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雷子  作者: 三幸
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銅雀

三国志を題材にしたシミュレーションゲーム『雷子』を読み物とした作品です。ゲームシナリオからの移行ということで独特な書き方となっておりますがご容赦下さいませ。ゲーム版より大幅な加筆・修正されております。

『泣いているあの子を助けてあげてくれないかな……』


 どこか聞き覚えのある声が頭に響いた。



 眠りから覚めたキョウは辺りを見渡す……土壁と木の柱で作られた質素な家。

 隙間から僅かに外気と暖色の光が差し込んでいるのを見て、もう朝はとうに過ぎ今はもう夕暮れなのだと気付いた。


キョウ「ふわぁ……良く寝たなあ……もう夕方か……こんな時間まで寝てしまうなんて……」


 いつもであればこの様な時間まで寝ることはない。

 日頃の疲れが溜まっていたのだろうかと思い首を傾ける。


キョウ「母さん? あれ、母さん?」


 母と二人暮らしであるキョウは母を探し自分が起きた事を知らせ、そして早く起こして欲しかった旨を伝える為に母を呼ぶが返事はなく、家の中に誰かが居る気配もなかった。


キョウ「出掛けているのか……うん? これは……」


 着替えを済ませキョウは食卓の上に置かれた木簡に気付く。

 それが母からの書置きだと直ぐに分かった。


キョウ「何々? 『母さんは街に出掛けます。悪いけど夕飯の魚を孔雀池で釣って来ておくれ。それから山で狩りは止めた方が良いよ。どこかの国の王様がこの辺りで狩りをする様だから』……」


 母の書置きを読み、夕飯の支度を頼むなら出かける前に起こしてくれればいいのに……と帰って来た時に一言文句を言おうと思った。


キョウ「やれやれしょうがない。川までは遠いし孔雀池に行ってくるかー。あそこは不気味だから気が進まないんだよなぁ」


 そもそも寝過ごしたのは自分なのだから文句が言えないのは十分分かっている。

 だが夕暮れから魚を獲るとなると時間がなく、川に行くには遠すぎる。

 かと言って狩りが出来るわけでもないキョウは釣竿を持って孔雀池に向かう。


 キョウの暮らす場所は集落からも離れており、日頃の会話はほとんど母と話すだけの生活だ。

 林の中にぽつりとある家からキョウは木々の葉を風が鳴らす音を聞き歩いた。



 孔雀池は森の中にある池であるが水は冷たく底が見えない程深い。

 街から離れた所で暮らすキョウ達以外は存在すら知られていないだろう池だ。

 ここで獲れるナマズはキョウ達の生活を支えているが、キョウはどこか不気味なこの孔雀池を好きにはなれない。


キョウ「着いたぞ。さぁ釣りますか……それにしても、この池は本当に不気味だな……早く終わらせて帰ろう……さてと針を付けるか……針、針……えーっどこだっけ?」


 竿に針を付けようとキョウは釣針を探すが見当たらない。

 寝起きだったから忘れたのかも知れないと考えながらも衣服を調べる。



女性「釣りですか?」


キョウ「おわっ!」


 不気味な孔雀池で声を掛けられると思っていなかったキョウは驚いた。

 一体、いつの間に……近づいて来たんだ。

 いや初めから居て僕が気付かなかったのか……と感じた。


女性「これはすみません。驚かせるつもりは無かったのです。お許し下さい」


 キョウに話しかけた女性は育ちの良さを感じさせ、身に付けている衣服から庶民ではなく豪族か富裕層を連想させる。

 だが決して上から見下す感じは一切なく、むしろキョウに向けて親しみを向けているように感じる。


キョウ「いえ、こちらこそ大きな声を出してすみませんでした」


キョウ(誰だろう? この辺りでは見かけない方だな)


 敵意のない声にキョウは落ち着く。

 旅人こそ時々現れるが多くは同じ庶民、もしくは狩人しか会ったことがない。

 初めて話す富裕層と思われる女性だが、僅かな警戒心が残る。



キョウ「あなたもこの孔雀池で釣りですか? あ、でも釣りって感じでもなさそうですね……竿もありませんし」


女性「はい。私はここで人を待っているのです」


キョウ「人を……ですか? こんな場所で人を待つのですか? 他に人はいませんね」


 辺りを見渡す。


キョウ(そういえば、母さんがこの辺りのどこかで、国王が狩りをしていると書いていたな。その見物でもするのかな?)


女性「もしお邪魔でなければ釣りを見ていてもよろしいですか?」


キョウ「どうぞ。これから始めるところですし、この様な不気味な場所では話し相手がいた方がありがたい……あっでも釣針を忘れてしまったんだった……」


女性「あらあら……それでは魚は釣れませんね……」


キョウ「ええ……罠を仕掛けるにしても少し準備がかかるしなぁ……かと言って取りに帰るのも面倒だし……」


女性「罠を仕掛けその間に針を取りに帰るなんてのはどうですか?」


キョウ「それが一番効率がいいかも知れませんね」


女性「ところで、この池の底はどうして光っているのですか?」


キョウ「池の底が光ってるって? 一体、何を……」


 キョウは池の底に目を向ける。

 そこには薄暗い池の底に何かがあることを知らせるように、水面まで届く強い光を放つ何かが沈んでいた。


キョウ「えぇっ! 本当だ! 本当に池の底が光ってる! 何度かここには来ているが初めて見た!」


 質素な暮らしを送る母を少しでも楽にしてあげたいと思う気持ちから、キョウは興奮を抑えることができない。


キョウ「これは釣りどころではない! きっと財宝に違いないぞ! 池の底の光る物の正体を確かめねば!」


女性「はい。いってらっしゃい」


 女性は笑顔でキョウを送り出し、キョウは勢いよく池に飛び込む。

 夕暮れの冷たい池の水も今のキョウには関係ない。

 キョウは光を目指して潜っていく。



女性「ふふふ。若いと言うのは素晴らしいですね……あら、もう上がって来るみたい」


キョウ「ぷはっ! 何とか取れました!」


女性「お帰りなさい。魚以上の価値あるものでしたか?」


キョウ「水の中では分からなかったけど……これは孔雀? 銅で作られているようだけど……孔雀池に由来する何かなのかな……だとしたらこれ取っちゃいけないものだったんじゃ……しかもくすんでるし……さっきまでの光は一体……」


 池の底から持ち帰った物体の正体は、銅で作られた孔雀だった。

 その銅雀からはなぜか先程までの光は失われていた。



女性「それは銅雀ですね」


キョウ「銅雀? 銅雀とは何ですか? これは何か祭事でこの池に沈められた何かですかね?」


 キョウは銅と聞いて一気に興奮が冷めてしまった。

 黄金の孔雀と言ってくれれば良かったのだが、銅であればそれ程の価値はないと判断していた。


 銅雀を抱えキョウは一度、岸に上がる。

 ずぶ濡れになった衣服から水が滴り落ちる。


キョウ「はぁ……お宝だと思ったのに……これじゃあ濡れ損だ……これって売ってもいいものなんですかね? いや……買い手が付くのか? どう思います?」


 キョウは女性に問いかける。



女性「遂に始まってしまう……」


 キョウの問い掛けが聞こえていないかのように、女性が呟いた……


 キョウがその言葉を聞き、何が始まるのかと聞き返そうとする前に銅雀が強烈な光を放つ。

 その光は辺りを白く包みキョウの視界を奪っていく。


キョウ「急に光が! 強くなって……一体どうなって!? うわぁ!」


 光が収まると銅雀とキョウの姿は消え、女性だけが孔雀池に残されていた。




女性「キョウ。私が待っていたのはあなたです。あなたが成すべきことの為に、あなたを必要とする時代の為に行きなさい。また会いましょう……キョウ……」


 謎の女性は何かを決心した面持ちのまま、夕暮れを映す孔雀池を見つめていた。

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