劉備軍合流 上
劉備軍合流
張飛に連れられキョウは新野の城に向かう。そこにはキョウが初めて見る『城』と呼ばれる石の壁に囲まれた大きな建造物があった。石壁の中では新野城で暮らす民衆達の家屋と商店が広がり、その人の多さと活気に圧倒される。
キョウ「驚いたなー。これが城……初めて見た……こんなにも沢山の人が暮らしているんだね」
張飛「ええー? まだまだ小さい方だよー。関姉は、あっちにいるはずだよー」
城壁に囲まれた民達は、日が昇ると門をくぐり田畑へと足を運ぶ。
そして日が山に沈む前には城に戻るという生活が一般的な農民の暮らしであった。だが実際、城壁に囲まれた城内で暮らす民は身分的にも幾らかゆとりのある者達で、主に商人や役人などが多、貧困層は城に近い場所で集落を作り、そこで暮らすことが多かった。こういった貧困層が賊の被害に多く遭うのは言うまでもない。
城門を抜けた先の中央にひと際大きな屋敷がある。張飛はそこを指差した。新野城は建造途中のようで、資材が屋敷の横に積み上げられている。大工達がせっせと作業を進めている。
キョウ「いよいよか……ここはガツンと言わないと」
張飛「関姉、ただいまー」
張飛に連れられキョウは屋敷の中に入る。
関羽「張! どこへ行っていたのだ! 劉姉と心配していたのだぞ!」
張飛の挨拶に関羽は心配そうに駆け寄る。
張飛「えへへー。関姉と劉姉に喜んでもらおうと思って、一人で山賊退治に行ってたよー」
関羽「お前はぁ! 張! 山賊退治に行くのは良い! しかし、それがし、もしくは劉姉に報告する義務があるだろう! しかも一人とはどういうことだ!」
キョウ「何だか張飛さんの独断で行動したのが、よく分かる流れだな」
張飛を迎えた関姉は張飛を一喝するが、張飛は何の悪気もないようだ。
話の流れから、キョウは関姉は何も悪くなく身勝手な張飛を心配する様子から、関姉は『まともな人』だと感じた。関姉と呼ばれた女性は緑色の髪に全身を鎧を身にまとう。精鍛だと感じさせる目は冗談があまり通じない実直さをキョウに感じさせた。
張飛「あっでもね。キョウさんが手伝ってくれたから一人じゃないよ」
関羽「キョウさん? ん? この方はどなただ? 張よ」
張飛「キョウさんだよ。一緒に山賊やっつけたんだよねー」
キョウ「一緒にって言うか、張飛さんがほとんどやっつけたんですけどね」
関羽「これはこれは……それがしは関羽と申します。この度は義妹の張飛を助けて頂きありがとうございます」
キョウ「いえいえいえ! こちらこそ道に迷っているところでしたので大変助かりました!」
キョウに礼を言い頭を下げる関羽にキョウはたじろいた。
張飛「キョウさんはねー。関姉に『ガツン』と言うためにここまで来たんだよー」
関羽「ガツン?」
キョウ「ちっがーう! ガツンと言いに来たのではなく! ガツンと……そうガツンと……たはは」
張飛の言葉をキョウは愛想笑いで誤魔化す。
キョウ「あのー関羽さん。お尋ねしたいことがあるのですが、ここはどこなのでしょうか? 僕は何処に来てしまったのですか?」
キョウは話を逸らす為に話題を変える。
だが自分の居る場所が分からない不安から、口調に力が籠る。
関羽「キョウさん。落ち着きなさい。何か訳ありといったところですかな?」
キョウ「それが……説明するのも難しく、信じて頂けないかもしれませんが……」
関羽「構いません。まずは話してみて下さい」
キョウ「わかりました。では……どうやら妖怪の類に騙されたようで、ここが一体どこか分からず帰り道すら分からないのです」
関羽は焦るキョウをなだめるように接し、できるだけ話しやすいように接したが、出来てくる言葉に目をつむる……。
関羽「なるほど、分かり申した。周倉、この者を牢に入れよ」
キョウ「なんですとー!」
周倉「分かったよ姉御!」
関羽に周倉と呼ばれた少年は、後ろからキョウの右肩を掴み左手を背中に回し拳の背を背中に付けるように動きを封じた。
周倉「こっちだ。キョウとやら」
張飛「えー! 関姉なんでー! キョウさんは張飛のこと助けてくれたんだよー!」
関羽「別に捕って食うわけではない。只、得体の知れない者を野放しにはできん。曹操からの間者かもしれんのだ」
キョウ「間者? 待って下さい! 僕は間者ではありません! それに曹操って一体誰なんですか?!」
状況が掴めないまま関羽と張飛とのやり取りを聞いていたキョウは、誤解を解くために初めて聞くの名の曹操という者の名を口にした。
周倉「頭の悪いおいらでも曹操のことは知っているのに……曹操を知らんとは、ますます怪しい奴め!」
周倉はキョウを掴む手に更に力を入れた。
劉備「周倉。その者を離しなさい。雲ちゃん、その者を曹操の間者と決め付けるのは早すぎると思いますよ」
関羽「劉姉!」
張飛「あっ劉姉!」
周倉「劉備様!」
キョウ以外の全員が、劉備の名を呼ぶ。
同時にキョウは、劉備と呼ばれている人物が自分を助けてくれる存在だとすぐに理解した。
その姿からは、どこか人を惹きつける魅力を感じる。
キョウは劉備に対し、なにかが母と似ているという感覚を覚えた。
劉備「その者がもし間者であれば、飛ちゃんはここにいないでしょう。それに目を見れば分かります」
劉備はキョウの顔を見つめる。
劉備「私は劉備と申します。キョウ殿と申しましたね。突然の無礼をお許し下さい」
キョウ「こちらこそ誤解を解いて……いえ、信じて頂いてありがとうございます」
劉備「今の私達の状況を考えると、雲ちゃんの行動も致し方ないものなのです」
キョウ「状況?」
助けてくれた劉備の表情が曇ったことにキョウは戸惑った。
関羽「しかし劉姉。そう簡単に信用するわけにはいかないかと」
劉備「雲ちゃん。キョウさんは飛ちゃんを助けてくださったのよ。ここは私を信じて下さい」
関羽「劉姉が信じるのであれば……キョウ殿、それがしもお前を信じよう」
キョウ「関羽さん。ありがとうございます。しかし劉備さん達の状況とはどういうことなのですか?」
関羽と劉備のやりとりから、長年培った信頼関係が垣間見える。
また、関羽が決して横暴な者ではないということが分かる。
張飛「兄ちゃん。何にも知らないんだねー。劉姉のことも関姉のことも知らないしー」
キョウ「いつのまにか『キョウさん』から『兄ちゃん』に呼び方が変わってるし……もう色々なことが起こりすぎて何が何だか……」
張飛が屈託のない笑顔を向け、キョウはあえてそれを受け入れる。
キョウ「劉備さん。僕の住んでいた場所は本当に何もなく、世間のことには疎いんです」
張飛「へー。兄ちゃん凄い田舎で暮らしてるんだー」
周倉「おいらも田舎者だがキョウはもっと田舎者だなー」
キョウ「はいはい。確かに僕は田舎者ですよ……」
張飛に口を挟まれ経緯を聞く機を逃し、更に周倉にも田舎者扱いされるが流すのが一番だと思ったキョウは適当に返事をした。
関羽「キョウ殿は帰り道が分からないということだが……」
キョウ「張飛さんと出会う前に色々と帰り道を探したのですが……」
張飛「迷子だね」
キョウ「はい……母も僕の帰りを心配しているでしょうし帰りたいのですが」
劉備「そうなのですか。帰り方が分かるまで私達の所に留まって頂いても結構なのですが……今の私達の状況を考えると……」
キョウ「先程も仰っていましたね」
ようやく核心に来たと思ったキョウは目を細める。
諸葛亮「ここからは私が説明いたしましょう」
劉備「孔明……」
張飛「あっ孔明だー」
キョウ「この方は……?」
突如現れたスラリとした金髪の女性に、キョウはまた女の人が現れたと思った。
諸葛亮「私は劉備軍・軍師の諸葛亮。字を孔明と申します。見たところかなり混乱されている様子。ざっと話を整理してさしあげようかと」
キョウ「は、はぁ……」
諸葛亮「現在は乱世でございます。我ら劉備軍は、劉備様を主君とし天下泰平の為に戦っております……」
キョウは諸葛亮から曹操軍の存在、劉備軍の現状、今の世が乱世であることを、くどく、しつこく、だらだらと、執拗に、念入りに聞かされた……。
孔明の説明を聞いたキョウは、曹操という悪漢が世の覇権を目指し劉備を執拗に追いかけて殺そうとしている、という認識を抱いた。
諸葛亮「いかがですか? キョウ殿」
キョウ「正直、知らないことが多すぎて驚きました」
キョウ「僕は田舎の村人に過ぎませんでしたので、世間がこの様になっているとは知りませんでした」
キョウは諸葛亮の説明を真剣に聞いていた。
それは初めて耳にする内容ばかりだったので、興味を惹かれるものであった。
だが周りは、一から十まで説明する諸葛亮の話を退屈そうに聞いていた。
張飛はキョウのためにと、自分が知っている話をしようと考えた。
だが一言発することで話が余計に長引くことを恐れてしまい、口を噤んでいた。
劉備「キョウ君。帰るべき所がわからないのであれば、わかるまで我ら劉備軍に留まっていても構いませんよ」
キョウ「それはとても助かります。ご厚意、誠に感謝いたします」
張飛「わぁ! よろしくねー!」
周倉「やったー! おいらと同じ新入りだー! キョウ! おいらは劉備軍の周倉だ! よろしく頼むな!」
関羽「それがしも軍団長として、これからはキョウと呼ばせてもらう。宜しく頼む」
劉備「キョウ君。これからは気遣い無用ですよ! 男手が増えて嬉しく思います!」
キョウ「皆さん、ありがとうございます。こちらこそ、宜しくお願いします!」
見知らぬ地で心細さを覚えていたキョウは、快く迎えてくれた新たな仲間に礼を言った。
諸葛亮「キョウ殿……いえ、キョウ。これからは私の下で勉強して下さい。山賊との戦い、見事でした」
キョウ「あ……見てたんですか!?」
諸葛亮「それはもうバッチリと」
それなら助けてくれればいいのに!
キョウは心の中で強く想った。
諸葛亮「おや? 何か言いたいことでも?」
キョウ「いえいえ! 言いたいことなんてありません!」
諸葛亮「そうですか。私はてっきり『それなら助けてくれればいいのに!』な~んて考えていたのかと」
キョウ「そんなこと思っていませんよ!」
何故分かったんだ……諸葛亮のやり取りに恐怖を覚えたが、見透かされたことが怖いのではなく笑顔で詰めてくる姿勢に恐怖した。
関羽「見たところ武術に精通しているわけではなさそうだな」
張飛「兄ちゃん。山賊より弱そうに見えるけど、決めるところは決めてくれてかっこよかったよ! でも勉強の方が向いてるんじゃないかなー」
劉備「孔明がそんな風に人を褒めるなんて珍しいですよ」
諸葛亮「ふふふ……ということで宜しくお願いしますね。キョウ」
キョウ「は、はいっ……!! 頑張ります!」
わざと傍観して僕のことを試したのか……これは合格通知といったところなのかと……キョウは孔明の考えを推測する。
劉備「新しく仲間が増えることは嬉しいものですね♪」
関羽「ええ。今は一人でも多くの仲間を募りたい。それがしとしても嬉しく思います」
周倉「キョウ!おいらが色々と教えてやるから一緒に行こうぜ!」
張飛「あー周倉! 兄ちゃんは張飛が拾ったんだから張飛が案内するんだから!」
キョウ「まぁまぁ。三人で行けばいいじゃないか」
キョウは張飛と周倉を宥めながら、新たな住まいとなる新野城を一巡した。
時を同じくして、城の一室に残った劉備、関羽、諸葛亮は、新たに迎え入れた仲間への評を交わしていた。
劉備「孔明。キョウくんに何を感じたのですか?」
諸葛亮「義怒と可能性とでも言いましょうか」
関羽「義怒? 可能性? それ程、腕が立つわけでもあるまい」
諸葛亮「多数の山賊を相手に向かって行くことは誰もが出来ることではありません」
劉備「飛ちゃんと一緒だった……でもその言い方だと飛ちゃんの強さを知っていたわけではないということですね」
諸葛亮「過ちや悪意に立ち向かう判断は、時として決して良い方向に向かうとは限りません。みなそれぞれ生活があり、守るべき者を考えれば逃げることは常識と言っても過言ではありません」
諸葛亮はキョウへの評を続ける。
諸葛亮「だが彼は向かって行った。それは我々劉備軍が欲している人材ではありませんか?」
関羽「なるほど。曹操と戦っている我等が求める人材というわけか」
劉備「曹操……力で天下を治めようとする男……あの男を倒す為には利害だけで動く者に信は置けませんね」
諸葛亮「人を殺めることも初めてだったのでしょう。ですが彼は、張飛殿の強さに敵が逃げようとする隙を突き、山賊頭の首を斬った。最も大事なことは戦の急所を突くことであると、本能的に理解していたことです」
劉備「彼の成長が楽しみですね」
諸葛亮「本当に……」
関羽「うん? だが帰るべき場所が分かればキョウは帰ってしまうのでは?」
諸葛亮「ほほほほほほ! 帰る場所を探す時間なんて与えませんよ? もちろん劉備様が世を治める時がくれば私も共に探しましょう……多分」
「……」
せっかく得た貴重な人材を帰らせまいと、高らかに笑う孔明。
劉備と関羽は、その高笑いに思わず引いていた……。