第4話 ”勇者”
冒険者がこの城を訪れてからというもの、噂を聞きつけた腕に自信のある者達が、城を訪れては俺に罵声を浴びせて帰っていく。そんな日常を繰り返していた。
一人で来た賢者や、10人程で来た騎士の軍団。ゴブリンを連れてきた者もいた。
いつも決まって一人で対応している。エレナとルナには手を出させない。
魔王のスキルを確認する絶好の機会だったからだ。おかげで魔王らしさに、より磨きがかかってきた。
広めの俺達の部屋は、さながら闘技場といったところだろう。
訪問者が帰ると城内を元通りにし、またぐちゃぐちゃにされて、とそんな感じだ。
*
そんな今日も訪問者だ。
「さて、今日はどんなやつが来るのか……。ん? また一人で来たのか。」
城に向かっているのは一人。
冒険者、賢者、騎士、ゴブリン部隊。何でもござれ。
*
「やっと会えたな、魔王」
扉が開き、目が合ったのは、見覚えのある顔だった。
無駄のない、シャープな目鼻立ち。長い艶のある銀の髪。
まっすぐなその瞳が俺を見つめる。
「誰だお前は?」
知った顔だが、言っておかないとな。
「……」
俺の問いには答えない。
鍛え抜かれた体に似合う、剣と装備。
当たり前だが、こいつはもう、魔王ではない。
「何しに来た? 要件は何だ?」
「”勇者”というのは”魔王”に会いに来るものではないのか?」
ベルトは笑った。
『ベ、ベルトさま?』
エレナとルナは声を震わせた。
長く仕えていた主人がそこに立っている。状況が読めないだろうな。
「俺は勇者ベルト。魔王ではない、人違いだ」
名前も変えろよ。
口にしなければいいかもしれないが、勘づかれるのもまずいだろう。
消滅してしまうぞ。
「行くぞ、魔王!」
ベルトは剣を勢いよく振りかざし襲い掛かる。
やばい。こんな屈強な男に攻撃されたら……。
「くっ!」
ベルトの声と共に、剣が弾かれる音。
ベルトは俺の体に攻撃したはず……。
”いや、俺は薄々感じていたんだ。こうなることを”
もう一度と、ベルトが全身に力を入れ、振りかぶる。
「うおおおお!」
カーンと高い音。
俺の放つ少量の魔道の力で弾かれて倒れる。
ベルトは、何事もなかったように起き上がり、剣を拾い上げた。
そして、俺の方へゆっくりと歩いてくると正面に止まり、こう言った。
「……勇者の能力とはいったい何だ?」
ベルトは続けた。
「勇者だったお前に会い、そして一戦交えれば、何かわかると思っていたのだがな……」
そんな事を聞きに、ここまで来たのか?
そうか。ベルトはまだ、俺が勇者だったと勘違いしている……。
「能力? そんなもの、最初から無い」
そう……。お前はただの人なんだよ。
「なぜ白を切る? 教えるメリットがないとでも言うのか?」
俺は、エレナとルナに聞こえないように、ベルトを俺の方へと引き寄せた。
「嘘は言っていない。創造主に何度も言った通り、俺は勇者なんかじゃないんだ」
「……。お前と入れ替わって特殊な能力を感じないのは?」
「俺が元々能力なんて持っていなかったからだ」
何度も言うと、少し悲しい。
「なるほどな。ではなぜ、私には剣と装備を与えられたのだ?」
「知らない! 創造主の気紛れか何かだろ!」
知らないし、わからない。何を言われても、答えられないんだ。
「……そうか邪魔をしたな」
「魔王の昔の名を名乗り、姿まで……。この悪党め」
エレナが語気を荒げる。
ルナは、そんなエレナを心配そうに見つめる。
「悪党か。昔はよく言われたものだな……」
ベルトはポツリと呟いた。
「魔王ジン。……魔女は、近くのステリアという町にいる」
魔女……。ステリア……。
「何のつもりだ。なぜ俺にそんなことを教える?」
「さあな、気紛れだ」
そう言うと、ベルトは踵を返す。
「どこへ行く?」
「俺の好きなようにするさ」
ベルトは笑みを浮かべて去っていった。
突然現れて、突然消えた。
何かをされたわけじゃない。けれど、俺と入れ替わって能力を失った男に、少し同情をしていた。
この城での経験がそうさせているのだ。
この世界で生きるには、あまりにもひ弱過ぎる。
読んでいただきありがとうございます。これからもお付き合いください。
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