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99日目 エッグ婦人の診察

99日目


 ギルの筋肉が嫉妬に狂っている。ちょう怖い。


 ギルを起こし、ちゃっぴぃを抱きかかえながら食堂へ。『なーんか調子が悪いんだよなぁ……』と、ギルは何度もポージングをして筋肉の調整を行うも、嫉妬に狂う筋肉が無駄にぴくぴく動くため、いつもの精彩を欠いている。


 おまけに近くを通りかかったゼクト(ライラちゃんに貢ぐのであろう休日限定パフェを持っていた)を、筋肉がいきなり襲いだす始末。ギル自身にも制御が出来ていないようで、あと少し遅ければゼクトの頭は立派な潰れたトマトになっていたことだろう。


 どうでもいいけど、なぜかゼクトは『お前もけっこう苦労してるんだな』って筋肉を鎮めようと努力しているギルに優しく声をかけていた。ついさっきトマトにされかけたことなんてまるで気にしていない様子。『ある意味、お前がルマルマの最後の抑止力なんだ……マジで頼むぜ?』って爽やかに肩ポンして去ってたっけ。


 『親友ほどじゃないけど、あいつもなかなか見所があるよな!』ってギルは嬉しそうだった。やはりゼクトには、人を惹きつけるある種の才能があるのかもしれない。


 朝食は無難にトーストをチョイス。せっかくなので目玉焼きを乗せてデラックスな感じにしてみた。これを上手い具合に真ん中で折れば、非常にステキな目玉焼きサンドの出来上がりである。


 もちろん目玉焼きは半熟トロトロ。ぴりりと効いた塩コショウが堪らない。黄身のまろやかな甘みとトーストとバターの織りなす香ばしい香り……朝の匂いとも言えるあの感じ、実は結構好きである。


 発情期だからか、『きゅう、ん?』と、ちゃっぴぃは真ん中の柔らかくて半熟トロトロの黄身がグレートな部分を俺に譲ってきた。あなたへの思いやりがありますよ……という、夢魔(女の子)としてのアピールのつもりだったのだろう。


 が、子供がそんなこと気にするもんじゃない。『俺はいいから、朝はちゃんと食べろ』ってしっかり『あーん♪』しておく。ガキは変に気を使わず、美味いものを美味そうに食って遊んで寝てればそれでいいのだ。


 その証拠に、ギルは今日も満面の笑みで『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。筋肉は要らないけれど、ちゃっぴぃもあれくらい頑丈に育ってほしいものである。


 朝食を食べて一息ついたところでアルテアちゃん、フィルラド、エッグ婦人(と、俺に引っ付いて離れないちゃっぴぃ)とともにドクター・チートフルの元へ赴くことに。エッグ婦人の産卵ペースがおかしくなってきているから、卵詰まりを起こす前に診てもらおうっていうアレね。


 毎度のことながら、なんで俺まで同行しなくちゃいけないのか疑問だけれど、『なにかあったとき、フィルが頼りになると思うか? 実務的な面だけを鑑みれば、お前が一緒の方が心強い』ってアルテアちゃんに言われてしまえば、俺が逆らうことなんてできるはずがない。


 だってアルテアちゃん、女子の中じゃ一番俺にケツビンタしてくるんだもん。アルテアちゃん自身が一番ケツビンタしているのはフィルラドだけどな!


 どうでもいいけど、ヒナたちはポポルに預けたらしい。たぶんポポルの腹巻の中で昼寝でもしているのだろう。ヒナたちはそういうやつだ。


 さて、約一週間ぶりにドクター・チートフルの保健室を訪ねたわけだけれども、今日のチートフルはたいそう不健康な感じで頬がげっそりとこけていた。『おぉ……まともにノックしてくる人がいるとは……』って、だいぶヤバそげな感じでにっこり笑っている。目がトんでいたから恐怖しか感じない。マジ怖い。


 『い、いったい何が……!?』とはアルテアちゃん。『君たちの知らなくていいものが、あの仕切りの向こうで蠢いている。……頼むから、今の君たちのまま上級生になってくれ』と、チートフルは今までに見たことないくらい真剣な表情でつぶやいた。いろいろと心当たりがあるのであろうフィルラドが真っ青な顔で震えていたっけ。


 ともあれ、さっそくエッグ婦人を診てもらうことに。アルテアちゃんが『うちの子、お願いします……!』ってエッグ婦人をチートフルに手渡し、排卵促進剤の投薬日、エッグ婦人の卵の回収日、さらにはここ数日のエッグ婦人の食欲や水を飲んだ量などをわかる範囲で伝えていく。


 『えっ、薬の量そんなに減ってたの!?』ってフィルラドは今になって驚いていた。あいつマジでクズじゃね?


 アルテアちゃんからの情報をメモし、チートフルはエッグ婦人の診察に入る。エッグ婦人の胸のあたりを触れ、腹をさすり、そしてケツの周辺を執拗に撫でまわした。『ふむ……』ってエッグ婦人のケツをガン見したかと思えば、そのまま慣れた手つきでケツ周辺の羽を毟っていく。


 『限りなく黒に近いグレーだね』ってチートフルは診断。『そんな……!?』ってアルテアちゃんは悲痛な面持ち。『なんとかしてくださいよ先生……ッ!』って、フィルラドはチートフルの脚に縋っていた。


 『排卵促進剤の投薬ペースは間違っていない。実際、最近になるまで問題らしい問題は起きていなかったんだろう? ……しかし、今診てみたところ排卵に関わる諸器官にいくつかの問題があることがわかった』ってチートフルが診断結果の詳細を告げる。


 なんか、この手の鳥の卵詰まりには大きく二つの要因があるらしい。一つは物理的なもので、卵管がもともと小さい……あるいは、体質的に大きな卵を作りやすい故に詰まりやすくなるってやつ。この場合、排卵促進剤は【卵を小さめに抑える】、【卵の殻の質を良くする】……といった、卵の質を改善させるものを使うらしい。


 もう一つの要因は精神的(?)なもの。卵そのものは正常だけれども、様々な要因(主にストレスや外部からの魔法的刺激)により脳ミソの卵を作る命令を司る部分が不調をきたし、正常なペースで卵が作られなくなったり排卵に関わる諸機関が機能不全を起こした結果卵詰まりが起こるってやつ。


 エッグ婦人の場合は後者のケースに当てはまるのだとか。『この子自体は特別卵詰まりが起きやすい個体ってわけじゃない。前回だって、食べ過ぎによる過剰栄養供給により、卵が出来るペースが異常に早まったのが卵詰まりの原因だった。今回の場合は……』と、ここでなぜかチートフルは俺を見て。


 『──発情した夢魔の気に当てられたのが原因だね』って言った。ねえちょっとまってどういうことなの。


『産み過ぎも産まなさ過ぎも排卵異常だ。卵詰まりは排卵異常の症状の一つに過ぎない。さっきも言った通り、そういった異常な排卵ペースを正常に整えるために薬は投与される。──産み過ぎの個体には産むのを抑えるように、産まない個体には産むようにね』


『卵を作るペースが早い個体はどんどん卵を作る。だから、やがて処理しきれなくなった卵が卵管を塞ぐ。故にペースを落とすための薬を投与する。卵を作るペースが遅い個体は卵を送り出す諸器官のタイミングがずれる。だから、勢いに乗れず卵がどこかで詰まる。故に、きちんとしたペースに上げるための薬を投与する』


『この子に投与していたのは早まったペースを落とすためのもの。ペースを落として、正常な排卵が行われるようにするもの。最初は薬で整えて、慣れてきたら少しずつ減らして……そうして、薬なしでも正常なペースを維持できるようにするつもりだった。……だが、夢魔の気に当てられたことで再び排卵ペースが早まってしまった』


『子供とはいえ発情期の夢魔の気だ。そして、鳥とはいえこの子は雌だ。元々ちょっとしたことで産卵ペースは乱れるし、卵詰まりは雌の鳥に一生付き纏う問題でもある。そんな中で夢魔の気に当てられては……逆に、何も異常が無い方が珍しいかもしれない』


 ドクター・チートフルの見解はこんな感じ。ざっくり一言でまとめれば、【同じ女として発情期の夢魔の気の影響を受けちゃったよ! だから薬じゃ調整できないくらいペースが乱れまくったんだよ!】ってことなんだろう。元々コーラスバードは魔法耐性が高い魔法生物じゃないし、逆に夢魔はこの手の精神的干渉にめちゃくちゃ強いから、なおさらである。


 とりあえず、ちゃっぴぃが元に戻れば解決する問題らしい。今もちょっと詰まりかけていることに対しては、『三日分だけ別の薬を出すから、それを飲ませるように』とのこと。


 『ありがとうございます……!』ってフィルラドが心底嬉しそうにその薬を受けとろ……うとして、『フィルが持ってても何の意味も無い』ってアルテアちゃんが薬を受け取っていたっけ。さすがは気高きアルテアちゃんである。


 そんな感じでエッグ婦人に関する診察は終了。仕切りの向こうからのプレッシャーがヤバいし、そろそろお暇しようかな……なんて思っていたところで、ちょっとうれしいお知らせが。


 『今更だが、ずいぶんその子の痣も薄くなってきたね? その様子だと、あと三日くらいで発情期も終わるんじゃないか?』ってチートフルが声をかけてくれた。というか、ちゃっぴぃの発情期がそれくらいで終わりそうだったからこそ、薬も三日分だったのだろう。


 たしかに、ちゃっぴぃが発情してからはすでに一週間以上……たぶん十日ほど経っている。夢魔の発情期は一、二週間程度だってことを考えると、そろそろ終わってもおかしくない。


 でもって、毎日ちゃっぴぃの痣をチェックしていたからこそ、微妙に薄くなっていたのに俺もロザリィちゃんも気付けなかったのだろう。こいつぁうっかりだったと言わざるを得ない。


 クラスルームに戻った後は適当にダラダラして過ごす。なんだかんだで午前中はほぼエッグ婦人の診察で時間を潰してしまったため、とんとやる気が起きなかった。


 午後もやっぱりやる気が起きなかったため、ちゃっぴぃとお昼寝したり適当に本を読んだり……なんてしている間にあっという間に時間が過ぎ去ってしまった。まったく、どうして休みの日に限って時間が進むのが早いのか。俺の長年の疑問だ。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ロザリィちゃんに『そろそろちゃっぴぃの発情期、終わりそうだよ』って告げたところ、ロザリィちゃんってば『~~っ!』ってすんげえ笑顔になっていた。そんな姿がマジプリティだった。


 ギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝ている。どうやらこいつ、今日は元気に野山を駆け回っていたらしい。夕方ごろにミーシャちゃんを肩車した状態で戻ってきていたけれど、二人とも服のあちこちに葉っぱとか汚れとかついていたっけ。いったいどこを走り回っていたのか、ちょっと気になる。


 ギルの鼻には……待て、明日は二年生になって百日目じゃね?


 【使い魔よろしく】と彫り込んだジャガイモを鼻に詰めておく。うまくいきますように。

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