70日目 魔法回路実験:実験5 マジックオペアンプを用いた増幅回路
70日目
ギルが凄まじい貧乏ゆすり。お行儀悪い人ってやーね。
ギルを起こして食堂へ。今日はなんとなく卵焼きをチョイス。ホントはしょっぱい系のそれを食べたい気分だったけれど、ちゃっぴぃは甘いのが好きだから甘いやつを選んでおいた。
もちろん、味は大変に素晴らしかった。ふんわりと柔らかく、卵と砂糖の優しい甘さが食べている俺たちを穏やかな気分にさせてくれた。あのふんわり具合を実現して見せるとか、おばちゃんもなかなかやりおる。
パレッタちゃんもこの卵焼きはお気に入りなようで、普通の女の子みたいににこにこしながら卵焼きを頬張っていたのが印象的。呪やポポルで遊んでいるとき以外であんなに笑っているのを見たの、もしかしたら初めてかもしれない。
ギルはやっぱりジャガイモを『うめえうめえ!』と貪っていた。蒸かしただけのジャガイモに優劣なんてあるはずがないと思うんだけど、こいつはいつも『うめえうめえ!』ってうまそうに食っている。生のジャガイモとすり替えたらどんな反応を見せるのか、一度確認してみたいものである。
さて、今日の授業は魔法回路実験。なんだかんだで今日は五回目の実験。前回の実験が実験だっただけに、ルマルマもティキータも表情が引き締まっていた。緊張感が漂っていたとも言う。
アルテアちゃんは特にそれが顕著……っていうか、微妙に震えてさえいた。『大丈夫だよ、アティ。……俺がついている』ってフィルラドは優しくアルテアちゃんの手を握る。いつもこれくらい真面目ならどれだけよかったことか。
あ、ライラちゃんもちょっと不安そうにしていたんだけれど、ゼクトが無言で肩を抱いてあげていた。ライラちゃんは一瞬で真っ赤になり、そして嬉しそうな表情を見せる。
ライラちゃん、いつからあんなに人前でデレデレするようになったんだろ? 去年は結構意地っ張り(?)みたいなところがあったと思うんだけど。
肝心の内容だけれど、今回はマジックオペアンプ……要は、魔力増幅器を用いた制御について学んだ。
『魔法回路の制御ってのはね、あくまで手段の一つなんですよ。肝心なのは回路を使って何をしたのかってところね。で、そのために対象の状態を感知するセンサーが必要になるんだけど、困ったことにこのセンサーの反応ってのはひっじょーに小さくて回路に流したところで回路が反応できないんですわ。そりゃあセンサーの反応がバカでかかったらセンサーとして役に立つはずがありません。……そんなわけで、この微弱反応を適切な大きさに増幅してやる必要があるんですよ』
……ってポシム先生が解説してくれたのはいいものの、もっとすっきりまとめられそうな気がしなくもない。まぁ、口頭表現ならこんなもんか。
ともあれ、感知した反応を認識できるくらいに大きくしてやる必要ってのが魔法回路ではあるらしい。そのためにマジックオペアンプ(見た目的にはMICとほぼ同じ)を回路に組み込むそうな。今回は実際にマジックオペアンプを用いた回路を組んでみて、実験を通してその使い方や特性を学びましょうってやつね。
なお、『今回も大きな魔圧を使いますからね! おまけに増幅器を使う関係上、事故も大きくなりがちですからね! 絶対! 絶ッ対! ふざけたりしないように! 教科書をよく読んで、わからないことはさっさと我々に聞くように! お説教は放課後にしますから、遠慮せずに聞きに来なさい!』ってポシム先生は口酸っぱく警告していた。ルマルマもティキータも震えあがったのは書くまでもない。
『ただし、前回のようにこちらの不手際で生じる事故は一切ないと宣言させてもらいましょう。今日のために、キート先生は一人で皆さんが使うすべてのパーツに超高精度の解析魔法をかけて調べてくださいました』ってポシム先生は大変満足そうにおっしゃった。
『もちろん、これはあくまで我々のヘマによって生じたことですので、時間外労働、かつ徹夜もしております。……はい、キート先生に盛大な拍手!』って笑顔で宣言していたけれど、ルマルマもティキータも、言われた言葉がアレすぎて、一瞬固まっちゃってたよ。
……キート先生の精神状態がヤバそげになってたのってこういうことか。万雷の拍手の中、『大変でした……! 本っ当に大変でした……!』ってキート先生は力尽きたように笑っていた。
ちなみにだけど、アルテアちゃんの班のところにはステラ先生が付きっ切りでついていた。フィルラドのところにはキート先生が付きっ切り。『怖くないからねー?』って優しくアルテアちゃんをぎゅっ! って抱きしめるステラ先生が本当に聖母過ぎた。
前置きが長くなったけど、ともあれ早速実験。マジックオペアンプを組み込み、まずは普通に増幅しているかどうかを調べる。やっぱり足の位置がわかりにくいうえ、どこをどう刺せばいいのかたいへん迷った。なんでわかりやすい印とかつけてくれないんだろ?
ともあれ、増幅の確認は簡単に終わる。よくわかんないのは、これにもやっぱり虚実の入力があることだろうか。マジックオペアンプって微弱な反応を増幅させるためのものじゃなかったの?
『虚実の繋げ方によって非反転増幅回路になるか反転増幅回路になるかが決まるんだぜ』ってキイラム先輩が言っていたけれど、正直よくわからん。後でデータをまとめれば理解できる……と信じたい。
その後もぼちぼち実験を進めていく。実験中、ティキータの方から『すみません! 全然増幅してくれないんですけど! このマジックオペアンプ壊れてます!』って大きな声が。すかさずノエルノ先輩が駆け付け、そして呆れたようにちょちょいと回路を直してあげていた。
『いるんだよね……マジックオペアンプをつければそれだけで魔力の増幅ができるって思ってる人……』ってノエルノ先輩は困った様に笑っていた。『そもそも魔源をつけなきゃマジックオペアンプは動かないし、魔源の出力までしか増幅できないよ?』とのこと。
……それって増幅機構って言えるのだろうか? むしろ制御機構って言った方が正しくない? そりゃあ小さいものを大きくしているように見えるけどさ、結局は与えられた魔力を参考に大元の魔力を適切な値に絞って出力してるってことじゃないの?
そんな感じのことをキイラム先輩に聞いてみたところ、『そこに注目したのはさすがだと言える。けど、制御機構ってのはやっぱり語弊があるな。増幅機構で間違ってねえよ』って返された。イマジナリショートがなんだとか言われたけれど、正直何を言ってるのかさっぱりわからなかった。
『魔力保存の法則をすっかり忘れていくらでも増幅できるって思ってるやつが多いこと多いこと。その点、お前の質問は意外と鋭いから別の意味で面倒くさい』ってキイラム先輩は笑っていた。笑い事じゃないと思った俺をどうか許してほしい。
さて、マジックオペアンプに関する基礎的な実験を一通り終わらせた後は、実際にセンサーを使った測定実験を行うことに。今まではこっちが適当に用意した魔力を増幅させていたけれど、今度は魔法対魔度計によって得られる出力を増幅させていく。
『魔力学でやったの、ちゃんと覚えてるかなっ?』って魔法対をみょんみょんさせながら笑うステラ先生がめっちゃプリティでした。
ともあれ、早速実験。授業で一応触れたとはいえ、魔法対を実際に扱うのはこれが初めてだったりする。使い方はいたって単純で、魔法対の端っこをそれぞれブレッドボードに突き刺すのみ。測定部(?)の魔度を大きくしたり小さくしたりすればわずかな魔力が魔法対に流れるから、それを拾って増幅するっていう寸法である。
意外なことに、失敗することなく一発で成功。魔度の上昇に伴い、マジックオペアンプ越しのマジックライトがゆっくりと点いた。魔度を下げるとじんわりと消えていく。一応確認のためオペアンプを外して同じようにやってみたけれど、その時は点灯せず。
センサの方は問題ないってことが分かったので、今度はそれを目に見える形……正確には、俺たちが読み取れる形で出力しましょうって実験に。新たなMICと複数のマジックライトを回路に組み込み、その上で魔法対に適当に魔度を与えてやると、魔度の上昇に伴いマジックライトが点いたり消えたりしだした。
『魔法の世界は虚と実の二つで成り立っているからねー……。だからこれも二進数で表示されているんだよー……』ってステラ先生が明かりを指さしながら教えてくれたけど、どうして二進数で表示されるのかっていう肝心の説明が無い。うっかりさんなステラ先生もステキすぎるから困る。
まぁ、MICのおかげだってざっくり覚えておけばいいだろう。あれのおかげで魔度(出力)の変化に伴いマジックライトの点灯パターンが変わるから、その時の点灯パターンを変換してやることで実際の魔度がどんなもんなのかってのがわかるっていう寸法である。あんな複雑で面倒くさいの、いちいち原理から覚えていたら時間がいくらあっても足りないや。
なんだかんだで大きな事故も無く実験は終了。せいぜいがティキータの連中で指先をちょっと火傷した人が出たくらいだろうか。『……あそこの班、明らかに増幅限界以上の出力があったんだけど。魔力保存の式超えちゃってるよ……』ってノエルノ先輩が首をかしげていた。わけわかんないことは考えないに限る。
実験後はレポートを受け取ることに。嬉しいことに黄色(三回目)のレポートはクリア。黄緑色(四回目)のレポートもあとちょっと。他の連中も結構いい感じだったらしく、ルマルマの連中もティキータの連中もそこらで歓声を上げていた。
なお、今回のレポートの表紙(オレンジ色)を見て絶望したのは書くまでもない。大振幅周波数限界を求めろとかわけわかんないことがいっぱいあって泣きそう。どうして幸せな時間ってこんなにも短いのだろうか。
遅めの夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、久しぶりにネグリジェ姿ステラ先生がやってきてくれた。ひゃっほう。
ステラ先生、クラスルームにいるアリア姐さんを見て『あっ……! アビス・ハグだぁ……っ!』ってすんげえ目をキラキラさせていた。『ね、ね、先生ちょっと抱きしめてもいい!?』ってぴょんぴょん飛びながらジオルドに聞いてもいた。ジオルドを呪わなかった俺ってすごくない?
で、ステラ先生はアリア姐さんをぎゅ……っ! って幸せそうに抱き締める。アリア姐さんもステラ先生の無邪気な姿に胸を打たれたのか、唯々慈愛の微笑みを浮かべながら優しく抱き締めていたっけ。
さて、しばらく堪能したところでステラ先生はアリア姐さんから離れる。さぞや嬉しそうな表情をしているのだろうな……なんて思っていたのに、先生のぱっちりまんまるおめめの端には煌めくものが。
ステラ先生、なぜか涙ぐんでいた。「ち、ちがうわよ……!? 私、そんなに強く抱き締めてないから……!」って言わんばかりにアリア姐さんはオロオロ。「す、捨てないで……! 捨てないでよぉ……!」とでも言わんばかりにジオルドに縋っていたっけ。
ともあれ、事情を聴いてみることに。『ちょ、ちょっと昔を思い出しちゃって! ホントに大丈夫だから!』ってステラ先生は言っていた。
『学生時代……一人で寂しかったころ、よく準備室にいたアビス・ハグに抱きしめてもらってたの……。ホントはダメだけど、先生の目を盗んで何度も通っていたっけ……。でもね、ある日それがばれちゃって……』って先生は口にする。俺たち全員が泣きそうになったのは書くまでもない。
結局、ステラ先生はアビス・ハグとの接触禁止を言い渡されたらしい。『あの子はいっつも優しく抱き締めてくれたから、全然危ないことなかったのに……元気にしているのかなぁ』ってステラ先生はしゅんとしていた。
……引き離したのは正解だと思う。先生の先生は物理的なケガを心配したんじゃなくて、ステラ先生の精神面を心配したのだろう。件のアビス・ハグもステラ先生がアレすぎたために、思わず優しくぎゅっと抱きしめてしまったに違いない。俺がアビス・ハグなら絶対にそうしている。
ギルは今日もクソうるさいイビキをかいている。今日は実験で疲れたためになんか妙に眠い。若干文章にまとまりがないような気もするけれど、面倒くさいからこれでいいや。
ギルの鼻にはアリア姐さんの葉っぱでも詰めておこう。これ、ヒナたちの羽やちゃっぴぃの髪の毛、ヴィヴィディナの毛や脚に交じってクラスルームで見かけるようになったんだよね。抜け毛的なアレだろうか。みすやお。