69日目 発展触媒反応学:静定ばりの種類について
69日目
部屋が羽でいっぱい。これが普通のふわふわ羽毛だったら枕とクッションにしたんだけれど。
部屋を掃除し、ギルを起こしてから食堂へ。今日はちょっと曇りがちで風も強め。生ぬるい空気がなんとも不快。ざわめく樹々に合わせてちゃっぴぃ&ヒナたちがケツを振っていたけれど、されどそれでテンションが上がるはずもなく。こんなお天気だとお洗濯ものが捗らないから困るっていう。
朝飯にはブイヤベースをチョイス。正確にはあくまでブイヤベース風のスープってだけだけれど、肴はもちろん、貝にエビ(!)といった魚介がたっぷりと贅沢に使われていて最高にデリシャス。野菜もふんだんに、されど香草は(おそらく)二種類しか使わないことで、シンプルながらも整った味を実現させていた。
この手の豪快なスープ、実は大好きなのである。ただ、材料をごった煮にする都合上、味や香りが混じっちゃって本当の意味で美味しいのを作るのって意外と難しいんだよね。それを考えると、雰囲気のおいしさに頼らず、かつこれだけの量と質を両立させて見せたおばちゃんの腕前がわかると思う。
『今日も最高に美味しいです』っておばちゃんに告げたら、『よせやい、大人数の料理を作るのに慣れてるだけさ!』って照れられた。……おばちゃんの気持ちはうれしいけど、残念ながら俺はおばちゃん世代の人は好みじゃない。まったく、俺ってばなんて罪深いのだろうか。
ギルは今日もやっぱり『うめえうめえ!』ってジャガイモの大皿をぺろりと平らげていた。ちょっぴり余っていたブイヤベースを見て、『みんなこれ食わないの? なら俺が喰っちゃうよ!』ってブイヤベースも『うめえうめえ!』ってうまそうに飲み干していた。『やっぱジャガイモに添えるスープもうまいよな!』……なんて言っていたけれど、普通はジャガイモのほうが脇役である。
今日の授業はキート先生の発展触媒反応学。『休みが欲しいです。割と切実に。……頭の中でずっと、誰かが「やっちまおうぜ!」って囁いてるんですよね……』ってキート先生は教室に入って来るなり疲れた顔でそんなことを言う。どうやらだいぶ精神状態がヤバくなりつつあるらしい。
『やっちまえばいいじゃないですか』って優しくアドヴァイスしたところ、『最初の一歩を踏み出すのってすごく勇気がいるんですよね。それにほら、私はまだ若いですし、将来もありますから』って返された。逆に言えば、将来さえなければすぐにでもやらかしてしまいたいのだろう。気持ちはすごくよくわかる。
さて、今日の内容は魔法構造体における境界条件……具体的には、静定ばりの種類について。前回にも触れられたけれど、魔法陣にしろ杖にしろ、魔法媒介および魔法触媒として魔法体を扱うとき、その魔法的力学関係はある程度モデル化することができて、基本的に俺たち魔系はそれに基づいて魔法解析だの魔法設計をすることになっている。
ただし、これには様々な境界条件が重要になってくる。その一つに静的であるか動的であるかってのがあるわけだけれど、今回学ぶのはそのうちの静的なやつの一種である静定ばり(静的魔法的つり合い条件のみから各パラメータが求められる)……の種類ね。
以下にその概要を示す。
・片持ちばり
魔法体の一端を魔法的に固定し、もう片方は拘束していない状態のもの。一般的な手持ちサイズの杖の使用は基本的に片持ちばりと同等であるとみなすことが出来る。
・単純支持ばり
魔法体の両端を自由に回転できるように支持し、かつ一端は水平方向の魔法的拘束を受けない移動端で支持されたもの。場合にもよるが、一般的な平面魔法陣の多くはこれに当たる。
・突き出しばり
単純支持ばりにおいて、魔法的拘束が魔法体の両端【ではない】もの。両手サイズのおっきい杖がこれに当たるほか、ガチな魔道具に組み込まれたりすることが多いらしい。
『難しいことを言っているように思えますが、要はよくあるパターンに名前を付けているだけです。もちろん、それぞれで計算の仕方に特徴がありますが、逆を言えば基本であるこれさえ押さえておけば応用はいくらでも効きます。片持ちばりは個人運用の杖で使う計算、単純支持ばりは魔法陣の計算、突き出しばりは泣きたくなるほどガチで面倒な計算に使う……と、ざっくり覚えておけばいいでしょう』ってキート先生は言っていた。実は今までの触媒反応学の問題の大半が、この三つのどれかに分類される状態にあったんだって。
『なんでわざわざ名前を付けたりしてるんですか?』って聞いてみたところ、『基本のパターンであるということもそうですが、ざっくりと値を見積もったり問題を洗い出す時に有効なんですよ。パッと見て、設計や解析の方針を立てるときにも必要ですからね』って先生が教えてくれた。
『……現実はそんなに都合よくないですけど』ってボソッと付け加えられたのが非常に怖い。なんか座学の先生って闇が深いように思えるのは気のせいだろうか。
もちろん、ポポルやミーシャちゃんはさっぱり中身を理解していないようだった。ミーシャちゃんはギルのローブを剥いでスヤスヤしていたし、ポポルはポポルでヒナたちの落書きをして遊んでいた。あいつの場合、変にリアルに描くよりかはイラストチックにデフォルメを利かせたほうが味が出ていいと思うんだけど。
ちなみに、俺はアリア姐さんを落書きしておいた。突き出しばりのメモの下のちょっぴり余ったスペースに描いておいたからぜひ確認してほしい。体のラインが実にうまく決まっていて、植物の滑らかさと人型のシルエットが醸し出す柔らかさが醸し出されている……と、自賛するほどのレベルである。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ぼーっとしていたら後ろから誰かに思い切り抱き締められた。このあったかくて柔らかい感じは紛れもなくロザリィちゃん。
振り向かずに『どうしたの?』って聞いてみたら、『今の私はアビス・彼女です♪』って甘い声が。『だから、──くんは黙ってぎゅーっ! ってされてなきゃいけないの! 私は魔物だからしょうがないの!』ってさらに強く抱き締められた。
まったく、ロザリィちゃんは本当に可愛すぎるから困る。もちろん、俺は魔系だから魔物の拘束を自力で振りほどき、『悪い魔物にはお仕置きしなきゃね』ってアビス・彼女を正面から強く抱き締めた。
で、『アビス・ハグを倒すにはキスをするんだったかな?』ってカッコをつけてみたんだけど、『やられる前にやるのが魔系なんだからね!』ってロザリィちゃんに先制攻撃をされてしまう。幸せ過ぎて気絶しそうになった。魔物の手に堕ちてしまった俺を、どうか許してほしい。
なお、俺たちのイチャイチャを見たアリア姐さんは「あらあらあら! まあまあまあ! ……私たちもあれくらい、見せつけてやりましょうよ!」……とでも言わんばかりに身をくねらせ、ジオルドを思い切り抱き締めていた。ジオルドは悲鳴を上げていた。
ギルは今日も健やかにバカでかいイビキをかいている。なんか今日は特に事件も無く平和に過ごせたような気がする。いつもこんな感じだといいのだけれど。
明日は五回目の実験。さすがに前みたいな事故は無いだろうけれど、気を引き締めていきたい。さっさと寝て英気を養うことにする。ギルの鼻には震えるハートでも詰めておくか。おやすみなさい。




