プロローグ
真っ白な部屋だ。
一面真っ白な壁に少ない真っ白な家具が置いてある部屋で僕は少女と向き合っていた。
少女は真っ白だった。髪も、肌も、服も全て真っ白。そんな中、印象的な真っ赤な瞳が真っ直ぐ僕を見ていた。
「貴方なら誰よりも強くなれる。」
真っ白な部屋より更に真っ白な少女はまるで予言するように俺にそう宣言したのだった。
僕は、まだ知らなかった。これがこれから始まる出会いと過酷な冒険の始まりとなることを……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい!今日も掃除やっとけ」
そう言いながら箒を投げつけられる。
箒を投げつけた相手は、その仲間達と一緒に教室から出ていった。
僕は美維 礼暦錬と言うキラキラネームのおかげでいじめによく遭う。
某有名ギャグマンガの藁箒を持っているキャラクターは僕も嫌いではない。面白いと思って子供の頃は見ていたし、そのキャラクターのものまねをしたりしたこともある。
しかし、キャラクターがやってるんだからお前も掃除好きだろ?と言う常識が小学校時代からずっとある。そんな常識があると、キャラクターを憎んだりしてしまうこともあるのだ。
この名前は親が、DQNだからつけられた物ではない。両親とも公務員のお硬い雰囲気だ。ただ、残念なことにネーミングセンスは皆無だったらしい。
こんな名前だから、昔は嫌になったこともあったが、今はそんなに嫌いじゃない。小学生の時に名前の由来を聞いてくる宿題があった。その時に、両親に聞いたのが、『人をうやまうことができ、より良い巡り合わせに恵まれ、己を練り鍛え上げることができる人間になるように。』というものだった。両親は、ちゃんと願いを込めてこの名前をつけてくれたのだと思うと、自分の名前に対して自信を持つことが出来るようになった。
ただ、名前に自信を持つのと、いじめられないのは別の話だ。
僕は、運動が出来る訳でもなく、勉強ができるわけでもない、容姿が特別良い訳でもなく、性格も暗い方で、クラスに1人は居る陰キャラと言うやつだろう。
そんな僕は、名前がもし、木○拓哉や福山○治だったとしてもいじめられているだろう。
僕は自分の事を分かっている。喧嘩しても勝てるわけではない。ただ、掃除させられるだけなら別にいい。反抗して、嫌な思いをするのは自分だ。今のまま現状維持が最も安全で、最も害のない状態だ。
だから今日も、言われた通りに掃除をする。机を移動して、床の埃を掃き、拭き掃除をして机を元に戻す。これだけの事だが、1人でやるとなると、大変だ。なにせ、机の中は教科書がぎっしりの人間も居るのだ。
「やるか……。」
やる気は無いが、やらなければならない。自分の安全の為だ。
そう言い聞かせながら、机を教室の後ろの方に集める。
スペースが出来た教室の前半分を投げつけられた箒で掃き始めたときだった。
「あれ、1人でしてるの?」
後ろから声を掛けられた。
女性の声だ。それも、礼暦錬が一番反応してしまう声。
後ろを振り向くと、1人の少女がこちらを見ていた。
彼女は、癒屋 美優名前の通り、優しく美しい正に癒やしと言っていいだろう。
そのためクラスでは人気者だ。礼暦錬とは正反対の人種である。
ただ、彼女は礼暦錬に対しても優しい。クラスの半分が礼暦錬に敵意(敵意といっても、単にいじめの標的と言う感じだが。)を持ち、残り半分が無関心なクラスで、礼暦錬に優しくしてくれる人間は彼女くらいだ。そんな彼女に礼暦錬は身分不相応だと思いながらも淡い恋心を抱いても仕方がないだろう。
「手伝うよ!」
「え、あのっ……。」
美優は礼暦錬に断りの言葉を言わせる前に掃除用具の入っているロッカーから箒を持って掃き掃除を初めた。
「あれ?癒屋?今日掃除?」
また、後方から別の声が聞こえる。
教室に5人の生徒が入ってきて美優に声を掛けていた。
男子生徒3人、女子生徒2人のグループだ。
普段、礼暦錬に対しては無関心な派閥に属する生徒たちである。
多分、礼暦錬が1人で掃除をしていたなら見てみぬ振りをしていただろう。
別にそんな事で不満を感じたりはしないが。
「違うよ?礼暦錬君が一人で掃除するの大変そうだったから手伝ってるの。」
それを聞いた者の反応は様々だ。なんだそれ?みたいな感じで顔をしかめる者、美優らしいなって感じで鼻で笑う者、温かい目で美優を見つめる者。
この中に、礼暦錬が一人で掃除していたと言う事実に関心がある者は居ないようだ。
「だったら、俺たちも手伝うよ。な?みんな?」
そう言い出したのはこのグループのリーダーである男だ。
彼はイケメン高身長、サッカー部のエースで、勉強も出来るという主人公体質の人間だ。
名前は確か……。
「ありがと!祐樹くん!」
美優が笑顔で返事をする。
そう、祐樹だ。光導 祐樹。名前まで主人公ネームだな。
7人でやると掃除もすぐに終わる。
なにせ、普段の7倍のマンパワーがあるのだ当たり前だろう。
「あ、ありが……。」
「よし!終わったな!癒屋も帰ろう!」
礼暦錬の礼を聞くこともなく、祐樹達は教室から出ていった。本当に礼暦錬の事は見えて居ないのかと言うくらい見事なシカトである。
まぁ、それに気を悪くするほど礼暦錬も子供ではない。そんなものか。と心の中で割り切っているから、何があっても特に動じたりはしない。
「礼暦錬君!お疲れ様!気をつけて帰ってね?」
「ひぇっ!?」
動じてしまった。
だって、癒屋さんからそんなこと言われるとは思っても居なかったのだからしょうがない。
「あ、ありがと……。」
「どういたしまして。じゃあ、また明日ね?」
なんとか振り絞ったお礼の言葉を美優は受け止め、手を振って教室から出ていった。
「明日、休み……。」
一人教室に残った礼暦錬はそう呟くのだった。
————————————————————
休みが明け、いつも通りの学生生活が始まる。そう、いつも通り肩身の狭い教室で、放課後の一人掃除を待つ生活だ。
授業はすでに5限目である。もう少ししたら掃除をして家に帰って漫画でも読もう。
そんなことを考えながら教師の説明を左耳から右耳へ聞き流す。某芸人の歌ネタだな。
キンコンカンコン
そんな時、校内放送が始まった。
アニメとかドラマでも聞いたことがある校内放送の開始を告げるメロディーを聞いてどこの世界の学校も校内放送はこの音なんだろうか?と思ってしまう。
『~え、谷川先生。至急職員室に来て下さい。』
「ん、なんだろ。ちょっと、先生は職員室に行ってくるので、帰ってくるまで教科書を読んでおいて下さい。」
授業中に校内放送がながれた。どうやら、今眼の前で古典の授業をしている谷川と言う教員が職員室に呼ばれたらしい。
教員が居なくなると言うことは、帰ってくるまで自習だ。
俺は、放課後の日課であるクラスメイトの掃除当番の肩代わりの為に体力を温存しなければならない。
そんな事を考え、少し昼寝でもしようと思った瞬間だった。
ガタガタガタッ!
「きゃっ!」
「地震だっ!!!」
「やばいよ!」
かなり揺れが大きい。
クラスメイトが次々に悲鳴や怒号を発している。
しかし、この十何年間の内に幾度となく行った防災訓練の賜物と言うべきか、皆机の下に頭を突っ込んで対処していた。
シューンッ
小さな音と共に、教室内が明るく照らされ始める。
僕は机から顔を出し、光の原因を確認する。
そこには、アニメや漫画に出てくる魔法陣が教室にいくつも描かれていた。
その魔法陣は段々強く発光していく。
最終的には、前が見えない程の光で教室を包んだ。
まるで、太陽の中に入っているのではないかと思う程強烈な光。
まぶたを閉じていてもなお眩しいと思う光は過去に経験した事がない物だった。
眩しさが頂点に達した瞬間、意識が途切れ暗黒の世界に落ちていった。