97日目 発展触媒反応学:練習問題による演習
97日目
なにもない……と思ったら、トイレの水がマナスープになっている。さすがにこれはノーセンキュー。
ギルを起こし、ちゃっぴぃを抱っこしながら食堂へ。やっぱりちゃっぴぃの発情期は続いていて、抱っこしている最中に「きゅう♪」って延々と俺のほっぺにキスしてくるから困る。朝からガキのヨダレ塗れにされて喜ぶ人間なんて……やべえ、数人ほど心当たりがある。この世は終わってんな。
朝食にはピリ辛ホットドッグをチョイス。今朝も結構暑かったし、辛いものでも食べて暑気払いでもしようと思った次第。
これが思っていた以上にデリシャスで大変素晴らしかった。いくつかの香辛料がソーセージに混ぜられているうえに、それがマスタードの辛みとぶつかっていない。一方でケチャップは少し甘めに仕立て上げられているらしく、その甘さが全体のピリ辛さをいい感じに強調している。
ちゃっぴぃとはんぶんこしつつ(させられつつ)食べたとはいえ、ついついお代わりしちゃったと言えば、それがどれだけ美味しかったかわかってもらえると思う。
ギルはもちろん『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。フィルラドとパレッタちゃんが『たまには味付けを変えてみたらどうだ?』、『突き詰めるのも悪くないなり』ってマスタードと胡椒をマシマシにしていたけれど、それでさえ汗一つかかずに『うめえうめえ!』と超笑顔で食いつくしていた。あいつに味覚ってあるのだろうか?
今日の授業はキート先生の発展触媒反応学。なんか微妙にキート先生がしょんぼりしていると思ったら、『最近帰りが遅くて……泊まりになることも多くて……はは、せめてしっかり怒ってくれたなら、どれだけありがたいことか……』って死んだ顔で教えてくれた。
なんでも、ここ最近帰りが遅く、フィアンセと過ごす時間がガッツリ削られてしまっているらしい。こちらが悪いのがはっきりしているだけに、『仕事と私、どっちが大事なの!?』って詰ってもらえればまだキート先生的にはよかったらしいんだけど、『……しょうがないよね、お仕事だからね』って悲しそうに笑いながらしょんぼりされるので、罪悪感が半端ないのだとか。
『ガミガミ怒鳴られるよりも、一粒の涙の方が精神的にかなり来ます。男子のみなさんは、奥さんにそんな真似をさせない立派な大人になってくださいね』ってキート先生は何かを悟った目で語る。絶対にロザリィちゃんにそんな悲しい思いをさせまいと強く誓った瞬間である。
なお、『どうしてそんなに帰りが遅くなるんですか?』って何気に聞いてみたところ、『期末だというのもありますが……最近、判別不明の妙なトラブル? でいいんですかねえ……。ともかく、異常のようでそうでない何かが校内で頻発していて……』と教えてくれた。たしかシキラ先生も似たようなことを言ってた気がするけど、この学校のセキュリティってマジでザルじゃない?
肝心の授業内容だけれど、今日は普通に練習問題を解きましょうってことに。一応範囲はすべて終わらせたから、あとは実戦形式で理解力を深め、自らの弱点をしっかり浮き彫りにしましょうっていう寸法。
『まさか忘れているとは思いませんが、再来週は期末テストです。中間テストが悪かった人たちは、大切なものを天秤にかける準備をしておいてください。どんな結果であっても、それはあなたたちが選んだ選択だということを、努々忘れないように』ってキート先生は一部のクラスメイトを見ながら優しげに笑う。
途端にミーシャちゃんがぷるぷると震え、ポポルはガチガチと歯を鳴らす。一方で開き直っているのか、フィルラドは間抜け面でアルテアちゃんの汗ばむうなじをチラ見するばかり。こいつホント終わってんな。
ギル? 『見るならこっちにしてくださいっす!』って見事なポージングをして、その迫力ある大胸筋を惜しげも無くキート先生に見せつけていたよ。
『男として、やっぱり筋肉に一度は憧れますよね』ってキート先生は和やかに笑っていた。先生は見るからに細くてひょろひょろだから、やっぱりギルみたいな体型には憧れているのかもしれない。まぁ、筋トレよりまずはもっと肉をたくさん食べたほうが良いと思うけれど。
なんだかんだでその後は普通に勉強。来週は来週でテスト勉強の時間を取ってくれるからキート先生は優しいと思う。『これだけ時間をかけているのですから、期待を裏切らないでくださいね』って言っていた。
勉強中、なんとなくどうしてこんなにも時間をかけてくれるのか先生に聞いてみた。『……ここだけの話、一年生の触媒反応学の出来があまりにも悪くて。再履になりそうなのが例年の三倍以上いるんですよね』とのこと。終わってんな。
『去年の君たちは普通にこなせていたはずのことが……というより、そもそもとして基本がなっていないみたいなんです。私もヨキ先生も頭を抱えています。だから、全体の方針としてこういった練習問題による実践を増やすことにしました』ってキート先生が言っていたところを鑑みるに、マジで一年生の成績は悪いのだろう。普通の触媒反応学なんてそんなに難しいところあったっけ?
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、なんとなくそんな気分だったのでハゲプリンの仕込みをしようとしたところ、冷蔵庫にろくに卵が残っていないことに気付く。誰か夜食でゆで卵でも食べたのだろうか。
そんなことを思いつつ、『エッグ婦人の卵はどうなってる?』ってフィルラドに聞いてみる。案の定、『アティに聞いてくれ』と返された。あいつ本当に飼い主の自覚があるのだろうか。
ともあれ、アルテアちゃんに聞いてみる。『……そう言えば、ここ数日産んでいない』と、ちょっと顔が青くなった。『排卵促進剤のペースは間違えていないんだけど……』と、アルテアちゃんは周期表を見ながらうんうんと頭を唸らせる。
で、最後にエッグ婦人の卵を回収した日付を見て、『……これ、ドクター・チートフルの所に行った方がいいかもしれない』と深刻そうな顔で告げてきた。マジかよ。
ギルは今日も大きなイビキをかいてスヤスヤと安らかにねこけている。そしてちゃっぴぃはやっぱり俺のタオルケットを頭からひっかぶり、ついでに枕を抱き枕にしているらしい。さっきまではなんかもぞもぞ動いていたけれど、今は静かな寝息が聞こえている。面倒臭いしこのまま抱き枕にでもしてしまおうか。
そろそろテストも近づいてくる。ギルの筋肉の本格的な調整もしていかなきゃいけないだろう。やることがいっぱいだ。まったく、人気者は辛いぜ。
とりあえず、なるべく早いうちにちゃっぴぃの発情期が終わることを強く願う。いい加減ロザリィちゃんのメンタルが心配だ。こればっかりは俺の愛だけじゃどうしようもない。悲しむロザリィちゃんを慰めることすらできない自分が本当に憎い。
さっさと寝よう。ギルの鼻には……虚ろの実でも詰めておく。みすやお。