一話 勝ち組の予感
許せる限り、精一杯周りを見渡す。
子供部屋にしては無駄に広い部屋。加えて何か高価そうな置物類。
数人の使用人らしき人達に温かな眼差しを向けられながら、目の前には確実にいいとこのご婦人。どこからどう見てもお金持ちのお家でございます。ありがとうございます。
更には肉体年齢はゼロスタートにも関わらず、脳味噌は完全に二週目仕様。
イコール、私、ウルトラハイパー大勝利の予感。
「キャッキャ!(人生イージーモード来たんじゃない!?)」
「あらあら。レイってば朝からご機嫌ねぇ。」
赤ん坊というだけあって、思った事を口には出来ないが現時点では何も問題はない。
そもそも赤ん坊がベラベラ流暢に話していたら恐ろしかろう。一瞬でホラー展開になる。アニメや漫画ではそういう設定の奴を観た事はあったが、現実じゃないからこそ許される。
つまりは一定年齢になるまで私は何もせずに、合法的に食っちゃ寝の生活が許されるのだ。素晴らしい!これはこれで幸先の良いスタートでは?
「ジェーン様。レオナルド様がまもなく到着されるようです。」
「あらもう?ゆっくりと昼ぐらいに帰ってくるとか言ってなかったかしらあの人。」
「おそらくは…。」
「あぁ、レイ会いたさに早く出発したって事ね。はしゃいじゃってまぁ…。」
「う?(何だ?)」
私の母であろう女性の名前はジェーンと言うらしい。そしておそらく夫がレオナルド。
私の名前で察していたが私が住んでいるのは完全に日本以外の国のようだ。困った。世界共通語の英語ですら喋れないんだよ。そもそも英語は得意じゃないんです。
聞いている限りリスニングに関しては問題ないたいだが、読み書きは何とかなるだろうか。バラ色人生の為に勉強頑張ろう。
聖母のような笑顔で「あらあら」と言う母は初めて見る私でもそのレオナルドという人物にベタ惚れなのは伝わってきた。あからさまに嬉しそうにしてるしね。
今から帰ってくる父はどんな人なのか楽しみである。
「(よくよく見たら髪の毛伸ばせば、良い感じに私の好みの女性になるな…?)」
私を抱くジェーンと言う女性は肌は色白であったが病的なものでは無かった。
透けるような白さでも頬は桜色で、唇はバラ色の紅をひいているお陰で美しさは際立っている。
顔のつくりは愛らしい中にも綺麗な印象を受ける。目がぱっちりしているが化粧で印象を強めている為だろうか。
そして髪はウェーブがかった短髪の黒で、瞳は深みがあるも深海のようなものでは無く少し鮮やかさを残す青だ。
正直に言うと前世の私が対面しようものなら間違いなく拝むレベルの美人である。これで髪が長かったら完璧だった。
「ぷあ~~!あ~~!!(鏡が見たいー!!私の姿を確認させてくれ~~!!)」
「あらあら…急にどうしたの?あぁそうだったわお腹空いたのね?今からミルク用意してもらうから待ってて頂戴な。」
「うぅ~~…(そうじゃないんだよな~…)」
こんな美女の元に生まれた自分の姿を確認しようともがくが、当然敵う訳なく大人しくならざるを得なかった。
自分の手を見る限り私も母に似て色白なのだろう。そこは分かった。だが自分の容姿だけは見たくても見れなかったのだ。
「(仕方ない。顔のつくりは一度置いておいて、せめて髪色だけでも確認するか…。)」
髪に手を伸ばしその中の一本をブチリと抜いてみる。普通に痛い。その手にあったのは…黒い一本の髪だった。
一度脳内整理をしてみる。
■人間へ転生→無事達成。▼
■裕福な家(王族以外)→おそらく第一希望突破。▼
■時代→不明。家具など見る限りある程度の文明はあると予想。▼
■黒髪ロング青眼の美少女→不明。顔の色と髪の色で現時点では第二希望の可能性有▼
■その他のステータスに関する項目→現時点では判断不可。▼
こんなところだろうか。
「あぅー。(とりあえずパパ上様のご帰還を大人しく待つか。)」
判断材料が諸々足りていないが中々の好条件を得られたようである。
叶う事ならネットやゲームがある現代なら嬉しいが、前世一般家庭生まれ一般育ちだった自分的にはこれだけでも悪くない。
ぐぅと腹を鳴らす自分の虫の音を聞きながら、父であろう人の帰宅を母と待つのだった。
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「ただいまぁ~~~!!!パパでちゅよ~~~!!!」
「んぐ…!?げっほ!」
一言。
酷いギャップを見た。これに尽きた。
ミルクをひたすらがぶ飲みしていた頃。その人は来た。
ざわつく使用人達を尻目に待ち人の帰還を察した母は、私を大事に抱えながら玄関へ向かう。
広めの廊下から階段まで歩みを進めると、既に階段に足をかけていた人物が視界に入る。
「ただいまジェーン。部屋で待っていてくれて良かったのに。」
「うふふごめんなさい。待ちきれなくて。」
「そうか。ありがとう。うん、僕の奥さんは今日も綺麗で可愛いね。」
「んもう!貴方ったら!」
「だって本当の事だからね。」
父であろうその人、レオナルドと言う人物は母が声をかけたと思ったら盛大に甘い言葉を吐き始めた。めっちゃ驚いた。まさかマジ惚気台詞をナマで聞ける日が来るとは。砂糖大放出である。あまーーーい。
「おや、僕の天使は起きていたのかい?」
「えぇ貴方。ほらーレイー?お父さん帰ってきましたよ~。」
父は背が高かった。
それもあってかこちらを上から覗き込むような体勢になる為、少し威圧感を感じる。しかしそれでも真面目にカッコイイと思える紳士がそこに居た。
切れ目から覗かせる雲一つない空のような瞳の色。
髪は濃いめのダークブラウンで堀の深い顔には顎ひげがあったが、見事にそれも相まってお洒落な男性に見せていた。
鍛えているのだろうか、服の上からでも引き締まった身体のラインが窺える。
こんなイケカッコイイ紳士が男性の最強装備、ビジネススーツを着て甘い言葉こぼしてたらそりゃ落ちない女性は居ないと、ゲームでしかイケメンと関わった事の無い私は思った。
言葉を話せるなら『お父さん』じゃなくて『ダディ』と呼ばせて頂きたい感じだ。
―――そう、印象付けれそうになった瞬間にイメージは木端微塵に砕け散った。
「あぁ、可愛い。本当に可愛い。今ですらこんなに天使なのに、大人になったらどうなってしまうんだろう。娘は父に似た方が良いなんて話も聞くけど僕は断ッ然ジェーンに似てくれて良かったと思うね!
見てくれこのふわっふわな黒髪にジェーンとお揃いの瞳!はぁ!素晴らしい!将来は女神確定だなんて!あぁいつかお嫁に出さなきゃいけないなんて考えたくないッ!
お願いだから初恋は僕以外にしないでねマイスウィート!!!!」
「あらあらまぁ。気が早すぎよ貴方。相変わらずの子煩悩っぷりね。」
「(子煩悩って言うか…それもあっさり通り越してのデロデロ甘々なウルトラ親バカじゃないか!?)」
美しい花にも棘があるように、愛らしい動物にも牙があるように。
イケメンにも色々種類がある事を思い出した私は大人しくその事実を受け入れる事にした。それに何より有益な情報を入手出来たので、私は今猛烈に機嫌が良い。
そう…鏡を見れない私だったが確かにその言葉を聞いた。
「(ジェーンさん似って事は黒髪青眼って事じゃないですかよっしゃぁぁあああ!!!!!)」
自分の肌が色白な時点で容姿の第一希望が通らなかったのは分かっていた為、内心ドッキドキだった。しかし状況判断するにあの時書いた第二希望が通ったようだった。
素晴らしい。前世で徳という徳を積んだ訳ではないが、こんな上手くいったのなら万々歳だ。私的には一億円の宝くじを当てたレベルの「大当たり」である。
「あーう。(これぞ我が世の春って奴だわ。)」
何処に居るのかもどんな奴かも分からない、私に希望アンケートを置いて行っただろう前世の時代の神に大いに感謝した。
自分の容姿を確認出来なくとも、こんな美形美女の娘だ。余程の突然変異でも起きない限り、確実に美人に育つだろう。
あとは私がその美を損なわないよう努力すれば、将来は私の理想の女の姿になるだけだ。
希望が通らなかったら創作物の主人公達宜しく冒険者とかにでもなってみようかなとか思ったが、この玉の肌に傷など付けられる訳が無い。死んでもお断りだ。
だったら私はここの世界の歴史も真実も美しさも知らなくていい。
さよなら刺激ある世界。こんにちは平穏な日々。
「(自分の将来が楽しみとか初めてだな…。うん、最高の気分だ。)」
美しい両親に愛され、美しく育つであろう自分。
自分のステータスに関しては未だ分からないものの好条件が揃った今、私には何の不満は無い。
これから訪れる未来へ期待に胸を膨らませながら、その日一日上機嫌で新たな両親とその身内達に笑顔を振りまき続けた。
―――しかし甘い話には必ず裏がある事を、その日の夜に私は思い知る事になる。