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雷子  作者: 三幸
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常勝 夏候惇 上

常勝 夏候惇 上


 曹仁と李典は新野の敗北から命からがら許昌に辿り着いた。

十万の兵も見る影もなく疲労困憊で今にも倒れそうな数千の兵は生還したことを喜んだ。

 

 だが曹仁と李典だけは生きた心地はしない。敗戦の将……数万の犠牲者を出した責任と向き合わねばならない。


夏侯惇「あら? 逃げ帰ってきたの曹仁!?」

 

 敗走し命からがら逃げ帰った曹仁に隻眼の夏候惇は敗報を茶化すように声を掛けた。


 夏候惇は曹操が軍を起こした当時からの武将で曹操の躍進は夏候惇がいてこそと言っても過言ではない。

大人の女という雰囲気を出し男を虜にする体つきは兵から絶大に人気を誇る。


 夏候惇は以前、戦いの中で片目を失くし眼帯を付けているがどういう理由か分からないが以前にもまして兵から人気が出た。


曹仁「ちっ。うっせーな……」


李典「惇姉……申し訳ない……」

 

 夏候惇は曹操軍の信頼できる姉貴分として一部の武将から惇姉と呼ばれている。


夏侯惇「李典いいのよ。どうせ曹仁が一人で突っ走ったんでしょ?」


李典「いえ、曹仁だけの責任ではありません。俺にも責任があります」


曹仁「李典よー。お前は悪くねーって全部俺様の責任だ」

 

 曹仁は全ての責任は自分にあるとしているが自分に様を付けることは忘れない


曹操「曹仁! 李典!」

 

曹操が現れ曹仁と李典を一括する。


曹仁「曹操様!」


曹操「十万の軍で敗れるとは一体どういうことだ! 李典! 何故お前を曹仁の副将に付けたと思っている!!」


李典「曹操様申訳ありません!」

 

 李典は膝を付く。


曹仁「曹操様! 李典は悪くねーんです! 俺様が一人で突っ走って!」


曹操「黙れ曹仁!」


曹仁「はいっ……」

 

 曹仁は曹操には絶対に頭が上がらない。尊敬の念と大きな憧れの対象だからだ。

だが曹仁は自分が責められるのは構わないが李典が責められることがとてつもなくく辛いことだった。

 

 曹操は幾戦の戦いに勝利し中華最大の勢力になった男でその言葉は重く力強い。

死に直面したことも多々ありその胆力と決断。そして冷酷は判断を即座に下すことから『乱世の姦雄』と呼ばれていた。


李典「曹操様のお考えを分かっておりながら曹仁を止めることが出来ませんでした」


曹操「李典よ。此度の敗北の責任はお前にある。俺の考えを理解しながらもお前は十万の軍という慢心から己の責務を全う出来なかった」


李典「申し訳ございません」


曹操「李典。しばらく謹慎を命ずる」


李典「はっ」


曹仁「そっそんな!」

 李典はゆっくりと去る。李典の後ろ姿を見て曹仁は自分に憤りを感じていた。


夏候惇「曹仁。一杯、付き合ってあげるわ。来なさい」


曹仁「……」

 曹仁は返事をしないが進む夏候惇の後ろを付いて歩く。


曹操「賈ク。賈クは居るか」

 曹操は軍師、賈クを呼ぶ。


賈ク「ここにおります。新野の一件ですな」


曹操「ああっ。どう見る? 今までの劉備軍とは全く違う戦い方であったな」


賈ク「先ほど曹仁殿と李典殿から報告を受けましたが、まさか私以外にこの様な戦い方をする者が居るとは思いませんでした」


 賈クは以前に曹操と敵対する主の下におり曹操を暗殺しようとしたが曹操は命からが生き延びた。その後、曹操にその才能を買われ曹操に帰順した。

 喋り方こそ陽気な感じで話すもその智は孔明に及ばずとしても決して劣るものではない。


曹操「ほう。お前にそこまで言わせるか」


賈ク「こちらの裏をかかれました。この厳冬に軍を進めたのは雪で劉備軍を荊州に閉じ込める為でした。ですが完全に逆手に取られました」


曹操「逆手か……胸ばかりでかく育った劉備にそんなことが出来るのか? いや出来たからこそ敗れたわけだが……」

 曹操は一人で悩む。


賈ク「空城の計ですがこれは完全に囮ですな。曹仁殿は猪突猛進ではありますが、将器としては悪くはありません。現に空城の火計ではそれほどの被害は受けていません。問題はその後にあります」


曹操「その後? 渡河の事か?」


賈ク「はい。火計で混乱した軍は川に向かいました。そこでの渡河は劉備軍の水計にあたります」


夏侯淵「おもしろそうな話だな。俺も聞かせて貰おう」

 

 腕に大きな弩を仕込んだ夏侯淵が曹操と賈クの会話に入る。夏侯淵は曹操のことを孟徳と呼ぶ仲だ。曹操軍の中で曹操をその名で呼ぶのは夏候惇と夏侯淵だけだ。


 夏侯淵はその美しい顔立ちと曹操軍屈指の強さ……そして頼りがいのある兄貴分として絶大な信頼を夏候惇同様得ていた……だが、それい以上に女性からの人気は尋常ではない。


曹操「淵か」


賈ク「これはこれは夏侯淵殿。私めの言葉で良ければどうぞ」


夏侯淵「賈ク、ありがとう」


賈ク「では、続けさせて頂きます。いくら水計を使っても十万の軍はそうそう敗れません。劉備軍の狙いは水計で壊滅させるのではなく。将兵の体を水で濡らすことが目的だったのです。厳冬に体を濡らせば将兵の体温は奪われ一晩で凍死するでしょう」


夏侯淵「自然を敵にまわすほど恐ろしいものはないか……」


賈ク「本来であれば厳冬の川では将兵を押し流す程の水量は確保できません。それが曹仁殿と李典殿の判断を誤らせるきっかけになりました。しかし、濁流の様な水が押し寄せて来た……それ程の量の水を確保する為には随分前から準備しておかねばなりません……河の上流に貯水する為の開発を行っていたのでしょう」


曹操「行き当たりばったりの劉備に似つかわしくないな」


賈ク「空城からの火計……川を渡らせるように仕向けられた……後は自然を味方に付けたと言ったところでしょう。それが敗退の理由になります。此度の戦の絵を描いた者がいると報告を受けています。名は分かりませんが」


曹操「曹仁、李典の責任と言うよりは相手が一枚上手だったと言うことか」


賈ク「それと李典殿が新野の城に入った時点で違和感を感じたそうです」


曹操「違和感だと?」


賈ク「はい。その違和感の正体が分かっていれば……」


曹操「ふむ……賈クは分かるか」


賈ク「もちろんです。詳しく話を聞き直ぐに分かりました」


曹操「ほう……それは何だ」


賈ク「この厳冬の冬に火の気がなかったこと」


曹操「なるほど……そういうことか……」


賈ク「兵が略奪に先走り事態の収拾をしなければならない李典殿は思考を巡らせれる状態ではなかったのでしょう。むしろ、その状態でもよく違和感を感じたものです。良き武将ですな李典殿は」


曹操「ふふっ。そうだな」

 賈クが李典を褒めたことに曹操は嬉しそうに応える。


夏侯淵「しかし孟徳も意地悪だな。副将の李典を処罰すること……曹仁はさぞ辛いだろう」


曹操「曹仁を罰するのは容易い。だが曹仁を成長させるには丁度良い機会だ。李典もそのことは分かっているだろう。将兵の死にいちいち凹まれては乱世を治めることなどできまい」


夏侯淵「そうだな……李典は頭も切れるいい奴だ。それと曹仁が今回のことでかなりヘコんでるぞ。今、惇が慰めてるよ」


曹操「ふふっ。惇は自分の成すべきことがよく分かっているようだ」

 曹操は曹仁の大敗を気にしてはいない。誰でも失敗はある。それは己が多くの失敗しそれを乗り越え今の自分があると知っているからだ。

 

 その頃、曹仁と夏候惇は酒場にて戦いの状況を話していた。


曹仁「だからよー! 李典は悪くねーんだって! 俺が李典の言うことを聞いてれば!」


夏侯惇「分かったって。もう何回も聞いたわ曹仁」


 酒を飲み曹仁は夏候惇に自分に責があることを何度も伝えた。


曹仁「じゃあ。何で曹操様は俺様じゃなくて李典を罰するんだ……」


夏侯惇「それは曹仁に成長して欲しいからよ」


曹仁「そっそうなのか?」


夏侯惇「そうよ。ねぇ曹仁、あんたは自分が責任を取って自分だけが悪かったって言い聞かすでしょ? でも、私達武将はそれじゃー駄目なのよ。多くの将兵の命を預かってる私達は軽率な行動は控えるべきであって孟徳は曹仁にそれを分かって欲しくて李典を処罰したのよ」


曹仁「じっじゃあ……曹操様は俺様への『愛』で李典を……うおー! 夏侯惇! 俺様はもっと強くなるぜ!李典ごめんなー!」


夏侯惇「何か違うけど、面倒くさいからもうそれでいいわ」

 夏候惇は杯に酒を注ぎ足す。


曹仁「夏候惇! 俺様は後から李典に言ってくるぜ! 俺様の成長の為にありがとよってな!!」


夏候惇「若いわね……いや、私もまだまだまだまだ若いか……」


曹操「惇」


夏侯惇「あら孟徳」

 曹仁と夏候惇の前に曹操が現れる。曹仁は曹操が現れたことによって酔いが冷め口閉じる。


曹操「荊州よりも劉備軍を的に再度攻める。惇、お前が大将だ。兵は十万を預ける」


夏侯惇「あらっ私でいいの?」


曹仁「曹操様! 俺様にもう一度!」


曹操「曹仁。劉備軍に変化が起きているようだ。お前では今の劉備軍を測れない」


曹仁「そっそんなー!」

 敗戦を拭う機会を貰えない曹仁は情けない声を出す。


夏侯惇「悪いわね曹仁。次は私の番だってさ」

 目の前の酒を飲み干し夏候惇の一つしかない眼が鋭くなる。曹操は劉備軍を測ると言ったが夏候惇はそんな風に捉えない。劉備の首を必ず取り将兵の仇をとらねばと思っていた。


 曹操軍は再度、新野に向けて軍を向かわせることとなった……。

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