7日目 魔法回路実験:実験1 魔法回路の基礎知識
7日目
ギルの髪の毛が一本だけ超ロンゲ。どう反応するのが正解なのだろうか。
ちくしょう、まさかこんなに手こずるとは。すこぶる眠いけど、どうせベッドで横になっても眠れないので、きちんと書いておくことにする。どうせ明日は休みだし。
ギルを起こして食堂へ。一本だけ伸びているロンゲをみょんみょん引っ張って遊んでいたら、『次俺が予約してるし!』、『ギルのものは全部あたしのなの!』、『混じるしかない、この混沌に』、『きゅーっ!』ってポポルとミーシャちゃんとパレッタちゃんとちゃっぴぃが【誰が次にギルのロンゲをみょんみょんするか】で揉めだした。
なんかこいつら見ているとすんげえ情けない気分になってくる。子供っぽいったらありゃしない。だいたい、ギルのものは全部俺のものだ。もちろん、奴らが喧嘩している間に全力でギルのロンゲをみょんみょんしておいた。
『自覚症状が無いって怖いよな』、『お前があの手のアホじゃなかったのだけは幸いだ』ってフィルラドとアルテアちゃんがヒナたちの首をこしこしと撫でながら言っていたけど、いったいどういう意味だろうか。俺ってば別に間違ったことしてなくない?
ちなみに、ギルのロンゲは辛抱堪らなくなったジオルドが『オラァ!』と一気に引っこ抜いたことでご臨終。ジオルドにしては珍しいと思ったら、『一本だけ中途半端になっているのが無性に気になった。反省はしているが後悔はしていない』とコメントをくれた。割と几帳面なあいつらしい発言だと思う。
なお、ギルは件のロンゲを【ボナパルト】と名付けていたらしく、『ボナパルトぉぉぉ……!』ってめそめそとしだした。『俺、ボナパルトの墓を作ってやるんだ……』などと頓珍漢なことまで言い出す始末。あいつの頭の中、マジでどうなってるんだろ?
もちろん、朝食のジャガイモを目にした瞬間には『うめえうめえ!』と満面の笑みになってすべてを貪りだす。ボナパルトのこともすっかり忘れたようで、ジオルドがこっそりボナパルトを異物混入させても気づかず食べてしまっていた。むごい。
さて、今日は記念すべき初めての魔法回路実験。道具類を持ち込みつつ実験室へ行ったところ、すでにポシム先生やキイラムをはじめとした何人かの上級生……そして頼れる兄貴グレイベル先生、天使ピアナ先生、さらに我らがルマルマの守護女神ステラ先生がいた。ひゃっほう。
『なんかみんなとここにいるのって新鮮だね!』、『ううう……草弄り以外はあんまり得意じゃないんだよね……』、『…すぐに保健室に連れていってやるから、怪我を恐れるな』、『その使い魔、実験中は邪魔だろ? 俺が面倒見ててやるぜ!』と雑談タイムが始まる。もちろん、キイラムには全力の擽りの呪をかけておいた。
んで、ティキータ・ティキータの連中も集まってきたところで実験開始。『ルマルマと一緒って大丈夫かな』とか失礼なことをゼクトが言っていたので、とりあえずケツビンタしておいた。
ともあれ、早速実験。先生の話をちょこちょこと聞きながら、魔法回路を制作していく。
今回の実験の大きな目的としては、魔法回路の基本原理を学ぶ、というところにあるらしい。魔法回路は昨今じゃありとあらゆるものに使われているわけだけど、どんな特性があって、どんな仕組みで動いているのか確認してみようってわけだ。
まず、原則的に魔法回路は魔力を供給する大元である魔源、魔力が作用する、魔法陣で例えればファンクションパターンにあたる作用部(例えばライトとか)、魔力の動きを制限するための抵抗、最後に流した魔力を安全に逃がすアースによって構成されている。
当然、これらの関係は既に昔の偉い人が定式化したわけだけれども、実際に実験してみると理論とは必ずしも一致しない。だから、実際の測定を通してその原因を考察し、魔法回路の知識を深めようって寸法。
長ったらしく書いたけど、要は教科書通りに回路を組んで、言われた通りのデータを測定して、レポートとして仕上げるだけである。
実際にやったのは負荷抵抗にかかる魔圧の測定、負荷抵抗が無限大の場合の魔圧の確認、分圧の確認実験、魔圧波形の観察の大きく四つ。
負荷抵抗にかかる魔圧の測定ってのはそのまんま。すでに用意されている魔源に対し、魔法抵抗が一つだけ使われているだけのごくごく簡単な魔法回路を組み、魔法抵抗の値が異なった時に抵抗にどのくらいの魔圧がかかっているのかってのを調べるだけ。
が、この段階でヤバかった。ブレッドボードっていういくつもの穴があいた特殊な板に抵抗とか魔源(この実験では魔石を使用)から魔力を引っ張ってくるための導線をブスブス刺すことで回路を組むんだけど、なぜかきちんと回路を組んでいるはずなのに魔力が流れない。
『どっか間違ってんじゃねえの?』って様子を見に来たキイラムは言いだす。ブレッドボードを用いた配線は慣れないとちょっと勘違いしやすいところがあるし、実際上手く魔力が流れない班の大半は(そもそも上手く回路を組めたのなんてクーラスたちくらいしかいなかった)何かしらの配線ミスがあった。
でも、俺のは全く問題なし。キイラムが何度見ても間違いは見つからず。『おい、ちょっと……』って別の上級生にチェックしてもらっても問題なし。『そんなはずねーんだけどなぁ……』ってキイラムがパーツを一回全部引っこ抜き、新たに組み直してもうんともすんとも言わなかった。
『パーツに問題があるのか?』って動作確認済みのパーツで回路を組み直すも、解決には至らず。二人で頭を悩ませている間に(ギルはスクワットしていた)『みぎゃーっ!?』って隣の方から悲鳴。なんかミーシャちゃんが配線を間違えてヤケドしかけたらしい。
どうしたもんか……って思っていたところ、『もしかして、ブレッドボード自体が壊れていない?』とステラ先生が女神の助言をしてくれた。言われたとおりに交換してみると、見事に魔力が回路に流れ出す。
『……ブレッドボードって壊れるような代物でしたっけ』、『……普通は壊れないよ。でも、ウチは予算がないから……』って言葉を聞いて一抹の不安を感じたのは、決して俺だけじゃないはずだ。
ともあれ、うまく回路が組めたところで実験再開(?)。この段階ですでに授業時間の半分が過ぎていた。まだ一個もデータ取れていないのに。しかも、ティキータも含めた大半の人間がそうだっていうから驚きだ。
なんだかんだで魔圧の測定は何とか終了。概ね理論値通りだけど、理論よりも抵抗値がちょっと大きいって結果になった。実は魔源は本当の意味で魔力だけを供給できるわけじゃなく、特に魔石等を用いた場合、厳密には【純粋な魔源と魔法抵抗が組み合わされたもの】という扱いになるらしい。
これを難しい言葉で(入力/出力)インピーダンスというらしい。ざっくりとだけど、魔源における内部抵抗って認識でいいだろう。『テストに出るからよく覚えておくようにっ!』ってウィンクするステラ先生がめっちゃかわいかったです。
その後は抵抗無限大の時の魔圧の測定を行う。回路から魔法抵抗をひっこぬき、さっきと同じように測定するだけだからこっちはらくちん。抵抗が無限だから魔力が流れないという、当たり前すぎる結果が帰ってきた。測定する意味ってあったのだろうか。
で、今度は分圧の確認実験に入る。こちらはひたすらに量が多かった。値の異なる魔法抵抗が六種類あって、それぞれ二個組み合わせたときの全体魔圧、抵抗Aの魔圧、抵抗Bの魔圧を測るというもの。その場で理論値を計算して実測値と比較しなきゃいけないし、ギルはまるで役に立たないし、面倒だったことしか覚えていない。
恐ろしいことに、俺がこの測定を終わらせた段階でとっくに授業時間は終了していた。いい加減みんな体力と集中力の限界を迎えたらしく、実験室には奇妙な沈黙が満ちていた。ミーシャちゃんやポポルは終わりの見えない実験に半ベソをかいていたし、ジオルドだってあまりにも細かすぎる作業にうんざりした様子を隠していない。アルテアちゃんは露骨に舌打ちをしていた。
ロザリィちゃん? 目が死んでたよ。そんな姿もマジプリティだったけど。
そして、そんな有様だというのに上級生も先生もケロリとしている。授業時間が大幅に伸びてなお終わりの兆しが見えないというのに、それが当たり前かのように振る舞っている。あの空気を文章でどう表現すればいいのか、俺にはちょっとわかりそうにない。
最後の魔圧波形の観察も非常に面倒だった。回路がちょっと複雑になり、マジックコンデンサなる代物を組まないとならなくなる。『直接繋げたりだとか、ともかく間違えて配線するとですね、簡単に爆発するからそこらへんはよぉくよく! 注意してほしいものだよね』ってポシム先生は言っていた。
そして、お約束のようにティキータの方で爆発音が上がる。せいぜいが爆竹を打ち鳴らした程度のものだけど、指先でつまめるくらいのミニサイズのそれが出す音じゃない。やらかした男子生徒は盛大に尻もちをつき、次の瞬間に『言ったそばからなにやっとるんだぁッ!?』ってポシム先生のお叱りの言葉が響いた。
『そんなたるんだ気持ちで実験されるとねえ! キミだけじゃなく周りの人間にも危害が及ぶんだよ! キミが真面目にやって失敗するならそれは私たちの責任だが、そうでないならキミの責任にもなるんだ! 人の話くらいちゃんと聞けッ!』
……と、割とガチな感じのトーン。やらかした男子生徒はめっちゃ委縮していた。ぶっちゃけ泣く一歩手前。関係ない女子たちまでびくって体を震わせていたし、教室の空気がガラッと変わったのは書くまでもない。
そして、次の瞬間に『とまぁ、具体例が出てよくよくわかったでしょうから、ちゃんと確認しといてください』ってポシム先生は何事もなかったかのように続ける。普通に鼻歌なんて歌いながら新しいマジックコンデンサを用意し、やらかした班のところで一緒に回路に組み込んであげていた。
『あの人はいつもあんなだ。そのうち慣れる』ってキイラムたちは当たり前のように実験補助を続けていたけど、なんかもうクレイジー過ぎて感覚がマヒしてやいないだろうか。
結局、いつもなら夕飯も風呂も終わったくらいの時間に実験は終了。魔圧波形の観測に用いたマジックスコープのセッティングが面倒だったうえ、複雑な波形を手書きで記録せねばならず、たいそう時間がかかってしまった。データの取り直しこそないだろうけど、これだけ多くのデータをレポートにまとめねばならないと思うと頭が痛い。
実験終了後、クタクタの状態で食堂へと向かう。『おつかれさん』っておばちゃんが用意してくれていたあったかいシチューが心に染みた。バルトとアエルノの連中がいなかったし、みんな疲れ果ててあまりしゃべらなかったから、夕餉の時間はものすごく静かだった。
風呂入って雑談もしないで今に至る。改めて見直すと、内容にまとまりが無さ過ぎて泣きそう。俺も疲れているんだろう。全然ロザリィちゃんと喋れなかったし、週明けの朝一でレポートを出さなきゃいけないという試練も待っている。
ダメだ。なんかもう書く気力が起きない。あまりにも文章がクソ過ぎる気がしてならない。時間があったら推敲して書き直しておこう。
実験にまるで役に立たなかったギルはスヤスヤとうるさいイビキをかいている。俺があんだけ必死に苦労して回路を組んだりしていたのに、結局あいつは終始超高速スクワットしかしていなかった。安らかな寝顔をしやがって。
明日は休日らしい休日になることを願い、ギルの鼻にはホリデイ・ボーンを詰めてみた。さっさと寝よう。