブのデザイン案に想いを馳せた。


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