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雷子  作者: 三幸
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劉備軍合流 下

劉備軍合流 下


周倉に一室を案内されたキョウは頭を抱えていた。


キョウ「孔雀池から迷子になって山賊と戦って変な女性陣に囲まれ脅され……これからどうなるんだろう……ん? 待てよ? 劉備軍に入ると言うことは、僕は戦いに身を置いたと言うことか。ぼっ僕の運命は一体どうなるんだ……」


周倉「おいキョウ。何を一人でぶつぶつ言ってるんだ? そろそろ行くぞ」


 ぶつぶつと独り言を唱えるキョウの背後から、周倉が声をかける。


キョウ「周倉君、そろそろ行くって何処へ?」


周倉「おいら達新人は、戦の為の訓練をするんだよ。悪い曹操軍をやっつけるんだから! 訓練は趙雲さんがしてくれるから早く行くぞ」


キョウ「えっ! 訓練なんてしたことないのに! それにさっき勉強するって!」


周倉「だって孔明軍師がキョウを勉強の為に訓練に連れてけって」


キョウ「!!」


キョウは周倉に手を引かれ、新野の城外にある兵舎に連行されていった。




趙雲「これより訓練を始める。本日の訓練には周倉とキョウ殿が参加だな」


キョウ「あっはい! キョウと申します。宜しくお願いします!」


趙雲「うん、元気があってよろしい。自分は趙雲だ。君たちに戦い方……いや、勝つ為の訓練を指南させてもらう」


 青い鎧を身に纏う趙雲の言葉はキョウに緊張感を持たせた。

 鎧は所々傷んでおり、趙雲がこれまで多くの戦いをくぐり抜けてきたこと知るには十分だった。



周倉「キョウ……おいら訓練で趙雲さんに勝ったこと一度もないんだよ」


キョウ「えっ? それって趙雲さんが強いって意味だよね?」


周倉「メチャクチャ強い! まともに戦えるのは姉御や張飛さんくらいだよ」


キョウ「そんな人が指導してくれるのか」


趙雲「ふふふ。さぁ始めようか。訓練には気を引き締めてどうすれば勝てるかを良く考えて臨んでくれ」



 訓練の内容は、趙雲の後ろにある白旗を奪えばよいとのことであった。

 兵舎に囲まれる広場には白旗が用意された。

 趙雲は白馬に跨り、キョウ達の動向を伺う。



周倉「キョウ! 早く趙雲さんに向かって行けよ!」


キョウ「そんな! 勝てないと分かっていて向かって行くなんて! 周倉君、先輩なんだから手本見せてよ!」


 キョウと周倉は互いに譲り合うというよりは押し付け合っている。


キョウ「待てよ? 勝てない……でも趙雲さんに勝てなくても白旗を奪えばいいだけだから……」


周倉「なんだよ! 独り言かよ! 現実逃避するには早すぎるぞ!!」


キョウ「周倉くんは趙雲さん相手にどれくらい保つ?」


周倉「どれくらいって……一瞬だけなら……」


キョウ「いっ一瞬!? もう少し何とかならないの!?」


周倉「なるわけないだろう! 趙雲さんだぞ!」


キョウ「仕方がない。僕が囮になるから周倉くんが旗を取って」


周倉「無理だろ! 趙雲さんは馬だし直ぐに追いつかれるって!」


キョウ「大丈夫。耳を貸して……」


 キョウは周倉にコソコソと小声で何かをささやく。

 趙雲はそんな二人の様子を伺っている。



周倉「そんなことするのかよ! それって許されるのか!?」


キョウ「いいんだよ。それで……」


趙雲「何やら悪巧みをしているようだが。この趙雲には通じぬぞ」


 趙雲が睨みを利かす中、キョウと周倉は同時に、白旗とは正反対の方向にある新野城へと駆けだす。



趙雲「なるほど、考えたな。自分を誘き出そうというのか。だが甘いなそう簡単に動かんぞ」


 キョウと周倉が走っていく姿を趙雲は眺めているが、二人の姿が次第に見えなくなるにつれ趙雲は焦りを感じた。


趙雲「まさか誘引ではなく逃走……許さん! 自分の訓練を蔑ろにする行為は許さんぞ!」


 趙雲は馬を進めようとしたが『もしかしたらこれが狙い』という考えが頭をよぎる。

 これが実戦であれば判断としては容易だが、訓練となると話は別だ。

 趙雲は誘引だと考え、その場に留まることにした。


趙雲「いいだろう……我慢比べと言うことか……」



 趙雲は逆にキョウ達をおびき寄せる為に、旗から少し離れて戻る行為を何度か繰り返す。

 だが二人は一向に姿を現さない。



 それからどれくらい時間が経ったであろうか。

 強い日差しが差す中で馬にも疲労の色が見え、馬を休めてもよいかと思ったその時、向こうからキョウが関羽に首根っこを掴まれた状態で姿を現した。


関羽「趙雲。キョウを捕まえた。徹底的にしごいてやってくれ」


趙雲「これは一体……」


関羽「訓練から戻ってくるのが早いと思ったのだ。キョウの奴、居間でくつろいでいたんだ。話を聞いたところ訓練から逃げてきたと白状してな」


キョウ「だって勝ち様がないのに仕方がないじゃないですか!」


関羽「まったく……さっきからそればっかり。孔明の言っていた可能性など微塵も感じんな」


趙雲「キョウ……自分と馬は炎天下の中で晒されずっと待っていた……なのにキョウはくつろいでいたとな……」


キョウ「くつろいでいたというか昼食を取っていたというか……」


趙雲「自分は何も食べていない!」


 趙雲は一喝する。趙雲はお腹がぺこぺこのようだ。


趙雲「関羽殿! よく連れて来てくれた! 自分がキョウを鉄拳制裁にて叩き直してご覧にいれよう!」


関羽「うむ! 周倉は後でそれがしが絞めておこう」


 趙雲は空腹の中で待たされ、挙句このような顛末になった怒りから、馬から降りキョウの元へつかつかと歩を進める。



趙雲「さぁキョウ! 歯を食いしばれ!」


キョウ「ふふふ。やっと馬から降りてくれましたね」


 キョウが含み笑いを浮かべると同時に、物陰から周倉が現れ、旗に向かって駆けだしていく。


趙雲「あっ!」


 虚を突かれた趙雲は動けず、周倉が旗を取る様を見守ることしか出来なかった。




周倉「やった! 白旗を取ったぞキョウ!」


キョウ「さずが周倉くん! 完璧な間だったね!」


趙雲「はい!! 今のはナシ!!」


 趙雲はまたも一喝する。


キョウ「えー! どうしてですか!? ちゃんと旗は取りましたよ!?」


関羽「それがしも趙雲に同感だ。幾らなんでも卑怯すぎる」


周倉「そんな! 姉御ー! 趙雲さんが油断したのが悪いんじゃないか!」


関羽「武人らしくないから駄目だ。仮に負けると分かっていても刃を交えてこその訓練だろう」


趙雲「その通り!」


キョウ「でも僕は武人ではりませんよ?」


関羽「屁理屈を言うかキョウ!」


キョウ「関羽さん。聞いて下さい。僕はわざと関羽さんに見つかるようにしたんです。これは実直だと感じた関羽さんだからこそ趙雲さんを欺けた……これが張飛や他の人達ではこうはいかなかったでしょう」


関羽「む……」


趙雲「なるほど言いたいことは分かるが訓練とはそういうものではない」


キョウ「趙雲さんは初めから僕たちに勝つ要因を与えてくれましたか? とてもじゃありませんが正攻法で何とかなるものではありません。誘き出すことも念頭にあり、まるで手立てがありませんでした。だからこその方法です」


周倉「本当だよ! 趙雲さん性格悪いって!」


関羽「周倉!」


周倉「だって……」


趙雲「たしかにキョウ殿の言うことも一理ある。試行錯誤したことは評価に値する。それは認めよう。だが次からはこうはいかないぞ」


関羽「甘いな趙雲は」


趙雲「さて自分もお腹が空いた。これで終わりとして昼食をとろうか」


周倉「へへへやったキョウ!」


キョウ「うん!」


 キョウと周倉は互いに喜びを分かち合う。



キョウ「後で劉備さん達に趙雲さんに勝ったって言わなくちゃ!」


趙雲「はい! 今から腕立て100回!!」


 趙雲は吠える。


周倉「お前! 余計なこと言うなよ!!」


キョウ「ごめん!!」


関羽「まぁそれくらいは当然か……」


趙雲「周倉とキョウはちゃんとやるべきことをやって戻ってくるように。日々の精進は必ず身になる」


キョウ「趙雲さん、ご指導ありがとうございます!」


趙雲「礼には及ばんよ。関羽殿。行きましょう」


関羽「ああ」


 キョウと周倉が後ろで腕立て伏せをする中、趙雲と関羽は新野に向かう。




関羽「趙雲。話があるんだろ?」


 関羽はキョウ達の姿が遠目に見える場所で趙雲に声をかけた。


趙雲「キョウのことをどう思われます」


関羽「欺かれたことか? 確かに周倉だけではこんなことにはならなかっただろう」


趙雲「もしこれが実戦であれば自分は敗軍の将でした。油断した……いいえ。キョウに油断させられたということです」


関羽「それがしも一杯食わされた。初めは頭にきたが……まさか、それがしの実直で高潔で誰からも信用されていることを利用されるとは」


趙雲「そっそうですな……」


関羽「孔明が言っていた可能性とはこのことだったかもしれないな」


趙雲「孔明軍師が……ですか?」


関羽「うむ。真っ白だからこそ固定概念がない。だからこそ何かに捉われることのない柔軟な発想と行動を起こすことができる」


趙雲「なるほど……だがそれだけではないですな。人を見極める観察眼にも優れているかと思います。たった一度会っただけで、関羽殿の本質を理解するとは」


関羽「それはそうかも知れんが。その部分は別にキョウに限ったことではない。それがしに会った人はそれがしの強さ、仁徳、そして可愛い容姿の意外性に惹かれるものだ」


趙雲「……」


関羽「お前もそう思うだろう趙雲」


趙雲「えっええ……」


 容姿の話を振られた趙雲は、慣れぬ話題に対して生返事で返すのだった……。



 その頃、キョウと周倉は腕立て伏せを一〇〇回こなし、新野城の一室にて休んでいた。



キョウ「いやー腕立てってこんなにもきついんだね」


周倉「そうか? 腕立てなんて余裕だよ。全然、痛くないし。普段の訓練なんてもっときついよ。特に姉御はね」


キョウ「周倉くんは関羽さんのことを随分と慕ってるんだね」


周倉「うん。おいら戦争孤児でさ。姉御に出会う前はずっと一人だったんだ」


キョウ「……」


 周倉はひょうきんな挙動から想像もつかないような、壮絶な経歴を語り始めた。

 キョウは返す言葉が思い浮かばず、けれど沈黙をもって相槌を打つ。


周倉「キョウは何も知らないだろうけど。おいら昔、黄巾党って呼ばれるところに居たんだ。食べることができないから入ったんだけど」


キョウ「……」


周倉「ほんの少し前、この国はおかしかったんだ。意地悪な役人に重税……民百姓は飢えてばかり。そこで大規模反乱があった。国は民百姓で構成されたその反乱を黄巾賊って呼んだ。おいらからしてみれば役人共の方がよっぽど賊だったけどね」


キョウ「じゃあ、その黄巾賊っていうのから抜けて今は劉備軍に?」


周倉「黄巾党はもうないよ。滅ぼされた……ていうか官軍に負けちゃったんだけどね。その黄巾党討伐に活躍したのが劉備様なんだ」


キョウ「そうだったんだ……」


周倉「それと呉の孫堅、そして……曹操」


 黄巾党討伐に活躍した人物の名に、聞き覚えがある者があった。

 劉備、この人物はキョウに居場所を与えてくれた恩人である。

 そしてもう一人。

 世の覇権を握らんとする、劉備軍が対するべき敵――曹操の名を。



キョウ「曹操? 孔明軍師から話を聞いたあの曹操?」


周倉「そう。黄巾党の勢力を手に入れて力を付けたんだ。おいらは黄巾党と官軍の戦いで姉御に拿捕されて、そっから世話になってるんだけどさ」


キョウ「関羽さんに捕まったんだ……怖かった?」


周倉「怖かったよ。黄巾党の仲間が姉御の一振りで何人も亡くなっていくんだ。おいら死んだと思ったよ。でも、姉御はおいらを殺さなかった」


キョウ「……」


周倉「姉御はおいらに言ったんだ。震える手を握って『可愛い奴め』って」


キョウ「はぁああああ? 何それ普通じゃないでしょそれ!? 今の今まで凄く感動的な話だと思ったのにそれは変だよ!」


 壮絶な過去と感動的な出会いの話に水を差すような単語が割って入ってきたことに、キョウは意義を唱えた。


周倉「そうか? おいらよく分らなかったけど……」


キョウ「それで! それでどうなったの!?」


周倉「姉御はおいらに色々なことを教えてくれたよ。その内にとても素敵な人だと思っておいらは姉御に付いていくことに決めたんだ」


キョウ「うん。その流れは分かる……でも始めがなぁ。可愛い奴めってのが全てを台無しにした感じがする」



 締まりのない話になってしまい、なんだかやりきれないという顔をしているキョウのもとへ、趙雲が声をかけてくる。


趙雲「周倉もキョウもここにいたか」


キョウ「趙雲さん。先ほどはありがとうございました」


趙雲「はははは。先ほどはまんまとやられたが、キョウ殿は中々見込みがありそうだ」


周倉「趙雲さん、おいらが初めて訓練に参加した時と同じこと言ってるー」


趙雲「周倉、別に皆に言っているわけではない。周倉もキョウ殿も本当に良いものを持っているから言ったまでだ」


周倉「えへへー。だってさキョウ」


キョウ「うん、嬉しいね。はははっ」



 訓練を通じて仲を深め合ったキョウと周倉は、労いの言葉にはにかむように喜ぶ。

 そこへ諸葛亮が姿を見せた。


諸葛亮「ふふふ。随分楽しそうですね」


キョウ「孔明軍師!」


諸葛亮「訓練が終わったら次は勉強の時間ですよ」


周倉「おっおいら、他にやることがあって。あっ思い出した関羽の姉御に用事を頼まれてるんだった!キョウ勉強頑張れよ!」


 周倉は全力で逃走した。



諸葛亮「ふー。周倉の勉強嫌いにも困ったものですね」


趙雲「本当ですな。武の見どころはあるのですが、勿体ない……」


諸葛亮「嫌なものを無理にやらさせても身にならないでしょうし、周倉が勉強に対して意欲的になった時に教えましょう」


諸葛亮「キョウ殿はどうしますか?」


キョウ「僕は勉強させて頂きたいです。色んなことを学びたいと思いますので」


諸葛亮「良い心がけです。ではこれからは私の教え子として先生と呼んで下さいね」


キョウ「分かりました。先生、これからご指導宜しくお願いします!」


諸葛亮(ああー、いい響きですねー。先生か……)


 孔明は天を仰ぎ、先生と呼ばれたことに酔いしれる。


趙雲「孔明軍師、どっどうされました? 表情に緩みが……」


諸葛亮「え? あっ、何でもありません。私の表情が緩むなどありえません! 趙雲殿、疲れているのでは?」


趙雲「そっそうですよね。自分、確かに疲れてるかも知れませんな」


キョウ(何故だ……何故……今、先生から教わることに不安を感じたんだ……)


 キョウと趙雲は、諸葛亮の見てはいけない一面を垣間見たが、同時に深追いしてはいけないという予感を覚えた。


 場所は移り、ここは新野城の一室。


諸葛亮「キョウ殿は字は書けますか?」


キョウ「はい。母に教えてもらいました」


諸葛亮「なるほど読み書きは大丈夫ということですね。ではちょっと書いてみて下さい」


キョウ「わかりました。何を書けばいいかな……」


諸葛亮「そうですね。先ほどの訓練の報告でも書いてもらいましょうか」


キョウ「では、そのことを書かせていただきます」


 キョウは諸葛亮から何も書かれていない竹簡を受け取り、筆を執りはじめた。



諸葛亮「ちょっちょっと待ってください!」


キョウ「え? 先生、どうしました?」


諸葛亮「これは……この字は古代文字ともいえる随分と古い字です! どうしてこんな字を!?」


 キョウの書いた字を目にした諸葛亮が驚きの声をあげた。


キョウ「この字が古い? そうなんですか? 母に教わったんですが、知らなかった……」


諸葛亮「キョウの母上は考古学者か何かですか?」


キョウ「いえ、普通の農家です」


諸葛亮「なるほど……これならキョウが何も知らないことも頷ける……余程世間から隔離された場所なんでしょうね……中華が広いといえど、そんな場所がまだあるなんて……驚きです」


キョウ「ということは……まさか……」



諸葛亮「そのまさかです。読み書きから覚えましょう」


キョウ「そうなりますよね」


諸葛亮「まぁ。合間に色々と教えるので退屈はしないと思いますよ?」


キョウ「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします。先生」


諸葛亮(最高ですね……)


 諸葛亮は先生と呼ばれることに顔を赤くさせ体温を上昇させた。

 

 キョウは少し不安を覚える。

 諸葛亮の指導方法に……勉強なのに手取り足取りさせやたらと密着した指導方法……

 傍から見れば如何わしくも見える勉強の日々が始まる。


 キョウは初めての勉強でそのことが『変』と気づくことがなかったのが幸いなのかは……本人次第ではあるが謎である。



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