90日目 発展触媒反応学:中立面について
90日目
ギルが星の瞳に。ちょう輝いてる。
まさかこんなことになるとは。指がたいそうレロレロで書きづらいけど、順を追って書いていこうと思う。
ギルを起こして食堂へ。朝から贅沢にフレッシュなアルジーロオレンジのジュースを飲んでいたところ、『ふーッ!! ふーッ!!』、『や、ちょ、ちゃっぴぃってば……!』って大きな声が。
何事かと思って振り向いてみれば、ガチ威嚇しているちゃっぴぃと、頭がぼさぼさで服も乱れた(寝癖って感じじゃない。そしてそこはかとない色気があってすごくドキドキした)ロザリィちゃんがいた。
『おねがい、落ち着いて……!』ってロザリィちゃんは涙目になりながら、なんとか暴れるちゃっぴぃを抑えようと後ろから抱っこを試みる。が、異様に猛ったちゃっぴぃは『ふーッ!! ふーッ!!』って威嚇をやめない。いったいどういうことなの。
で、慌てて駆けよってみる。『なんか、起きた時からずっとこんな調子で……!』ってロザリィちゃんは弱り果てていた。ちゃっぴぃが癇癪を起すものだから、身支度もろくに整えられなかったうえに、ベッドの上も凄まじく乱れているのだとか。
いったいコイツに何があったんだ……って思いながら、ちゃっぴぃを受け取ろうとして、驚きの展開が。
なんとあの野郎、俺を見るなり『きゅーっ♪』ってめっちゃ媚を売ってきた。ぐしぐしと自らの体を俺に押し付けた上、何とも楽しそうに指ぺろぺろまでしてくる始末。俺の腕にひしっと抱き付き、まるで離れようとしない。
これには俺もロザリィちゃんも唖然。さっきまでの不機嫌がまるで嘘だったかのよう……っていうか、いつも以上に上機嫌過ぎてヤバかった。
『ど、どうしたの……!?』ってロザリィちゃんがちゃっぴぃに手を伸ばす。ちゃっぴぃのやつ、『ふーッ!!』ってガチ威嚇。明らかにロザリィちゃんを敵視していた。
『え……うそ、えっ……!?』って、ロザリィちゃんは絶望と困惑が入り混じった表情を浮かべる。そんなロザリィちゃんなんてお構いなしに、ちゃっぴぃは『きゅう、ん……♪』って俺に媚を売りまくっていた。
明らかに異常事態。こいつがロザリィちゃんに威嚇することもそうだし、俺に対してもこんなあからさまに媚を売るなんて絶対におかしい。
とりあえず、次の休みにドクター・チートフルかグレイベル先生に診せようってことで落ち着く。残念ながら、俺たちの実力じゃちゃっぴぃに起こっている異常を見抜くことは出来なかったんだよね。
なお、俺たちが慌てふためいている間もギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。『あたしはそんなに威嚇されなかったの』ってミーシャちゃんがギルの口にジャガイモを放り込みながら呟いていたのが印象的。ロザリィちゃんが威嚇されたのにミーシャちゃんは威嚇されないとはこれ如何に?
今日の授業はキート先生の発展触媒反応学。さすがにこんな状態のちゃっぴぃを野放しには出来ないので、ちゃっぴぃは特別に俺のお膝に座らせた。
『きゅ……♪』って言いながら俺にほおずりしまくるちゃっぴぃを見て、キート先生は『使い魔を膝に乗せて授業を受ける生徒は初めて見ました。使い魔を椅子代わりにして授業を受けた生徒なら見たことあるんですけどね』ってコメントしていた。
ちなみにその使い魔、そんな扱いを受けていたのにもかかわらずかなり嬉しそうだったとか。……本当に使い魔だったのだろうか?
内容としては(広義での)魔法陣における中立面について学んだ。前回までに魔法陣、杖の変形やマジックディフレクションといった変形に伴うたわみなんかについて学んだわけだけれど、当然のごとく、設計にはこれらの変形も考慮しなくちゃいけない。
でも、変形する……すなわち形が変わるとなると、どこを強度計算の基準にするのかっていう諸問題が生じてしまうらしい。
ところがところが、何とも都合のいいことに、この手の魔法物体にはどんなに変形させても魔法的な浸食・封縮が起きない箇所があるとのこと。これを中立面って言うのだとか。
とりあえず、板書の内容を記しておくことにする。
・中立面
横断面が一様な真直ばりが負荷を受けて魔法的変形をする場合、ある一方が浸食し、ある一方は封縮(幾何学的に言えば引張、圧縮)する。この時、その真直ばりのどこか(多くは中間部分)は浸食と封縮のつり合いが取れ、魔法的変形が一切生じない。この魔法的変形が生じない部分を特に中立面と呼ぶ。
・中立軸
中立面とはりの横断面によって生じる交線。魔法体に荒れサークリアが生じた際、中立軸上では魔応力は生じない。魔法体の状態によっては、魔法体中心が必ずしも中立軸になるとは限らない他、同形状であっても中立軸の位置が異なる場合があるので注意が必要である。
ざっくりこんなもん。難しく書いたけど、要は『魔法的負荷を受けても変形しないところがあるよ! だから強度計算や証明なんかはここを基準にして行っていくよ!』ってだけの話である。
実際、『大事な概念ではあるのですが、現実的な問題の対処にわざわざこれを持ち出すってことは先生の感覚的には少ないと思います。どちらかというと、対処に用いる諸法則の証明に必要となるものですね』ってキート先生は言っていた。
もちろん、基礎を知らなきゃ対処できない問題もあるだろうけど、いちいちそんな特殊事例のことを考えても仕方ないだろう。
先生の言葉通り、その後はひたすら中立軸やそれに類する定理なんかの証明を行う。難しくてわけのわからない式をノートに書きまくった。これについては書いていてもつまらないので、この辺にしておこうと思う。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。ちゃっぴぃのやつ、夕飯の時も風呂の時もずっと俺から離れずに媚を売りまくっていた。『あーん♪』はいつも以上に情熱的だったし、風呂の時だってそのお子様ボディをこっちにチラチラ見せつけてくる始末。
『きゅう……ん♪』ってポーズを取られても反応に困るだけである。ガキにそんなことをされたところで……そもそも、娘に等しいやつにそんなことをされたらどうすればいいのか。パパは正直どんな顔をしていいかわからなかったよ。
どうでもいいけど、なんか今日はやたらと男子連中が早風呂だった。なぜかみんなぎょっとした顔でこっちを見てきて、すぐに風呂から上がっちゃったんだよね。中には入ってきた瞬間に出て行った奴もいたっけか。
そしてやっぱり、ちゃっぴぃはロザリィちゃんに対しての威嚇をやめない。『き、機嫌直った……?』って風呂上がりロザリィちゃんが櫛を装備してちゃっぴぃに近づいてきたんだけど、ちゃっぴぃは『ふーッ!!』って激しい威嚇をするばかり。櫛だけ受け取った後は知らんぷりを決め込んでいた。
『おねがい……元のちゃっぴぃに戻ってよぉ……! ママが悪いことしたのなら、謝るからぁ……! ダメな所、全部直すからぁ……!』ってロザリィちゃんは本格的にめそめそし出した。どうやら思った以上に精神的ダメージが大きかったらしい。
とりあえず、ちゃっぴぃを一時的にクーラスに預け(なぜかクーラスにもご機嫌で媚を売っていた)、その間にロザリィちゃんをぎゅっと抱きしめる。でもって耳元で『キミは間違ってなんかいない。……どうせすぐに元に戻るから、あんまり自分を追い詰めないで』って甘く囁く。
ぴすぴす鼻を鳴らしながらもこくんと頷くロザリィちゃんが最高に可愛かったです。俺のシャツをくいくい引っ張って、キスを促してくるところとか本当にチャーミング過ぎたっていう。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。そしてちゃっぴぃは俺にべったり。『きゅーっ♪』ってにこにこしながら指ぺろぺろしまくりんぐ。ついでに顔まで舐めてきた……っていうか、耳を噛んだり胸を触って来たりとやりたい放題。なんかもう、冗談抜きで体中ちゃっぴぃのヨダレ塗れなんだけど。
この日記を書くのにも随分難儀している。気を付けたのにヨダレのシミがついてしまった。前々から口のしまりが悪いとは思っていたけれど、よもやここまでとは。人の背中に抱き付きながら寝るとか器用な真似しやがって。
なんか妙に疲れた。早く元のちゃっぴぃに戻ってほしい。そうじゃないとロザリィちゃんの精神がヤバい。ドクター・チートフルの実力を信じるほかない。
ギルの鼻にはくるくるクールを詰めておく。おやすみなさい。