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超能力者一年生!  作者: アルリア
第一章
4/26

爆弾みたいな女だな

 4

 曇天の下。

 踏切を通り、サイキック達はある場所に向かっていた。


「なぁ未玖珠。出席日数って知ってるか? 知ってるよな?」


 それは進級に大きく関わるものだ。


「なぁに?」


 目をワニのようにしてヒロを見る。


「あぁ。気にする必要は無いわ。あなたは今日全部の授業を出席したもの」


 面白そうに未玖珠は言う。出来事自体を面白いと思っているわけではなく、ヒロが不可解な顔をするのが面白いといった様子だ。


「その心は?」


「根回ししているもの。私とヒロの出席がされているように記録するようにね」


「そうなのか。それは……良かったのかな」


 とりあえず心配事は晴れたが、それでいいのだろうかという疑問が頭にもたげる。


「しかしどうなってんの?」


「至上高校には私がそういうシステムがあるのよ。私が作った。なかなか面白かったわ………もちろん一枚岩ではないからその状況に不満を持ってる関係者……教師か、生徒か、PTAか、役人か、誰かはいるだろうけど、そのシステムは私が変更するまで完全に機能するわ。弱々しい貧弱な力では決して抗えない……そういうシステムをつくったの」


 最後は語調が変わる。どこか虚しそうだった。


「まっ。だからそこは問題ないわ。なんなら期末テストの点をテストを受けることなく満点にして、ヒロの成績を学年トップにしてあげようか?」


 上品な薔薇のように笑う。唖然とする山方や柴崎、クラスメイト達の姿が頭に浮かんだ。


「不審極まりないので遠慮させていただこう」


 真面目に勉強している生徒に失礼だ。

 未玖珠はこうやって世の中や周囲をあからさまに挑発するところがあった。

 世の中のシステムはたとえ多くの人を利己的な理由で欺いていたとしても、それをひた隠しにする。

 しかし彼女はまったく逆だった。

 全てを暴き偽悪的に挑発し続ける。

 

「さってヒロ! サイキックの地位を向上させに行くわよ! ついて来なさい! あんたもサイキックだからまったく無関係は決め込めないんだからね」


 ビシっと気勢を上げるように言う未玖珠。


「(まぁ退屈しのぎに付き合ってやるか……)」


 ヒロはそういう風に思った。


「へいへい。んで我々はどこに向かってるんですかね」


 何があるかは心臓に悪いので早めに知っておきたい。


「(いきなり空港に行き海外渡航とか言い出さなければいいのだが……)」


 東京のとある警察署。

 ポスターや標語が辺りに貼ってある。

 市役所の内装に少し似ていたが穏やかさがなく物事の余談を許さないような雰囲気が署内にはある。

 大人ばかりしかいないところに未玖珠は入っていく。


「少年課の橘さんに取次ぎを頼むわ」


 未玖珠だけなら大人にも見えただろうが、キョロキョロとしているヒロも一緒だったのでやはり子供二人だろうと受付は推量した。

 ヒロは未玖珠の言った名前に反応した。


「橘? あの?」


「そうよ?」


 と言い放つ未玖珠。


「じゃあ言っちまうのか橘にも、俺達の……あれを」


 受付の人がいる手前ヒロは超能力のことを伏せた。


「言ってもいいけど言わなくてもいいわよ」


「ふーん……」


 受付は高校生ぐらいなのに妙に落ち着いている二人組を不思議に思った。


「(橘って婦警とどういう知り合いなのかしら )」


 少女の方が特に場慣れしてると警官特有の人間の観察の癖で受付は判断した。そんな若者は普通はいない。


 五分ほどして能面のようなのっぺりとした顔の男と橘がやってきた。

 橘はヒロが見慣れている私服姿とは違い、婦警の制服に身を包んでいた。

 彼女のその制服姿を見てヒロは少し緊張した。

 普段は警察官として意識していなかったからだ。

 橘は二人の高校生を見て驚いていた。

 

 顔つきの固い能面顔の男が橘に


 「彼らに捜査協力するように」


 と言った。


 その彼らに自分は入っているのはヒロは不思議な感じだった。


「彼らは未成年ですよ!?」


 橘は二人から視線を隠すように上司風の男に言った。

 男の顔は髭が綺麗に剃られていた。


「嫌なら辞退してもいいが君が断るなら他の者がやるだけなんだ」


 能面顔は淡々と言った。


 いくらかの照準の末橘はしぶしぶと


「分かりました」と言った。


 それから四人は地域安全課のオフィスとオフィスの間を通っていき、少年課の一室までたどり着いた。


「(なんか不服そうだな…)」


 橘の様子がこの異常事態のまともな反応であることにヒロは気づいていた。

 オフィスまで来た。

 何かしらの話は男と未玖珠の間で行われた。

 何を話していたのかヒロは聞き取れなかった。


 男は未玖珠と握手をし、ヒロに目で礼をして下がっていった。

 ヒロは未玖珠に聞く。

 

「そろそろ説明してくんないか。なんで未玖珠はここに来たんだ?」

 

 橘は納得のいかなそうな顔で沈黙していた。


「今ヒロの肩書きは一般の捜査協力者よ。私たちはね。これから警察の方々のお手伝いをしていくのよ。つまり事件をぱぱっと解決していき、 警察の権力構造に喰い込むってワケ 」


 両手を広げてそうのたまう未玖珠。


「(なんでもありだな……)」


 橘が信じられない、というようにくらっとしかけていて橘には目の前で進行しているのは質の悪い悪夢のように思えた。


「じゃあ、行くわよヒロ!」


 ぽいぽいっと手際よく道具を集めて渡してくる未玖珠。入って速攻ヒロ達は警察署を出た。あわただしいことこの上ない。


「ねえちょっと!!」


 橘が後ろで何かを言っていたが未玖珠がヒロの手を引っ張っていくので話を聞くことが出来なかった。


 未玖珠はヒロよりもとても多くの体力があった。


「なにしてるのよ! 遅れないでよね!」


 どこにそんな体力があるのだろうと思いながら未玖珠の後に続く。

 ヒロはぼんやりと歩きたかった。

 ビルとビルの間から見える太陽はいささか頼りない。

 日陰が多くできる。

 街には座り込んでタバコを吸う人や、ビラ配りをしている外国人などがいる。


 ぐいっと未玖珠はヒロの手を引っ張る。

 捜査報告書の束を未玖珠はヒロに見せる。


「何か気がつかない?」


「家出少女の捜索願……? 俺達は家出少女を探すのか?」


 三枚のファイルを見た。三人とも家出の前にそれらしい兆候はまったくなかったとのこと。

「これがどうしたんだ? よくあることじゃないのか?」


「よく読みなさいよワトソン君」


「誰が助手やねん」


 ヒロはもう一度読んだ。

 するとある共通点のようなものが浮かんだ。

 三人とも知り合いが見かけたという報告があるのだがその知り合いの事を完全に忘れていたのだった。

 中には家族と遭遇したケースもあったがそれでも忘れていたとの事だった。

 動作や話し方もまったく別人のようだったが、顔や声、その人だと分かった多くの決め手はその身体的特徴でそうだと思ったケースが多かったらしい。


「確かに……何か変だな。これ番号が違うからまとめられた捜索願じゃないな」


「目ざといわねヒロ。私が捜索願の束を漁って見つけたのよ。 なにかあると思ったわ。だから私がファイル(操作報告書)をつくったの。この件は全部裏で繋がってるわ。 まだ警察内部では誰もこのことに気がついていない。出し抜くわよヒロ」


 誰かに聞かれてしまうことを警戒するみたいに未玖珠は声を潜めて言った。


「まぁとりあえず捜索願が出てるやつ全員を探すとか言わなくてよかったよ」


 さっそくヒロ達は載っていた顔写真を使って聞き込みを始めた。


 怪しい路地裏から昼食中のOLやサラリーマンまでたくさんの聞き込みを行った。

 彼女には弁舌の才能があり自分でもそれを心得ていてヒロが聞くぶんにはよかったが他の人にものを尋ねる時は高圧的になっていたところがあるので、ヒロが仲裁的なことをすることになった。

 そういうところではケンカになるのではとヒヤヒヤした。

 

 街中を半日廻った。

 しかし手がかりという手がかりはあんまり得られなかった。

 失踪人なんてごまんといるのだった。


 土手の下の大きな橋の下にヒロと未玖珠はいた。

 そこでヒロは超能力の練習を。未玖珠はパソコンで情報の自動収集プログラムをチェックしたりしていた。

 空中の見えないボードにピンどめで固定されているかのように報告書がまばらに浮いていた。そうかと思えば、紙は彼女の意識だけで自在に動きまとめられたり、列になったりしている。


 自分がちゃんと意識してできることが軽い物を動かす程度のことしかできないヒロからするとあれはどうやっているのかすらよく分からない。


「まーとにかくなんでもいいから水切りの要領で石を向こう岸まで届かせることね」


 彼女は尖った石に腰を下ろしていた。寒くないのかとヒロは思っていたが、キーボードを叩いたりしている彼女の手の動きは淀みない。


 向こう岸までざっと二十mはある。


「ヒロがそれできたら超能力者一年生から超能力者二年生に昇級させてあげるわよ」


 悪の大幹部のような顔をして彼女は言った。


「やりがいがあるじゃん。たった向こう岸まででいいのか?」とヒロも返す。


 石を浮かす。筋トレと同じ要領で重たいものを持てば持つほど力も鍛えられている感覚があった。

 二百gくらいだろうか。そんな石に狙いをつけ右腕を向ける。拳を開き、見えざる思念で浮かばせようと試す。カタカタと蒸気で揺れる鍋の蓋のようにその平べったい石が揺れた。そして少しずつ浮かばせる。


「く……」


 脳細胞が活性化するとでも言えばいいのか、毛穴が脇立ついつもの感覚。丁寧に浮かせたら、あとは放るだけ。しかし、ここからがまた難しかった。飛ばすコツをつかむのにだいぶ時間がかかった。


 超能力水切りは楽しかった。超能力のかけ方をああでもないこうでもないと考えながらやっている。超能力のかけ方が飛距離に大きく関わることが分かってからは俄然楽しかった。駒のように回転させたりとかいろいろな工夫をしているとだんだん飛距離が伸びてきた。


 ヒロが一喜一憂して、超能力水切りに夢中になっているのを未玖珠はにこにこと見ていた。

 そして石が初めて向こう岸の川原まで到達した。


「ヤッター!!」


 最後の方は最初の頃よりだいぶスムーズになってきていた。

 未玖珠も嬉しそうな顔をしていた。


「だいぶレベルアップしたじゃない」


「俺才能あるのかもしれないなぁ」


「当然よ! サイキックってのはね。目覚めた瞬間からもう人を超えた存在なのよ。私達以外の誰かがこれと同じことができるかしら。どんな金持ちも、権力者も、芸能人も、大統領も、世界数十億の凡人たちにはできないことが私達にはできるのよ!」


「でも未玖珠の予測じゃどんどん世界中にサイキックが目覚め始めるんだよな。そうなったら希少価値がなくなっちまいそうだが」


「ンン……人口の一%がサイキックに目覚めても7300万人だからね。でも爆発的にサイキックが増えた時にしょっぱい超能力じゃどうしようもないからね。その時にトップをとれるように努力すんのよ!」


 そういえばと未玖珠は言う。


「超能力って遺伝性があるのかずっと疑問だったのよね。ヒロの両親はサイキックだったりしないの? ヒロに隠してた可能性もあるわ。心当たりはないの? なにか不思議なことができたとか」


 そう聞かれてもヒロは自然に発生した超能力者ではない。注射によって超能力者となったのだ。そういうわけで両親が超能力者であるということはありえない。


「い、いや、たぶん違うと思う」


 ヒロはそう答えていた。自分が人工の、偽物の超能力者であることを未玖珠に知られるのはまずいということが直感的に解った。


「未玖珠の両親は…?」


 この話題はあんまりつっこまれたくはないだろいうことをヒロは知っていたが、話をごまかすためそう聞いた。

 未玖珠は、実はね。と言ってから、


「私、香川の家の養子だもの。本当の両親はどこの誰か分かんないわ」

 と言った。


「そっか…」


 川原の草を風が撫でた。


「じゃあ実際に子供を作って確かめるしかないだなぁ」

「被験者がいないわよ」


 未玖珠が西日に揺れる水面を見ながら両手で拗ねたように頬を支えて言った。


「ここに二人いるけどね」


 ヒロがそう真顔で言うと未玖珠はちょっときょとんとした顔で、数秒固まった。


「く…くく」

「ふ…くくく」


 お互いの顔がどんどんにやけていく。


「あっははははははは!」

「いひひひひひひひ!」


 二人でお腹を抱えてひーひーと笑った。

「バカね……」


 ふふふと彼女は目尻の涙をぬぐった。

 将来サイキックスポーツ、psiスポーツとかが認知されるのだろうかなど二人で超能力について幸せな話をたくさんした。


 一週間が経った。ヒロは練習でぐんぐん超能力が強くなっていくのが面白くてしょうがなかった。

 夕刻、日が沈むまで二人は語り合った。超能力が面白いってことが分かってくると彼女に言うととても嬉しそうにした。

 一緒にいて分かったのは彼女の中で時間と空間が周囲の一般的なそれとは違うということだった。いつか言ったように彼女が見ているものは生物レベルで一般人とは違うものなのかもしれない。

 また時間の流れや空間の認識を周囲の人間とすり合わせる、ということを意図的に彼女はしなかった。そうすることで自分の中の世界を独立させ、蠢く周囲から自分を守っていたのかもしれなかった。

 それと映画の趣味がよく合った。俳優や女優、音楽についての話をよくした。最新映画の感想を言い合っていた。


 そろそろ帰ろうと土手から上がろうとしていた時のことだった。

 道の奥の方から数人の男が歩いてきた。頭と柄の悪そうなそいつらは並んで座っているカップルを見つけて嫌がらせをしようと思った。ひゅーひゅーなどとはやしたててくる。


 子供のような幼稚極まりないことをしてくるのがいい歳した男達なので何をしてくるか分からない不気味さがあった。


 意思疎通不可能な何を考えているのか分からない宇宙人のようで怖い。


「(やっぱり人って理解できないものが怖いんだな……)」


 とヒロは思った。

 酒でも飲んでるのかと思ったが全員素面だった。


「おおお! すげーっ、マジかわいいじゃん!」


 未玖珠の男を引きつける美貌を見て男達がどよめいた。


「この女さらっちゃいましょ。当然男はポイーで。ジュンさんの車呼んでさ!」


 集団の中の一番下っ端が言ったその意見に男達は口には出さないが全員が賛成したようだった。もう携帯でその誰かを呼んでいる。


「俺達不順異性交遊を許しませ~~ん」


「レイプけってーーい! ついてねーなぁ君たち! ギャハハハハハハ!」


 ヒロたちに向かって男が言う。

 ヒロは何より未玖珠が怖くて彼女の顔を見ることができなかったが、おそるおそる見た。

 ヤバかった。この顔は本当にヤバイ時の顔だった。


「無能力者のゴキブリどもが。人間の形をしたまがい物は駆除しなきゃね」


 氷河期の荒れ狂う雪山の風のような低い声だった。


「ちょっちょっちょっと待った。未玖珠ストップ!」


 何をするかは分からないのは未玖珠もそうだった。なに? みたいな目をヒロに向ける。


「やりすぎるつもりだろ」


 小声で未玖珠に言う。

 わたわたとするヒロを見て男達はにやにやと嘲った。顔には一様に下卑た笑いを浮かべている。

 ヒロは呼吸を整えて男達の前に立ちはだかった。 少女の前にすっと立ちふさがる貧弱そうな男子高校生に男達が脅威を感じることはない。


 しかし未玖珠をかばったように見えて癇に障ったのか猿みたいにヒロを威嚇する。

 そのヒロの行動に物に動じることの少ない未玖珠がやや驚いていた。意表を突かれた感じで少年の後ろ姿を見ている。


 すぐに未玖珠は何かを思いついたような小悪魔めいた笑みを浮かべた。


「やぁん。この人たちこわーい。とっても頭悪そうだし、どうせ女の子にいつも逃げられてるからひがんで私達にからんできたんだよー。助けてヒロ~」


 可愛らしく、ヒロの腕にしがみついて信じられないくらいの猫なで声を出したのが未玖珠だと数秒間ヒロは認識できなかった。 さらに彼女は馬鹿にしたような目を男達に向ける。


「………………………」


 上目遣いでこちらを見るきゃぴっとしたその演技はまるで普通の女の子のようだった。


「(ええええええ!!?)」


 内心で叫ぶ。

「ヒロがなんとかしてくれるんでしょ?」


 とおかしそうに小悪魔は囁く。


「(このお嬢様は………)」


 未玖珠が後ろに回りヘイトがヒロに集まる。男達は女の子を背にかばい立ちはだかるような形となったヒロに向かって


「陰キャラがしゃしゃってんじゃねーぞぉ!!」と吠えた。

 

 ヒロはふーっと息をついて言った。


「……分ってないな。お前らを守ってやったんだよ」


 何からというと後ろの大魔王から。

 しかしこんなことを口に出しても挑発行為にしかならない。男達は野卑にヒロを侮辱する為に大笑いした。


「殺すよ?まじ殺すよ?」


 ぎょろぎょろした目で男がヒロに言う。


「っ……」


 頬に汗が垂れる。


「(どうすりゃいいんだ)」


 例えは適切ではないかもしれないけど前門の狼。後門の虎のような状況だった。

 男達はじりじりと近づいてくる。

 未玖珠は後ろでヒロを黙って見上げていた。


「く……」


 ヒロの口から焦りの声が漏れる。


「何やってんだよお前ら。大勢で恥ずかしくないのかよ! 今自分たちがやってることを家族の前で堂々と言えるのかよ! お前らにも正義の心ってもんがあったはずだろ! 小さい時の自分に今の自分を見せて誇れるのかよ!」


 ヒロの説得に男達は少しだけたじろいだ。

 だが男達を余計煽るだけだけの結果になった。いきなりキレてオルァとかウラァとか声をあげ突っ込んできた。


「ちくしょーっ!!」


 じゃりっと地面を踏みしめ腕をかざす。もちろん腕から放つのはサイコキネシス。突っ込んでくる四人の暴漢相手に余裕はほとんどなく。

 自分から離す目的だった。二人が吹っ飛んだ。

 人が殴られて吹っ飛ぶ距離など男達は路上の喧嘩で熟知していたが、ぶわっと吹き飛んだいずれも体重六十kg前後はある仲間二人を見て男達はブレーキをかけた。


 一ヶ月前にまでのヒロならこの男達には一対一でも確実にケンカで負けていただろう。不意打ちでもくらわせないかぎり素手のケンカではタイマンですら体重差により勝ち目は無かった。しかし、今は違う。ヒロには超能力があった。


 男達に構えた手をヒロは解かなかった。そのことが相手から見たら不気味に見えるように。


「さあどうする?まだやるってんなら相手になってやるぜ………」


 ヒロができるだけタフに見えるように言った。男達の戦意はやや失われたようだった。熱が引くように白けたというような顔をしていた。


「何だコイツ……」「んだコイツ……」


「(よし………こいつら腕は折れてないな)」


 とヒロは相手の様子を見る余裕が出てきた。

 しかし再び小悪魔は場を引っかき回す。


「おいゴキブリ共。ヒロを倒せたら百万円あげるわよ」


 お嬢様はクラッチバッグから取り出した札束をひらひらと振った。


「どっちの味方なんですか未玖珠さぁん!!!!???」


 高校生活史上一番キレのあるツッコミを放つヒロ。

 現ナマを見た暴漢達は目の色を変えて襲いかかってきた。


「なんでこうなるの!」


 ただ吹き飛ばしただけなので最初の二人も起き上がり突っ込んできた。そこからは乱闘になった。

 未玖珠は「頑張って!」

 とスポーツマンを応援するような感じで見ていた。


 後から振り返って思った事だが超能力は精神状態にも肉体の状態にも大きく影響する。スポーツをしながら数学の計算をする事が非常に難しいみたいに。


 サイコウェーブという念動力の波が当たらなかったり、威力が弱かったりと乱戦の中息が上がって、何発か殴られた。ヒロも超能力を使うより普通に殴る時も増えてきて、とうとう捕まった。


「(くそっ。もうダメか……)」


 この先は地面に投げられ、蹴られ続けるだけの最悪のサッカーボールが始まるという予測をヒロがした時だった。

 その時最初の蹴りは来なかった。いつまでたってもサッカーが始まらない。おかしいと思い頭を覆っていた手をおそるおそる戻し目を開けるとそこに男達の姿はなかった。幻のように男達の姿が消え失せた。周囲を見渡しても少し離れたところに涼しげに立っている未玖珠しか確認できない。土手の下に転がり落ちているわけでもない。静寂。

 雲間から出てきた月明かりに照らされた彼女を這いつくばったヒロは見ていた。畏怖を覚えるほどに美しい。そして絶対的な何かがあった。

 


 まるで、まるで、

「(あいつらを存在ごと消したみたいじゃないか………)」


 そんな彼女がこちらに歩みよってきて手を差し伸べた。


「ごめんね。いい機会だと思ったから対人の超能力の使い方を体で覚えて欲しかったの。いつ何が起こるか分からないのが世の中よ。おそらくあなたが思っている以上にこの世は明日何が起きるか分からないわ。だから強くなるために力を手に入れなければならないのよ」


 手を掴んで起き上がる。


「あ、ありがとう。助かったよ……あいつらは?消しちまったのか?」


「うーん細切れにすることはできるけど痕跡を残さずに人間を消すのは無理ね」


「………じゃああいつらは?」


 彼女が指を上に向ける。上を向くと四人が空中で見えない丸太に縛り付けられているような格好で浮いていた。聞くに耐えない罵詈雑言を言いかけたので未玖珠は口も塞ぐという細かい技を簡単にやってのけた。


「それよりなぁに?今のは」

「今のって?」

  服についた砂を落としながら聞いた。


「もっと簡単なサイコキネシスで無効化できるじゃない。腕を折るとか。それなのに吹っ飛ばすだけなんてこんなゴキブリにまで気遣うなんてヒロは優しすぎるわね」


 半ば問題視するように、半ば呆れるように、そしてほんの少し好ましそうに未玖珠は言った。


「俺が逃げ出すとは思わなかったのか?」

「だってあなたはサイキックじゃない。それこそが他の木偶との違いで、そして全てよ」

 にこっと彼女は微笑んだ。


 サイキックを無条件で信じる彼女にヒロはなんと言ったらいいか分からなかった。今すぐ自分はおそらくあの注射が原因で超能力者になった偽物なのだと白状してしまい衝動に襲われたが、それが実行されることは無かった。


  男達に向かって彼女が氷のように冷たく声をかける。


「ヒロは優しいけど……私は違うわ」


 なかば未玖珠からそう仕向けたとはいえヒロを痛めつけられかけて未玖珠はだいぶ怒っていた。

 男達はいつも一方的に人を痛めつける経験はたくさんあったが、一方的に痛めつけられる経験はなく、まだ吠えようとしていた。今ようやく未玖珠が一方的に殴られる痛さと怖さを教えるところだった。


「ちょっとまって! どうするつもりなんだ?」


 ヒロがそう聞くと未玖珠は屈託なく当たり前のことを言うような口調で言った。


「どうするって、殺すだけだけど……最低でも睾丸は潰さないと。まぁいいわ。ヒロは今日頑張ったしね。あなたが選んでいいわ。どうしたい?」


 そう聞かれても咄嗟にどう答えたらいいのか分からなかった。


「そのための警察じゃないのか?とりあえず後は警察に任せよう。そういう形で罪を償わせるんだ」

「分かったわ」


 未玖珠は超能力者だからヒロに対し、敬意を持っていたし、言うことも聞いた。

 未玖珠が手を下に払うような仕草をするだけで四人の男達は地面に着地した。その見えない拘束はもちろん解かれなかった。


 彼女はコートの内側のポケットからなにやら黒い革張りの小物を取り出した。


 それに浮かぶのは警察官のマーク。紛れもない警察手帳だった。それを暴漢達に見せた。


「一九:一二。暴行、誘拐未遂、強姦未遂の現行犯で貴様らを逮捕する」


 香川未玖珠十六歳。彼女の長い腕は──いや、この場合超能力と言ったらいいのか──警察の権力にまで伸ばしていた。コートを翻し、サイコキネシスで男達を引きずりながら彼女は静かに言葉を続ける。

「余罪もたくさんあるでしょうし、一生刑務所の中で過ごすこともありえそうね」


 とてつもなく興味なさそうに。

 ヒロはその間唖然としっぱなしだった。


 その後警察署に行った。暴漢達は指名手配中だったようで余罪がどっさり出た。犯人を捕まえてきた未玖珠達にちょっとした騒ぎになった。


「まったく……未玖珠といると飽きないよ」


 とヒロが言うと彼女は威厳すら感じさせる笑みを見せてくれた。

 調書とか手続きに時間がかかった。 夜の十時を周り、他の警察官が自家製弁当とか安い出前とかとってる中、未玖珠は高級店のお弁当を二つ注文し、そういう意味でも周囲の注目を集めた。


 夜中なのに人が行き交う様子に、警察署も街と同じように眠らないのだなとヒロは思いながら高級弁当を食べていた。たくさん動いたりしていたのでとても腹が減っていたのですごく美味しかった。


「お手柄だったわヒロ! 私は冷静じゃなかったわ! これでさらに警察組織の中枢に食い込めるようになったからかなりの事ができるようになったわよ。見た? あのみんなの顔。これでかなりの力を手に入れたわ。市民が貰う勲章と引換にヒロもかなりの事ができるようにしてあげたわよ。今こそ………………」


 滑らかに話していたが未玖珠はヒロが机に突っ伏しているのに気がついた。


「なんだ寝たのヒロ?」


 いつまでも続く熱弁を子守唄にして 眠りに落ちていたのだった 。頭を揺すっても起きない少年のそばで未玖珠はまったくと肩をすくめた。ヒロは今日はたくさんのことがあって疲れていたのだった。


「 まったくしょうがないやつよねぇ…………まぁ寝かしといてやるか」


 すやすやと眠る穏やかな寝顔を未玖珠は満足そうに覗きこんでいた。にこにこと未玖珠は微笑んだ。

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