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92日目 時は来たれり

92日目


 ギルのローブがタオル地に。……そこはかとなくヨダレ臭いような?


 ギルを起こし、ちゃっぴぃをお姫様抱っこしながら食堂へ。ある意味予想通り、ちゃっぴぃに浮かび出ていた謎の紋様は昨晩よりも濃くなっており、そしてちゃっぴぃも元に戻った様子はない。


 それどころか、『きゅう、きゅうん……?』って流し目(?)で俺を誘惑(?)してくる始末。いつもに比べて妙に目が色っぽい。瞳の色がいつもと違うからだろうか?


 ともあれ、執拗に俺に体をこすりつけてくるちゃっぴぃを軽くいなしながら朝餉を取る。選んだのはガチガチに硬いパン。たまにはあごの力を鍛えようと思った次第。


 これがまたとんでもなく硬かった。スープに浸しながらようやっと食べられるかもって感じ。食事だけは豪勢なこの学校なのに、なんであんなものがメニューの中にあったのだろう?


 もちろん、ギルは『うめえうめえ!』とじゃがいもを平らげていた。試しにガチガチパンをジャガイモの皿に混ぜ込んでみたところ、特に気付いた様子も無くバリボリと貪っていた。とても食べ物を食べたとは思えない音が聞こえていたと思うのだけれど、そこのところはどうなんだろうか。


 朝餉の後はさっそくドクター・チートフルの元へちゃっぴぃを連れて赴く。もちろん、ロザリィちゃんも付き添いとしてついてきた。『不治の病とかだったりしたらどうしよう……』と、さすがに今回ばかりはその太陽のようなプリティスマイルがすっかり陰ってしまっている。釣られて俺まで泣きそうになった。


 保健室の扉をコンコンとノック。返事が無かったのでそのまま失礼してみれば、ドクター・チートフルは紅茶を楽しみながらピアノを演奏していた。めちゃくちゃ上手いってわけじゃないけど、優しげな音色で聴いていると落ち着く感じ。


 ドクター・チートフルの休日のささやかな楽しみである。どうやら今日はヤバい急患はいないらしい。


 『すまないね、わざわざノックをする学生なんていないものだから、つい……』ってチートフルはちょっと恥ずかしそうに笑いながら頭を下げる。保健室を訪れる人間の大半が扉をぶち破ってくるものだから、もうすっかりそのつもりだったらしい。


 『見たところ、緊急の要件というわけではなさそうだが』……と、ドクター・チートフルはこちらを見て不思議そうに首をかしげる。ロザリィちゃんがここ数日のちゃっぴぃの変化と容体を説明。ついでに俺も、昨日の夜から謎の紋様が浮かび上がったことを告げる。


 『うちの子、どこか悪いんでしょうか……?』ってロザリィちゃんが泣きだす一歩手前でドクター・チートフルに問いかける。チートフルは『まぁ、とりあえず落ち着きなさい。君がそうも慌てていては、対処できることだって対処できなくなってしまう』と、とっておきらしい紅茶を入れてくれた。


 とりあえず、俺もロザリィちゃんも紅茶を飲んで一息つく。ちゃっぴぃも飲ませてくれとせがんできたので、ふうふうしてから飲ましてやった。見せつけてくるように俺の飲んだところに口を付けた上、やっぱりカップの縁全部を舐め回してレロレロにしやがったんだけど、あいつマジで……いや、これは割といつものことか。


 で、落ち着いたところでドクター・チートフルがちゃっぴぃを診察。手首を握って脈を取ったり、体に浮かび上がった紋様を調べたり、なんかそれっぽい器具でちゃっぴぃの瞳を観察したり、首やおでこを触って熱を見てみたり……と、いろいろ諸々やってくれた。


 その間も、ちゃっぴぃは『きゅん♪』ってチートフルに媚を売る。すごくわざとらしく(あざとく)くすぐったそうにしたり、ぐしぐしと頭をチートフルの胸にこすりつけたり。ほっぺに手を当てられた時だって、どさくさに紛れてちろってチートフルの手の甲を舐めたりもしていた。


 『ふむ……』とチートフルは何やら思案顔。『確証は無いが、だいたいの見当をつけることはできた。とりあえず、そう遠くないうちに元に戻るだろう』とのこと。


 『ほ、本当ですか!?』ってロザリィちゃんもぱぁっと笑顔。今日もやっぱりマジプリティ。


 『どちらかというと、私の専門ではなくグレイベル先生の専門だな』って、チートフルは壁際にあった魔道具を何やら操作する。ややあってから、『…何かありました?』ってグレイベル先生がやってきた。


 『実はだね……』と、チートフルがちゃっぴぃのことをグレイベル先生に説明する。『…なるほど』とグレイベル先生もちゃっぴぃを観察。ちゃっぴぃの野郎、“あててんのよ?”とでも言わんばかりに自分の胸をグレイベル先生に押し付けていた。


 『……どう思う?』、『…ええ、間違いないでしょう』と、二人は神妙な顔をして頷きあう。そして、ドクターがこちらを向いて衝撃の事実を告げた。


 『ただの発情期だね』とのこと。ねえちょっと待ってどういうこと。


 『…へその下の特徴的な紋様。全身に回ったそれ。発情期特有の活性化した魔力に因る、髪と瞳の変化。間違いないな』とはグレイベル先生。『医者としても、生物的な体調不良や魔法障害は見つからなかった。なら、種としての特性だと考えるほうが自然だ』とはドクター・チートフル。


 『えっ……。えっ?』ってぽかーんって口を開けるロザリィちゃんが本当にステキだった。まさか病気じゃなく発情期だっただなんて、思ってもいなかったらしい。


 グレイベル先生が言うには、夢魔と言うのは往々にしてこの時期……本格的な夏が始まるちょっと前に発情期に入るらしい。発情期に入るとへその下に特徴的な紋様が現れ、そしてそれが全身に広がるのだとか。


 『でも、ちゃっぴぃはまだ子供です……!』ってロザリィちゃんが信じられないように……というか、信じたくないって顔をしながら告げる。『…夢魔はそこら辺がちょっと特殊なんだ』ってグレイベル先生が更なる追い打ちをかけた。


 なんでも、夢魔としてのアレな特性故に、夢魔は基本的に子供であっても発情期があるのだとか。


 『…夏はみんな開放的になる。夢魔としても本格的な狩りの時期だと本能でわかるのだろう。だから、本格的な夏の前に発情期に入り、めぼしい雄に唾をつけ、敵となり得る雌を排除せんと威嚇する。…心当たり、あるんじゃないか?』って、グレイベル先生はちゃっぴぃの顎を撫でながら(撫でさせられながら)告げた。


 言われて見れば、心当たりが腐るほどある。ちゃっぴぃは俺を始めとして男なら誰から構わず媚を売っていたし、その様子はいつも以上に露骨と言うか、積極的な感じであった。


 一方でロザリィちゃんやステラ先生と言った女子にはとんでもなく威嚇をして、あからさまな敵対行動をとったばかりか、みんなの目の前で【これは自分のものだ】と言わんばかりに俺にキスをするなど、示威行為も見せている。


 どうやらここ最近の全ての行動が、発情期のそれに起因していたらしい。ちゃっぴぃが俺たちのところにやってきたのは去年の夏休みの終りごろだったから、こっちでは初めての発情期だったってわけだ。


 『…あえて発情状態になることで自らの魅力を高め、狩りのための調整を行っているのか、夢魔と言う種の長年の経験から、狩りの時期の前に発情状態になれる個体だけが生き残ったのか……。一般的な魔法生物の発情とは少し意味合いが異なる故に、魔法生物学的にはなかなか興味深い』ってグレイベル先生は言っていた。


 『たしか、夢魔の発情期は一、二週間程度続くんだったかな?』、『…ええ、だいたいそれくらいです。まだ子供ですし、目立った実害も無いでしょう』とは二人の談。放っておいてもそのうち治るから、特別気にする必要はないらしい。


 これが大人の夢魔ならいろいろ問題が起こることもあるそうだけれど、ちゃっぴぃは子供だから『せいぜいが子供のやんちゃで片づけられるレベルだろう』とのこと。『…尤も、周りの大人がまともであるという前提だが』と続いたのが怖いけれども。


 そんなわけで、割とあっさり診察終了。二人にお礼を言ってクラスルームへと戻る。戻って早々に、『ちゃっぴぃどうだったんだ?』とみんなに聞かれたので、『ただの発情期だったよ』……の、“ただのは”まで口に出したところで。


 『……は、反抗期! ただの反抗期だったんだからっ!』ってロザリィちゃんが真っ赤な顔して大声を出した。マジびっくり。


 『ホントなの! ホントにただの反抗期だったの! 子供特有のイヤイヤ期で、女の子はママよりパパに懐くことが多いから、それで……!』ってロザリィちゃんは必死に言葉を紡ぐ。そのあまりの剣幕に、大半のクラスメイトが『お、おう……』ってそそくさと離れて行った。


 もちろん、俺も空気を呼んで反抗期だったと主張する。抱っこしていたちゃっぴぃが執拗に俺のほっぺにキスをしていたから、全然説得力が無かったけれど。


 人がはけたところで『どうして反抗期って言ったの?』ってこっそりロザリィちゃんに聞いてみた。


 『ちゃっぴぃのそういうの、なんかやだ!』って回答が。よくわからんけど、ロザリィちゃん的にはちゃっぴぃが発情期であることを認めたくないらしい。


 ロザリィちゃんってば、改めて悲しくなってきたのか『ちゃっぴぃ……ちゃっぴぃ……!』ってめそめそしだした。『君がそういうのなら、きっと反抗期なんだよ』って優しく抱き締めておく。抱き締めた瞬間、『ふーッ!』ってちゃっぴぃに脇腹を蹴られたのが未だに解せぬ。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中もロザリィちゃんは『ちゃっぴぃは反抗期だから! 反抗期だからみんなに迷惑かけちゃうかもだけど、反抗期だから!』って執拗にちゃっぴぃが反抗期である旨を喧伝していた。


 すでにいろいろ察したのであろうクラスメイトの面々は、『そうは言っても夢魔だろうよ……』、『自然な事でしょ? 必死になる所が逆に……ねえ?』、『ヴィヴィディナに捧げられる色欲を持ってるくせに、何をこの程度で……』ってこそこそ話していた。どうやら連中には人の心が無いらしい。


 ギルは今日も大きなイビキをかいている。そしてちゃっぴぃはやっぱり俺のベッドにもぐりこんでいる。『きゅうん……♪』って色気たっぷり(?)なポーズを取って居たけれど、ガキがやっても滑稽なだけだし、何よりおねむの時間なのか今はぴーぴー寝息を立てている。なんかもう、本当にいろいろ残念だ。


 ともあれ、放っておけば治るとわかっただけ僥倖。みんなに迷惑をかけないためにも、しばらくはなるべく人の接触を避け、つきっきりでちゃっぴぃの面倒を見ようと思う。 


 ギルの鼻にはドクター・チートフルからもらった飴玉……の、包装紙でも詰めておく。ぽっけに入れてそのままだったんだよね。グッナイ。

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