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雷子  作者: 三幸
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張飛との出会い

キョウ「うっ……うーん……なんだ今のは? 急に銅雀が光って……ここは一体……? いっ池は!? さっきの人は!?」


 光に包まれたキョウは、薄暗い森の中で視界を取り戻した。

 夕暮れだったはずの景色からは白い木漏れ日が零れている。

 キョウの目の前に広がる光景が、ここが孔雀池とは違う場所であるとはっきり認識させてくれた。


キョウ「どうなっているんだ……何故、こんな所に……それにこの明るさ……気を失っていたのか……日が高い。まさか、僕は妖怪の類に騙されたのか? バカらしい。きっと疲れているんだな……一度帰ろう。母さんも帰ってくる頃だし」


 キョウはそう呟き、森の中を歩き始める。



 一時間後……



キョウ「おかしいな? さっきからずっと同じ所を歩いているような……まさか遭難!? 遭難なんて洒落にならない! 日も暮れそうだし! 熊にでも出くわしたら……」


 キョウがぶつぶつと嫌な想像をめぐらせていると、近くの茂みの中からガサガサと聞こえる。


キョウ「ん? まっまさか熊じゃ……」


 キョウは後ずさりをし、もしもの時の為に全力で逃げる用意をした。



張飛「どーーーん!」


キョウ「おわぁーー!」


 キョウはいきなり茂みの中から出て来た女の子に驚き、逃げるどころか尻餅をつき完全に逃げる機会を逃してしまった。

 だが、驚いたものの熊ではなくて本当に良かったと安堵した。


キョウ「いてて……!? お、女の子ぉ?」


張飛「女の子じゃないよ! 私には張飛というリッパな名前があるんだから! エヘン! あなたはだぁれ? 山賊?」


 張飛と名乗る女の子に、キョウは帰る道が分からない不安を一気に吹き飛ばす程の衝撃を受けた。

 時折村に足を運ぶものの、今まで母を除いた若い異性に会ったことがないのだから……。



キョウ「いやいや、僕は山賊ではないよ。道に迷った村人だよ」


張飛「んむむ~。怪しいなぁ~本当かな? 疑わしきは罰せよって関姉が言ってたしーー」


キョウ「待って! ちょっと待って! 僕は本当に山賊なんかじゃないんです!」


張飛「だってこの辺に村なんて無いしー」


キョウ「え? この辺には村がない? えーと……張飛さん、僕はキョウと申します」


 この辺に村がない。

 張飛が何気なく言った言葉に動揺せずにいられなかったが、頭の中で『ここは冷静に』と自分に言い聞かせることによって冷静になることが出来た。



キョウ「変なことをお聞きしますが、ここはどこなのですか?」


張飛「ここは劉表さんが治める荊州だよー。張飛は悪い山賊を退治に来てるんだー」


キョウ「劉表? 荊州? 聞いたことがないな。まさか本当に妖怪にでも騙され、遠い所まで来てしまったのか……」


 キョウは腕を組みどうなっているんだと考えていると、張飛がキョウを見て目を細めていた。


張飛「やっぱり怪しいよね! 観念してねー」


 張飛は大きな矛をキョウに向ける。


キョウ「待って! 張飛さん! 待って!」


張飛「もう待てませ~ん。残念!!」


 張飛の矛がキョウに向かって振り下ろされた。

 キョウは間一髪のところで避けることができたが、どうして僕がこんな目にあわなくていけないんだと怒りに近い感情を抱いた。


キョウ「何なんだ一体! こんな可愛い顔していきなり殺しにかかってくるなんて」


張飛「わぁい褒められた! 痛いのは一瞬だから我慢してねー」


 無邪気に笑顔で大きな矛を振り回す張飛は可愛いと言われたことに気分を良くした。

 あまり女性を知らないキョウは、張飛に対して可愛いと言ったのは顔の話ではなく、背の小さい小動物的な意味で言ったのであって決して褒めたのではない。


キョウ「お、お、落ち着いて! ……そうだ落ち着けキョウ。相手は小さな女の子なんだぞ! 張飛さん、話をしましょう。僕は山賊ではありません。どうすれば信じていただけますか?」


 キョウは張飛に対して誤解を解く為にどうすれば良いか問う。

 キョウはこの後、小さな女の子と張飛を認識したのがそもそもの失敗だったと後悔する。



張飛「うーん。じゃーねー……一緒に山賊退治してくれれば信じてあげるよー」


キョウ「なるほど一緒に山賊退治か……確かにそれなら信じてもらえるって山賊退治ぃ!? ほっ他に味方は……」


張飛「いないよー。私とキョウさんだけだよー」


キョウ「二人だけで山賊退治って……しかも僕とこの子だけ……山賊……母さんから聞いたことのある悪い連中……」


張飛「何ぶつぶつ言ってるのー? 大丈夫だよー。張飛は強いんだよーー」


 今まで争いには程遠い生活を送っていたキョウは、自分が未だ窮地を脱していないことを知る。

 キョウにとっての武勇伝は、狩りで罠にかかったイノシシを竹槍で遠くから止めを刺したくらいのもので、人と争ったことなど一度もない。



張飛「ほら早くーキョウさん行くよー。あの山の麓に山賊の砦があるんだからね」


キョウ「僕どうなるんだろ……どうせなら山賊より、可愛い女の子に殺された方が良かったのかな……そもそも戦うっつったってどうすればいいんだ……」


張飛「簡単だよー。命を奪えばさえすればいいんだよ」


 人の命を奪う。その言葉にキョウは躊躇する。


キョウ「山賊と言っても命を奪う必要はあるの?」


張飛「あるよ。あのねー。山賊は悪くて罪のない人達から奪うの。財も命も。だから山賊は殺していいんだよ。殺さなきゃ誰かの命が奪われるの」


キョウ「……」


 何も言えなかった。

 奪う側は奪われる側にいる概念。

 自然界では当然のことだ。

 誰もが知っていることだが、自分の立ち位置が奪う側に回ることになるとは思ってもみなかった。



張飛「キョウさん。これ貸してあげるよー」


 張飛は剣を差し出す。

 キョウは唾を飲みその剣を受け取る。

 初めて握る剣に何となく気分が高揚する反面、これから命の遣り取りをすることに対して緊張が走った。


キョウ「張飛さん。ありがとう……」


張飛「すぐに慣れるってー」


キョウ「慣れる? そういう問題なのか?」


張飛「山の麓に居るはずだから向かおうか」


キョウ「ええ……」


張飛「あれれ? 何だかやる気が感じられないなぁ。途中で逃げたりしたら張飛、何処までも追いかけるからね!」


キョウ「逃げる? そんなことしないよ!」



 キョウは張飛の言葉に強く返した。

 キョウは逃げれるものなら逃げたいが、張飛を見捨てる様な真似は出来ないと思い、どうすれば安全に山賊討伐を果たせるかを考えていたからだ。


張飛「ふーん」


 張飛は嬉しそうな顔をしながら、キョウの周りを歩いている。


キョウ「張飛さん。行こう。早くしないと日が暮れる」


張飛「うん!」


 張飛はこの時すでに、キョウに対して敵意を一切向けていない。

 キョウと張飛は麓を目指して歩き始めた。



 山の麓から立ち上る煙は炊事によるものと推測できた。

 キョウと張飛は山賊の拠点近くまで到達していた。

 拠点を見る限り二、三十の山賊達が居るようで、キョウ達は茂みの中から拠点の様子を窺っていた。


キョウ「ここがそうか……」


張飛「みたいだね。じゃあ張飛ちょっと行ってくるね」


キョウ「ちょっと待って! いきなり正面から向かうのはどうかと思うよ!」


張飛「えーこれが一番早くていいのにー」


キョウ「張飛さんに怪我とかして欲しくないから言ってるんです!」


張飛「張飛は強いから怪我とかしないよ?」


キョウ「何を言ってるんですか! 相手は武器を持ってるんですよ!」


張飛「こっちもあるじゃん」


キョウ「あっちは大人数でこちらは二人なんですから!」


張飛「あれくらい大人数に入らないよ」



 その時、女性の悲鳴が聞こえた。

 キョウと張飛は山賊達の方に目を向ける。

 連れ去られた女性が乱暴されるのを拒み、山賊の一人に斬り殺されたようだ。


 残虐な山賊達は大きな声で笑い、冷たくなっていくだけの身体を馬に縛り付けている。

 攫った場所に戻して見せしめにする企てをしていることが、山賊達の会話から理解できる。


 下品な笑い声がキョウに不快感を与える。



キョウ「張飛さん……行こう……あいつらは許してはいけない人種だ」


張飛「うん。そうだね」


 キョウは初めて人に対し殺意を持った。

 命は尊いもの……今まで自分が大切だと思っていた価値観を全否定された様に思えた。

 そして無抵抗な人を暴力で捻じ伏せ奪う。

 その行為が眼前で行われた事に強い怒りを覚えていた。


 そして張飛もまたキョウが発した『行こう……』という言葉に強い力と冷たいものを感じとり、キョウの一歩後を追う。



 キョウは正面から山賊達に向かう。

 怒りで抑えが効かなくなっている。

 あれ程正面から行く張飛を抑えていたのに、まさか自分が正面から行くとは思ってもみなかった。

 

 だが、そんなことはどうでもいい……こいつ等が赦せない!

 今のキョウの思いはただそれだけである。


 山賊達は向かってくるキョウに気付く。


山賊「なんだぁ? お前は? 俺たちの仲間に入り来たのか?」


 山賊の一人がキョウに話しかけるが、キョウは何も言わず山賊達を睨み進んで行く。


山賊「おいおい無視かよ! 殺されてーのか!」


山賊頭「新しく仲間になろうって緊張してんのさ。見ろ、後ろに手土産を持って来てんだろう。上物の女だ」


山賊「はははは! 分かってんじゃねーかよ新入り!」


 山賊達はキョウが仲間に志願した者だと勘違いした。

 それは後ろにいる張飛を貢物だと勘違いしたからだ。


キョウ「何故、殺した」


 山賊達はキョウの第一声に驚いた。


山賊「何故? 何言ってんだお前……殺すことに理由なんかあるわけないだろう」


山賊頭「仲間にって感じじゃねーな。おい小僧。ここは道理を説く場所じゃねー説教を俺達にしに来たんなら帰んな。命までは獲らねーでやる。そこの可愛い女を連れて来たからよ」


山賊「ははは! 今晩はみんなで楽しもうぜ!」


 大いにはしゃぐ山賊達は酒を出し、強奪したであろう食料を机に並べ宴の準備をする。


山賊「頭! とりあえずこの女をひん剥いてやりますよ!」


山賊頭「おう」


キョウ「貴様ら!」


 キョウが拳を振りかぶり初めて人を殴ろうとした時……

 ズンと大きく鈍い音がした。誰もが一体何の音か理解していなかった。



 気が付けばキョウの横に張飛がいる。

 張飛は矛を振り下ろした体制のままじっとしている。

 矛先は山賊の足元にあるが穂先は完全に土に埋まっている。

 キョウは違和感を覚えた……張飛が横にいることに……いや……張飛が振り下ろした矛の穂先が埋まっていることがおかしいと気付く。


張飛「キョウさんさー。せっかく剣を貸したのに何で殴ろうとするのー?」


 その瞬間、キョウの目の前にいた山賊は頭から股にかけ裂けその場に崩れた。

 辺りに死臭が漂う。

 独特の臓物の匂い、腸が裂け汚物の匂いが鼻に付く……。



 誰もが言葉を発することが出来なかった。

 今まであんな死に方を見たことが無かったからだ。

 頭から二つに? 猪や鹿を解体する時でも斧や鉈を使い何度も叩きようやく斬る事ができる。

 

 それを一刀で?


山賊頭「てめー! 何してくれてんだ!」


 山賊頭の一声で我に返った山賊達は剣を抜き、怒声を放って張飛とキョウに襲い掛かった。



 『殺せ!』殺気立った山賊にキョウは剣を抜くが受けることしか出来ない。

 剣を振ることが出来ないのではない。剣を振ればその間に斬られると思ったからだ。


 キョウはようやく冷静になり、己がとても危険な場所に踏み込んでいることを自覚した。


キョウ「張飛! ここは僕が囮になるから逃げて!」


 せめて張飛だけでも逃がさなければと張飛の方に顔向けた。


張飛「逃げる? 何でー?」


 薙ぐように矛を振りかざした張飛は、キョウに疑問の表情を向けている。

 矛が振り切られると、四人の山賊が上半身と下半身に分断されて宙を舞った。


 キョウはその光景に驚きを隠しきれなかったが、山賊達はキョウが『張飛』と呼んだ可愛い女の子に対して目を見開き、驚きを隠し切れない様子だ。


山賊頭「嘘だろ……何で張飛がこんな所に……」



 山賊達は張飛のことを知っていた。

 知らない筈がない。

 ただ、この目の前に居る女の子が張飛だと思ってもみなかった。

 信じられない……張飛の名を知る山賊は、その逸話が誰かが膨らませた噂話かと思うような内容でしか張飛を知らなかったからだ。


 だが張飛の強さを目の当たりにして、それが自分達が聞いた話と辻褄が合うことを知る。



山賊頭「張飛がこんな所に居るはずがない! 囲んでやっちまえ!」


 山賊達はその言葉に一斉に張飛に襲い掛かる……その判断が最悪な判断だったことを知るのはすぐである。

 山賊達は一対一の戦いなどしない。

 後ろから騙し討ち、大人数で囲み殺す、勝つためであれば手段を択ばない。

 それで今までやってきた。

 それは今までもそうだしこれからもそうだ。

 殺し続けたその戦いの理念が張飛と戦うということを山賊達に決断させた。


 張飛に向かう山賊達は一刀両断され、動かない肉の塊へと変わり辺りに散らばっていく。



 キョウはあまりにも凄惨な光景を目の当たりにして、ただ見ているだけしか出来なかったが、山賊達が張飛に釘付けになっている事に気付く。


キョウ「いける……」


 キョウはゆっくりと物陰に隠れるように姿を消した。



 張飛に半数を殺された山賊達は動きが止まった。

 『これには勝てない』そう感じて山賊頭の方を見る。

 山賊頭もその被害の大きさから、逃げるという選択が頭によぎっていた。


張飛「ねぇねぇ! もっと一緒に遊ぼうよ!」


 こいつは、普通じゃない。

 張飛の一言が山賊頭に逃走を決断させた。


山賊頭「おめー等! こんな化け物いつまでも相手にしてられねー! 逃げるぞ!」


張飛「……」


 張飛の目つきが変わる。

 化け物と呼ばれたことによって先ほどまで浮かべていた笑顔は消え、山賊頭を睨み付ける。

 一方の山賊達は、山賊頭から逃走指示が出たことで安堵している。



山賊頭「くそ! 今日は厄日だぜ!」


 そう言って振り返った瞬間。


 スッ……


 静かな音が流れた。その瞬間に山賊頭の首から大量の血が噴き出る。


山賊頭「あっ……ああ……な……なんだ……これ……」


 山賊頭が崩れ落ちた。


 山賊達は頭領の身に何が起こったか把握できなかったが、山賊頭が倒れた先にキョウが剣を抜いて立っていた。



山賊「てめー! 何してくれてんだ!」


 統領を殺されたことで山賊達は激高した。

 そのことで一瞬ではあるがその場に立ち止まってしまった。

 キョウが山賊頭を倒して山賊達の足止めをしたことは結果論だが、それは張飛にとって狙った獲物を仕留めるには十分な時間であった。

 先程とは違う凄まじい勢いで矛が振られる。

 張飛に背を向けた山賊達は振り返る前に絶命していった。


 そう……最後に張飛に本気を出させてしまった。



 キョウは張飛の戦いをじっと見ていた。

 助けようとは思わなかった。

 張飛は強い。

 ただ自分がここに立っているだけで張飛の戦いの場に役立っているのではないかと感じていた。



張飛「山賊なんて余裕だよねー。キョウさんがいてくれたから早くやっつけられたよー」


 張飛が山賊を一人残らず斬り殺した後、キョウに笑顔で礼を言った。

 キョウはたった数時間の間に死生観に変化が起きた出来事に動揺したが、自分が世間を知らないだけであるのかも知れない……と、難しく考えるのを止め、張飛に合わせることにした。


キョウ「いや、張飛さんの強さがあってこその勝利だよ。でも、どうして一人で山賊退治を?」


張飛「関姉に『張は山賊退治ぐらいしかできないだろ』って言われたからー」


キョウ「なっ! 何だって!」


張飛「んー? どうしたのー?」


キョウ「いくら強いからとはいえ……女の子一人にこんなことをさせるなんて……! 張飛さん、行こう関姉とやらの所へ! 僕がガツンと言ってやります!」


 妹一人に山賊退治をさせた関姉とやらに強い怒りをキョウは覚えた。

 実際、僕は張飛のことを守れる強さはない。

 でも張飛が山賊を殺すことに協力できた!


 意味不明な解釈と論点の紐付……そして緊張が解けたことからキョウは正義の男となり関姉を悪者と認識していた。



張飛「関姉とお話ししたいんだねー。んじゃ、お城まで行こうか」


キョウ「うん! お城まで! ……お城? お城って何?」


城を見たことがないキョウは、示された行き先に戸惑いを覚えた。

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