第21話 葛藤
会場がざわめく。
観客が何を話しているのだろう。
驚いているのか、不思議に思っているのか。
それとも怒っているのか。
俺は、自分が消滅してしまうんではないかと不安で仕方がなかった。
今まではあまり考えないようにしていたんだ。
考えるのが怖かったんだ。
「口にしなければいい……」
自分に言い聞かせた。そうだ、俺はまだ消えない。
「言ってしまえば、楽になるぞ」
グラファが冷たく呟く。
「そもそも、お前が魔王の力を持つことなんてあってはならないんだ」
違う。俺が望んでなったわけじゃない。勘違いなんだ。
”勇者”として扱われたことも、”魔王”と入れ替わったことも。
そして、この世界に来たことも。
グラファに言われた言葉と、自分を肯定したい思いが頭の中をぐちゃぐちゃにした。
「おい、悪党。さっさと自分とこに帰れ!」
観客の一人が、持っていたゴミを投げ入れる。
途端に、会場を怒号が飛び交うすさまじい空気になった。
なんなんだよ。
俺が何をしたっていうんだ。ただ存在している、それだけじゃないか。
創造主の提案を受け入れなかったらよかったのか?
そんなの、もう、どうしようもないじゃないか。
この世界で、最初の城で、静かに暮らしておけばよかったのか?
どう足掻こうと、こいつは俺を見つけ出し、違う方法で俺に接触してきただろう。
冷たい視線が突き刺さる。
これほどまでに自分を無意味に感じたことがない。
すがるように元の世界の記憶を思い返そうとする。
楽しかった思い出を。平凡だった日々を。
だけど、すぐに消えていくんだ。
――偽物。
グラファが廊下で呟いたセリフが、全て消していくんだ。
「魔王になんて……」
――ならなければよかった。
口から言葉がこぼれ落ちそうになった。
「そうだ。ここで、全て吐いて楽になれ。俺は創造主に全てを聞いているんだ。自分の犯した罪を、死という形で償うんだ。俺は”あの日”から、いったい誰がこんなことをしたのかとずっと悲しみに暮れていたんだ。そしてお前を見つけ出した。さあ、謝ってくれ。そして全てを打ち明けろ。この世界に、この俺に。」
グラファが子供に諭すように、ゆっくりと丁寧に俺に言い聞かせた。
グラファの澄んだ瞳と息遣いが、俺を心地よく包んでくれるようだった。
悩みから救われたような、そんな気持ちがした。
耳もジンジンと痛むし、喉だってもうカラカラだよ。
*
どれだけ時間が経ったのだろう。
自分の呼吸が乱れているのがわかった。
「やはり、致命傷は与えられないか……」
近くから聞こえるグラファの声。
俺は、うまくピントが合わない目で、目の前に立つグラファを見上げた。
何をされたのかさっぱり覚えていない。
きっと俺は考えることを止めたんだ。
目が合うと、グラファが俺に向けて言い放つ。
「もういいんじゃないのか? 早く楽になれよ」
グラファは肩を回し、少し疲れているような仕草を見せた。
「もう何でもいいよ」
俺は捨てるように笑いながら声を出した。
こんな感覚、前もあったな。創造主に会った時だ。
俺は静かに息を吸った。
呼吸を整えて、久々であろう声を発する。
「そうだ、俺は魔王になった。あんたの言った通り、”勇者”と入れ――」
「言ってはダメです」
甲高い声。会場の太い声を切り裂くように響いた。
セコンドのエリスが、震えながら、涙を浮かべてこっちを見ている。




