93日目 ロザリィちゃんマジイケメン
93日目
包装紙の中に飴が。とりあえずアエルノ寮に向かって窓からぶん投げておいた。
ギルを起こし、ちゃっぴぃを肩車しながら食堂へ。休み故に人は少なかったけれど、なぜかすれ違う女子みんながぎょっとした顔で俺&ちゃっぴぃのことをガン見してきた。
昨日の夕餉や風呂の時間でちゃっぴぃのことは「反抗期」だと言いふらしたから、妙にべたべたしたところや痣が浮き上がっていることくらい、不思議に思うはずないんだけどな……なんて思いながらスクランブルエッグを貢いでいたところ、朝餉を取りにやってきたアルテアちゃん、ミーシャちゃん、パレッタちゃんが俺を見るなり『う゛っ』って変な声を上げた。いったいどういうこっちゃ。
『どうかした?』って聞いてみるも、『逆に聞くが、どうとも思わないのか?』と聞き返される。『なんかあるか?』ってギルに聞けば、『今日もジャガイモが美味い!』と返された。ギルに聞いた俺がバカだった。
で、相手を変えてみる。フィルラドとポポルは『いつもどおりじゃね?』、『よくわかんね』とのこと。クーラスとジオルドは『正直ちょっとうらやましい』、『ちゃっぴぃを見てるとたまに妹を思い出してちょっと寂しくなる』とのこと。クーラスにはこむら返りの呪をかけておいた。
ともあれ、さっぱりわからなかったので直接アルテアちゃんに聞いてみる。『はっきりわかるほど……その、特有の匂いがする』とのこと。微妙に濁した表現だったけど、どういうことだろう?
『これ、男子にはわからないものなんだな』、『同じ女ならはっきりわかるくらいの強い匂いだよね』とはアルテアちゃんとパレッタちゃん。パレッタちゃんが普通の言葉遣いをしているってことは、マジでその通りってことなんだろう。ヴィヴィディナだって『ギャアアアアア!』って喚いて賛同していたし。
そんな感じで話していたところ、ちょっと遅れてロザリィちゃんがやってきた。なんか、昨日はなかなか寝付けていなさそうだったから、ミーシャちゃんはあえてロザリィちゃんを起こさなかったらしい。
で、ロザリィちゃんってば、俺を見るなり『ひゃっ……!?』って可愛い悲鳴を上げた。
『ちゃっぴぃ……また、やったんだね……』ってちょっと青ざめた顔。『そんなに強い匂いなの?』って聞いてみれば、『匂いもそうだけど……──くん、本当に気づいていないの?』と首を傾げられた。
なんか、かなりエグいレベルで夢魔のマーキングがされているらしい。『えっ、そっちも気づいてなかったの?』って他の女子にまで驚かれた。どうやら食堂にいる女子の全員が、物理的圧力を感じるレベルで夢魔のマーキングと特有の匂いを感じ取っているらしかった。
これはエッグ婦人やアリア姐さんも例外ではないらしく、なんだか妙に二人とも俺との距離が空いている。それとなく近づいてみればエッグ婦人はぱたぱたと飛んで逃げていくし、アリア姐さんも「ちょっとご遠慮願いたいかしら?」とでも言わんばかりにばってん印のジェスチャーを。
一方で、男子は全くそれを感じないのだとか。『夢魔のマーキング? ……いや、ぜんぜんわかんねえけど』ってゼクトも言っていたし、ラフォイドルも『なんのことかわかんねえけど、ざまあみろって思った』ってコメントしていた。
……マジで、こいつの夢魔のマーキングって何なんだろう? 擦れてしまったルマルマ女子はともかくとして、ティキータのライラちゃんは【夢魔のマーキング】って知った瞬間に顔がかあっと赤くなっていたから、かなりヤバそげな行為ではあると思うのだけれど。
朝飯の後はちゃっぴぃを連れて図書館へと赴く。図書館ならあまり人はいないから、迷惑を書けないと思った次第。学生なのに図書館を利用しない人間が多いことに悲しみを隠せないけど、今回ばっかりは都合がいいと言わざるを得ない。
幸いにして、ちゃっぴぃは膝に乗せておけば基本的には大人しい。『きゅうん……♪』ってほおずりしてきたり、ほっぺにキスしてきたり、耳を舐めてくるけれども、いつもみたいに騒いだりってことは無い。
おまけに左手を顔の前にぶら下げておけば、ずっとぺろぺろしだすから、逆にいつもより静かであつかいやすかったりする。発情期も上手く使えば便利だと思った瞬間だ。
もちろん、普通に読書も楽しむ。今回選んだのはなんか珍しい魔法生物の本。満月の夜にしか姿を現さない蛇(日の出までに【帰れない】とそのまま死ぬ)だとか、生まれるところも死ぬところも誰も見たことが無い蝶(ただし、瀕死になっているところはよく見かける)だとか、不死鳥よろしく何度も生まれ変わる犬(ただし、生まれ変わる度に記憶を失うので、正確には特殊な繁殖方法ってだけらしい)だとか、そんな一風変わった魔法生物が載っていて結構面白かった。
なんだかんだで午前中いっぱいはずっと読書していたように思える。あんなにも長い時間、何も気にすることなく本を読んでいたのって結構久しぶりかもしれない。存外息抜きになった気がしなくもない。
俺的にはそのまま午後も読書としゃれこみたかったんだけど、さすがにちゃっぴぃが『きゅ、きゅうん……?』って落ち着き無さそうに媚を売ってきたため、クラスルームに戻ることに。やっぱり子供だからか、半日近く座ってじっとしているのには耐えられなかったようだ。
みんな(特に女子)に迷惑をかけないように、ロフトにでもあがるべきか……なんて思いつつ、スライムボールで遊んでやる。適度に疲れさせて、お昼寝させてしまったほうが良いとも思ったゆえである。
で、ポワレ、ロースト、マルヤキ、ピカタ、グリル、ソテーを交えながらしばしボール遊びに耽る。幸いにして、発情状態であるちゃっぴぃもヒナたちには……待て、あいつらの性別ってどっちだ?
場合によってはエッグ婦人と同じく卵係になるか、あるいは俺の手によって名前通りに美味しく再会するかの運命が決まる……と思ったけど、あいつらたぶん一生ヒナだ。考えるだけ無駄だろう。それに、下手に食べたら体にどんな異常をきたすかわかったものじゃない。
ともあれ、そんな感じで時間を潰していたところ、『……ちょっといいかなっ?』ってロザリィちゃんがやってきた。うっひょう。
ただ、なんだか妙に雰囲気がおかしい。ちゃっぴぃの発情期が終わるまで、あまり接触しないって自分で言ったのにも関わらず、普通にちゃっぴぃの前に姿を現している。それどころか、なーんか【覚悟が決まったッ!】って感じの目つきをしていた。
『どうしたの?』って、優しく問いかけてみれば。
『──服、脱いで?』って笑顔で言われた。わーお。
いや、言われたときは頭が真っ白になったよね。ロザリィちゃんってば、いつからこんなにも大胆になったんだろうって思ったよ。まだ昼間だし、クラスルームだし、みんなが周りにいるというのに。
俺が呆然としている間にも、『嫌なんて、言わせないんだから!』ってロザリィちゃんは俺のローブをひっぺがし、シャツをひっぺがし、そして『……っ!』って顔を真っ赤にしながら、ズボンまで脱がしてきた。わーお。
『あいつ、とうとう色欲で頭がぶっ壊れたッ!』、『相手がアレじゃなきゃ犯罪者ね』、『お、おっぱじめるの……!? こ、ここでおっぱじめるの……っ!?』って、クラスのみんなもざわつき出す。
まさか、マジでロザリィちゃんにひん剥かれる日が来ようとは。正真正銘、俺ってばパンツ一枚。こんな仕打ち、幼いころにマデラさんとナターシャとミニリカにしかやられたことがない。
そしてちゃっぴぃが『きゅん……!』って鼻息を荒くし出した。マジこわい。
パンツ一枚の俺。目が据わっているロザリィちゃん。文字通り俺は手足をちょうちょ結びされたマンドラゴラに等しく、そしてロザリィちゃんは動けないままでいる俺のあごをクイッて持ち上げた。
で、『──ん』って思いっきりキスされた。きゃあ。
しかも、いつものキスじゃあない。比喩表現じゃなく、吸われていた。ついでにいれられた。
普段よりかなり長い時間をかけ、ロザリィちゃんは『……ふう』って口を離す。俺の魔法要素──吸収魔法要素が体に満ちていて、なんか雰囲気がカッコいい。このまま襲われてもロザリィちゃんならむしろウェルカムって感じ。
『──ひどいことして、ごめんね?』って優しげに微笑みながら、ロザリィちゃんは自分のローブを俺に優しくかける。ロザリィちゃんの温もりと匂いがしてマジ最高。秒速百億万回惚れ直した。
さて、そんなロザリィちゃんは俺の衣服をすーはーすーはーくんかくんかした後、手際よくそれを着ていく。夏故にもともと薄着だったから、そのままシャツのボタンを留めて、ローブを纏って、スカートの下からズボンを履き、それからスカートを脱いで……。
書いてて改めて思ったけど、別にきわどい格好をしていたわけじゃないのに、なんでこんなにもドキドキするのだろう? 女の子の着替えって、もしかしたらある種の魔法的効果があるのかもしれない。
ともあれ、ロザリィちゃんの着替えは終了。ちょっとローブが大きめだったけれど、紛れもなく俺の服を着た俺スタイルのロザリィちゃんがそこにいる。
しかも、今のロザリィちゃんは俺から吸った吸収魔法要素を身に纏っている。
何が言いたいかって──生物的にも魔法的にも、ロザリィちゃんは俺そっくりの気配になっていたってことだ。ロザリィちゃんってばマジイケメン。
で、ロザリィちゃんは『──おいで、ちゃっぴぃ?』って低めの声でちゃっぴぃに呼びかける。すかさず意図を読み取ったクレバーな俺は、ロザリィちゃんのスカートを下半身にあてがいながら、『ワタシハママダヨー』と高い声で言っておいた。
そう、今の俺は、半ば強制的にロザリィちゃんの愛魔法要素を注入され、ロザリィちゃんの愛で体が満ちている。文字通り、纏っていたのは愛魔法要素のみ。
その上で、ロザリィちゃんのローブとスカートという、嗅覚的にも視覚的にもロザリィちゃんであるそれを身に着けている。
何が言いたいかって──生物的にも魔法的にも、俺はロザリィちゃんそっくりの気配になっていたってことだ。俺ってばマジロザリィちゃん。
物理的な匂いとしても魔法的な匂いとしても【俺】であるロザリィちゃん。物理的な匂いとしても魔法的な匂いとしても【ロザリィちゃん】である俺。
まさかちゃっぴぃも、俺がロザリィちゃん姿かつ、ロザリィちゃんが俺の姿をしているとは夢にも思わなかったことだろう。俺だって夢にも思わなかった。
やがてちょっと戸惑いながら、ちゃっぴぃはロザリィちゃん元へと近づいていく。腕を開いてちゃっぴぃを迎え入れようとしていたロザリィちゃんは、思わず無言でガッツポーズを取った。
その瞬間、すっぱーん! ってシャツのボタンが弾けた。マジかよ。
はじけたボタンがコロコロと転がっていく。ガッツポーズを取った格好のまま、みるみる赤くなっていくロザリィちゃん。そんな姿もイケメンプリティだった。
俺たちの様子をドキドキしながら見ていた男子連中が別の意味でドキドキし出し、同じく女子の連中が真っ赤になりながら、そんな男子連中を引っ叩きまくっていく。
『ちくしょう! ちくしょう!!』、『新手の嫌がらせか!』って私怨も混じっていたようだけれど、きちんと引っ叩いてくれたのなら俺に文句はない。むしろ、魔法をぶっ放してほしかったとさえ思っている。
結局、露骨にあらわになったそれのため、ちゃっぴぃは『ふーッ!! ふーッ!! ふーッ!!』って激しい威嚇を始める。やはりというか、俺のシャツなんかじゃ、ロザリィちゃんの大きすぎる愛を受け止めることは出来なかったらしい。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ロザリィちゃんが『今日のシャツ、ボタン着け直してから返すね』と告げてきた。別に裁縫くらい俺一人でどうにでもなるけれど、『……おねがい、ね?』と潤んだ瞳で言われてしまえば、断れるはずもない。
しかもしかも、『きょ、今日の私はイケメンだからっ!』ってロザリィちゃんはいつも以上に情熱的なキスをしてきた。愛魔法がすんげえ活性化している上に、なんかやたらとサービス(?)がすごい。とろんとした瞳でぐしぐしと体を押し付けてきた時なんて、なんかもうここが天国なんじゃねって思ったよ。
『……ああ、いろいろ悔しいんだろうな』、『メス犬がマーキングを上書きするのとおんなじなの』、『満たされることのない色欲……さすがはヴィヴィディナのママなり』ってコメントが聞こえて来たけれど、ロザリィちゃんは聞こえていないようだった。俺も気にしないことにする。
ギルは今日も安らかにクソうるさいイビキをかいている。さっきまでちゃっぴぃはギルにモーションをかけていたけれど、ギルは『高い高いしちゃうぜ!』と普通にちゃっぴぃと遊んであげるばかり。そしておねむの時間になったら普通に眠りだした。
トロールみたいな顔で笑ったり、ナイスバディなねーちゃんの落書きが上手いギルだけれど、案外この手の感性はまともなのかもしれない。少なくともクーラスよりかは安心できる……と思ったけれど、恋人がミーシャちゃんって時点でちょっとアレな点があるのは否めないような気がしなくもない。
まぁいい。さっさと寝よう。最後に、衝撃の事実を書いておくことにする。
今日ロザリィちゃんに引っぺがされた衣服、ボタンが取れてしまったシャツ以外も……ズボンも戻ってきていない。
そして、俺の手元にはロザリィちゃんが脱ぎ捨てたスカートがある。
弁明しておくが、ちょろまかしてきたわけじゃない。普通に返そうとした。だけど、ロザリィちゃんが『……持ってて?』って真っ赤な顔で告げてきたのだ。それじゃあ、頷くしかないじゃないか。
幸いにして、この学校には人の箪笥を漁るようなクズはいない。だけど、人目に触れたらあらぬ誤解をかけられるのは確定的に明らか。
ロザリィちゃんがどんな意図でこれを俺に託したのかはわからないけれど、誰にもばれないように厳重に保管する必要がある。さしあたって、下の棚にでもしまっておこう。
ふう。だいぶ長くなった。ギルの鼻には……紅蓮のシェルの欠片でも詰めておく。みすやお。
※燃えるごみは血祭り。魔法廃棄物もぐしゃぐしゃ。