84日目 魔法回路実験:実験6 虚実制御と比例制御
84日目
ギルが不良。マジこわい。
ギルを起こして食堂へ。今日のギルは不良だからか、並んでいるみんなを無視して飯を取りにいっていた。おまけに『俺は不良だぜぇ……?』って一人で二つもコップを使っちゃう始末。止めとばかりに『食事の前なのに手を洗ってないんだぜぇ……?』っておっかなく笑う。あいつほど悪い子を、俺は今まで見たことがない。
そして、『うめえうめえ!』って両手をフルに使ってジャガイモを貪っていた。食器を使わないうえ、両方の手でジャガイモを掴むなんて、なんてはしたないのか……って思ったけれど、割といつも通りのことだった。
すごくどうでもいいけど、俺の愛の杖がびくびく動いていたのでギルのジャガイモを少々食わせておいた。『この子も最近あんまり食べさせていなかったの』ってミーシャちゃんもリボンにジャガイモを食わせておいた。せっかくなのでちゃっぴぃにもジャガイモを『あーん♪』しようとしたら、『ふーッ!』って思いっきり顔面を引っ叩かれた。解せぬ。
さて、今日の授業は魔法回路実験。前回言われた通り、今日のテーマで実験はおしまい。最初はどうなる事かと思ったけれど、振り返ってみれば実験もあっという間だったと評価せざるを得ない。なんだかんだで(これを含めて)六回しかやってないし、期間もたったの三か月くらいだしね。
『最後だからって気を抜かないように頼みますよホント。慣れてくると油断してやらかす生徒が毎年出てくるから困ります。最悪首さえ繋がっていれば何とかするんで、やらかしそうになったら頭部の守りを優先してください……って言ってるのにいざその時になると動けない人でいっぱいなんですよね』ってポシム先生は言っていた。相変わらずこの人の話し言葉って奇妙な特徴があると思う。
ともあれ、早速実験。前回の講義でステラ先生が仰ってくれた通り、今回は今までの回路をすべてごちゃ混ぜにしたかのような回路を組む。で、この回路を実際の魔道具に繋げることで、なんかいろいろ諸々制御するらしい。
『それぞれの回路の特徴や制御方法はもうみなさんしっかりはっきり覚えてるって前提で話を進めます。まず、そもそもとしてあれらの回路は単体じゃあまり役立ちません。いろんな回路と組み合わせることで初めて役に立つのです。あれは目的ではなく、手段であることをよく覚えておいてください』ってポシム先生が前置きを話す。うんうんって頷くステラ先生が最高に可愛かったです。
その後のポシム先生の話を要約すると、今回の回路は今までの回路を組み合わせ、【魔道具の出力をある一定に保つ】回路として用いているらしい。出力を一定に保つってのが制御に含まれるのかどうかは俺にはわからないけれど、やれと言われたからにはやるしかない。
あ、一応今回の実験で行う制御の特徴を下に示しておく。今回の魔道具は湯沸しのやつだから、お湯の温度を一定にする制御なんだってさ。
・虚実制御
評価値が設定したある基準値以上となったら魔力の供給を停止し、基準値以下になったら魔力を供給することで、魔道具の出力を一定に保つ制御。非常に簡便でシンプルな制御方法であるものの、出力の慣性といった諸処の問題のため、基準値に対する誤差の幅が大きくなりやすく、対象によってはまともに制御ができない。
湯沸し器を例にすると、基準水温になるまで(センサが基準値を感知するまで)魔道具に魔力を供給するため、基準水温に達して魔力の供給が止まった後もしばらくは水温は上昇し、その後低下して基準水温に達する。基準水温以下になって魔力の供給を始めるときも、水温が上がるほどの出力が得られるまでの間は水温が低下し、その後上昇して基準水温に達する。
このように、虚実制御の場合は基準値に対して波打つように誤差が生じるケースが多い。
・比例制御
基準値に対して比例帯を設け(例えば±5%など)、現在値が比例帯に達したところで魔力の供給(虚実)を切り替えることにより魔道具の出力を一定に保つ制御。基準値に達してからではなく、基準値に近づいたところで虚実を制御するため、虚実制御の問題であった波打つような誤差がほとんど生じないというメリットがある。
湯沸し器を例にすると、基準水温に近づくまでは魔道具に魔力を供給し、比例帯となる水温に達したところで段階的に魔力の供給を減らしていく。これにより、比例帯内のどこか(理論上では基準値)で魔力供給がゼロとなり、水温はある一定の値にバランスされる。このバランスした値と基準値との差を特にオフセットと呼ぶ。
・MPID制御
比例制御をすんげえガチにした制御。微解とか積構とかも使って、現在値の上昇の程度と加えている魔力の関係を難しい計算を元に割り出し、なんかいい感じに判断して制御するらしい。精度はとってもグレートなものの、単純な魔力だけでなく、対象の魔法体のパラメータや制御環境など、設定項目が複雑かつ膨大になる所がネック。
なお、MPID制御は難しいから実験では取り扱わない。頭の片隅に入れておけとのこと。
実際に回路を組んだんだけど、それはもう面倒臭かった。パーツが膨大なうえに、ブレッドボードのスペースだって限られている。きちんと考えてパーツを配置しないと物理的に回路を組むことが……導線で結ぶことが出来なくなるっていうね。
あまりにブレッドボードがごちゃごちゃしすぎていたからか、『こんな危なくて使いづらい回路でいいわけないでしょうがッ!』っていくつかの班がポシム先生にやり直しを言い渡されていた。
うっかり魔源とアースに繋げる導線の色を同じにしてしまった班は、『今まで何を聞いていたんだッ! 危ないから絶対にやめろって言っただろうがッ!』ってその場で回路をぶち壊されていた。奴らが涙目になっていたことは書くまでもない。
こんな感じで実験を始めるまでに一苦労。ようやっと回路を組めたと思っても、相も変わらずなぜか教科書通りに動いてくれない。『他人が組んだ回路のチェックって、思った以上に大変なんだよね……』って回路の確認をしてくれたノエルノ先輩が呟いていた。
面倒くさいからだいぶはしょるけど、キイラム先輩、ノエルノ先輩、あと魔材研の先輩の三人がかりでようやっと回路の不備は見つかった。マジックトランジスタがイカれていたのと、マジックオペアンプがイカれていたのと、マジックトリガーダイオードの足の長い方(極性の判断基準)がなぜか短く折れていたため、反対に繋がれていたのが原因。
あと、『俺不良だからバカなのに手伝っちゃうぜぇ……?』ってギルが組んでくれた回路が間違っていた。『親友の足をひっぱちゃうなんて、やっぱり俺は悪い子だぜぇ……?』ってちょっぴり筋肉がしょんぼりしていたので、『やる気があるのは悪いことじゃないぞ』って慰めておいた。
ともあれ、これでようやく制御回路は完成する。動作確認のための諸々の測定実験も一応は無事滞りなく終了。
しかし、今回やりたいことはお湯の温度を一定に保つために湯沸しの魔道具の出力を制御する……といったもの。俺たちが作ったのは魔力の制御回路であり、水温を制御するものではない。さらに言えば、水温を感知するためのセンサもない。
そのことをステラ先生に告げたところ、『……ホントはちゃんとした測定器があるんだけどね、ウチは予算がしょっぱいから』って大変心苦しそうなお顔で魔法水を渡された。
『これを器に入れて、お湯と一緒に湯沸しの魔道具にセットするの。出力の上昇……お湯が温かくなるほどこの魔法水の魔度も上昇するから、この魔法水の魔度を魔法対魔度計で……ね? か、簡易的な測定器だよっ!』ってステラ先生は見ているこっちが心配になるほどぎこちなく笑っていた。
たぶん、自分でも【それはあまりに無茶苦茶じゃないか】って思っているんだろう。何とか笑ってごまかそうとするステラ先生も最高に聖母でありました。
とりあえず、魔法対をみょんみょんしてから魔法水にぶちこむ。お湯の温度の上昇に伴い魔法水の魔度も上昇し、マジックランプがじわじわと規則的に光っていく。虚実制御の時のマジックランプの点灯パターンとその傾向、比例制御の時のマジックランプの点灯パターンとその傾向を記録すればおしまい。
さっきも触れたけど、一応二つとも基準となる点灯パターンをできるだけ保つような感じで虚実のスイッチ(確認のためにマジックライトダイオードを設置した)が切り替わっていた。虚実制御の時は基準となる点灯パターンのときに供給確認のランプが切り替わり、比例制御の時は基準となるパターンになる前に供給確認のランプが(さらにいえばその明かりの強さも)切り替わっていた。
全体として、比例制御のほうが基準となる点灯パターンを長く保っていられたのが印象的。値のブレ幅(点灯パターンの移り変わり)も虚実制御に比べてほとんどなし。もう全部比例制御だけでいいと思う。
今までの総仕上げと言うだけあって、目新しいところがほとんどなかったのは僥倖。回路が完成さえしてしまえば、あまり苦労することはなかったと言えよう。そこまでがクソ大変でめちゃくちゃ時間がかかったんだけどね。
ほんのちょっぴりだけ余裕があったので、ステラ先生が教えてくれた通り、今回作成した魔法回路で至高のゆで卵を作ってみることに。うまい具合に基準水温を設定し、エッグ婦人が産んでくれた卵を水に入れ、そして魔道具のスイッチ(回路の魔源)を入れるだけの簡単なお仕事である。
サポートのために走り回る上級生。回路とにらめっこして原因を探る先生たち。部品を爆発させて嘆くクラスメイトたち……そんな連中を横目に卵がゆで上がるのを待つことのなんと楽しいことか。あの実験の時間の中で、唯一ゆっくりできた瞬間かもしれない。
ほどほどの時間になったところで卵を引き上げ、ゆで卵を実食してみることに。『エッグ婦人の卵なんだから俺にも食う権利があるよな』、『ヒナたちは俺の腹巻で過ごしてたんだから俺にも食う権利あるよね!』、『毒見役って副組長に相応しい役目だよな』、『理由なんてどうでもいいから食わせろ』、『俺悪い子だから食べちゃうぜぇ……?』ってヒモクズ、おこちゃま、デミロリコン、匠、筋肉に奪われた。解せぬ。
なお、肝心の味の方は『普通』、『特徴無し』、『ただのゆで卵』、『マジでコメントが思い浮かばない』、『うめえうめえ!』とのこと。実際、俺も同じ条件で茹でたものを食してみたんだけど、半熟トロトロのはずなのになんか味気が無かった。所詮は道具で作った温かみのない食べ物だってことなんだろう。
ステラ先生は『こ、これもすっごくおいしいよっ!』って言ってくれたけど、作った(設定した)俺自身が納得していないのだ。『僕ならもっとおいしいゆで卵を作れます……今度、ご馳走しますよ』って言っておいたから、どこか休みの日にでも食べに来てくれるはず。その時はジャムクッキーもご馳走しなくては。
ゆで卵を食べていたら、ティキータの方で軽い爆発音が。同じく実験を終わらせてゆで卵を作っていた班の卵が爆発したらしい。『古い抵抗だったから、カラーコードが掠れて値を読み間違えたっぽい。本来使うべきものより小さい値の抵抗を使ったから、魔道具に過剰魔力が流れたんだ』って卵塗れのキイラム先輩が言っていた。
その後は普通にレポートの返却タイム。五回目の実験は見事にクリア。残るはこの実験のレポートだけ。暗い未来を暗示するかのように、渡された表紙が灰色なのがちょっと怖い。
実際、『このレポートは返却する時間が無いからな。文字通りの一発勝負だし、再レポの提出も次が最後のチャンスだぞ』って言われてしまった。みんなの悲鳴が実験室に響いたことは書くまでもない。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだかんだで酷い有様にならなかったのはうれしい誤算。最後の実験って言葉に俺もだいぶビビっていたらしい。
『やっと……終わった……ッ!』、『もう回路を見なくてもいいんだぁ……っ!』ってクラスルームではうれし涙を流している奴がいっぱいいたっけ。まだレポートが残っていると思うんだけど。
あと、『おつかれさまっ!』ってロザリィちゃんがぎゅーっ! って抱き付いてきたのを覚えている。『私も──くんのゆで卵、食べたかったのにぃ……!』って口をとがらせてきたので、『これで勘弁してくれないかな?』って熱いキスを送る。
ロザリィちゃんってば、『……もう一回してくれたら、許す』って自分からキスをしてきた。まったく、これだからロザリィちゃんは最高だ。
そうそう、『俺は悪い子だから、人前でいちゃついちゃうぜぇ……?』って珍しくギルが自分からミーシャちゃんにキスをしていた。ミーシャちゃん、いきなりのことで驚いたのか、『み……!』って真っ赤になって固まっていた。なんだかんだであの二人がいちゃつくのを見るのも久しぶりのような?
そんなギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝こけている。悪い子だからか、毛布をうっちゃらかしているしぽんぽんだって思いっきり丸見え。俺は良い子だからそっと毛布を掛け直してあげた。俺ってばマジ優しい。
ギルの鼻には……ビーストクォーツの欠片でも詰めておこう。グッナイ。