76日目 発展触媒反応学:重ね合わせの原理について
76日目
ギルが張り付けたような笑顔。限りなく不気味である。
ギルを起こして食堂へ。その張り付いた笑みを見た大半の人間がビビり、ギルと出会うなり反射的に杖を引き抜いていた。中には『新手の邪神かッ!?』って魔法をぶっ放してくる輩も。物騒な人っておっかなくってやーね。
あ、書くまでもないけど、放たれた魔法はギルの筋肉に弾かれて霧散してしまっていたよ。なんか日に日にギルの筋肉の魔法抵抗力が高まっている気がする。俺も筋トレしようかな?
朝食はなんとなくジャムパンをチョイス。これ、齧ってみるまで中にどんなジャムが入っているのかわからないっていう、ある種の運試し(?)的な要素があったりする代物。余りがちなジャムを効率よく処分するために作られたものだろうけど、どうしてなかなか、この手のワクワク感は侮れない。
俺が食べたのは(当てたのは)普通のイチゴジャムのジャムパン。俺のお膝の上のちゃっぴぃに『あーん♪』させてやったやつはアルジーロオレンジで作ったピール入りの本格マーマレードだった。
俺的にはマーマレードのほうが好みだったので、ちゃっぴぃにはイチゴジャムの方を与え、俺はマーマレードの方を食した。『きゅーっ♪』ってちゃっぴぃも嬉しそうだったし、これぞ互いにフェアな関係と言えるだろう。
問題なのは、もっと食わせろとばかりにちゃっぴぃが『きゅ!』って俺のマーマレードジャムパンにまでかじりついてきたことだろうか。なんか最近、こいつの食う量が増えてきているような?
この学校で誰よりも食う量の多いギルは、今日もやっぱり『うめえうめえ!』ってジャガイモを食べていた。フィルラドが『きっとこれでもっとうまくなるぞ!』ってイタズラしてレモンジャムをジャガイモにぶっかけても、普通に『うめえうめえ!』って食っていた。
『レモンジャムを……イタズラに使うんじゃあない……ッ!』ってフィルラドはアルテアちゃんにキレられていた。宿屋の息子的にレモンジャム以外でもイタズラに使われてほしくなかったので、どさくさに紛れてフィルラドにケツビンタしておいた。腕じゃないから問題ないだろう。
今日の授業はキート先生の発展触媒反応学。先生は今週も実験で使う部品に解析魔法をかけていたらしく、疲れた様子を隠せていなかった。頬もげっそりとこけていてたいそう不健康な感じ。たぶんあのままリッチになったとしても、誰も驚かないだろう。
『……最近はじめじめして蒸すからか、夜中に一人で解析魔法をかけていると暑さで頭がくらくらしてくるんですよ。……こっちにはいないはずのフィアンセが、私の前で笑ってる姿を見たんですよね』……なんてキート先生は言っていた。これはいよいよもって本格的にヤバいかもしれない。
授業では重ね合わせの原理について学んだ。今までは比較的簡単な構造を対象に計算を行ってきたけれど、現実においてはもっと複雑形状の対象に対し、いろんな方向から魔力やサークリアがかかっているケースがほとんどだったりする。
そんな境界条件において、個別の要素ごとにいちいち検討するのはたいそう面倒……というか、現実的じゃない。そんなことしていたら日が暮れる。
ここで登場するのが重ね合わせの原理ってやつ。触媒反応学において取り扱う微小な魔法変形や魔歪の範囲内では、魔法体に負荷されるいくつかの浸食魔力によって生ずる裂界魔力、サークリア……といった諸々の要素は、よっぽど特殊な事例でもない限り、個々の力を個別に加えたときに生ずる値を足し合わせたものに等しいらしい。このことを重ね合わせの原理と言うそうな。
『部分部分で物事を考慮しなくちゃいけないことはもちろんあります。しかしながら、最終的に求められているのはそれそのものがどういった魔法的状態にあるか……ということのほうが多いです。そんなわけで、重ね合わせの原理を使ってがーって計算したほうがはるかに良いわけです』ってキート先生は言っていた。
『……ただし、この重ね合わせの原理が使えると知っていない場合は、きちんと手順に則って計算しなくちゃなりません。この原理があるって知っているからこそ、何も考えずに足し合わせることが可能になるのですよ』ともキート先生は語ってくれた。
要は、【最終的な結果は個々の要素を全部合わせたものに等しいよ!】ってことなんだろう。それだけのことなのにどうしてこうも回りくどく面倒くさい婉曲表現を使って説明をしていたのだろうか。なんで先生たちがそういうやりかたをするのか、未だによくわからん。
今日は原理の説明だったため、その後は難しい証明をひたすら板書することになった。これについてはつまらないから省略させてもらうことにする。パレッタちゃんがポポルのローブを剥いで枕代わりにしてスヤスヤし、ミーシャちゃんがギルのローブを剥いでタオルケット代わりにしてスヤスヤしていたことをここに記しておく。
授業後の雑談中、『部品の点検、誰か手伝ってくれないんですか?』って何気なくキート先生に聞いてみたら、『みんな忙しいですから。それに、ポシム先生も一人で点検済みの部品に被膜魔法で表面強化をかけてくれてるんですよね』って教えてくれた。キート先生は必至こいて作業をしているのに対し、ポシム先生は鼻歌交じりでこなしているのだとか。
『作業量的にもその質的にもあの人の方がキツいはずなんですが……本当に、どうしてあれだけ余裕そうにこなせるのか』ってキート先生は軽く愚痴(?)を言っていたよ。やっぱりなんだかんだでグランウィザードは侮れないってことだろうか。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、アリア姐さんの沐浴をどうするかで女子たちがちょっと揉めていた。アリア姐さん的にはジオルドに体を洗ってほしかったらしいんだけど、一部の女子たちが『そんなの絶対だめっ!』って断固反対の姿勢を崩さなかったんだよね。
水に濡れたアリア姐さんは大変アレな姿になる。そんなのをジオルドが真正面から見据えて洗うとなれば、女子が心配するのもわからなくもない。
が、『代わりに私たちがお風呂に連れていくから!』って言う女子たちに対し、アリア姐さんは「ほら、私、お湯はダメだから……。それに、ダーリンに洗ってほしいから……」とでも言わんばかりに身をくねらせる。そりゃあ、植物にお湯をぶっかけて良いはずがないわな。
最終的に、ジオルドが目隠ししてアリア姐さんの背中を(水で)流すことになっていた。アリア姐さん、「くすぐったぁい……♪」とでも言わんばかりに身をよじらせていたっけ。
目隠しした男が豊満な体の女を弄る姿は、非常に犯罪的であった……と、述べさせてもらおう。
今日はずっと板書だった故に手がすっかり疲れてしまった。一方でギルはそんな苦労をすることも無く、安らかな表情をしてクソうるさいイビキをかいている。なんかちょっとイラッてしたので、奴の鼻にはエンジェルシャボンを詰めておくことにした。おやすみ。